Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

さよならは、言われるよりも言うほうが辛い

自慢ではないが、30歳を過ぎるまで女性に別れを告げたことがなかった。もっぱら振られる専門である。「付き合って下さい」的な告白をしても「無理!」「付き合っても上手くいかないと思うよ」「冗談は止めて」などと拒絶されることが殆どだった。付き合っている最中に「他に好きな人が出来た」「なんか思ってたのと違う」「一緒にいると辛くなる」とか散々なことを言われて別れを切り出されたこともある。そういや高校生の時にクラスの子に告白したら、その日の夜にその子の友達から電話が来たこともあった。
「彼女、迷惑してるから、そういうのは止めて下さい」なんで友人からそんな事言われなきゃならんねん。俺が彼女に好意を持つのは迷惑か!

当時は「さよならを言われるのは辛いなぁ」と思っていた。
32歳くらいの頃だった。人生で初めて自分から相手にさよならを言った。彼女の色々な行為が俺には耐えられなくなって、付き合いを続けていくのが不可能になったからだ。それまで女性に別れを告げたことがないから、上手い断り方が見つからなかった。言葉は忘れたが、あまり余計なことは言わずに「もう付き合っていくのは無理だ」と告げた。彼女は「そんな簡単に別れるなんて言わないで。悪いところがあったら言って、直すから」彼女は俺にすがった。
この時、俺はやっと気付いた。さよならは言われるよりも言うほうが辛いのだ、と。

高校の時に、クラスメートの女の子が友人を介して断ってきたのも、直接俺に言うのが辛かったからだろう。断りを入れて、相手が素直にそれを受け入れてくれれば良いけれど、中には食い下がる人もいる。そうなったら、さらに断りの二の手、三の手を繰り出さなければならない。それは精神的にしんどい。

交際している相手に別れを言うのは容易い話ではない。互いの歴史が長ければ長いほど、別れの切り出しは辛くなる。愛情が消えて別れたいのであれば、まだマシだ。愛情が残っているのに「さよなら」を言わなくてはいけない場合もある。そうした場合、確実に心をより抉られるのは、さよならを言い出すほうだ。

俺は恋人から別れを告げられる度に、悲劇のヒーローを気取っていたけれども、実際には相手のほうがよっぽど重い枷を背負っていたのだ。30歳過ぎるまでそんなことにも気付かなかったのは、間抜け以外の何者でもない。f:id:somewereborntosingtheblues:20220125002336j:plain

ということで話は前回のブルースバンドのリハーサルに移る(話が飛び過ぎだと思うかもしれないが、最後には繋がる)。
今、ブルースバンドは、発起人でありギターのK君、新規加入のベースのIT君、俺(ドラム)の3人編成だ。ボーカルが足りない。ブルースをやる以上、ボーカルは必要だ。発起人のK君が「新しいボーカル候補見つけてきました。女性です」とメッセージを寄こす。俺達はブルースバンドなのでレパートリーはブルースのみ。K君が余計な気を遣ってボーカル候補に「歌いたい曲とかありますか?」と訊いたら、J-POPの某曲を提案してきた。俺は、ブルース以外の曲とかをやり出すと収拾つかなくなるんじゃないかと危惧した。実際にその危惧は本当のものになる。

ボーカル候補を交えての初リハーサル。俺達はブルース4曲を練習曲として提示していたのだが、彼女はどれ一つとしてまともに歌えなかった。全曲歌えなくても構わないのだが、1曲も歌えないというのはどういうことなんだろう。俺には疑問符しかなかった。決して期間がなかったとは思えない。この4曲をリハーサルでやりますと彼女に伝えたのは12月の頭だ。1ヶ月以上時間はあったのだ。歌詞カードを見ながら歌うのでも全然構わない。だが彼女は4曲のブルースで1フレーズたりとも歌えた箇所がなかった。彼女自身が指定したJ-POPはさすがに歌えていたけれど。

練習が終わり、ミーティングというお題目の飲み会。ボーカル候補の女性は、コミュニケーション能力に難があった。人の話を一切聞かず、自分の話したいことだけをマシンガンのようにひたすら話し続けた。ベースのIT君が「会話の情報量が多過ぎて、消化出来ない」と愚痴る。2時間ちょっとの飲み会で、彼女が1時間40分くらい喋っていた。

帰宅するとギターのK君からメッセージが俺個人に届いていた「どうしますか、彼女と続けます?」
俺とK君でLINEで何度か意見の遣り取りをした。どう考えても、続けていける相手でないのは明白だった。歌は今後は覚えて歌えるようになるかもしれない。だが、練習後のミーティングがあの状態では、俺達の互いの考えや意見を擦り合わせることは難しいだろう、というかほぼ不可能だろう。そう結論づけるより他になかった。
「辞めたほうがいいと思うな。K君が持たないだろう。K君が断りの連絡入れるのが苦痛なら、俺が代わりに言ってもいい」
「お願いして良いですか」K君のメッセージの行間からほっとした空気を感じた。

俺はそのボーカル候補の女性に断りのメッセージを入れた。下手に文字を増やしても、彼女は納得しないだろう。ここはビジネスライクにシンプルな断りの文章にしよう。俺は「熟考しましたが、一緒にはやれない結論となりました。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」とメッセージを打った。

俺自身、過去にバンドメンバー募集に応募して、断られた経験は何度もある。参加したバンドを理不尽にクビになったこともある。俺自身が断りの連絡を入れたのは今回が初めてだ。今まではバンドの発起人やリーダーの人が断りの対応をしていた。
断りの連絡を入れるのも、気を遣うものだなと思った。これは恋人への別れを告げるのに似ている。
言われたほうもダメージを受けるけれども、言い出すほうも、それなりの覚悟をしないといけない。むしろ、断るほうが強い想いが必要だ。

案の定、翌日深夜にボーカル候補だった女性から「不採用の理由を教えて下さい」とメッセージが来た。懇切丁寧に理由を列挙することは可能だった。だが、それを読んだからと言って彼女が納得するだろうか。互いに疲弊するだけだ。俺は彼女にダメージを与えるような説明をしなくてはいけなくなるし(それは心苦しさしか生まない)、彼女はそれを読めばショックを受ける、或いは俺に対しての怒りが発生する。
俺は彼女に返信はしなかった。理由をきちんと説明するのが真摯な対応なのかもしれない。だが、そこで彼女が納得せずに不毛な遣り取りのボレーゲームが始まったら、泥仕合になるのは明白だ。

一度繋がりを持つと、その関係を断ち切るには、それなりのパワーを使う。だから最初から関係を持たないというのも一つの自衛策だ。だが、孤高に一人で生きていくことはそう簡単ではない。男女間の恋愛においても、バンドのメンバー募集も根本は同じなのだ。

人と人が繋がって生きていく以上、簡単に済むことなんて一つとしてない。