Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

Maryは横浜へ向かう

先日あった、ちょっとした異文化コミュニケーションの話を書く。
仕事が終わり電車に乗り込む。3人席が全て空いていたので、一番奥の左側の席に座る。そこへ白人女性が乗り込んで来て、俺に向かって、"Yokohama?"と尋ねて来た。一瞬考えた後に「この電車は横浜へ行くのか?」という意味と理解した。

俺は"Yes"と答えて、その後に「俺は新川崎という駅で降りる。横浜は次の駅だ」と彼女に告げた。つまり、俺が降りる駅の次が横浜だから、俺が降りたら準備してねという意味のつもり。
彼女は出口に近い右端の席に座る。俺はそのままスマホをぼんやりと見ていた。次の駅に到着し、真ん中の空いた席に別の女性(日本人)が座る。
そのタイミングで白人女性(以下、Mary)が、俺に向かって「日の出町に行きたい」と言い出す。え? 横浜じゃねーのかよ、日の出町ってどこだよ? 日本人で都内の電車に乗っているからと言って、首都圏の交通網を全て把握している訳ではない。なんか面倒くさい話になりそうだ。俺は隣席の日本人女性に言う。
「すみませんが、席替わって貰っていいですか?」
このまま、日本人女性を真ん中にしてMaryと話をしていたら、会話も遣り辛いし、彼女(日本人)も辛いだろう。席を替わって貰い、俺はMaryの横に座った。

俺はスマホで路線検索をして、日の出町を探す。Maryのスマホが見える。メッセンジャーか何かの遣り取りが映っている。「日の出町は快速が止まらないから、快速には乗るな」という文字が見えた。
日の出町は、横浜から京急線に乗って3駅だということが判った。俺はMaryに告げた。
「日の出町は、横浜から京急ラインに乗って3駅だ。横浜まで君を送っていくよ。そしたら、横浜駅で誰かに京急ラインの乗り方を尋ねて」
俺の下車駅は横浜よりも前だ。だから横浜まで行くと、俺はまた戻らなければならない。正直、最悪最後は日の出町まで付き合うつもりでいた。時間的にもまだ戻る電車はいくらでもある。袖擦りあうも多少の縁と言うじゃないか。

「私は昨日、ロンドンから来たの」とMaryは自己紹介してきた。イギリス人だったのか。イギリスから来たと言わずに、ロンドンから来たという説明にイギリス人の傲慢さを見た気がする。考え過ぎか? Maryの年齢は50代後半くらいに見える。それにしても女性の一人旅とはね。日本だと女性一人でもよっぽどの場所に行かない限り、危険はないからなあ、俺はふと思う。

「さっきまで新宿駅で1時間くらい彷徨ってたの。新宿駅は広くて人が多くて…」
※ちなみに新宿駅から横浜方面への電車はある。俺達が乗り込んだのは池袋駅(新宿駅よりも横浜へは遠い)である。彼女は相当迷って間違った路線にも乗ったに違いない。東京に20年以上住んだ経験のある俺でも、新宿は迷う。それが昨日初めて日本に来た、日本語の話せない外国人では、最短で目的地に辿り着くのは難しいだろう。

「イギリスへ行ったことある?」問われたので「ないけど、俺はロックンロールが好きなんだ、ビートルズとかローリングストーンズとかね。だから、いつかイギリスに行って、アビーロードを見たいと思ってる」そう答える。するとMaryが「クイーンもね」と笑う。
途中の流れを忘れたのだけれども、俺が「何年か前にモロッコとスペインに行ったんだ」と伝えると「スペインはどこ? バルセロナ?」と尋ねられる。これはもう、「日本と言えば東京」「フランスと言えばパリ」「中国と言えば北京」みたいなお約束だな。スペインだからといって旅行先がバルセロナだけの筈はない。俺は「マラガにも行ったよ」と言うと、Maryは「コルドバは? トレドは? グラナダは?」と矢継ぎ早に訊いてくる。Maryは「私、スペインに住んでいたことがあるのよ」と言う。何者だよ、Mary。

彼女は「私、英語の教師をしているの。今から生徒の母親に会いに行くのよ」と言う。ああ、なるほど、合点がいった。その生徒の母親が日の出町に住んでいて、今晩はそこに泊めてもらうのだろう(多分)。
「ねえ、この辺りにハイキングに適した山はないかしら。山登りが趣味なの」彼女は言う。あのさ、皆が皆、ハイキングが趣味の訳ないだろう。俺を見て山登りするような男に見えたのだろうか。見えたのかな?
「ハイキングに適した山のことはよく判らない」誤魔化した。というか「高尾山」と言おうと思ったのだが、横浜から高尾山は遠いしなあ。

彼女は1ヶ月日本に滞在すると言う。それだけの期間いれば、それなりに金も掛かる。だから友人知人の伝手で安く泊めて貰おうという作戦なのだろう。Maryは生徒の母親には会ったことがない、今夜初めて会うと言っていた。相手の母親にしても、自分の娘(息子)の先生なら泊めても大丈夫と思ったのではないか。
俺は思いついて言う。「せっかく横浜に来たのなら、江の島に行くと良いよ」「そこには何があるの?」Maryに訊かれる。これは答えが難しいな。シラス丼が美味いと言おうとしたが、シラス丼を英語で説明出来ない。ご飯の上に小さい生魚が乗っている食事だと言っても、イギリス人にはイメージがつかないだろう。江の島は周りが海で景色が良いと説明した。その瞬間に思い出した。「江の島に行くと、富士山が見えるよ。富士山は日本で一番高い、美しい山だよ。絶対に見るべきだ」力説する。
すると彼女が「富士山で登山は出来るかしら」と言うので「ちゃんと準備しないと無理じゃないかなー」と返しておいた。実際のところはよく判らない。ただ、富士山はハイキング気分で行ける山ではないだろう、間違いなく。

彼女はまた北海道にも京都や奈良にも行くと言っていた。
「北海道は前に住んでいたんだ」と告げる。Maryに「札幌は雪が2メートル以上積もるんだ。12月から3月はずっと雪が降っている」とプチ情報を教える。ただ、ロンドンだと結構雪が降るのかな、その辺りの知識がない。雪が降らないエリアに住んでいる人からすれば、積雪2メートルはかなりのものだと思うが、慣れてる人だと驚かないか。Maryは2メートルの積雪にはあまり驚かなかった。

そうやって色々お喋りをしているうちに、横浜駅に着いた。「横浜駅だ。降りよう」俺はMaryを促した。2人で改札近くに向かう。俺は京急線の案内を探す。すると、そこに見知らぬ日本人女性が立っていて、Maryに「日の出町に行くの?」と話しかけている。俺は言った。
「お知り合いですか?」
「いえ、貴方達が日の出町まで行くと言うのが電車の中で聞こえたので…」
ん。ってことは、彼女がMaryをエスコートしてくれるのかな。俺の役目はここまでということだ。
「それではお手数ですが、よろしくお願いします」俺は日本人女性に頭を下げた。
俺はMaryに「じゃ、気を付けてねー(Take Care!)」と声を掛ける。Maryが手を高く上げたので、2人でハイタッチ。Maryからすれば、ここまで連れてきてくれた俺に対する感謝のハイタッチなのだろう。

2人を見送り、俺は戻りの電車のホームへ。
Maryは日本に来たばかりだ。まだそれほど多くの日本人と遭遇した訳じゃないだろう。自分で言うのもなんだが、俺と横浜駅からエスコートしてくれた女性、俺達に対してMaryは悪い感情は抱かない筈だ。

これから1ヶ月、彼女が日本をエンジョイしてくれると良いなと思う。