Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

引越をした人、引越をする人

 

前回、一年半弱の単身赴任生活が終わったと書いた。実はこれはちょっと嘘である。
まだ、俺は単身赴任中だ。相方とは離れて暮らしている。

先週の土曜日、俺は神奈川県の某ビジネスホテルにいた。昼過ぎに不動産屋に行き、新居の鍵を貰って来た。そしてそのまま神奈川県某所のビジネスホテルにチェックインしたのであった。
夜の9時過ぎに相方が札幌からやって来る。相方は土曜日に荷物の搬出を終え、長かった札幌生活に終止符を打った。そして日曜は二人で新居に必要な買い物をし、月曜(つまり今日)、新居に荷物の搬入をする。

で、俺が新居に引っ越すのは、今週末の土曜日だ。タイムラグが一週間ある。何故そんなふうにずらしたかと言えば、二人が同日或いは近い日に新居に荷物を搬入したら、収拾が付かないと判断したからに他ならない。
俺と相方の荷物は、当然の事ながら、相方のほうが勿論多い。何しろ札幌には二人の共同の持ち物であるテレビ、ダイニングテーブル、CDコンポ、座椅子、ローテーブル(その他もろもろ)などがあったのだ。

そして、共同の持ち物以外を比べても相方のほうが断然荷物は多い。今の引越業者(0123で有名な引越屋さんだ)は服や靴は専用のハンガーケース、入れ物を準備している。ところが、相方の服や靴が多かったせいで、作業員が「おい、追加でハンガーケース持ってこい」と連絡していたらしいのだ(俺はこの話を相方から聴いた)。

日曜日、二人で新居用に照明機器、エアコン、IH用の鍋、フライパンを買い込んだ。あっという間に10万以上がすっ飛んだ。再来月のカードの引き落とし明細を見たくない。

今日の昼、相方に電話をしてみると、無事に引越は終わったようだった。しかし部屋の片づけは済んでおらず、部屋は地獄の有様らしい。ま、当日に全部片付く筈がない。

f:id:somewereborntosingtheblues:20201019221737j:plain

相方は「テレビの配線が判らなくて、テレビが見れないよー」と嘆いていた。相方は典型的な「電気配線、PC関係が弱い女性」である。ある意味、興味がないからだろう。そういったものは、男がやるものだというのを若い頃から実践していたからだな、間違いなく。

f:id:somewereborntosingtheblues:20201019221806j:plain

f:id:somewereborntosingtheblues:20201019221826j:plain

俺も今週末の引越に向けて準備をした。そもそも、荷物が少ないから、俺の場合はあまり準備に費やす必要がない。
せいぜい段ボールに仕舞ったのは、CD、DVDくらいだ。押入れの奥に引っ越した時から入れていた革のブーツは黴が生えていた! 仕方ないので捨てた。なんだかなー。
段ボールを積み上げているけれども、この中身はCD、DVDだ。他に入れるもんないのかよ? と言われると「ないのだなー」と答えるより他ない。
俺の場合は、楽器とCDさえ無事に運搬して貰えれれば、後はどうでもいいのだ。服なんか殆どないし。

f:id:somewereborntosingtheblues:20201019222044j:plain

引越は何度もやってきたけれど、いつも面倒くさいなあと思う。でも、この引越が終わればやっと二人の暮らしが再開されるのだ。それを思えば、今までの引越準備よりも、だいぶに気分は良いような気がする。

日曜の夜、相方と二人でしゃぶしゃぶの食べ放題を夕食にした。二人して思ったよりも食べられずに「若い頃に比べて喰えなくなったなぁ…」と言い合った。相方が笑った。
「暫く一人暮らしで、まともな物食べてなかったでしょ。だから、当分料理は手抜きしても、判らないでしょ、違う?」
俺は頷いた。手抜き料理だって構わないさ。相方が作る料理に、俺が一度でも文句を言った事があったかい?

戦士の帰還

ついに明日の夜、相方が東京に戻って来る。俺が東京に戻ってから約一年半。離れ離れに暮らしていた日々も終わる。

人生というものは、よく判らないシークエンスの連続だなという気がする。そもそも、俺と相方が一緒になったのだって、想定していない出来事の連続の結果だ。その事は前にも書いた。俺が良いと思っていた女性の同僚が相方だったのだ。(その話はこちら人生は不可解だ - Some Were Born To Sing The Blues

それが、気付けば一緒になった。それもまた一つの人生の選択なんだろう。

一緒になる事を決め、暮らし始めた。それからはよくある男と女の話だ。格別珍しいエピソードがあった訳じゃない。何処にでもある、何処にでもいる男と女の話でしかない。人生後半に差し掛かった40男と30後半の女が生活を共にし、10年以上が過ぎ、二人して50歳を超えた。

f:id:somewereborntosingtheblues:20201017035751j:plain

(この写真は12年前のもの。俺もまだ40歳だった。若かったな)

ただ、その間に俺は勤めていた会社が潰れ、フリーランサーになる事を余儀なくされた。
今後の残り人生をどう生きようか、迷っている時に、偶然に正社員になるチャンスを得る事が出来た。その機会を与えてくれたのは相方だ。相方の知り合いのエージェントが正社員の口を紹介してくれた。

尤も、その正社員の勤め先が札幌だったのは想定外だったが。
俺は根無し草だ。何処で暮らそうが、何処で生きようが構わなかった。10代を群馬で過ごし、その後はほぼ東京で暮らしていた。だが、東京が俺にとってのベストの地だったのではない。たまたまの選択肢として東京があっただけ。だから、何処でも構わなかった。
それに反して相方は東京生まれの東京育ち。そして俺と一緒になるまで、東京の西以外で暮らした事のない人間だった。

「札幌に行こうよ。正社員になるチャンスなんてもうきっとないよ」
相方は今までの40数年の東京暮らしを捨てて、俺の背中を押してくれた。相方の言葉がなかったら、俺は今の会社に属していないし、札幌にも行っていない。
俺は残りの社会人人生を札幌で過ごそうと決めた。東京に戻るのは還暦過ぎてからになるだろうとも思った。まさか三年弱で札幌を追われて東京に戻る事になったのは想定外だったけれども。

でも、札幌に行った事で、俺は得難い経験と友人を得た。
50歳にもなってから、親友と呼んでもいい人と出逢えた。札幌の琴似でバーを経営しているHさん、俺はあんたの事を本当に大切な友達だと思っているよ。俺が人生で師匠と呼ぶのは貴方と、俺にドラムを教えてくれたTさん、その二人だけだ(かなり私信に近くなったが、まあ面と向かって言うのも恥ずかしいから、blogで書いておくのも悪くあるまい)。

札幌での仕事は大した事なかったが、バンドもいくつかやれて良い経験が出来た。俺みたいに楽器が下手な奴が、ギターとドラムでバンドを複数やれたのも僥倖だ。ライブも何度も経験出来た。セッションでサックスを吹く機会を得る事も出来た。シンディ・ローパーの「Time After Time」やワムの「Careless Whisper」をセッションの場とは言え、サックスで吹く事が出来たのは、今でも良い想い出だ。
そして尾崎豊の「15の夜」を尾崎豊のバンドでギターを弾いていた江口正祥さんと一緒にサックスをプレイ出来たのも望外の喜びだ。また吹きたいなとも思う。
この歳でそんな経験が出来たのも運が良かったとしか言いようがない。全てを「運」の一言で片づけてもいいのだけれども、それも相方のお蔭だ。全ては相方に起因しているから。

住み慣れた東京を後にして、札幌に引っ越し、友人や過去の積重ねを全て相方は投げ捨ててくれた。実は相方は最初はその事の重大さに気付いていなかったようだけれど。
札幌での暮らしは辛かった事が多かっただろう。ましてや去年の6月に俺が仕事の関係で一人東京に戻り、相方は北の地で一人。札幌で友人が出来たとは言え、決して安寧の日々だったのではあるまい。

意に染まぬ札幌での一人暮らしを一年半過ごし、相方は東京に戻って来る。三年半の札幌暮らしを終えるのだ。
さて、俺は相方に何がしてやれるだろう。俺が彼女から貰ったものをどうやって返せばいいのか、俺にはそのアイディアが今は何もない。
俺の残り人生なんて、どれだけ長くてもあと20年がいいところだ。
その20年で、相方にどれだけのものが返せるだろう。

心許ないが、少しずつ利子から返して行こうとするか。

Van Halenを聴いていた頃

f:id:somewereborntosingtheblues:20201012225150j:plain

ロックギターの革命児と呼ばれる、エドワード・ヴァン・ヘイレンが亡くなった。ロック好きな人にとってはかなりの衝撃だったようで、facebookなどでは、やたらと追悼コメントを上げる人が多かった。

俺はヴァン・ヘイレンに関しては、それなりに好きといった程度で、深い思い入れがあった訳ではない。ベストアルバム一枚しか持っていない。
また、エドワード・ヴァン・ヘイレンのギタープレイの凄さ、ミュージシャンとしての偉大さは、至るところで書かれている。俺のような音楽素人が、何かを語るのも違う。
ただ、ヴァン・ヘイレンに関して、10代の頃の淡い記憶が甦ったので、それを俺からの追悼としよう。

17歳の時だった。俺は人生初めてのガールフレンドが出来て浮かれていた。もう、一日のうち25時間くらいは寝ても覚めても彼女の事ばかり。
今考えると、随分と単純な奴だなあと思うけれども、そりゃ仕方ないだろう。人生で初めてキスをした相手、そして生まれて初めて女性の裸というものを見せてくれた相手。そりゃ、頭の中が彼女一色になっても、誰が責められるだろうか。

とにかく彼女と一緒にいる時間を作りたくて、そればかりに専心していた。彼女の家に遊びに行き、ベッドに腰かけて一緒に音楽を聴く。流行っていたのが、ヴァン・ヘイレンだった。俺も彼女も格別のファンという事ではなかった。彼女はジャーニーのようなもっとポップな音楽が好きだった。
ただ、当時やたらと、ヴァン・ヘイレンの「Jump」を聴いていた記憶がある。

俺が彼女に夢中だったように、彼女も俺と一緒にいる事を喜んでいてくれたと思う。或る日、二人でどうしても一日一緒にいたくて学校をサボった。そして、ここからがよく覚えていないのだけれども、共通の友人であり、彼女の遠縁であるA君の家に遊びに行った。
A君のリビングで三人でどうでもいいようなお喋りをした事だけは記憶している。そもそも学校をサボったのだから、平日なのだが、どうしてA君が家にいたのか。その辺りが思い出せない。
俺と彼女はソファに寝っ転がって、A君はリビングの床に座っていた。A君が「おい、ソファで変な事始めるんじゃねーぞ」と冗談を飛ばしたのは覚えている。
その時、ヴァン・ヘイレンの「Jump」が流れていた。ラジオだったのか、A君がアルバムを流したのか、どちらだったろう。

あの頃、ヴァン・ヘイレンのアルバム「1984」が売れていた。先ほどの「Jump」以外にも「Panama」や「Hot For Teacher」という曲も売れていた。彼女はそのアルバムに収録された「I'll Wait」という曲を気に入っていた。この曲は他のに比べると、さほど人気がなかった。
「この曲ってラブソングなんだね。『君の気持ちは今は他の男に向かっているけれど、自分はその気持ちが冷めるのを待つよ』って歌詞なんだよ」
彼女が俺に説明してくれた。その歌詞は当時の俺の気持ちの有りように良く似ていた。

彼女は俺と付き合う前に別の恋人がいた。彼女は元恋人を「彼は今でも良い友人だから」と言った。その事で俺は嫉妬し、随分と彼女と喧嘩もした。今の俺からすれば、「昔男がいたことなんて、どうでもいいじゃねえか。今、俺に惚れてるのなら、無問題だろ」くらいの話だ。だが、17歳で初めて付き合った女性に昔の男の影があれば、それに嫉妬するのもしょうがないことだなと思う。10代の男の子なんて単純で純粋だ。

俺は一刻も早く彼女と一緒になりたくて、高校を2年で中退して働こうかと本気で考えていた。彼女もそれを望んでいた。だが、当時の俺と彼女の心理を大人が見れば「おままごとだよ。ちゃんと考えろ」と諭すだろう。
同じような相談を今の俺がされたら、俺もやはり「もう一度よく考えろ」と促すのは間違いない。

結局、俺が高校を辞める事もなく時間が過ぎ、色々あって俺と彼女は別れた。10代の頃の恋愛なんて、ある種の幻想であり夢想なんだと思う。無論、成就すればそれに越した事はないが、叶わなくても、そういった事実があったというだけでも充分だ。

あの時、高校を辞めて働いて、彼女と一緒になっていたら、どんな人生になっていた事だろう。それは誰にも判らない。そして、人生にはやり直しのIFはない。
彼女は今は子供も孫もいる。歳相応の病気にも罹ったりしているようだが、それはもはや俺が関知出来る事じゃない。彼女と彼女の家族の問題だ。
5年以上前に、偶然遣り取りする機会があった。彼女に問われた。
「もう結婚したの?」
「ああ」
「それは良かった。貴方を想ってくれる人が、貴方には必要よ」
それ以来、彼女とは連絡は取っていない。今後も取るつもりもない。だが、それで良いのだ。淡い想い出は引きずり出すべきものじゃない。

ヴァン・ヘイレンの「Jump」を聴くと、当時の事を思い出す。そして「若かったな、あの頃は」と感慨に耽る。あの頃を思い出して、何かやり残したとは思わない。
ただ、そういった日々を持てた事は、充分に価値のあるものだった。俺はそう思うのだ。

ミニマリストではないが、断捨離でもしてみようか

f:id:somewereborntosingtheblues:20201009162557j:plain

引越しが迫ってきたので、それに備えて断捨離でもしてみるかと思い立った。

唖然とする。
そもそも、捨てる物が殆どない。というか、捨てるほど、物を持っていない。

現金以外で俺にとって大事なものは、サックス、ギター(三本)、スネアドラム、電子ピアノの楽器群。そして、趣味のDVD、CD。言っておくが、DVDはエロい奴じゃないよ。時代劇のDVD。
あとは何だ? 仕事に着て行くワイシャツやスーツ、プライベートで着る服。これくらいしかない、かなりざっくり書くと。大きな物としては、すのこベッドとスーツケース、それくらいだ。
会社支給のも含めて、ノートパソコンが三台あるけど。邪魔だな。そんなに要らん。会社のパソコンなんか投げ捨てたいけど、それやるとクビになるし。

去年の6月に東京に戻ってから、買った物って電子ケトルくらい。服では、ワイシャツ、トランクス、靴下を買ったけど、これらは仕事用でもあるし、ある意味消耗品だ。俺が東京に戻ってから、プライベートで買った服は、黒のカーディガン一着のみ。

相方と会った時に「東京戻ってから、仕事以外の服は一着しか買ってない」と言うと、相方は宇宙人にでも会ったような衝撃的な顔になって「信じられない」を連呼した。
俺に言わせれば、季節の変わり目になると「バーゲン行かなくちゃ」と言って、服に散財している相方のほうが、よっぽど信じられない。

押入れを開けてみたが、捨てられそうな物がない。必要最低限で生活しているから、不要な物がないんだよな。私服は数えるほどしか持っていない。
ただ、もう使っていない小物とかは結構あるだろうから、その辺りは整理出来るかもしれない。

ぱっと見ただけでも、リップスティックが三本あったり、爪切りが二本とか、こういった「金銭的にダメージはないけど、なんか無駄に買った物」ってのが結構ある。洗面台には、使っていないT字剃刀が二袋あったりもするし(ダブって買ったのだ)。
明らかに無駄な物とか、押入れにあるはずだ。それらを一つ一つ整理していけば、結構良い断捨離になるかもしれない。

相方とまだ一緒になる前、相方の住んでいるアパートに泊まりに行ったら、相方が嘆いていた。
「包丁と鍋の蓋がないんだよねぇ…」
「どうしたの?」
「間違って、捨てたんだと思う」
どこの世界に包丁と鍋の蓋を間違って捨てる奴がいるのだ? ここにいます。
相方は俺の真逆で、超断捨離魔である。俺も断捨離されないように気を付けよう。

明日は土曜だし、ゆっくりと断捨離でもしてみるか。思わぬ掘り出し物が見つかるかもしれない。

ファイナル・カウントダウン

気付けば10月となった。もうすぐだ。もうすぐ、この狭い、汚いワンルームアパートともお別れだ。
ここに越してきたのが、去年の6月。そこから久しぶりの一人暮らし。仕事は地獄の有様で、心身ともに荒んだ。零時近くまで残業するのが当たり前となり、夜中の一時半くらいまで残った事も一度や二度じゃない。

f:id:somewereborntosingtheblues:20201006230923j:plain

帰り道、コンビニに寄ってハイボールを買い、それを飲みながら帰宅するのが唯一の心の慰めだった。

三年振りの東京は可もなく不可もなくといったところだった。去年の夏は相変わらず暑かった。札幌の涼しい夏が懐かしかった。そして、碌に自炊する事もなく、コンビニの飯ばかり喰い、酒を飲んでいた。週末はやる事もなく、朝から酒を飲むだけ。
相方と離れて暮らしていたから、ある意味無法地帯。全く良くない。

俺は東京での一人暮らしで地獄を見ていたが、札幌に残った相方はどうだったのだろうか? その辺りの話をした訳じゃないから、正直なところは判らない。
ただ、何度も書いているが、相方は東京生まれの東京育ち。三年前、札幌に行くまで東京以外の地に住んだ事がなかった人間だ。辛くないといったら、それはきっと嘘になるだろう。
俺なんか、群馬で生まれ育ち、埼玉に引っ越して、その後はサイパン、山梨、東京、アメリカ、また東京、そして札幌。どこで住もうが平気だ。次は沖縄が良いかな?

去年の6月、俺が東京に戻る事が決まった時、相方はどうしても仕事の関係で札幌を離れる事が出来なかった。
相方は言った。
「ま、長い結婚生活、きっとこういう事もあるよ。良い経験になるんじゃないかなー」
果たして、離れ離れの日々がそれぞれにどういった影響を与えたのかは判らない。今後どういう作用を及ぼすのかも不明だ。

ただ、一年四カ月、過ぎてみればあっという間だった。コロナのせいで在宅ワークになったせいか、4月以降がある意味空白期間だったのも否めない。
来週末、相方が札幌から東京に戻ってくる。厳密には神奈川県に移住だ。
そして、再来週に俺が東京から神奈川に移動する。

残された一人暮らしの期間は三週間を切った。きっともう、一人暮らしはこれが最後だろう。次に俺が一人暮らしをする時は、俺が相方に見捨てられた時か、相方が俺より先に逝ってしまう場合だけだ。
もしかしたら、この数週間を楽しむのも良いのかもしれない、そう捉えれば、この狭い部屋での暮らしも、悪いものじゃないように思えるかもしれない、いや無理だ(反語)。

19歳で実家を出てから、数多くの賃貸物件で暮らしてきたが、ここまで何も良い想い出がなかった部屋も過去にない。そう思えば、ある意味貴重なのかもしれない。

Waltz For Baby

f:id:somewereborntosingtheblues:20200930003833j:plain

池袋ウエストゲートパーク」という小説がある。いや、ドラマがあると言ってもいいか。要は「池袋ウエストゲートパーク」という小説があって、それを原作としたドラマもある、という事が言いたかった。相変わらず、俺は日本語が不自由だ。

池袋ウエストゲートパーク」のドラマ版では、主人公の誠をTOKIO長瀬智也さんが演じていた。俺はコアなファンじゃないけど、全話見た(筈)。原作とかなり乖離している箇所もあるのだけれども、小説を映像化した場合、原作と違う部分が出て来るのは当然の話だ。
俺はそもそも原作信者ではないので、キャラクタの性格が大きく変更されていたり、設定が変わっていても特に思うところはない。

ドラマ版の誠はインポテツ(物理的に女性と裸のお付き合いが不可能)というよく判らない設定が付加されていた。あれ、何の目的でそうしたのだろう。当時アイドルだった長瀬さんに、女性とのラブシーンを回避させる為か? うーん、説得力に欠ける。
それはまあ、良いのだけれども、一つ原作との違う設定で残念だった事がある。

原作の誠はクラシック好きという設定だったのだ。ドラマ版ではその設定が一切なく(なかったと思う)、非常にそれが惜しかった。若い男の子がクラシック好きって、ちょっとぐっと来ないか?

俺はクラシックは門外漢だ。何一つ判らない。自慢じゃないが、モーツアルトとベートーベンとショパンの違いも判らない。同じ事を札幌時代に、ピアノの先生に言ったら「全然違いますよー」と大笑いされた。
だが、興味のないものなんて、みな同じに聴こえるのだ。例えば、相方はファンクとソウルが好きなのだが、俺がハードロックなんか聴いていようもんなら「うるさい音楽だなー。どれも同じに聴こえる」などと失礼な事を言う。
どうやったら、レッド・ゼッペリンとディープ・パープルが同じ音楽に聴こえるのだ?
だが、俺もEarth,Wind & Fireの曲なんてどれ聴いても同じ曲にしか思えないしな。そういうもんだ。

俺は基本的にロック、ジャズ、ブルースが好きな音楽なんだけれども、他のジャンルの音楽だって聴かない訳じゃない。ただ、聴く比率は圧倒的に落ちる。そしてクラシックとなると自分から能動的に聴く事がほぼない。
本当だったら、「今日はショパンの***が聴きたい気分だなー」とか「よし、仕事も終わった。バッハの@@@協奏曲でも聴くか!」とか言いたい。でも無理。
50年以上、クラシックを身体が受け付けなかったのだから。

音楽というのは理屈や理論じゃない。感覚だ。「ああ、この曲のメロディいいな」「このピアノのフレーズ、なんか判らんけど惹かれる」そういったもので、自分の好きな音楽を聴くようになっていく。
だから、自分が心から惹かれないジャンルの音楽を無理して聴いても意味がないし、それは無駄な時間だ。

随分昔、当時勤めていた会社の上司と雑談をしていたら「お前、クラシック聴けよ。クラシックいいぞ」と言われた事があった。上司はクラシックと映画音楽の大ファンだったのだ。
俺は即座に否定した「いやー、無理っす。俺まだロックとジャズでも聞き飽きてないんすよ。それに聴いてないロック、ジャズだって腐る程ある。クラシックに浮気してる余裕ないです」
というか、俺の場合、クラシックは浮気相手にすらならなかった(クラシックというジャンルを馬鹿にしている訳ではない。あまりにもロック、ジャズで好きな物が多過ぎるだけの話なのだ)

好きでもない人とキスをしても、ときめかないだろう? それと一緒だ。人生において、キスが出来る回数は限られている。好きな音楽を聴く時間も限られている。
だとしたら、自分の好きな相手とキスをしなくてはね。

横浜、ホテルニューグランド、中華街、山下公園 後編

9月22日(火)。明け方の五時くらいに目が覚める。どうも休みの間は生活リズムが崩れるのだよなあ。良くない事だ。
その後ウダウダしているうちに七時くらいになる。朝の情報番組を見るのも久しぶりだ(今俺が住んでいるボロアパートにはTVがないから)。なんだか久方振りに見た夏目ちゃん(夏目三久さん)は顔が変わったような気がした。

朝のホテルから見下ろす山下公園。中々悪くない景色だ。停泊している大型客船も見える。こういったところが横浜の良いところだな。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234434j:plain

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234516j:plain

昨日の夜、派手なライトアップで楽しませてくれた観覧車も朝はなんか大人しい。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234534j:plain

相方はまだ化粧に時間が掛かるので、ちょっとホテルの外と山下公園を散歩する事にした。下の写真がホテル・ニューグランドの本館。こちらのほうが趣きはあるわな。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234552j:plain

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234605j:plain

朝の山下公園を歩く人達。みな、一様にマスクをしている。外を無言で歩いているのなら、マスクは不要だと思うのだが、いかがなものか。この残暑厳しい季節にマスク着用で外を歩くのは危険だと思うのだけれども。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234627j:plain

山下公園と言えば、セットの氷川丸。相変わらず、雄大である。相方がそういえば「いつか船旅してみたいなー」と言ってたっけ。無論、うちに船旅するような経済的余裕はないから、それはただの夢想であり、妄想なんだけど。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234654j:plain

なんか、雲の形が面白かったので、撮ってみた。写真が趣味の人とか、きっとこういうシーンに出くわしたら、良い写真を撮れるんだろうな。俺は腕がないから、こんな写真しか撮れない。残念である。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234710j:plain

さて、相方の化粧も済み、時間も10時を回ったので、カフェに出掛ける。ここのメニューにはナポリタンがある。なんでもホテルニューグランドのカフェがナポリタン発祥の地なのだとか。入り口にパフェの写真がある。相方が「食べたいなー」と言う。俺が「喰えばいいじゃん」と言うと「え! 2,000円だよ」の答えが返って来た。パフェが2,000円かー。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234738j:plain

そして店の入り口。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234759j:plain

まずナポリタンを注文するのは外せない。そしてドリアもここのカフェ発祥らしい。が、相方が難色を示した。「朝からドリアは…」そこで、ナポリタンと、海老ピラフにした。このカフェはプリンアラモード発祥の場所でもあるらしい。
プリンアラモードは?」と尋ねると、「うーん。お腹に余裕あったら」と煮え切らない相方。
「きっと量は少ないよ。頼め、頼め」と言う俺。ホテルニューグランドに泊まるのも最初で最後なら、カフェで発祥メニューを注文するのも最初で最後だ、間違いなく。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234827j:plain

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234846j:plain

ピラフは特に言う事は何も無し。ナポリタンは上品なトマトソースを大量に使ったものだなあと言うのが正直な感想。もっと、トマトケチャップ味を全面に押し出した、昭和の喫茶店ナポリタンみたいなのが来るのかと想像していた。予想を裏切られた。

そして相方の大好きなプリンアラモード。相方はプリンが大好きなのだ。モロッコに行った時も、デザートで注文したプリンが大層美味しかったらしく、「やっぱりフランス領だったからかな。モロッコはプリンが美味しい」と喜んでいた。モロッコだからプリンが美味いというのはどうかな。目黒の秋刀魚であるな、その発想は。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924234932j:plain

そして、このホテルニューグランドのカフェで頼んだプリンアラモードも大層美味しかったらしい。相方は大喜びでプリンを頬張っていた。それは良かった。
ちなみに、このカフェでコーヒーを頼むと、一杯900円弱するのだ。相方と顔を見合わせて「高いねー。コーヒーは後で16階で飲もう」と囁きあった。今回の宿泊では、俺達はちょっとばかり贅沢な部屋に泊まったので、16階の喫茶エリアにて無料でお茶が頂けるのであった。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924235422j:plain

大事なことを書き忘れた。ナポリタン、海老ピラフがそれぞれ2,000円。プリンアラモードが1,500円だ。人生最初で最後の贅沢をしたような気がする。

この後は電車を乗り継いで、俺達が10月から住むマンションの内見。そして不動産屋に移動して契約。俺達は内見せずに申込をしてしまったので、契約直前に不動産屋が部屋を見せてくれる事になっていたのだ。
「ね、契約の直近でどうしても我慢出来ない(契約無理!)ってなったらどうする?」相方が俺に言う。
「その場合はしょうがない。とりあえず、半年だけ住んで、新しいところを探そう」俺は言う。さすがにこの場で「やっぱ契約しない」というのは無理だ。もう新しい部屋を探している時間はない。その場合は数ヶ月だけ住んで引越しかない、俺はそう思っていた。
運良く、部屋は相方を満足させるに充分だった。安心して不動産屋で契約作業。この日だけで何回俺は自分の名前と住所を書かされた事か。

今回の二日間の小旅行での唯一の必須作業が終わった。よし、という事で中華街に戻る。相方の職場の人へ土産を買う為だ。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924235542j:plain

昼の中華街は混んでいる。連休最終日だからなあ。ここでランチやディナーを食べる人も多いのだろう。時間は夕方の四時前後。まだ晩御飯には早い。相方と山下公園を散歩する。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924235701j:plain

「なあ、氷川丸って、船内見学出来るみたいだぜ。入ってみようか」俺は言う。晩御飯で中華を食べる、それまでやる事なぞ何もないのだ。のんびり時間を過ごすのに船内見学はもってこいだ。
「無料かな?」と俺が言うと、相方が返してきた「有料だってさー。300円かな?」

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924235753j:plain

歩いていると、水上フェリーが見える。これが都内への足となっているのだなあ。確か、俺達も前に乗った事あるなあ。両国まで行ったのだっけかな。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924235816j:plain

船内は一等客室から三等まであるようだ。そして、一等レストラン。ここは、皇族も食事をされたようで、さすがに立派である。船旅でディナーなんて、相当リッチな気分が味わえるだろうな。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924235837j:plain

f:id:somewereborntosingtheblues:20200924235851j:plain

氷川丸は、1930年くらいに横浜からシアトルまでを13日間(12日だったかも?)で航海したのだと言う。相方が何故かスマホで何かを調べている。
「ねえねえ、タイタニックって氷川丸よりも古いんだよ。それにタイタニックって処女航海から五日後に沈没したんだって!」

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000006j:plain

そうなのか。五日しか動かなかったのか、勿体ないな。戦艦大和みたいなもんだな。俺が相方に「そういや、俺、タイタニック観た事ねえんだよな」と言うと相方が笑う。「せっかくだから、観てみたら」
うーん。俺は別にデカプリオのファンじゃないしなあ。
あと、当時の氷川丸の一等客室の料金は500円だと言う。当時、千円で家が建ったと記述があった。となると、一等客室の料金て、現代に換算すると800万から一千万くらいなのかな。もっと高いか?
相当の金持ちじゃないと無理だね、これは。
一等客室の様子が見える。へえ、結構広いし、綺麗だな。洗面台もあるし。そりゃ高額な訳だ。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000050j:plain

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000104j:plain

甲板から、遠くを見つめる相方の図。何を観ているのやら。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000127j:plain

船内は結構色々歩き回れる。普通に歩いていると、30分くらい掛かるかな。結構面白い。大人一人300円で見られるし。一度は入っても良いかと思う。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000151j:plain

船旅で外国へ、なんて夢のまた夢だよなあ。宝くじでも当たったら、その時はヨーロッパまで船で行ってみようか。人生最初で最後の贅沢をするとしたら、船旅かもしれないな。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000217j:plain

船を降りて満足したので、次は山下公園の花や植物を。相方は前から「東京(神奈川)に戻ってきたら、花育てたいなー」と言っていたのだ。札幌だと冬になると花が枯れてしまうからね。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000243j:plain

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000259j:plain

一旦、ホテルの部屋に戻り、小休止。そして晩御飯を食べる店を探す。というか、探しているのは相方だけれども。俺はぼんやりと夜景を見るのみ。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000320j:plain

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000333j:plain

今回の中華料理で、決まっていたのは「四川風麻婆豆腐を食べよう!」だった。それ以外は全て未定。今、中華街は2,000円で食べ放題の店がいくつもある。リーズナブルに済ませたかったら、そういった店をチョイスすれば良い。一人、アルコール込でも3,000円で済ませる事が出来る。だが、俺も相方も歳だ。大量に食べられる胃袋は持っていない。だとしたら、多少一品辺りの値段が高くても、美味いものを食べよう、そう話していたのだ。
店が決まり、中華街へと。この二日間で、何度も通った場所だ。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000412j:plain

ちょっと一本、横道に入ると雑多な感じがして、これもまた楽しい。いいなあって感じである。こういった猥雑な雰囲気が俺は好きなんだよなあ。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000435j:plain

今回選んだ店は「四五六菜館」。店の入り口の写真は撮り損ねたので、興味のある方はググって下さい。相方が珍しくアルコールを許してくれたので、ハイボールを注文。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000451j:plain

基本的に、麻婆豆腐を注文する以外は未定。相方に「好きな物頼みな」とメニューを渡す。うちは典型的な「君、頼む人。俺、払う人」の関係である。というか、食道楽な相方が注文する事で全てが円滑に回るのだ。それで良いのだ。
相方は、牛肉のなんちゃら炒めを注文。最初は酢豚を食べたいと言っていたのだが、メニューを観て気が変わったらしい。相方は食事をする時、必ず「あー、どっちにしようかなあ、こっちかなー、それともこれかなー」と延々悩むタイプである。超うぜー(笑)

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000510j:plain

そして勿論、これは外せない、麻婆豆腐。唐辛子マークが三つついていたので、結構辛かった。ただ、相方が言った「これはこれで美味しいけど、やっぱり過門香のほうが美味しいな」という意見には俺も賛成だ。美味しい麻婆豆腐を食べたかったら、赤坂溜池山王店の過門香をお薦めする。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000534j:plain

同じ系統の味付けを二品頼んだので、塩味の烏賊と野菜の炒め物を注文。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000559j:plain

これはシンプルな味付けが美味い。俺が喜んで食べていると、「烏賊食べられるの?」と相方が不思議そうな顔をする。
「生ものは苦手だけど、炒めてあれば大丈夫だよ。だから、牡蠣フライだって俺喰えるじゃん。生は駄目だけどさ」俺が言うと、相方は納得したような表情になっていた。俺は魚介類は苦手だが、火が通っていれば、大抵はなんとかなるのだ。
そして追加で頼んだ、焼売と餃子のハーフみたいな料理。名前は忘れた。味はどちらかと言うと、餃子に近かったかな。味付けはしてあるので、酢だけ垂らして食した。うーん、この店は外れがない。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000651j:plain

だいぶに腹が膨れて来たので、最後に餡かけチャーハンでも頼んで終わりにしようかと相方に言う。すると相方が「麺のほうがいいなあ」ということで、「上海焼きそば」を〆に。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000715j:plain

これも美味しかった。この夜頼んだ料理は全て正解。お腹も膨れたし、満足、満足。ちなみに料金は全部で8,000円ちょっと。ま、二人でこの値段だ。今回はプチ贅沢旅行にしようと決めていたのだ。この値段なら悪くはない。

翌日(09/23)はチェックアウトするのみ。相方も俺も休みを取っていたのだ。喫茶エリアでモーニングコーヒー

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000758j:plain

久しぶりに、二人で過ごした時間はあっという間に終わる。ま、旅行なんてそんなもんだ。相方は、ここ横浜から羽田空港に行き、そして札幌へ帰るのだ。運よく、ホテルの前に羽田空港行のリムジンバスの停留所があった。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000816j:plain

バス停留所前は、とにかく銀杏が大量に落ちていて、異常に臭かった。それにしても、銀杏の種を炒って食べようと思った人を俺は尊敬する。こんな物の中身が喰えるなんて誰が信じるだろうか。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000842j:plain

リムジンバスがやって来る。相方がバスに乗り、俺に手を振る。さて、次に会うのは10月半ばだな。そして俺達の別居生活も終わるのだ。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925000859j:plain

まだ、単身赴任生活は終わった訳じゃない。面倒な事務手続きやら、出て行く何十万という金。考えれば、頭が痛くなる事ばかりだ。
だが、これを乗り切れば、また昔のような二人の生活が再開されるのだ。それは悪い事じゃないさ、きっと。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200925001041j:plain