Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

突き刺す言葉、癒す言葉

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何十年経っても忘れられない出来事や言葉がある。それが自分の人生にとってとても意味のあることだったり、大切な指針になるものなら納得なのだが、そうでない、どうでも良いようなことばかり覚えている気がする。

俺は若い頃(20代前半)に居酒屋でバイトをしていた。当時大学を辞めてフリーターで働いていたのだ。銀座の居酒屋だったから、客層はそれなりに良かった。酔って店員に絡むような民度の低い客はいない。そういう意味では安心して働ける店だった。
その店はランチ営業もしていたので、俺は昼夜とその店で働いていた。ある日のランチタイム、50歳過ぎくらいに見える(つまり今の俺と同世代だ)太ったオッサンが来店していた。彼の風貌は大木凡人さんから愛嬌を100%取り除き、邪悪度を200%増量して、ガマガエルを足して二で割ったような顔をしていた。ランチは味噌汁がどのメニューでも付くのだが、たまたまそのオッサンの定食には味噌汁がなかった。運んだ他の店員が付け忘れたのだろう。
「おい、俺にも味噌汁くれよ」オッサンはでかい声で俺にリクエストした。無論、味噌汁を忘れたのはこちらの落ち度だ。オッサンには味噌汁を要求する権利がある。だが、権利があることはイコール偉そうな態度を取って良いという事と同義ではない。あのオッサンの口調は今でも覚えている。俺は折につけ、あのオッサンの言葉と不愉快な声色を思い出し、「きっとあのオッサンは会社でもあんな風に偉そうな態度で部下を𠮟りつけているのだろう」と想像した。同じ課で働くOL達からは蛇蝎のように嫌われているに違いない。
それなりの年齢になった人間が、自分よりもずっと若い店員に傲岸不遜な態度を取るのは非常にみっともない。俺は当時そう感じたし、今この歳になっても同じように思う。

俺は10代の頃から飲食店でアルバイトをしてきた。歳を喰って、そういった若いアルバイトの店員に声を掛ける機会もあるが、乱暴な言葉遣いや偉そうな態度は絶対にしないようにしている。何故なら、若い子に偉そうな態度を取るオッサンは醜いの一言だからだ。20代前半の頃に俺はあのオッサンを見て、嫌な気分になったし、そしてさらにオッサンを心底軽蔑した。俺は若かった頃の自分に呆れられるようなオッサンにはなりたくない。

また、一つ言えるのだけれども、若い人にモテるような素敵なおじ様というのは、間違いなく綺麗な丁寧な言葉を若者に対して使う。それは若者に媚びているのではない。自分と相手は対等であるとちゃんと認めるから、敬語を使う。それを若者は敏感に理解する。ああ、この人は自分を馬鹿にしたり、下に見たりはしてない。そう思うから今度は若者は「じじいの戯言なんか聞いてられるかよ」なんて粋がった態度は取らず、真摯に向き合う。そうなれば、世代の差なんてものは関係なくなる。

と、このエピソードだけで終わると、やはり偉そうなオッサン(俺)の説教話に近い逸話で終わってしまうので、他の思い出の言葉も書いておこう。

大学生の頃、食当たりにでもなったのか、酷い腹痛に襲われた事があった。継続的に痛みが発生するのではないが、時々腹に痛みがやってくる。3日間ばかり腹痛に襲われて、殆ど何も喰えなかった。見事に3日間で、体重が3キロ程度落ちた。ダイエットしたい人は腹痛になると良いと思う(そんな訳ねーだろ)。
大学の友人らとお喋りをしていると、また腹痛がやってきた。「アイテテテ…」俺は横っ腹を押さえながら呻いた。
俺の悶絶する様子を見ていた後輩の女の子が切ない表情になって「あ…、可哀そう…」と呟き、「大丈夫?」と俺の顔を覗き込んだ。
後に俺はその子と付き合う事になる。
その子と結局は別れてしまうことになるのだが、それは仕方のないことだ。何が駄目だったのかなんて今更反芻しても意味がないし(30年以上も前の昔話だ)、別れた頃はともかく、今は良い思い出でしかない。
彼女と具体的に交わした会話で一番覚えているのが、このエピソードなんだよな。無論、俺の住んでいたアパートで2人だけでした会話もあった。何故かそういったものはあまり覚えていない。彼女との一番の思い出というと、俺の腹痛を心配してくれた彼女の言葉になるのだろうか。
身体が弱っていた時に掛けられた優しい言葉だったから、印象に残ってよく覚えているのかもしれない。f:id:somewereborntosingtheblues:20220222234218j:plain

言葉なんてものは、日常で次から次へと消費されて、言ったほうも言われたほうも記憶に残るものはほんのわずかでしかない。殆どは記憶からも心の片隅からも零れ落ちていく。
だがもしかしたら、貴方の言葉が誰かの胸の中にずっと大切に仕舞われて、長く長く残るかもしれない。
そう考えたら、乱暴な汚い言葉よりも、相手の心を穏やかに優しくさせる言葉のほうが、ずっと良い。
そうは思わないか?