Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

三種の神器

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東京に単身で戻って半年が過ぎた。この書き出しはつい最近も使ったような気がする。

札幌から東京に戻る時、俺は以下の三つの電化製品は買わないでおこうと決めた。
・洗濯機
・テレビ
・冷蔵庫
何故なら、札幌の相方の住むマンションにそれらはある。だから俺が買うと二重になってしまう。それにその三つはなくても、俺の生活に支障は及ぼさないと思っていたからだ。
実際にどうだったか。

洗濯機は無くても大丈夫なのが想像がついた。男の一人暮らし。平日に出る洗濯物なんて、ワイシャツ、肌着、下着、靴下、ハンカチ。それだけだ。ワイシャツはクリーニング屋さんに週末にまとめて持っていけば良い。残りはコインランドリーで対応出来る。
実際、その目論見通りだった。土曜日午前中にリュックサックに洗濯物とワイシャツを詰めて、コインランドリーへ行く。洗濯物を洗濯機に突っ込んで、クリーニング屋へ。そこで先週出したワイシャツを引き取り、今週のワイシャツを預ける。この繰り返しだ。
初めてクリーニング屋へ行った時に「札幌から来たんですよ。東京は暑いですねー」と言ったら、クリーニング屋のおばちゃんが札幌出身で、やけに会話が弾んでしまった。今この街で、俺の唯一の知り合いがクリーニング屋のおばちゃんだ。
30分すぎてから、コインランドリーに洗濯物を取りに行く。乾燥機を使っても良いのだけれども、急いで乾燥させる必然性がない。部屋のカーテンレールに吊るしておけば、翌週までには乾く。
勿論、部屋のカーテンレールには先週干した洗濯物がある。それを取りこんで、リュックに詰めてある濡れている洗濯物を干すのだ。これが時間にして20分程度の代物だが、面倒くさくて仕方ない。
よく考えてみれば、相方はこれをずっとやってくれていたのだよなあ。おまけにフルタイムの仕事をしながら。さらに俺のワイシャツにアイロンも掛けてくれていた。
一人暮らしなんて、良い事が何もないが、こうやって相方の日々の苦労を知る事が出来たという点だけでも、俺にとっては意味があった事かもしれない。
勿論、札幌にいる頃から、相方が炊事洗濯をやってくれていた事には感謝していた。だが、いざ「自分がやらないと、代りにやってくれる人がいない」状況に追い込まれて余計にそれを感じた。
「飯、風呂、寝る」とふんぞり返っている世の亭主の皆さまは、自分の奥さんに感謝したほうが良いと思います(今どき、そんな昭和の遺物みたいな亭主はいないだろうけど)。

俺は1960年代生まれの典型的なテレビっ子だから、テレビ無しの生活はさぞかし不自由だろうと想定していた。だが、いざテレビ無しの生活を始めてみると、なくてもほぼ困らない事に気付いた。
年齢的に、もうドラマを毎週見ているような世代でもない。見たいのはニュースくらいだが、情報だけならネットからでも収集出来る。パソコンからテレビを見る事も出来るのだが、面倒なのであまり見ていない。
その代りに、youtubeを視聴する回数が札幌時代よりも圧倒的に増えた。見てるのは好きなミュージシャンのライブ、映画の予告映像、鹿島アントラーズの試合映像が殆どだけれども。今もこの文章を書きながら、ビル・エバンス(ジャズピアノ)をyoutube経由で聴いている。

実は一番どうしようか迷っていたのが、冷蔵庫だった。俺が東京に戻ったのは6月。つまり、一番暑い時期を迎える。この時期に冷蔵庫がないと、冷たい飲み物がすぐに飲めない。東京の真夏が地獄なのは過去の経験から判っていた。シャワーを浴びた後に冷たいミネラル・ウォーターや炭酸水がなかったら、厳しいかなと思っていた。
だが、俺のアパートから徒歩30秒のところに自動販売機がある。そして徒歩3分で24時間営業しているコンビニもある。
真夏の時期、冷たい飲み物を欲する状況になっても、特に困らなかった。小銭をポケットに入れて自動販売機まで歩けば良いからだ。東京は便利な街だなあと、こういった時は感心する。

料理を作ってそれが残った場合、冷蔵庫がないと捨てざるを得ない。そう思っていた。だが、一人暮らしなのだから、一人用の分量だけ作れば良いのだと気付いた。今までは相方と一緒だったから、「多めに作って残ったら翌日に回せば良い」という発想だったから、適量を作る事が出来なかった。だが、今は一人だから、いつでも料理は食べきる分だけ作る。また、一人用にあらかじめカットしてある肉や野菜も、スーパーにはいくらでもある。
せいぜい困るのは「作り置き」が出来ないくらいだが、煮物や凝った料理を作る訳でもない。大した手間でもない。
ただ、仕事帰りに「今夜の晩御飯、何にしようかなぁ…」と考えると面倒くさくなってくる。相方も毎日毎日、メニューを考えて大変だなぁと気付いた。相方に感謝である。日々、仕事帰りにスーパーに寄って食材を買って、調理をしなくてはいけない手間を考えると大変な事である。おまけに相方はインスタント食品や加工物が大嫌いな人なので、手間は余計に掛かる。野菜やたんぱく質など、相方はやたらと考えている。俺の大好きな「ラーメン&半チャーハン」を相方は忌み嫌っている。「炭水化物三昧じゃん!」と。
相方と知り合って13年くらいになるが、彼女がインスタントラーメンを喰う姿を見た事は10回に満たない。

「一度生活レベルを上げてしまうと、下げるのは大変だ」という話はよく聴く。だが、それは本当なのだろうか。俺は少なくとも、三種の電化製品がなくてもやっていけるし、相方不在の生活でも暮らしていける。ちなみにこれは、物理的に日々の生活が送れているという意味であって、精神的にやっていけている、という意味ではないけれど。

ただ、一つだけ言えるのは、今まで有って当たり前だと思っていたものがないと、色々気づかされることが多いってことだ。それに気付いただけでも、この暮らしには多少の意味があったのかもしれない。