Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

ホームにて

目が醒めると、そこは見知らぬベッドの中。そして、隣には見知らぬ男…

「あっ」
私は慌ててベッドから起き上がり、膝を抱えた。何故か、男物の大きなTシャツを着ている。私は昨日の自分の服装を思い出そうとする。Tシャツなんか着ていなかった。でも、今自分が身に付けているのはTシャツ、それも男物の。
私は観念しながら、Tシャツの襟を引っ張り、自分の胸を覗き見る。ああ、やっぱり。ブラジャーは当然の如く着けていない。でも、パンティはちゃんと穿いてる。
それが何の慰めにもならないのは、自分が一番よく判っている。もしかして、この横に寝てる人と…

横に寝ていた男が目を醒ます。
「お。おはよう。えらく早起きだな。まだ、寝てればいいのに。今日は休みなんだろ」
「おはよう。うーん。なんか目醒めちゃったから」
「客人が起きたのなら、しょうがない。俺も起きるとするか」
彼が起き上がる。上半身裸で、下はトランクス一丁だ。
「ちょ、ちょっと。なんでそんな裸同然の格好なのよ…」言いながら、それが何を意味するか考えていた。そういうこと?
「ね。ここ、貴方の家だよね」
「家っていうか、まあアパートだけど。そうだ、俺の部屋だ。憶えてないのか?」
「いや、ちゃんと憶えてるけど」
私は昨日の夜のことに考えを巡らす。偶然飛び込んだ店で、この男性と一緒にテキーラのボトルが空になるまで飲んだこと。
店が看板になって追い出されたので、そのまま彼の家まで付いて来たこと。そして、彼の家で今度はバーボンのロックを二人で明け方近くまで飲んだこと。
彼が本気で結婚まで考えた昔の恋人が別の人と結婚したという話を聞き、今度は自分が別れた男の話をしたこと。互いに「死ぬまで一緒にいようなんて約束手形は何の保証にもならないね」と苦笑いをしたのは、もう朝に近かったのだろうか。

「ね。一つ訊きたいんだけど、いいかなあ?」
私の質問に、彼は口に煙草を咥えたまま頷き、マッチで火を擦る。
「このTシャツ、貴方のだよね。なんで私、これ着てるのかなあ」
「憶えてないのか」
私はこっくりと頷く。恥ずかしながら、どうして自分が彼のTシャツを着ているのか、それが記憶にない。

「酒飲んでる途中で、着替えたいからTシャツ貸してって言われて。だから俺のを貸したんだよ。生憎、どうがんばっても、デカ過ぎるのしかなくて、すまんね」
私は彼を見る。身長150センチに満たない私、彼は170センチ代後半はあるだろう。彼のTシャツが私に合うはずもない。
「ねえ、私ちゃんと洗面所行って着替えたよね…」
「いやあ、目の前でストリップが見れるとは思わなかったなあ。いい目の保養になった」
彼が煙を吐き出しながら笑う。私は手元にあった枕を投げつけた。
「馬鹿、冗談に決まってるだろ。ちゃんと奥行って着替えてたよ」

「そっか。ならいいんだ。あ、あのさあ、私達、その…」
「心配すんな。姉さんが心配するようなことは何もなかったから」
「ホント?」
「本当だよ。傷心の女、酔わせて抱いちまうような趣味は俺にはないよ」
「私だって、傷心の男に酔った勢いで抱かれる趣味はないわよ」
二人互いに見合って笑う。

「私、そろそろ帰るね」
「まだ、いいんじゃないか。コーヒーでも淹れるよ」
「帰って洗濯しないとね。一人暮しは辛いのよー」
わざと、陽気に言う。彼は黙って2度、3度と頷く。右手をひらひらさせながら。やっぱり癖なんだろうなあ、これ。

彼に駅まで送って貰う。改札口を抜ける前に彼に挨拶しようとすると「ホームまで送るよ」と一緒に入って来てくれた。
「気遣わなくていいのに」
「いいんだ。俺が送りたいから」
彼の言われるままにする。

休日の朝のホームに人はまばらだ。二人立ったまま、電車が来るのを待つ。気付くと、彼が私の手を優しく握ってくれた。
「なあ。今は辛くてもさ、いつか笑える日がくるよ、きっと」
「そうかな。来るのかな? こんな私にも」
「来るさ。だから、無理して笑えとは言わない。頑張れとも言わない。ただ、いつか自然に笑えるようになる日が来る。それだけは信じろよ」
「判った。信じる」

電車が入ってくる。彼は私の手を離した。私は電車に乗り込む。
「ねえ、貴方に逢いたくなったら、どうすればいい?」
「昨日のあの店に来い。店の名は『ライフ』だ。場所は覚えてるか。週に3日はいるから。運が良けりゃ逢える」
「運が悪かったら、どうするの。逢えないじゃない!」
「今までの運が最悪だったろ。これからは良くなるだけだ。だから、大丈夫。きっと逢える」
彼はまた右手をひらひらさせた。変な癖だなあ、それにしても。

小さくなって行く彼の姿を見ながら私は鼻をぐすんとさせた。ちょっと泣きたくなったかも。
でも、大丈夫。今度、貴方とあの店で飲む時は、笑顔で馬鹿話が出来るよね、きっと。