Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

札幌へ行った、友と再会した、そしてSaxを演奏した。(後編)

日曜日、ライブ当日。

朝7時半にトロンボーンのP君にホテルまで迎えに来て貰う。彼とも3年前は一緒に演奏した仲だ。懐かしいねえ。こうやって懐かしいメンツと再会出来るというのは非常に嬉しいことである。
俺達がライブを行うのは「ワンダーランド・サッポロ」というイベント会場。なんでもキャンプ、釣り、サバイバルゲームなどを楽しむことが出来るらしい。
会場入りして、俺達は最終リハ。このリハというのは各楽器の音をPA(各楽器の音量設定を調整してくれるスタッフ)と確認する作業。

この時、トロンボーン担当のP君と「俺達ホーンはマイク要らないか」とマイク無しで演奏することにした。正直これが今回のライブの唯一の失敗だった。トロンボーン、テナーSax×2で合計3本のホーンが鳴っていると、充分に電子楽器やドラムに対抗出来たのだが、ソロなどでホーンが1本しか鳴らないと、電子楽器にボリュームで負けていた。ま、仕方ない。俺も過去に音楽ホールやライブハウスでSaxをバンドと一緒に演奏したことはあるが、野外は初めて。野外だと音が抜けて行ってしまうのだ。大した失敗じゃない。良い経験になった。

リハが終わったのが10時ちょっと過ぎ。俺達の出番は午後一(13時)。つまりその間は自由時間でもあり、ある意味暇なのだ。
俺達メンバーは出番まで時間が余ったので煙草を吹かしたり、無駄話をしたりして時間を潰す。
ギターのA君が「ビール飲みたくないっすか」とやたらに俺を誘う。今回、ドラムのOさん、トロンボーンのP君は車で来ているから、アルコールはNG。キーボード担当のHちゃん(バンドの紅一点)は「本番前に飲むなんてあり得ない!」とビールを断固拒否。
ギターのA君、ベースのT君、俺の3人はビールで乾杯。3人で飲んでいると、Hちゃんがやってくる。
「なんで、飲んでるのよーー」
「いや、これノンアルコールビールだから」と白々しい嘘を吐く。Hちゃんが軽蔑するような目で俺とA君を睨む。Hちゃんとは昨日初めて会ったのだが、会って2日目にして「酒飲みのSax吹き」という認識を持たれてしまった。真実だから仕方ない。

朝飯を食っていないのでやたらに腹が減る。このイベント会場には食事処があるので、そこで焼肉を喰うことが出来る。皆が「演奏前に肉喰おうか?」などと話している。
俺が「肉はパスだな」と言うと、皆が不思議そうな顔になる。
「Sax吹く前に何か物喰うとさ、Sax吹くのが気持ち悪くなるのよ。口の中に脂分とか残った状態になるから」
俺は説明した。これは冗談抜きにそうで、Sax演奏前に食事をすることは俺のルーティーンにはない。他のSax奏者は正直判らないけれども。この場に歯ブラシがあるのなら食事をしても良いのだが、そんなものは当然持ち合わせていない。そして会場は山の近くだから、徒歩でコンビニに行ける場所でもない。

俺は演奏が終わるまでは、食事は我慢することにした。ただ、空腹の度合いが強い。よく考えてみると昨夜の晩飯もホテルで喰ったカップラーメンだけだ。札幌で夕飯が二晩連続カップラーメン。札幌には、ジンギスカン、味噌ラーメン、スープカレー、寿司。美味いものはいくらでもある。それなのに酒を優先して、晩飯が二日連続でカップラーメン。何を考えているのだ、俺は。多分、酒のことしか考えていない。

ギターのA君がさらにビールを飲んでいる。こいつ、飲み過ぎである(笑) 演奏が終わったら、シメよう。俺も演奏前にもう一杯くらい飲みたかった。だが、空腹時にビールを流し込むと確実に酔いが回る。酔って空腹状態でSaxを演奏するのはキツイ。俺は我慢した。自分で自分を誉めてあげたい。
俺はSax奏者の鏡だと思う。んな訳はない。

食事処でメンバーが焼肉をしている。うーん、空腹だ。俺も喰いたかったが、やはり演奏前に食事は厳禁。俺は外に出て煙草を吸う。
時間は昼の12時を回った。あと1時間くらいで出番か。ギターのA君がビールジョッキを手に持っている。
「A君、それ何杯目?」
「6杯目っす」
うーん。本番前にビール6杯も飲む奴、初めて見た。
「お前、コロすぞ!」俺がジョークを言うと、A君は笑っている。A君とは昨日初めて会ったのだが、面白いくらいに互いに馴染んでいる。もう何年も一緒にバンドをやっているかのようだ。
またバンドメンバーが集まってきて雑談。
「このバンドのギタリストに必要な資格ってさ、ギターが弾けるかどうかじゃないね」
「そうだねー。どんだけ酒好きかって、とこだねー」
このバンドの初代ギタリストは俺だ。このバンドはつくづく酒好きな奴がギターを担当しているのだなぁと。偶然にしても出来すぎである。下の写真は説明するまでもないが、バンドメンバーと撮ったもの。中央で偉そうに仁王立ちしている青いTシャツが俺。

紅一点のキーボード担当のHちゃんが「あー、緊張してきたー。人前で演奏するの、20年振りなんだもの」と言う。
「ビール飲んじゃえば?」俺は気軽に言う。Hちゃんは首を横に振る。
「無理ー。シラフでも手が震えてるのにー」
そう言って、Hちゃんが両手をブラブラさせる。俺は彼女の右手を手に取って「大丈夫、大丈夫」とおまじない。ってゆーか、それただのセクハラだろ! うん、ただのセクハラだな。誰がなんと言おうとセクハラだ。Hちゃん、セクハラしてごめんなさい。昔、バンドの女性メンバーにセクハラをして、バンドを脱退された経験があるのに、まるで懲りていない。

やっと俺達の出番が来た。師匠(俺を札幌に呼んでくれた友人)は今回のイベントの主催者なのでバンドメンバーと一緒に遊んでいる訳にはいかないのだ。お客さんを案内したり料理作ったり。八面六臂の活躍である。
「師匠、そろそろ出番だぜー」俺が声を掛ける。師匠はガパオライスを作っていた。
メンバーがステージに上がり、セッティング。師匠が全員に「準備OK?」と声を掛ける。準備は出来た。あとは師匠の合図で演奏をスタートするのみだ。

師匠のMC(演奏の合間のお喋り)が暫く続き、そしていざ演奏スタート。
演奏に関しては今更何か言うことはない。ただ、ただ楽しかったの一言。俺達の持ち時間は30分。予定していた5曲を師匠のMCを挟みながら演奏していく。
ちょうど俺のソロの時、空腹が原因で横っ腹が痙攣起こしそうになった。これはやはりソロなので気合が入って、腹筋をいつもより多めに使ったのが原因の一つだろう。あと昨日酒を飲み過ぎたのも影響しているかもしれない。
過去にこれだけすきっ腹で演奏したことはない。ライブ前は朝食を摂るようにしましょう。

ラストの曲を終えると、客席からはアンコールの声。師匠が「それではキル・ビルのテーマ曲やります!」と。アンコールのその曲は練習してないぞ、師匠!(笑)

譜面はあったので、吹けそうな箇所だけ吹いてお茶を濁した。もっと前からやる事が判っていれば、ちゃんと練習してたのになあ。でも、他の曲に関しては俺の出来るベストの演奏がやれたと思う。無論、ミスは沢山あったし、「あれ? 音合ってねえな」という箇所もあった。だが、飛び入り参加でここまでやれれば御の字だろう。
この1ヶ月の個人練習、そして札幌に来るための費用や時間、それら全てが過不足なく昇華出来た、そんな気がした。

記念にセットリストを記しておく。
1.Pick Up The Pieces
2.PeterGun
3.ルパン三世のテーマ
4.スーパーヒーロー
5.Peg
<<アンコール>>
BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY

www.youtube.com演奏が終わったので、安心して2杯目のビールを飲む。ああ、演奏が終わった後の一杯は堪らん。俺がビールを飲みながら煙草を吸っていると、ギターのA君、キーボードのHちゃんもやってきた。
2人もビールを注文。みんなで乾杯だ。
ギターのA君に俺は言う。
「そういえばさ、俺は彼を師匠って呼んでるんだけど。理由教えてあげるね」
「何でですか」
「師匠と一緒にバンドやろうってなった時に言われたのよ。『お前のSaxじゃ、俺のバンドで吹かせる訳にはいかない。だから当分ギターで修業しろ。で、俺が認めたら、Sax吹かせてやる』って。だから、彼は俺のSax師匠なのよ」
「へー。そうだったんですかー」
A君が感心している。無論、これはネタである。だが、俺が彼を『師匠』と呼ぶので、周りの人は「なんで、師匠なの?」と疑問を持つ。その時にこの説明をすると、皆納得するのである。

夕方になり、イベントも無事終了。バンドのメンバーともここでお別れだ。残念ながら皆都合があるので、打ち上げをやるという訳にはいかない。
「来年もまたライブやるから、来て下さいねー」
「是非とも呼んでくれ。またSax担いで来るからさ」
メンバーは三々五々、会場を後にした。

俺は師匠の車に乗り込む。札幌に行く前に師匠から「ライブ終わったら、飯でも食おうよ」と言われていたのである。ちなみに師匠は酒を飲まない(若い頃に飲み過ぎて、ドクターストップが掛かっているのだ)。
「何喰いたい?」と訊かれたので「昨日、一昨日と晩飯がカップヌードルだったからなあ。せめて札幌来たんだから、ジンギスカン喰いたいな」と返す。
オッサン2人で焼肉屋へ。俺達は車の中でも、そして焼肉屋でも馬鹿話を繰り返す。だが、それだけじゃない。やはりこうやってイベントが無事に終わり、ライブが出来たのも彼の人脈や人柄があったからだ。
「自分で言うのもあれだけどさ。ライブあるから札幌来いよ、そして演奏しようぜって言われて、素直に東京から札幌来る奴もあんまりいないよね。でもさ、やっぱり師匠に呼ばれたら、来るしかないじゃん」
「そう言って貰えて嬉しいよ。来年もまたやるからさ。来てね」
「ああ、是非とも。あ、曲はちゃんと前以て教えろよ!(笑)」
師匠が笑う。俺も笑う。
焼肉屋でジンギスカンを食べる。札幌に来て、やっと北海道らしい物を喰った。良かった、良かった。
札幌で知り合った友と一緒にバンドでSaxを吹き、肉を一緒に喰らう。悪くない。

翌日、新千歳空港からメンバーにメッセージを送る。
「今から東京帰ります。みんな元気でね」
「今度は1日余裕をもって来て下さいねー」とHちゃんから返信が来る。そうだな、来年はさらに1日余裕を持って来よう。そうすればバンドの皆と一緒に飲むことが出来る。

www.youtube.com来年もまたイベントは開催されるだろう。そして師匠率いるこのバンドも出演することだろう。俺? 来年俺がまた札幌に行くことが出来るかは正直判らない。無論、呼ばれたら必ず行くつもりだ。だが、世の中どうなるか判らない。
バンドが俺を呼ぶのに消極的になるような出来事が起きるかもしれない。俺が経済的或いは他の理由で札幌に行くことが難しい状況になっているかもしれない。

2022年の夏、俺は札幌に行った。懐かしい仲間と再会し、新しい仲間と出逢えた。そしてSaxを演奏した。
それだけで充分じゃないか。