Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

「アベノマスク」が届いた

基本的にこのblogでは時事ネタとか芸能ネタは扱わないつもりでいる。
何故かと言うと、このblogは俺自身と俺の身近な非常にミクロな世界を、俺自身の為に書いているから(なんか、偉そうだ)。

芸能人に関して俺が書くとしたら、仲間由紀恵ちゃんに関することくらいかな。でもそれは俺が仲間由紀恵ファンだから、俺からすると当然の話となる。
政治の話とかは、基本的に書きたくない。思うことはいくつもあるけれども、それはそういったことに特化したblogがやってくれればいい。俺が書いても説得力がないし、意味があるとも思えない。

とは言いつつ。
今日ポストを確認したら、例の「アベノマスク」が届いていた。へえ、やっぱり届くのか。不思議な感じだった。「アベノマスク」なんて都市伝説かと思っていた(都市伝説の訳ないんだけれども)。

ネットとかでよく書かれている「カビや汚れがついていて、とても着ける気になれない」という代物ではなかった。少なくとも、見る限りでは大丈夫そうだ。
物は試しで、一つ開けて着けてみた。

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「なんだこれ?」

小さくて鼻と口がカバー出来ないんだけれど。馬鹿にしてんのか?
鼻をカバーすると、顎まで届かない。顎まではめると、鼻がはみ出す。これ、子供用か小顔の女性用だろう、どう考えても。

いや、確かに俺は顔がでかいよ。でも、俺が市販のマスクをしたら、普通に鼻と口はカバー出来るぞ。それにこのマスク、滅茶苦茶しょぼい。作りが市販の奴と比べても精度が悪いのは一目で判る。
これは酷い、以外の言葉が出てこない。

こんなものを全世帯に配る為に、いくら金使ったんだよ、あの頭の悪い馬鹿は!(やばい、馬から落馬みたいな表現してしまった)

俺が政治の事とかを書きたくないのはこれがあるからだ。今の与党とか総理大臣とか、どう考えても無能な馬鹿しか集まっていない。これは俺の本心だ。だが、こういったことを書けば、今の総理や与党を支持する人からすれば「お前、何偉そうに言ってんだ!」と思う人も出て来る。
俺は別にネットの人達に向かって喧嘩がしたい訳でも論争を仕掛けたい訳でもない(ま、乗って来る人もいないだろうが)。

だから、こういったことは書きたくないんだよ。政治の話をしたら、間違いなく俺は怒りの篭った文章を書かずにはいられないからだ。
政治と宗教とプロ野球の話はするな、というのは或る意味正解なのである。

それと凄く大事なポイントとして、俺は自分がネガティヴな気分になるようなことはなるべく書きたくないのだ。政治のことを書けば、ネガティヴにしかならない。
ただ、今の俺の日常には、ハッピーになるような話がどこにも転がっていない。仕方ないのだ。

一つだけ、重要なことを書いておく(同じようなことを言っている人は沢山いるだろうが)。
「今の政治に文句があるなら、お前が政治家になれ」と明らかにピントのずれた事をいう馬鹿がいるが、一言だけ返しておく。
金を払ってラーメン喰って、そのラーメンが不味いと言ったら、じゃあお前がラーメン作れって言っていることが、どれだけ的外れなことか理解しろ、だ。
政治家は公僕なんだよ。国民の為に仕える立場なんだよ。先生なんて呼ばれる代物じゃねえんだ。
そして、国民の為に身を粉にして働こう、そう思える人間以外は政治家になろうなんて思っちゃいけないってことだ。ま、そんな思いを持った政治家は、きっと殆どいないだろうが(ゼロとは言わない)。

きっといつか、この糞の役にも立たないマスクを笑い話に出来る日が来るだろう。そして日々俺が抱えている鬱積した気分も、晴れることだろう。
そう思うしかないさ。な、そうだろう。

you may dream(夢の話)

さすがにこの歳になると、もう「夢見る頃を過ぎても」とか言っている場合じゃない。
というか、夢なんか見ない。いや、「ロト6で2億円当てて、悠々自適に隠居したい」という夢はあるけど。これを言うと、ほぼ100%「それは夢じゃなくて、妄想だ」と言われるのだけれども。

前からずっと思っているけれども、「将来の希望や展望」も「夢」と言うし、夜寝ている間に見る、謎の物語も「夢」だ。そしてそれは英語でも同じ。Dreamだ。なんで日本語と英語で同じなんだろうね、不思議で仕方ない。

で、だ。
昨日、俺は不可思議な夢のダブルヘッダーを見た。夢というのは大抵見た後に忘れる事が多いと思う。俺もそうだ。だが、昨日の夢はあまりにも鮮烈だった。そして、ダブルヘッダー(夢を二つ見た)。そのどちらの夢も覚えていた。これが何かの意味を持つのか、ただの酒の飲み過ぎで悪夢を見たのかは、俺には判断がつかない。
だから、単純にその夢のダブルヘッダーを記録しておこう。それだけの話だ。

と思ったが、俺が10代の頃に見た、どうでもいい夢の話をまず枕詞として書く。
俺がまだ、女性と裸のお付き合いを経験する前に見た夢だ。

夢の中で俺は、河合奈保子さんと裸のお付き合いをしていた。ちなみに俺は河合奈保子さんのファンだった訳じゃない。1960年代後半生まれの男は、10代の頃は、「聖子」か「明菜」が主流だったと思う。後続として「キョンキョン」辺りか? なんで夢に河合奈保子さんが出て来たのか未だに理解出来ない。が、それは良い。
夢の中で河合奈保子さんは上半身は裸だったが、下半身は黒くシェードが掛かっていた。そりゃそうだ。だって当時の俺は女性の裸の下半身なんか見たことないんだから。
大学生くらいになって、その話を友人にして大笑いされた記憶がある。なんで、河合奈保子さんだったのだろう?

さて、そんな純真な10代の少年の夢の話はいい(じゃ、書くなよ)。
昨日見た夢のことを書く。

夢その1
俺は殺人を犯した。夢の中で俺はとある人を殺した。夢の中でその動機、殺害相手は、ぼんやりしていた。だから俺はその夢物語の中で「なんで俺はこの人を殺したのだろう」というのが、さっぱり判らなかった。
ただ、「まずい。俺は殺人を犯した。このままだと家族に迷惑が掛かる。俺はどこかに行かねばならない」と決意していた。この夢の中における家族というのは、俺の両親であり、俺の実妹だった。
俺はそこからひたすら歩き続け(家から離れようとしていた)、高速道路の側道みたいなところをひたすら歩いていた。そして「あ、逃げるには整形したほうがいいんじゃないか」と思い、高速道路の側にある整形外科病院に入ろうとしたりした。
夢の中で俺は結局整形することはなく、トボトボと道を歩いていた。いつかは捕まるのだろうと思いながら。

正直言うと、相当重たい話だと思う。俺が友人からこんな夢見たよと言われたら「お前、殺したい奴いるの?」と訊くことだろう。だが、今の俺はそんな憎悪を持った相手はいない。ただ、もしかすると気付かないうちにストレスが溜まっていたのかもしれない。

夢その2
俺はラスベガスのカジノみたいな場所にいた。遊ぼうと思ってヘラヘラしていると、そこに俺の昔の恋人が現れた(この昔の恋人は実際に俺の恋人だった)。
彼女から「ちょっと話したいことあるから。こっち来て」みたいに言われ、俺はカジノを離れて彼女と二人きりになった。
何しろ、夢の中で作成された仮想の恋人じゃなくて、実際の元恋人だ。俺は夢の中で「なんで今更?」みたいな気分だった。

「どういうつもりなの? 私と別れたのに、他の女性と付き合うの?」と俺は糾弾された。その女性はとても心優しく素敵な人だったが、夢の中の彼女は、俺のミス一つも許さないようなキャラクターだった。
俺は恐れ戦いて、しどろもどろになった。
「おかしい。彼女はそんな人じゃなかったはず」と思いながら、俺はひたすら言い訳を考えていた。そうしたら、目が覚めた。朝の6時だった。

人殺しになったり、昔の恋人に責められたり、ほんの6時間程度で随分と密度の濃い時間を過ごしたな、俺は。
これが何を意味しているか、深く考えようとは思わない。だって、所詮は「夢」だから。

ただ、さすがにこの重たい夢二つはきつかった。何か俺の中で思うものがあるのかもしれない。でも考えても詮無いことだ。
それよりも、「河合奈保子」さんて、素敵だったなーと思っているほうがいいのかもしれない。
辛いことよりも、楽しいことを考えようぜ。それが正解だ(と、現実逃避しています)。

咳をしなくても、ひとり

ずっと引きこもっていると、人間おかしくなるのだな。
いや、既に前からおかしいだろという指摘は自分が一番判っているので、しないで下さい。

相方の手術の為に札幌へ行って、そこから東京に戻ってきたら、ずっと在宅ワーク。当然、外出も人と会うのもNGだから、ずっとぼろアパートにいる。
外に出るのは、昼食と夕食を買いに行く時だけ。

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二月くらいに、前の現場で仲の良かったヒカルちゃん(24歳、男性)と飲みに行こうと約束していたのだが、互いにゴタゴタしているうちにコロナ騒動。当面、約束は延期。
他の友人、知人とも当然会える筈もなく。

そして、バンドも、無期限活動停止状態。

つまり、俺には面と向かって話せる相手が、今一人もいないということだ。
札幌から戻って以来、俺が面と向かって会話をした相手は、馴染みのクリーニング屋のおばちゃんだけだ。彼女は札幌出身なので、それが縁で仲良く(?)なったのだ。

引きこもりの人とかは、何年も何十年も人との交流を一切断っているらしいが、よくそんなことが出来るものだなあと感心する。
俺は、いわゆるパーティピープルじゃないし、友人知人が多いほうじゃない(むしろ少ない)。それでも、やはり人と面と向かって話がしたいよなぁと思う。

俺の場合は、いわゆる単身赴任状態だから一人だけれども、独身だったり、恋人がいない人も同じような状況なのだろうか。
そう考えると、よく耐えられるなあと思ってしまう。

人との付き合いは時として煩わしくて面倒なこともある。ああ、こんな交友関係なら要らんと、自分から切りたくなる関係もいくらでもあるだろう。
面倒な人間と時間を費やすことと、一人で悶々と時間を過ごすことを天秤にかけたら、それは後者だろうなあとも思う。

ただ、自分から一緒にいたいなあと思う相手といられないというのは、非常に辛いものがあるな。
人間どれだけ長く生きたって、やはり孤独は辛いものだし、一人は寂しい。

YouTubeを観たり、面白いblogを読んだりしても、それはあくまでもメインじゃないんだよな。というか、メインがあるから、そういったサブ的な物も楽しめるのだな、きっと。

と、今日は特に何があった訳でもなく(というか、何もない)、ふと思ったことを書いただけの、ただの愚痴でした。
やれやれだな。

Mother,Father

何もせず、引きこもってゴールデンウイークが終わった。そしてまた在宅ワーク。やれやれな日々だ。

ふと、そういやオヤジとお袋はコロナ大丈夫かな?と思い、電話する事にした。群馬の赤城山の麓に住んでいるから、三密とは無縁である。何しろ、隣の家とも離れているし、最初から密接するほどの人がいない。
それでも二人とも年寄りだからな。電話して生存確認しておくか、その程度のちょっとした考え。

電話をすると、お袋が出た。
「どうしたの、何か用事?」
「いや、コロナ流行ってるじゃんか。心配だから、電話してみただけだよ」
「あら、そう。お父さんも私も大丈夫」
そうだろうとは思った。ただ、オヤジは医者から東京オリンピックまで持たないかもしれないと言われた状況だ(末期の**なのだ)。ちなみに延期する前のオリンピックの話。いつ何があってもおかしくない。正直、今年いっぱい持つかも判らない。

「そんな事より、お兄ちゃん。声がおかしいよ。熱あるんじゃない。調子悪いんじゃないの?」(お袋は俺の事をお兄ちゃんと呼ぶ。俺が三人兄弟の長男だからだ)
「おかしくはねえよ。体調だって悪くねえし。声が濁声なのは、いつものことだよ」
「熱は測った? 体温計は持ってるの?」
「だから、熱はねえよ。体調だっていつも通りだよ」
「測りなさいよ。体温計は持ってるの?」
「だから、体調はおかしくねえって言ってるだろうが」
「いや、声の調子がおかしい。お兄ちゃん、心臓か肝臓が悪いんじゃないの。この騒ぎが収まったら、医者行きなよ」
「当分、医者なんか行けるような状況じゃねえだろ」
しつこく追及するお袋に辟易しつつ、二人が特に問題ないことを確認して電話を切った。

全く、これだから敵わない。向こうの心配して電話すると、逆にこちらが心配される始末である。

午後一時になろうかと言う時に、スマホが鳴った。表示を見ると、実家からだ。
「なんだよ、何かあったの?」
「いや、朝の声聴いたら、心配になっちゃって。本当に大丈夫なの?」
かぁー、しつこい。
「だから、大丈夫だって言ってるだろ」
その後も延々と会話を繰り広げそうになるので(年寄りは話が長いのだ)、「もう一時だから。仕事だから」と言って電話を切った。むろん、在宅ワークなのだから、一時を多少回って電話をしていても全然構わないのだ。上司が見張っている訳じゃないのだから。
だが、こういう時、お袋の電話が長くなるのは目に見えているし、話が違う方向に飛び火するのも判っていたので、早々に切ったのだ。

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(この写真は、相方と義母のツーショット。金沢、兼六園だ。親子は仲良くしたほうがいい。俺が言っても説得力ゼロだが)


医療のプロでもないお袋が、電話越しの俺の声を聴いただけで、勝手に心臓だの肝臓だのが悪いと言い出すのは素人の典型的な生兵法である。自分の息子だから、全て判っていると思っているのも、これまた母親の思い込みだ。
お袋の知っている俺は、せいぜい生まれた時から19歳までの俺でしかない。それ以後の俺は、オヤジやお袋以外の人間と多く関わって、生きてきたのだ。

既に50年以上も生きてきた人間(俺のこと)を、自分が一番判っていると思い込んでいるのも、ある意味「母親」という生き物の証明なのかもしれない。
彼女からすれば、俺はいつまでも、臍の緒が着いた赤ん坊であり、風邪を引いてゲロ吐いてた時は、背中に負ぶって病院まで運んだ小さい男の子のままなんだろう。

そういえば、俺がオヤジの身長(170センチ)を抜いたのはいつだっただろう(俺の身長は177センチ)。あの頃からだろうか、お父さんという呼び名がオヤジに代り、母さんという言葉がお袋に変わったのも。

今更、年寄りにそんな体調の心配されたくはねえよ、自分の心配しとけというのも本音としてはある。だが、彼らがそうやって既に50歳過ぎた老人一歩手前の男の心配をする権利があるのも判る。
何故なら、彼らは俺の父親であり、母親であるからだ。

この歳になっても、そうやって心配してくれる親がいる事を、俺は感謝すべきなのかもしれない。俺くらいの年代になると、そうやって心配してくれる親がいない人だって、かなり多いのだろうから。

お袋との電話を切る間際に言った言葉を俺は反芻した。
「とりあえず、オヤジやお袋より先には死なないから安心してくれ。それが俺の出来る唯一の親孝行だから」

アマチュアミュージシャンはストリッパーだ

www.youtube.comコロナのせいで、日常が全く変化の無いものになってしまった。毎日毎日、ほぼ同じことの繰り返し。気が滅入る。
そういえば、昨日の昼に相方から電話があった。
「生きてる~?」が第一声。「コロナで死んでたら、やばいからさ、生存確認の電話だよー」
相方はケラケラと笑っていた。
「一人暮らしで死んでてさ、ミイラになってたら、嫌じゃん。清掃業者に頼まなくちゃいけないから。ミイラになってたら、私、絶対に部屋は入れないもん」
さらに相方は笑う。全く、やれやれだぜ。俺がミイラになってたら、お前が片付けろよ。お前、メキシコ行ってミイラ博物館を楽しんでたろ(笑)

ピアノ教室も休校なので、ここ二週間はピアノも弾いていない。良くないなあ。部屋が散らかっていて、ピアノを弾く状態にないんだよな。まず部屋の掃除をやるべきだな、これは。
と、そこで休校前に教室での練習風景を録画しておいたのを思い出した。それをアップする事にする。

いかんせん、ピアノを始めたのが2017年、札幌に行ってから。二年ちょっとやったが、去年東京に戻って、半年以上のブランク。そしてピアノを再開(この話は何度も書いている気がする)。50歳で始めたピアノ。当然、そんな簡単に進歩する筈がない。むしろ後退している。
だが、それはいい。仕方のないことだ。

よく楽器(これは歌をやっている人も同じだと思う)をやっている人は、自分の練習風景を撮影するべきだと言われる。これはサックスの先生にもピアノの先生にも言われた。ただ、自分の演奏を録画して見直すというのはかなり恥ずかしい。
まだライブとかなら良い。そのライブの雰囲気(臨場感)も込みでのものとなるから、多少は演奏がマシに聴こえる。

だが、純粋な練習を録画すると、これを見返すのはかなり厳しい。よっぽどのメンタルがないと、最後まで聴き通すのが辛い。何故なら、死ぬ程下手くそだからだ。
下手という意味では、俺のギター、サックス、ドラムもかなり酷い。だが、ピアノはちょっと別次元だ。ギター、サックス、ドラムに関しては、下手は下手なりに7割の力の入れ具合で演奏出来ているのが自分でも判る。いわゆる「肩の力が抜けている」という奴だ。これはやはりバンドで他の楽器と一緒に演奏した経験がそれなりにあるから、というのが大きい気がする。
だから、自分の中で「ここはこうやって演奏して」とか「ここで、***(他の楽器)の音と合わせて」とかを考えて演奏する事が出来る。

ピアノはまだ他の楽器と合わせて演奏した事がない。だから、自分の演奏でいっぱいいっぱいになってしまう。
動画を見ても「指の動きがぎこちないなあ(無駄な力が入っている)」と思うし「手首が下がってんじゃん。これじゃ駄目だよー」と反省点がいくらでも見つかる。
練習動画を撮って見返すのは、そうやって自分の駄目な点を確認する為のものであるから、そういう意味ではこれは正解だ。

じゃ、なんでアップする必要があるのか? と問われたら「取りあえず、下手だけどここまで出来たから、暇だったら聴いてね」という恐ろしい自己顕示欲があるからに他ならない。
もし俺が今、35歳でピアノ始めて2年程度だったら、この演奏はアップ出来ない。俺にも「恥」という概念はあるのだ(笑)

だが、歳喰ってきて、羞恥心のようなものが、明らかに薄れて来たのかな。もし他の人が俺の演奏と全く同じレベルのものをアップしていたら「この人、よくこの演奏を人様に聴かせる気になるよなあ。恥ずかしくねえのかな」と思ったことだろう。だけど、もし他の人が50代だったら、どうだろう「いやあ、あっぱれ。頑張ってますねー」と気の持ち様が変わるような気がする。

と思ったが、年齢を言い訳にするのは無しだな。
うん、年齢が楽器上達の妨げになっているのは事実。でも、それを言い訳にしていたら、いつまで経っても上達しない。
「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える」とルターも言ってるじゃねえか。

話はちょっとそれるが、こういった自分の下手な演奏を平気でアップする人(無論、自分の事)って、天性のストリッパーなのかもしれない。
職業でストリップをやっている人は別として、お金貰える訳でもないのに、人前で平気で裸になる人っているでしょ。あれって、自分の肉体に自信がある訳じゃない。それでも平気で脱ぐ。俺みたいな下手くそなプレイヤーが自分の演奏動画を上げるのって、それに近いのかも。
「私の裸を見て、見てー」みたいな感じ。

女性のストリッパーに遭遇した事はないんだよなあ。男のそれなら何度かあるんだけど(嫌な過去を思い出した)。

貴方の幸せ、願わない日はない

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前回のblog更新から、日々の状況は何も変わっておらず、在宅ワークで気が狂いそうになる。一日家で仕事をして、外に出るのは昼食と夕食を買いに行く時のみ。
それでも、給料が保証されているのだから、俺は幸福な部類なのかもしれない。贅沢を言える身分じゃない。

ちょっと前に、相方が手術を受けたという話を書いた。その結果次第では、また別の大きな手術を受けなくてはいけない可能性があるとも。

札幌に行って来た - Some Were Born To Sing The Blues


その結果が判るのが今日だった。相方から「10時に病院に行って、結果訊いてくる」とも聴いていた。

11時が過ぎても、相方から連絡が来ない。もしかすると、結果が良くなくて、色々説明を受けているのかもなぁとも思った。こればかりは俺達がどうこうしたからといって結果が変わるもんじゃない。受け入れるより仕方ない。

「悪性じゃなかったー!」

相方からメッセージが届いた。安堵した。良かった。それが正直な気持ちだった。良性か悪性か、可能性は五分五分だと相方は言っていた。悪性だったら、千葉にある信頼のおける病院で手術をお願いするとも相方は言っていた。相方は医療系コンサル会社に勤めているので、病院関係の情報なら、いくらでも入って来るのだ。

だが、手術なんてしないなら、しないに越した事はない。ましてや、悪性だった場合、女性特有臓器の摘出をしなくてはいけなかったのだ。男の俺だって、そういった臓器摘出が、身体に何らかしらの影響を与えるのは容易に想像がつく。

コロナの影響で日々の生活はストレスが溜まるばかりとなり、楽しみや喜びとは無縁だ。いつまでこんな生活続ければいいんだろうと思わずにはいられない。それでも、俺の生活における一番大きな懸念事項がクリア出来たことは大きい。

俺も相方も年寄だ。そもそも知り合ったのが三十代後半。互いに五十を過ぎた。これから身体はどんどんポンコツになっていく。きっとまた、互いに心配するような状況がいくらでも訪れることだろう。
だが、それを懸念しても意味のないことだ。その状況が訪れなければ、本気で考えることなんて出来やしない。
とりあえず、今は心配事が一つ片付いた。そう思って安心してもいいんじゃないかな。

ということで、蛇足だが、前回にカンボジアの写真を載せたので、ジジイの回顧録で写真をいくつか載せておく。
下の写真は、カンボジアではなく、ベトナム。相方が顔をショールで覆っているのは、排気ガスのせい。ベトナムはスクーターの数が尋常じゃなく、ガスが凄かった。

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そして、下のは、カンボジアの写真。なんだっけかな? アンジェリーナ・ジョリーが主演した「トゥーム・レイダース」のロケで使われたとか。建物を木が覆ってしまったのだとか。ここは、観光客の写真撮影人気スポットなので、前後の観光客で互いに「写真撮ってやるよ」となる。あまりこういった事は言いたくないが、中国の観光客の人々は、延々と何枚も写真を撮りまくって、交通渋滞を引き起こしていた。

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最後はトンレッサップ湖。ここにはボートピープルと呼ばれる人達が水の上で多数暮らしていた。相方が少年少女と気安く会話をしては、俺に向かって「ね、1$頂戴。あの子達にあげないと」と言っていたのには参った。こっちはそんなの想定してないからね。判っていれば、小銭を用意していたけれども。

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ベトナムカンボジアに行ったのは、2013年だった。もう7年も経つのか。人生はあっという間だな。

オールド・グッド・デイズ

コロナの影響で在宅ワークとなっている。この件に関しては、書きたい事もないし、実際書きたくもない。
夜中の零時半までテレビ会議をやって、その後の資料修正を終えたら二時。そこからシャワーを浴びて、缶チューハイを一本だけ飲んで寝る。
これが人の最低限の文化的な生活かよ?

ということで、本題。
俺がこのblogを書き始めた理由について記しておこうと思う。別段、大した話じゃない。尤も、俺のblogに大した話などあったことなぞないが。

2014年に相方と俺の友人の三人でモロッコに行く事になった。もともと、俺と相方はモロッコに行こうという話はしていたのだ。そしたら、何故か俺の家に遊びに来ていた友人と盛り上がって、気付くと三人で行く事になっていた。きっかけは忘れた。
旅行に行く前に「そうだ。旅行から帰ってきたら、それを記録として残しておこう」と思い立った。

ロッコに行く二年くらい前だと思う。カンボジアに出掛けた。相方がアンコールワットを見たがったからだ。相方は基本的に海外に行く場合の理由の99%は世界遺産が目当てである。

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実際に行ったカンボジアは楽しかったし、アンコールワットも素晴らしかった。食事も悪くなかった。だが、一日で色々な観光名所を巡ったせいか、後で写真を思い出しても「これ、なんだっけ?」となる事が多かった。

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記憶を呼び起こす一番強い素材は写真や動画だと思う。動画だと音声とか残っているから、思い出しやすい。だが、写真は当たり前だが言葉もないし、動きもない。下手をすると「これは何処を撮ったものなのか?」になる場合が往々にしてある。特にカンボジアは似たような建造物が多かったせいか、その傾向が強かった。

その時の反省を思い出したのだ。せっかくモロッコに行って写真を撮りまくっても、あとで何が何やらになるのは残念だな、そう思ったので、それをblogに残す事にした。
俺がこのblogを始めた切っ掛けはそれだけである。

当然の話だけれども、旅行は毎月行ける訳じゃない。ましてや海外旅行なんて年に一度がせいぜい。そうなると、旅行よりも、日常の話のほうが多くなる。
結果として、俺のblogは単に俺の日常を垂れ流すだけの代物と成り下がった。

ただ、やはりこのblogに自分の旅行の記録を残しておいたのは良かったと思っている。というのも冒頭に書いたが、自宅ワークで地獄を見ているので、そういった時にたまに過去の自分の旅行の記事を読み返したりするのだ。そうすると、「ああ、あの頃は楽しかったなぁ。そういや、あそこであんな事あったな」と思い返す事が出来る。
大量に撮った旅行の写真を見返せば、ある程度は思い出せる。が、やはり文章で自分の体験を記録しておくと、何年経っても、思い返す事が可能だ。

残念ながら、日々辛い事があった時に、明るい未来を思い描けるほど、俺は若くない。どうしても過去の良かった日々に救いを求めるようになってしまった。これは仕方ない。それだけ長く生きているのだから。

ただ、そうやって思い返したくなるオールド・グッド・デイズがあるのだから、それはありがたいと思わなくてはいけないのだ、多分。