Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

その金を使うな!

2月に札幌のディーラーから電話が来た。「そろそろ車検の時期ですが、予約はお済みですか?」
あ? そうか。車検か。もうそんな時期なのか。俺は札幌へ行って初めて車を持ったので、その辺りの感覚が良く判らない。それにしても、俺が先に東京に戻ってくる事が判っていたら、車の契約者を相方にしたのになあ。失敗である。

札幌時代だって、車を運転していたのは、殆ど相方。札幌時代の最後の一年なんて、運転した回数は5回にも満たない。結局、俺はバックで駐車する事を覚えずに東京に戻って来てしまった。俺は未だにバック駐車が出来ない。
俺はディーラーに相方の名前と電話番号を告げた。今後の事務連絡は彼女相手にしてくれと。

相方に「そーいや車検いつだっけ?」と尋ねると「今週末だよ」との答え。大体五万から六万くらい掛かるのだと言う。これが高いのか安いのかすら、俺には判らない。軽自動車の最初の車検だからきっと安い部類なのだろう。もっと何年も乗っていて、且つ大きな車だとさらに金額が上がるのは明白だ。
やはり、俺にとって車は金持ちの持ち物だなあという気がする。だが、地方では車がないと生活出来ないのも事実。車の運転に興味のない俺が免許を持っているのは、20歳の頃に「就職するのに運転免許があったほうが良いだろう」という程度の考えが理由だった。
大学の後輩が「僕も早く先輩みたいに免許欲しいっす」と言っていたが、俺はその気持ちがまるで理解出来なかった。

相方から、車検は大体五万くらい掛かると教えて貰っていたので、2月に六万円程振り込んでおいた(実はこの事を俺は失念していた)。今、家賃や光熱費が東京と札幌の二重になっているので、財布の管理は俺がやっているのだ。相方は、金の管理が苦手で「あればあるだけ使っちゃう」という、大人失格の人である。
あればあるだけ使うという意味が判らない。

そこで、「じゃあ六万円、今週中に振り込んでおくよ」と伝えると、相方が「…大丈夫だよ」と言う。どういう意味だ。俺は深い考えも無しにLINEの履歴を漁った。なんだよ、俺は2月に車検代振り込んでるじゃねーか。俺自身、車検代を振り込んだ事を忘れていた。

「大変な事に気付いたぞ」
「なに?」
「俺、車検代、2月に振り込んでるよな」
「…うん。まだ少し残ってるから、大丈夫だよ」
「少しってどういう意味だ?」
「…洋服買っちゃった…」

脱力した。
どうして車検代が洋服に消えるのか、その意味が判らない。口座に残高がいつもより多い、そしてそれは車検代だという事も判っている筈だ。いや、頭で判っていても、目先の欲望に負ける質なんだよな、相方は。
「車検のお金はなんとかするから、大丈夫だよ」相方が言う。そりゃ当然だろ! そう思ったが、相方の誕生日に何もプレゼントしてない。
「いいよ。2月に振り込んだ分は、誕生日プレゼントだ。また振り込むよ」
「やったー」
うーむ。甘いなあと思う。少なくとも、金に関しては相方を甘やかしてはいけない。何故なら彼女は金に関しては学習しないからだ。そもそも学習するつもりがない。
(俺の酒と一緒だ。何度も同じ過ちを繰り返す)

相方は仕事中とかは、ガムとかキャンディを食べないのだという。何故かと言うと、ガムを買うと、すぐに全部無くなるまで噛んでしまうからだ。目の前に何かあると、それを計画的に消費するという事が出来ないのだ。あればあるだけ、使ってしまうのだ。

相方は享楽主義者なので、あれも欲しいこれも欲しいと年中言っている。俺が「欲しい物なんか特にないなあ」と言うと非常に驚く。俺に言わせれば、そんなに欲しい物が次から次へと出てくる相方のほうが驚きの対象なのだが。
そういえば思い出した。
去年の6月に東京に戻って以来、仕事用のワイシャツ、下着、靴下以外で俺が買った洋服、靴は厚手のカーディガン一着だけだ。それも五千円。安上りだなあと思う。下の画像のカーディガンがそれである。

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ただ、俺と相方が二人とも物欲の鬼で、あればあるだけ使う気質だったら、家計が崩壊しているだろう。だから、今のバランスが丁度良いのかもしれない。
割れ鍋に綴じ蓋だな。