Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

バンド解散始末記

3月25日に、俺が所属しているブルースバンドのライブがあった。人前で演奏するのは、去年の10月にSax教室の発表会でSaxを吹いて以来だ。
ドラムで最後にやったライブはいつだったろうと記憶を辿ると、札幌時代にススキノの小さいライブバーで演奏したのが最後だ。それが2018年。もう5年もドラマーとしてのライブを経験していなかったのだな。

東京への転勤があり、地獄の現場に配属されるなど、良いことは何もなかった。今でも東京で暮らしていた1年半の単身赴任生活を思い出すと、苦い想いしか浮かんでこない。
あの頃は、Sax、ギター、スネア、ピアノは部屋の置物と化していた。仕事が忙しくて楽器を触る気分にもなれず、日々酒ばかり飲んでいた。それしかストレスを解消する術を知らなかったからだ。
無論、酒でストレスが解消される訳ではない。単に一時的にストレスの要因を忘れることが出来るだけだ。
今思い返しても、あの頃は不毛な日々だった。

このままじゃいかん、とバンドメンバー募集サイトにドラマーとして登録した。暫くして「一緒にやりませんか」とメッセージを送って来たのが、ギターのK君だった。
K君は、古いロックやブルースが好きなのに、何故かJ-POPしか興味のない女性をボーカル候補として誘っていた。後で何度も「なんで、彼女に声掛けたの? 洋楽聴かない人をボーカルにしたら、ブルースやれないじゃん」と彼に尋ねた。彼は「うーん、判らない…」と首を傾げていた。
俺自身、J-POPに拒絶反応は無いのだが、いかんせんJ-POPは難しいのである。ブルースのようなシンプルな演奏とは違う。東京事変や椎名林檎の曲は、正直言って、どうやって叩いているのかよく判らない箇所がいくつもあった。

そのうち、K君が「ブルースやりたいんすよねー」と酒の席で愚痴をこぼすようになった。俺も酔った勢いで言う。
「じゃ、J-POPバンドとは別にブルースバンドやろう。ギターとドラムが揃ってるから、後はベースとボーカル探せばいい」
そうやって新メンバーを探しているうちに、コロナが蔓延し始め、バンドは活動休止となった。

コロナが落ち着いてきて、そろそろバンドも復活かという空気が世の中に流れ始めて来た。バンドのグループLINEに連絡を取ると、ボーカルとベースが脱退を表明してきた。2年以上もまともに活動出来なかったのだ。2年前とは状況や想いが変わっていることもあるだろう。
こればかりは責める訳にはいかない。

J-POPバンドが実質解散になったので、新たにブルースバンドを結成することにした。ギターのK君、俺がドラム、後はボーカルとベースを探せば良い。
新メンバー探しは難航したが、無事にベースが見つかった。次はボーカルだ。メンバー選考は全てK君に一任していた。
彼が見つけて来た新ボーカル候補は、過去に合唱団などに所属していた女性だった。俺は正直、どうして彼女を選んだのかという疑問を拭い去ることが出来なかった。
どちらが上とか下とかでなく、合唱とブルースなんて全く相容れない音楽ジャンルである。きちんと音を取って、ハーモニーを奏でるのが主題である合唱と、黒人ミュージシャンがしゃがれ声で歌うブルース、共通項なんて1つもない。

実際、初めてボーカルのMちゃんと合わせた時、俺は正直「この人は無しだな」と思った。きっとベースのIT君も同じことを思ったに違いない。ブルースを歌うのに必要な声量、ブルースを表現するのに必要ないなたさ(田舎臭さ)が彼女の声にはなかった。
これは俺がMちゃんを下に見ているのではない。守備範囲の違いだ。サッカー選手に野球をやれと言っているような話なのだ。そもそも得意としている分野が違う。
ギターのK君は独断で彼女の加入を決めた。K君からすれば「僕が見つけて来たボーカルなんだから、入れるかどうかを決める権限は僕にある」と思ったのかもしれない。
だが、バンドはそういうもんじゃない。既存メンバーの意見を一切訊かずに決めて良いことなんてある筈がない。この頃からK君の暴走が目に付くようになってきた。コロナ前は、そんな奴じゃなかったんだけどな。

次いでK君は「キーボードを入れたい」と言い始めた。俺とベースのIT君で「まだこのメンツでバンドとして固まっていない。キーボードを入れるのは時期尚早だ」と反対した。
反対したのにも係わらず、次のリハーサルの時には新キーボード候補の人がいた。俺は、なんでK君は勝手に一人で全部決めるんだと苦々しい気分になる。

コロナ前に一緒にやっていた頃は、気の良い男だと思っていたが、段々と「これはちょっと無理かも…」という気持ちが強くなってきていた。
それを言うなら、向こうだって同じことを思っていたかもしれないけれど。
プロのミュージシャンがバンドを脱退したり、バンドが解散したりする理由に「バンドの方向性が違ってきた」というものが結構ある。
これはアマチュアでも一緒だ。

K君は、スタジオで演奏のミスを指摘されるのを嫌った。だが、ベースのIT君からすれば「そこのリズムがずれていたら、曲として成立しなくなる」という想いがあった。酒の席でIT君はそれを何度も言っていた。これは俺もIT君に賛成だ。
K君はスタジオでセッションのようにその場限りで楽しく演奏し、その後酒が飲めれば良いという意味のことを言う。
俺とIT君で「それじゃ、バンドとしてやる意味がない。決め事も何もなく、毎回ただ曲を演奏するだけじゃ、バンドとしての精度は上がらない。それじゃセッションだ」と何度も彼に訴えた。
また、キーボードの人からも、ギターの演奏ミスや音色の指摘を何度も受けているうちに、明らかにK君が、キーボードの人を嫌っている(というのもちょっと違うか。合わなくなったという表現のほうが適切だ)のも、ひしひしと伝わって来た。慌ててキーボードを入れるから、そういうことになるんだよ。

去年の12月頃に、ボーカルのMちゃんが転職するので、バンドを3月で抜けると宣言した。本当に転職が理由なのか、バンドに倦んだからなのかは判らない。理由はどちらでも良い。円満脱退だ。
キーボードの人が「このメンバーでやれるのも3月までだから、3月にライブやりましょう」と提案してきた。K君は若干渋っていたが、ライブをやることが決まった。

暫くして、ベースのIT君から俺個人にメッセージが届いた。
「K君が新規にバンドメンバー募集してますよ。編成はこのバンドと全く一緒」
俺は驚かなかった。彼は自分が好きにやれないこのバンドに嫌気が差して、新しいメンバー探しを始めたのだ。
IT君は、ボーカルのMちゃんが抜けた後は、新ボーカルを探してバンドを続けるつもりだったろう。俺もそのつもりではあった。だが、K君が裏で動いて新バンド結成を企んでいることを知って、全てが馬鹿らしくなった。
その後、IT君と2人で飲みに行き、俺は彼に言った。
「俺達、彼氏が浮気してるのを知ってるのに、黙ってる彼女みたいだな」
IT君は苦笑いしていた。

ライブ当日、メンバーは謎に和やかなムードでいられた。ボーカルのMちゃんにしてみれば最初で最後のステージになるだろうし、K君はこれで旧バンド最後の日と決着をつけて、新バンドに向けて進んでいける。
俺とIT君は特に何かを思うこともなく、淡々と過ごした。
キーボードの人が「今日の本番が過去のリハと比較しても一番出来が良かった気がします」と言っていた。それは俺もそう思う。何故か最後の最後にバンドとして良い演奏が出来たのは、僥倖だった。ボーカルのMちゃんのステージは素晴らしかった。このメンバーでバンドをやって1年、1番成長したのが彼女だったのは間違いない。ラストステージの彼女の歌唱はどれも文句無しだ。彼女をブルースシンガーとして否定する人間はもう誰もいない、無論俺も含めてだ。www.youtube.comもうギターのK君と会うこともないだろう。バンドはこのまま自然消滅を迎えるだけだ。今更、最後に「なに、勝手に新メンバー募集してんだ、このバンドどうするつもりだ?」なんて無駄な争いをするつもりはない。そんなものは不毛だ。
男と女の関係と一緒だ。冷めてしまった関係を元に戻そうとしても、前のようには戻れない。

俺は左に行く。君は右に行け。そして二度と振り返るな。それだけの話だ。