
「あっ。やっぱり、いたいた」
私は嬉しくなって、弾んだ声を上げた。彼はいつものように、カウンターに上半身を投げ出しながら、テキーラを飲んでいた。変わらないなあ、それにしても。
「なんだ、姉さんか。どうしたんだ。今日はクリスマスだぜ。こんな日にこんなチンケな店に来てどうする気だ?」
そう言いながら、彼は右手をひらひらさせる。彼のこの癖も、もう見慣れてしまった。というよりも、彼が右手をひらひらさせてくれないと、何だか淋しい気すらする。
「こんなチンケな店で悪かったね。誰もわざわざ来てくれなんて頼んじゃいないよ。他の店に行ってくれて構わないんだよ」
ママがビヤ樽のようなお腹をさすりながら、豪快に笑う。彼はそれを見てにやりとしながら、キャメルに火を点ける。それにしても、よく吸う人だなあ。
「今日辺り、ここに来れば、貴方に逢える気がして…正解だったなあ」
「なんか話でもあったのか」
私は首を横に振りながら、彼の横に腰掛ける。ママが無言で氷の入ったロックグラスを私の前に置く。彼が黙ってテキーラを注ぐ。私は彼のグラスに自分のグラスを派手にぶつけて、テキーラを飲む。なんか、これもお約束になっちゃったな。
「姉さん。クリスマス、一緒に過ごしてくれる男もいねえのか?」
「もぅ、失礼ねー。そういう貴方だって、一人のくせして…」
「馬鹿言うなよ。俺はクリスマスは、いつだって絶世の美女と過ごしてるぜ。ここ5年程はな」
えっ、と私が驚くと、彼はゆっくりと人差し指をママに向けた。ママは丁度背中をこちらに向けていたので、彼のジョークには気付かなかったみたいだ。
私は一頻り笑った後、ふと気になった。
「ねえ、貴方、もしかして5年も恋人いないの?」
彼はまた、右手をひらひらさせた。そして、新しいキャメルに火を点け、テキーラをグラスに注いで飲む。
「姉さんが言う恋人ってどういう意味だ?」
「え? 恋人は恋人でしょ。デートしたり、一緒に食事したり……」
「食事の後は、ホテルに行ってセックスか?」
「もう、ストレートねえ。ちょっとは、オブラートに包んでよ」
「どう表現しようが、意味は一緒だ」
「話逸れてない?」
彼は笑いながら、テキーラを飲み干して言う。
「デートする相手や、抱かしてくれる女なら、居なかった訳じゃない」
「だよねえ。貴方、基本的に色男だもん。持てない風に見えないし……」
彼は長い髪を掻き上げながら、煙を吐き出す。
「姉さんだって、男だったら、誰でも良い訳じゃねえだろ」
私は頷く。好きでもない男に抱かれて淋しさを紛らわせる程、若くはない。それだったら、気の合う相手と、一晩中テキーラを酌み交わしているほうが、よっぽどいい。
「やっぱり、ここに来ると、落ち着くなぁ……」
私は店内を見回しながら、呟く。ちょっと時代遅れな感じの店の雰囲気。時間帯のせいもあるんだろうけど、客も私と彼以外、滅多にいなくて。いつも流れているコルトレーンは会話の邪魔をしない音量に抑えてあり、店内にはテキーラと彼の煙草の匂いが仄かに流れていて…
「あれ…そういや、ヒロはどうした?」
彼がママに訊く。ヒロとは店のバイトの女の子、ヒロコちゃんのことだ。いつも私と彼の遣り取りを聴いては、くすくす笑いながら皿洗いをしている、私より10歳くらい若い女の子。
「今日は彼氏とデートだってさ。10時まで働いて、上がったよ」
「新しい恋人かな?」
「そうじゃない? あの子、あんまり細かいこと言わないけど、顔見てると判るんだよね。表情が緩みっぱなしだから…」
そっかぁ。ヒロコちゃん、新しい彼氏できたのか。それは嬉しいな。人の幸せに格別興味はないけれど、ヒロコちゃんとなれば話は別だ。
「へえ、そりゃ目出度いな。じゃ、今度ヒロにお祝いしてやんなきゃな」
「そう思うんなら、新しいボトル入れとくれ」
「いいよ。ママの為じゃねえからな。ヒロにご祝儀で入れるんだ。ママ、勘違いするなよ」
そして、私と彼は新しいボトルの栓を開け、グラスにテキーラを注ぐ。今日も朝までコースかな? ちょっと笑ってしまうけどね。
来年こそは、私も私だけの相手と過ごせるといいな。
彼が右手をひらひらさせながら言う。
「さあて、姉さん。このテキーラ飲み干したらホテルでも行くか?」
「え、ホテル行って何すんの?」
「男と女がホテル行ったら、することなんて決まってんだろ」
うーん…どこまで本気なんだろ、この人。
ママが笑い出す。
「この人、いつもこうなんだよねぇ。言うことだけは一端なんだけど、実際は何も出来ないのよねぇ」
「うるせーぞ、ママ。ほっといてくれ」
「それにこの時季、ホテルなんか空いてる訳ないじゃないの」
そっか。そりゃそうだよね。彼もそれが判ってて言ったのかな?
彼がママにCDを交換しろと要求している。
「俺はコルトレーンは嫌いだって言ってるだろ。フリージャズなんか糞喰らえだ」
「コルトレーンの悪口言ったら、出禁だよ」
この遣り取りも何度聞いたことだろう。彼が肩を竦めて、私に向かって苦笑いする。
私は自分のグラスにテキーラを注ごうとした。彼がボトルを掴み、私のグラスにテキーラを注ぐ。
彼が咥え煙草で微笑む。私も微笑みを返した。
今夜、私の肩を抱いてくれる男はいない。でも、私に付き合ってテキーラを飲んでくれる男ならいる。
こういったクリスマスの過ごし方も悪くないと思うな、きっと。
***
後書き
このショートストーリーは、この話単独で読めるように書いたつもりではあります。もし登場人物の関係性等がさっぱり判らない、意味不明ということであれば、その責は全て自分にあります。
元々、今回upした話は、以下の3つの話の続編であり、自分の中では最終話のつもりで書きました。本当は去年(2024年)のクリスマス前後に更新する予定でしたが、upするタイミングを逸したため、1年間ずっとPCのハードディスクに入れっぱなしでした。
もう賞味期限切れの話だから、そのまま放置でも良かったのですが、「自分で書き始めた話なのだから、ちゃんと最後まで面倒見てやれ」というもう一人の自分に叱咤されて、upすることにしました。
#1
泣きたい夜に - Some Were Born To Sing The Blues
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あした、天気にしておくれ - Some Were Born To Sing The Blues