Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

久しぶりにサックスを吹いてきた

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最後にサックスを吹いたのはいつだったか。こういった時にBlogで記録をつけておくと、一発で判るので便利だ。
去年の8月にチェッカーズセッションに参加して、そこで数曲サックスを吹いたのが最後。なんたることだ。もう7ヶ月も経っている。その間、ただの一度もサックスに触れる事すらなかった。
酷いものだなあ。

偉そうに「本当に好きなものだったら、止められる訳がない」とか書いた事があるけど、実際こうやって離れてしまうと、それを再開するのは難しいものなのだな。能動的にやらなければならない趣味って、自分から積極的に動かないと、すぐにご無沙汰状態になってしまう。

前にも書いたけれど、J-POPのカバーバンドがサックスを募集していたので、それに応募した。それの初リハが来週ある。いわゆる顔合わせ的なものだ。そのバンドの持ち歌はどれもサックスが入っていない。募集していた人とメールの遣り取りをした時に「サックスのフレーズは自由に考えて下さい」と言われたので、「適当にフレーズは考えておきます」と返しておいた。

そして、仕事の行き帰りで曲を聴いてサックスのフレーズを頭の中で考えていた。サックスを持たずに、サックスのフレーズだけひたすら口ずさんで作っていた状態。
これは過去にサックスの先生、ドラムの先生に言われた事だ。
「演奏したいフレーズをまず歌えるようにしないと、実際に(サックスやドラムで)演奏する事は出来ません」
これは真理だと思う。ドラムにしても、自分の叩きたいフィルイン(ドラムのフレーズ)を口で言えなければ、叩く事は出来ない。今回もサックスのフレーズを実際にサックスで吹く前に、そのフレーズを自分の中で作って、口ずさむようにしておくのは有用だと思った。

今日、カラオケボックスに行って、実際にサックスでそれらの頭の中のフレーズを吹いて来た。当然、口ずさんでいる時は、音程とかあまり意識していない(というか、自分が口で作ったフレーズがどの音階だかは意識していなかったから)。
実際にサックスで音を拾って、曲と一緒に吹いてみると、これが合わないのよね。なんでかな。俺が口ずさんで作ったアドリブフレーズをサックスに起こすと、それが曲にハマらないんだよな。
これはきっと、俺の音楽的能力が低いせいなんだろう。元々のアドリブ能力が低く、そして楽器演奏能力が低いから、そういった事が起きるのだろう。
能力のある人なら、口で作ったフレーズを楽器に当て嵌めたら、一発で良い感じになるのだろうけれど。

だが、そんな事で別にめげたりはしていない。俺は自分の楽器演奏能力が高くないのは自覚している。そして、長く楽器から離れていると、その楽器での表現力が落ちるのも自然の理。
これは楽器に限らず、他の事でも同じだと思う。例えば、小説やエッセイ、詩を趣味としている人は、暫く書かないでいると以前と同じように書けなくなっている事に気付くだろう。「前だったら、一時間くらいで書けたエッセイが、久しぶりに書いたら、全然纏まらないなあ」なんてあるんじゃないかな。
絵画とかも、きっと同じような状況が発生すると思う。

ましてや、俺なんか、たたでさえサックスの演奏能力は低くて、そして音楽的スキルも大したことない。だとしたら、7ヶ月振りに吹いたサックスが思うようにならなくても、なんら不思議はないのだ。
ブランクはまた埋めていけばいい。またコツコツとサックスを続けていけばいい。

俺の中に、その一本の道が途絶えずにあれば、それで良い。

ジャズは自由だ

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まだ、相方と一緒に東京で暮らしていた頃の話だ。
池袋に、初心者相手のジャズのセッションに参加出来る店があった。店は今でもきっとあるだろう。
俺はテナーサックス、相方はピアノで参加していた。

課題曲は「Fのブルース」という初心者が一番取っ付き易いブルースで、各自12小節のアドリブソロを順番にプレイするというもの。ひたすら各楽器が順番にアドリブを演奏するだけだから、予めテーマとかを覚えておく必要がない。あくまでも体験というか入門の位置づけ。「ジャズセッション」ってこんな感じなんだよというのを体験して貰う為のもの。
これに慣れると、「初級者」「中級者」「上級者」とランクアップしていく。その判定は店のオーナーが行う。

俺はスケールもよく判らずに(実は未だによく判っていない。というか覚えていない。早く覚えろって話だ)、適当にアドリブをやっていた。アドリブ自体はギターでもやっていた経験があるから、大きな枠の中では一緒だ。ただ、指の配置を覚えれば、どのKEYでも対応出来るギターと違い、サックスはKEYが変わると、それまでの流れが使えないから(これも経験次第だと思うが)、なかなかやっかい。とかいいつつ、俺は未だにFのKEY(ブルーノート・スケール)も曖昧なんだが。こういうのは日々やらないと駄目なんだよなあ。

相方は自分のアドリブソロの番が来ると、なんとか無難にこなしていた。が、店を出てから「ジャズってさ、自由なんでしょ。だったら、ソロをやらない自由があっても良いよね?」と俺に訊いてきた。さすがに店内で「ソロはやりたくありません」と言うのが憚られたのだろう。
俺は「ジャズをやる(演奏する)」=「アドリブソロをする」だと思っていたから、相方の言う「ソロをやらないのもOKだよね」という発想には衝撃を受けた。ああ、そうか。そういった考えもあるのか。

サックス(トランペットやトロンボーンも同じだろう)はソロをやらなかったら、吹くところがなくなるから(テーマは吹くけど)、ソロをやらないという考え方はほぼないと思う。だが、ピアノはソロがなくても、ずっと曲の頭から最後まで伴奏を担う部分もある。だから、ソロ無しでも、やる事がなくて退屈という事にはなるまい。
また、ソロを演奏するほどの自己主張はないけれども、曲を成立する為の一部になりたい、そういう考えがあっても良い。

ロックとかだと、ギター二人編成のバンドも結構多い。そういった場合、「リード・ギター」と「サイド・ギター(リズム・ギター)」みたいに役割が分かれている場合がある(この役割が曖昧で、それぞれ曲によって立場が変わるギターコンビも多い)。
リードの担当は、ソロやオブリガード、つまり目立つパートを受け持つ。サイドのほうは、コード演奏が主となる(比較的目立たない。重要な役割ではあるのだが)。ギター二本でアレンジする事により、ギターパートが重厚になる訳だ。

この場合、サイド・ギター担当の人が「俺にもソロやらせてくれよー」と思っているか、「いや、俺はソロなんか弾かなくても充分にギター演奏を堪能してるから問題ない」と考えるかは当人次第だ。

昔、学生時代の仲間とローリングストーンズのカバーバンドを結成した。上記の例で言うと、俺がリード・ギターを担当し、旧友(先輩)がサイド・ギターの役割だった。この分担も旧友の独断専行で決まった。
俺が「ねえ、リードとサイドの分担、どうする?」と尋ねると、彼は答えた。
「リフは自分が弾く。だから、それ以外のソロとかはお前がやれ」
リフというのはロックやポップスにおいて、曲の中で何度も繰り返し演奏される、その曲を象徴するフレーズだ。彼はローリングストーンズのリフが弾ければ、後はどうでも良いというタイプだったのだ。ソロにも興味がなかった(というか、彼はソロが弾けない)。
だから、俺は実はローリングストーンズのカバーバンドにいたのに、ストーンズの代表的な曲のリフは殆ど弾いた事がない。

サックスでジャズをやるとカルテット(サックス、ピアノ、ベース、ドラム)という編成が多いと思うけど、カルテット+1みたいな形態もあっていいんじゃないかと思った。アドリブソロを担当するリードサックスと、テーマと伴奏(コードや簡易なフレーズのみ担当)を演奏するサイドサックスみたいなね。
(この考えを突き詰めていくと、ビッグバンドになってしまうのかもしれないが)

相方が昔に言った「ジャズの演奏をするのは嫌いじゃないけど、ソロはやりたくないなぁ」と、「ソロには興味がない」と言い放った旧友の言葉を思い出し、こんな事を考えた。

ジャズは自由な音楽だというのなら、こういった自由も許されて良いんじゃないかな。

その金を使うな!

2月に札幌のディーラーから電話が来た。「そろそろ車検の時期ですが、予約はお済みですか?」
あ? そうか。車検か。もうそんな時期なのか。俺は札幌へ行って初めて車を持ったので、その辺りの感覚が良く判らない。それにしても、俺が先に東京に戻ってくる事が判っていたら、車の契約者を相方にしたのになあ。失敗である。

札幌時代だって、車を運転していたのは、殆ど相方。札幌時代の最後の一年なんて、運転した回数は5回にも満たない。結局、俺はバックで駐車する事を覚えずに東京に戻って来てしまった。俺は未だにバック駐車が出来ない。
俺はディーラーに相方の名前と電話番号を告げた。今後の事務連絡は彼女相手にしてくれと。

相方に「そーいや車検いつだっけ?」と尋ねると「今週末だよ」との答え。大体五万から六万くらい掛かるのだと言う。これが高いのか安いのかすら、俺には判らない。軽自動車の最初の車検だからきっと安い部類なのだろう。もっと何年も乗っていて、且つ大きな車だとさらに金額が上がるのは明白だ。
やはり、俺にとって車は金持ちの持ち物だなあという気がする。だが、地方では車がないと生活出来ないのも事実。車の運転に興味のない俺が免許を持っているのは、20歳の頃に「就職するのに運転免許があったほうが良いだろう」という程度の考えが理由だった。
大学の後輩が「僕も早く先輩みたいに免許欲しいっす」と言っていたが、俺はその気持ちがまるで理解出来なかった。

相方から、車検は大体五万くらい掛かると教えて貰っていたので、2月に六万円程振り込んでおいた(実はこの事を俺は失念していた)。今、家賃や光熱費が東京と札幌の二重になっているので、財布の管理は俺がやっているのだ。相方は、金の管理が苦手で「あればあるだけ使っちゃう」という、大人失格の人である。
あればあるだけ使うという意味が判らない。

そこで、「じゃあ六万円、今週中に振り込んでおくよ」と伝えると、相方が「…大丈夫だよ」と言う。どういう意味だ。俺は深い考えも無しにLINEの履歴を漁った。なんだよ、俺は2月に車検代振り込んでるじゃねーか。俺自身、車検代を振り込んだ事を忘れていた。

「大変な事に気付いたぞ」
「なに?」
「俺、車検代、2月に振り込んでるよな」
「…うん。まだ少し残ってるから、大丈夫だよ」
「少しってどういう意味だ?」
「…洋服買っちゃった…」

脱力した。
どうして車検代が洋服に消えるのか、その意味が判らない。口座に残高がいつもより多い、そしてそれは車検代だという事も判っている筈だ。いや、頭で判っていても、目先の欲望に負ける質なんだよな、相方は。
「車検のお金はなんとかするから、大丈夫だよ」相方が言う。そりゃ当然だろ! そう思ったが、相方の誕生日に何もプレゼントしてない。
「いいよ。2月に振り込んだ分は、誕生日プレゼントだ。また振り込むよ」
「やったー」
うーむ。甘いなあと思う。少なくとも、金に関しては相方を甘やかしてはいけない。何故なら彼女は金に関しては学習しないからだ。そもそも学習するつもりがない。
(俺の酒と一緒だ。何度も同じ過ちを繰り返す)

相方は仕事中とかは、ガムとかキャンディを食べないのだという。何故かと言うと、ガムを買うと、すぐに全部無くなるまで噛んでしまうからだ。目の前に何かあると、それを計画的に消費するという事が出来ないのだ。あればあるだけ、使ってしまうのだ。

相方は享楽主義者なので、あれも欲しいこれも欲しいと年中言っている。俺が「欲しい物なんか特にないなあ」と言うと非常に驚く。俺に言わせれば、そんなに欲しい物が次から次へと出てくる相方のほうが驚きの対象なのだが。
そういえば思い出した。
去年の6月に東京に戻って以来、仕事用のワイシャツ、下着、靴下以外で俺が買った洋服、靴は厚手のカーディガン一着だけだ。それも五千円。安上りだなあと思う。下の画像のカーディガンがそれである。

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ただ、俺と相方が二人とも物欲の鬼で、あればあるだけ使う気質だったら、家計が崩壊しているだろう。だから、今のバランスが丁度良いのかもしれない。
割れ鍋に綴じ蓋だな。

WORK SONG(仕事の話)

俺にとって仕事というのはあくまでも飯の種でしかない。それ以上でもなければ、それ以下でもない。そして、仕事というものは、俺にとって詰まらない物の代名詞だ。
勿論、世の中には「仕事が楽しくて仕方ない。たとえ無給であっても、俺はこの仕事をやりたい」という奇特な人もいる事だろう。俺はそういった人を否定はしない。俺とは違う生き方をしているのだな、と思うだけで。
ただ俺に向かって「どうせ仕事やるなら、楽しくやりましょう」とかそういった提案をして欲しくないだけだ。

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もうサラリーマンをやって、約30年になる。さすがにその期間、ずっと詰まらなくて、ずっと苦しい思いをしていたのではない。中には楽しかった仕事や現場もある。それは事実だ。残念ながら、トータル30年の中で、その割合はかなり少ないのだけれど。

仕事で楽しかった思い出というと、すぐに浮かぶのが20代半ばの頃に長期出張でアメリカに行った時の事だ。この時は楽しい思い出しかない。仕事は阿保みたいに忙しくて、毎日夜中の零時近くまで残業していたけど、それでも楽しかった。理由は単純で、大好きなアメリカの地で暮らしていたからというのが大きい。
それに仕事場から、滞在していたアパートまで徒歩で15分くらいだったから、夜中まで残業してもすぐに帰宅出来た。また、朝も通勤ラッシュとも無縁だったから、そういった意味でも楽だった。
当時は下っ端だったから、仕事は忙しかったけれども、上から言われた事をやっていれば良かったから、仕事のストレスは皆無に等しかった。
シンシナティレッズのゲームを観に行ったり、レンタカーを借りてマイアミを走ったり。アーノルド・シュワルツェネッガー主演の「True Lies」という映画のロケ地となった「7miles bridge」を走った時は、滅茶苦茶気分が良かった。
当時はデジカメとか無かったから、写真が残っていないのが残念だが、そういった記憶は無数にある。
アメリカ滞在が大切な記憶として残っているのは、現地でアメリカ人と知り合い、仲良くなったのが一番大きい。当時知り合ったアメリカ人とは、今でもFacebookで時々やり取りをしている。
ま、なんといっても知り合いになったアメリカ人が、シャロン・ストーン似の金髪美人だったという要素が大事なのは外せないが。

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20代の頃にああいった経験を出来たのは、非常に価値があると思っている。あれは得難いものだった。ああいう経験は誰もが出来る事じゃない。
正直、これは「仕事が楽しかった」というのとはちょっと違うかもしれない。仕事そのものが楽しかったのではないし。でも、やはり仕事でなければ、アメリカへは行けなかったので、これは「仕事絡みの数少ない良い思い出」と言って良いだろう。

楽しいのとは、ちょっと違うが、札幌へ行く前にやっていた仕事も決して悪くなかった。俺はあるサブシステムのリーダーを任されていたので、かなり自由に仕事をやる事が出来た。
無論、リーダーをやるという事はそれなりの責任を負う立場となる。だが、その現場では負わなくてはいけない責任よりも「自由に仕事を進められる立場だった」というほうが大きかった。
仕事というのは大抵「こうやったほうが良いのにな」とか「このやり方のほうが合理的なのに」と思いながら、その会社、現場の慣習で、不合理な生産性の低い作業をやらざるを得ない場合がある。だが、その現場は割と放任主義だったので、その辺りがリーダーである俺に一任されていた。

要するに、システムを設計、製造する時に、ほぼほぼ100%、俺の考えが反映されたという事だ(こういう事は滅多にない)。
システムというのは、実際に使う人(エンドユーザー)の要望があり、それに対して「それはシステムの制約上、出来ません」とか「やれば出来るけど、それは時間が掛るので、要望の期間内では対応出来ません」とか断るケースが出てくる。
そして、エンドユーザーが出してきた要望が「やれば出来るけど、非常に面倒くさくて、やりたくねえな」というのもある。その場合どうするかと言うと「このAという要望はちょっとこの期間じゃ無理なので、今回は見送らせて下さい。代わりにBの機能はやります」とユーザーとネゴする。
実際は、AもBもどちらもやれるのだ。だが、やると大変。引き受けるとメンバー(俺の部下)に無理強いさせる事になる。俺はそんな無理な仕事はメンバーにやらせたくないし、俺もやりたくない。
ユーザーは、A、B両方やれるかどうかという判断はつかない。なので、わざと恩を着せてBやるよ、その代わりにAは諦めてね、とやる。取引に置けるギブアンドテイクだな。

当時はそういったエンドユーザーとのネゴシエーションをやるのが、ある意味楽しくもあった。ポーカーでの駆け引きみたいなものだ。
そして、もう時効だから書くけれども、その現場では、金曜日の午後三時に進捗会議があった。そこで、その週の作業進捗と翌週の作業予定の報告を社員の人にやる。
それが終わると、一週間の作業完了となる。会議が終わるのが大体四時くらい。そうすると、俺は現場から徒歩10分くらいのコンビニまで散歩した。
そこで、缶ビールを飲んで一服するのが常だった。むろん、勤務時間中だ。
こんなことがバレたら大変な問題である。だから現場から離れたコンビニまで出掛けたのである。今考えると、俺も随分と好き勝手な事をやっていたなあと思う。

仕事なんて詰まらない要素の集まりでしかない。それが殆どだ。それでも、たまに「あの頃は面白かったな」と思えるものもいくつかある。
そう考えれば、世の中悪い事だらけじゃないのかな、とも。
まあ、確かにネガティヴな事ばかり考えてどんよりするよりも、楽しい事を反芻したほうが気分は良くなる。

アメリカで過ごした日々は楽しかったし、チームメンバーと「こんなのやりたくねえよなあ」と愚痴りながら残業した日々も、今思い返せば、それほど悪い事でもなかった。

楽しくなかった仕事も多かった。でも、なるべくそういったのは思い出さないようにしている。楽しい思い出だけあれば充分だ。

原理主義者は要らない

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どんなジャンルにも純潔主義を良しとし、他の介入、混入を頑として認めない人がいる。

俺はFacebookをやっていて、音楽グループにもいくつか参加している。参加しているのは、ロック、ジャズ、ブルースがメイン。
音楽に関しては、詳しい人が山ほどいるので、俺はどちらかというと読む専門。「へぇー、そんなミュージシャンいるのか」とか「ああ、その曲昔聴いたなあ、懐かしいなあ」みたいな受動的な参加が主。

ただ、ロックにしてもジャズにしても、原理主義者とでも言えばいいのか、「俺はこんなのは認めない!」みたいに声高に言う人が必ずいるので閉口する。
海外のロックバンドは、メインであるボーカリストが交代する事がままある。有名なところだと、Deep Purpleは全盛期ですら、三回もリードボーカリストが交代している。一番人気があったのは、二番目のボーカリストのイアン・ギランだろう。だが、俺は三番目のボーカリストのデビッド・カバーディールのほうが好きだ。これは「紅茶が好きか、珈琲が好きか」みたいなもので、優劣もなければ上下もない。互いの好みの問題だ。
単純に、どちらが在籍していた時代のほうが売れていたか、という比較は出来るだろう。しかし、音楽なんて聴く人本人が好きなら、売れていようが、売れていまいが関係ない。「俺はAよりBが好きだな」これだけだ。それ以外には何もない。

だが、世の中には「Deep Purpleはイアン・ギランの時だよな。他のなんか聴く気にならない」と公言して憚らない人がいる。お前が好きなのはそれでいい。だからといって、他の人が好きなものを腐す必要はどこにもない。

ジャズの世界もやはりそういった原理主義的な人が多い。もしかすると、ジャズのほうが受け入れる間口は狭いかもしれない。Facebookでも先日「八代亜紀がジャズだなんて、認めない!」とお怒りの御仁がいた。俺はジャズボーカルは人に何か語れる程聴いていないので、「へー、八代亜紀ってジャズやってたのかー」くらいの認識である。
八代亜紀がジャズシンガーとして凄いのかどうかは俺には判らない。俺は歌物のジャズは興味がないので、正直言うと「どうでもいい」というのが本音。
俺の中で、ジャズというのは、サックスであり、ピアノ。たまにトランペット。そのくらいだ。サックスにしたって、大量に聴きまくった訳でもない。昔はスタン・ゲッツ(ジャズサックスの巨匠)って音色が気に食わねえとか思ってたくらいなのだ(スタン・ゲッツ好きからしたら、怒られる事必至である)。

問題なのは、こうやって「演歌のジャンルの人間がジャズをやる事を許さない」風潮というか空気が当たり前のように蔓延する事だ。どう考えても、今の時代にジャズはメインストリームじゃない。それを言えば、ロックも既に衰退しているという気もしなくもないが。
そうやって「新しい血」を入れる事を古参のファンが許さないと、そのジャンルはどんどん先細る。これは明白である。
そのジャズのグループも、投稿された文を読んでいると、結構年配の人が多い事に気付く。若い20代、30代のジャズ好きもゼロではないだろうが、分母は圧倒的に少なそうだ。

そうやって「新しい変化」を拒んできたから、ジャズはどんどんニッチな音楽ジャンルになったのではないか。ブルースにしても同様だ。俺が昔一緒にバンドを組んだ人は、ブルース原理主義者とも言うべき人で、ホワイトブルース(白人のやるブルース)は一切認めなかった。俺の好きな白人ギタリスト(兼ボーカリスト)にスティーヴィー・レイ・ボーンという人がいた(若くして亡くなってしまった)。その人は「スティーヴィー・レイ・ボーンなんかブルースじゃねえよ」とよく俺に向かって言っていた。

今の時代、ジャズを聴いているのは、俺と同世代かそれより上の人がメインだろう。そもそも若い人がジャズを聴く土壌がない。だから、今までジャズと無縁だったミュージシャンがジャズの世界に入って来て、そこで新しい市場が開拓されたりするのは、本来喜ばしい事ではないか。そうしなければ、新しいリスナーは増えないし、そのジャンルは発展していかない。ま、今の時代にどうやってもジャズは主流にはなり得ないとは思うが。

原理主義者の人達は、他の人の趣味を認めない偏狭さが、そのジャンルをどんどん狭めていっている事を自覚したほうがいい。
「変な方向に行くくらいなら、終わってしまったほうがいい」と思うのは自由だ。だが、それと同様に「多少形が変わっても、生き残る事のほうが大事だ」と思う人だっている。

ま、俺だってAKB48にジャズ歌われたら、嫌だけどな。
(真面目な話、AKBグループが売っているのは音楽ではなくて、握手券だろう)

朝のワンシーン

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朝、最寄り駅のホームに昇ると、人で溢れていた。すぐに察した。
「ああ、電車が遅れているんだな」
電車が遅延するのなんて、東京では日常茶飯事だ。別に珍しくもなんともない。

いつもの三倍くらいの人がホームにいる。これは電車が来たところで、何度かやり過ごさないといけないな。きっと遅刻になる。そう思った俺は、鞄から会社支給のiPhoneを取り出した。チームのメンバーに「遅刻します」メールを送ろうとした。が、iPhoneの電源が入らない。ああ、バッテリー切れだ。普段、充電とか気にしてないからなあ。会社支給のiPhoneなんて、鞄に入れっぱなしである。
ま、しょうがない。連絡の手段がないのだから、諦めるより他ない。現場に到着してから、リーダーにごめんなさいすればいいだけの話。

それから、ホームで40分程待った。電車は二本乗り過ごした。混み過ぎていて乗れなかったからだ。車内は地獄のように混んでいた。普段では考えられない混み具合だ。
乗換駅に着いたら、駅のベンチに倒れこんでいる女性がいた。普段あり得ない混雑で気分が悪くなったのだろう。駅員が女性に声を掛けている。
「電車遅延でご迷惑をお掛けします」のアナウンスが流れていた。遅延は鉄道会社の責任ではない。自動車が、電車の本体にぶつかったのだという。となると、車のほうの踏切無視とかが理由だ。全く酷い話である。

職場のある駅に辿り着いた。既に時間は9時半を回っている。始業時間に30分も遅れた。今更、慌てても仕方ない。ということで、駅前の喫煙所で一服する。
煙草を吸っていると、一人の若い女性がぼんやりと立っているのに気付いた。20代半ばから、30代前半くらいの歳だろうか。彼女は仕事に行くにしてはルーズな服装だった。スーツではない。かといって、遊びに行くにしては華がないファッション。そして化粧っけが殆どない。さすがにすっぴんという事はないだろうが、一瞬すっぴんなのかなと思わせるような雰囲気だった。

彼女の表情がとても不思議な雰囲気だった。笑顔はなく、今から何か期待に満ちた出来事が起きる事を予感している風情でもない。かといって絶望感に溢れて、泣き出しそうというのでもない。
なんとなく、ただぼんやりと時間が過ぎるのを待っている、そんな風に俺には感じられた。
実際のところ、彼女がどういった状況で、何か或いは誰かを待っていたのか、それすらも判別はしなかった。

ただ、何とも言えず良い表情だった。何処か遠くを見ているようでもあり、何も目に入っていないようにも解釈出来た。これから、仕事で嫌な気分になる前に、ほんのちょっと時間潰しをしていたという推測も当てはまりそうでもあるし、楽しい事が実はあって、それを心に秘めて待っているとも思えた。
当然、どれが正解かは判らない。いずれも当てはまらないのかもしれない。彼女は凄く単純に、何も考えずに駅前にやってくるバスを待っていたのかもしれない。

喫煙所で呑気に煙草を吸っているオッサンが、実は電車遅延で仕事に遅れているなんて想像する人はいないだろう。そして彼女がどういった状態で、駅前でぼんやりしていたのか、それを知る術もない。
もしかしたら、彼女自身もどんな心の有り様だったのかすら、判らないかもしれない。

誰もが人には判らない何かを抱えて生きている。そんな散文詩みたいな事を、朝の駅で彼女を観ながら考えた。

生姜焼き弁当

午前の会議が長引いて、会議の終了が12時を回った。やれやれ、だ。こうなると、いつも昼食を買いに行く弁当屋は混雑必至だ。仕方ないので、比較的混んでいない(つまり、きっとたいして美味しくない)弁当屋で生姜焼き弁当を買った。
案の定、美味くない。味が馬鹿みたいに濃くて、飯は硬い。値段相応の味ではあるけれども、なんだか非常に心侘しくなった。

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俺は普段、食い物には興味がないけれども、それは不味い物を食べても平気という意味じゃない。やっぱり美味い物を食えば「美味しいなあ」と思えるし、不味い物を食えば「ああ、失敗した」と思う。

相方は食道楽なので、滅茶苦茶食い物には拘る。俺の真逆だ。俺なんか、連日同じものを食っても全然平気なのだが、相方はそういったのがNGな人だ。
何しろ俺は、過去に一週間連続で晩飯がラーメンとか、七食連続で麺類とかそういったのが苦にならない。ま、こういった食生活は相方と一緒になる前の話だけれども。

不味い生姜焼き弁当のランチを終えて、すっかり気分がダウンしてしまった。俺の場合は晩御飯が自炊か外食だから、碌なものを普段食っていない。そして最近仕事がまた忙しくなってきたので、そうなると自炊している余裕がなくなり(帰宅が夜の23時とかになったら、晩御飯作る気力はなくなるだろう)、簡単な物で済ませるようになってしまう。
そうなると、せめて昼飯くらいはある程度美味いと思える物を食べないと、一日まともな物を食わずに過ごす、という事になってしまう。

相方の手料理が食べたいなぁとしみじみ思う。去年の6月に一人で東京に戻り、もう9ヶ月だ。その間、相方の手料理を食べたのは正月の雑煮のみ。相方が正月に東京に来てくれたので、その時に作って貰ったのだ。
相方は、蛋白質や野菜をきちんと摂る事に拘るから、相方の作ってくれる料理はバランスが取れている。相方の口癖は「今日食べた物が明日の君を作るんだよ!」である。どこの料理研究家だ?

俺は特に相方の料理でお気に入りがある訳じゃない。というか、正直「相方の手料理って何だったっけかな?」と考えても実はほぼ何も浮かばない。こういう点が「俺が食い物に拘っていない」点なのかもしれない。
だが、それでもやはり、「たまには相方の手料理が喰いたいなあ」と思う。それはきっと、「あの料理が食べたい」というよりも、「相方が俺の為に食事を作ってくれる」という状況を味わいたいという意味合いのほうがずっと強い。

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誰かが俺の為に何かをしてくれる(それは食事に限らない事なのだが)。その行為が東京に戻って来てから、無くなってしまった、皆無とは言わないが。
やはり人は、そういった有形無形の支え合いみたいなものを拠り所にして生きているのだなあと思う。

不味い生姜焼き弁当一つで、色々考えすぎである。