Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

久しぶりにサックスを吹いてきた

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最後にサックスを吹いたのはいつだったか。こういった時にBlogで記録をつけておくと、一発で判るので便利だ。
去年の8月にチェッカーズセッションに参加して、そこで数曲サックスを吹いたのが最後。なんたることだ。もう7ヶ月も経っている。その間、ただの一度もサックスに触れる事すらなかった。
酷いものだなあ。

偉そうに「本当に好きなものだったら、止められる訳がない」とか書いた事があるけど、実際こうやって離れてしまうと、それを再開するのは難しいものなのだな。能動的にやらなければならない趣味って、自分から積極的に動かないと、すぐにご無沙汰状態になってしまう。

前にも書いたけれど、J-POPのカバーバンドがサックスを募集していたので、それに応募した。それの初リハが来週ある。いわゆる顔合わせ的なものだ。そのバンドの持ち歌はどれもサックスが入っていない。募集していた人とメールの遣り取りをした時に「サックスのフレーズは自由に考えて下さい」と言われたので、「適当にフレーズは考えておきます」と返しておいた。

そして、仕事の行き帰りで曲を聴いてサックスのフレーズを頭の中で考えていた。サックスを持たずに、サックスのフレーズだけひたすら口ずさんで作っていた状態。
これは過去にサックスの先生、ドラムの先生に言われた事だ。
「演奏したいフレーズをまず歌えるようにしないと、実際に(サックスやドラムで)演奏する事は出来ません」
これは真理だと思う。ドラムにしても、自分の叩きたいフィルイン(ドラムのフレーズ)を口で言えなければ、叩く事は出来ない。今回もサックスのフレーズを実際にサックスで吹く前に、そのフレーズを自分の中で作って、口ずさむようにしておくのは有用だと思った。

今日、カラオケボックスに行って、実際にサックスでそれらの頭の中のフレーズを吹いて来た。当然、口ずさんでいる時は、音程とかあまり意識していない(というか、自分が口で作ったフレーズがどの音階だかは意識していなかったから)。
実際にサックスで音を拾って、曲と一緒に吹いてみると、これが合わないのよね。なんでかな。俺が口ずさんで作ったアドリブフレーズをサックスに起こすと、それが曲にハマらないんだよな。
これはきっと、俺の音楽的能力が低いせいなんだろう。元々のアドリブ能力が低く、そして楽器演奏能力が低いから、そういった事が起きるのだろう。
能力のある人なら、口で作ったフレーズを楽器に当て嵌めたら、一発で良い感じになるのだろうけれど。

だが、そんな事で別にめげたりはしていない。俺は自分の楽器演奏能力が高くないのは自覚している。そして、長く楽器から離れていると、その楽器での表現力が落ちるのも自然の理。
これは楽器に限らず、他の事でも同じだと思う。例えば、小説やエッセイ、詩を趣味としている人は、暫く書かないでいると以前と同じように書けなくなっている事に気付くだろう。「前だったら、一時間くらいで書けたエッセイが、久しぶりに書いたら、全然纏まらないなあ」なんてあるんじゃないかな。
絵画とかも、きっと同じような状況が発生すると思う。

ましてや、俺なんか、たたでさえサックスの演奏能力は低くて、そして音楽的スキルも大したことない。だとしたら、7ヶ月振りに吹いたサックスが思うようにならなくても、なんら不思議はないのだ。
ブランクはまた埋めていけばいい。またコツコツとサックスを続けていけばいい。

俺の中に、その一本の道が途絶えずにあれば、それで良い。