Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

師匠の教え(Drums編)

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以前にも書いたエントリと重複するのだが、自分にとって大事なことなので、これはあえて書いておきたい。
サックスを始めて一年が過ぎた頃に、俺はドラムを始めた。きっかけは、プロのジャズドラマー、渡辺文男さんの生演奏を聴いたことだ。詳細はこちら。

somewereborntosingtheblues.hatenablog.comそれまでの俺は、ドラムに関しては殆ど興味がなかった。「ドラムって、何のジャンルにしても、バンドのリズムの柱だよね」くらいの認識。それが一気に覆された。
当時、もう40歳になろうかとしていたので、「これは教室に通おう」と即決した。俺が10代とかだったら、好きなバンドのドラムを聴きまくって、独学でなんとかしようとしただろうけれど、時間は有限だ。こういった時、大人は金の力を使ってなんとかしようとするのだ。
早速、ドラム教室の体験レッスンを受けた。先生は当時30代半ばくらいの、竹野内豊似のイケメン。プレイヤーって、演奏の上手い下手が大事なのは言うまでもないけれど、それだけじゃない気がするのだよな。やっぱり見た目とか醸し出す雰囲気とかも凄く大事。だって、演奏は下手だけど、ステージで滅茶苦茶格好良いミュージシャンとかいくらでもいるだろう。
体験レッスンでは、スティックの基本の持ち方やエイトビートの触りの部分を習った。竹野内先生は見た目爽やかなイケメンだが、教え方も懇切丁寧で好感触だった。年齢は俺の4つくらい下だったかな。すぐに俺は正規レッスンを申し込んだ。

それから竹野内先生には基本から一つ一つ教えて貰った。当初は基本のエイトビートから。唯一にして最大の誤算は、俺の楽器習得能力があまりに低くて、いつまで経っても全くドラムが上達しなかったことだ。あと、サックスを始めたのがドラムを始める一年くらい前だったから、まだまだサックスも初心者。入門楽器を二つ同時進行でやったせいか、どうしても比重がサックスにいってしまう。ただ、良くも悪くもサックスもドラムも所詮は趣味だ。命が懸かっている訳じゃない。出来なくても死にはしない。そう自分の中で開き直る事が出来たのは大きい。
基本のエイトビートが終わった後は、竹野内先生が「今度はこういったものを叩けるようになったほうが良いです。この曲とこの曲がその習得に適しています。どっちが良いですか」と提案をしてくれるようになった。ジャズドラムを聴いて、ドラムを始めた俺だが、ジャズドラムは難易度が高いのは判っている。最初はエイトビート系のロックからだなとは思っていた。またそうやってロックドラムをやっていると、それもそれで面白い。ジャズドラムへの拘りはすぐになくなった。

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教室に通って一年くらいした頃に「やっぱりドラムはバンドで叩いてこそ意味があるよなあ」と思い始めた。そこでバンドメンバー募集サイトを漁ると、運よく初心者歓迎のバンドがあったので応募して無事にメンバーに加えて貰った。これでさらにドラムが楽しくなった。バンドでのドラムは全体の演奏が上手くいかなくちゃしょうがないから、叩けない部分は徹底的に省略する。そして、ドラム教室では、新たな技術やリズムの習得にトライするという並行作戦。これが丁度良かった。
教室でドラムのあるテクニック(アクセント移動)をやっていたのだが、いつまで経っても出来なかった。というか、碌に練習していないのだから当然と言えば当然の結果なのだが。ある日のレッスンで竹野内先生から「どうしたんですか。前回よりも内容が悪いですよ」と言われたので、素直に答えた。「いやー、自分でも出来ないのが判ってるでしょ。で、今日レッスンでも出来ないんだろうなあと思ってたから、なんか気分が乗らなくて」
それを聴いた竹野内先生は即座に言った。「じゃ、この曲やめましょうか。この曲に関しては、4WAY(ドラムの叩き方)は叩けるようになりました。そういう意味では成果はあります。出来ないところは、また別の曲でやればいい。今止めても無意味じゃないです」非常に有り難い言葉だった。俺は素直に別の曲をやる事にした。このレッスンでは、そうやって途中で挫折した曲が何曲かある。
竹野内先生は言った。「子供とかは、嫌だとすぐにやめますって言いますよ。大人のほうが辛抱しちゃいますね」なるほどなー。何となく判る。せっかくドラムが好きでお金を払ってドラム教室に通っているのに、出来ない曲を無理してまでやる必要はない。無理してやっていると、演奏そのものを嫌いになる事も多々ある。それじゃ本末転倒だ。

そして竹野内先生は凄く大事なことを俺に言った。
「基本練習でもそうですが、やっていて楽しくない事は絶対にしちゃ駄目です」

ドラムに限らず、サックスとかのスケール練習やロングトーン、こういった基本練習はあまり楽しくないものだ。曲とかをやっているほうが楽しい。これは固有の楽器に限った話ではないだろう。俺は問うた。
「基本練習って楽しくないじゃないですか。これ、ドラムに限らず、サックスとかもそうですけど」すると竹野内先生はさらに言った。
「楽しくない、って事はやり方を間違えているんです。間違えているから楽しくないんです。だから、楽しくないのなら、無理してまでやらなくていいです。むしろ、やらないほうがいいです」
これは非常に大切な教えだった。そしてドラム以外の楽器にも通用する言葉だ。

その後、俺はブルースバンドに加入したのだが、ブルースの必須であるシャッフルが叩けなくて、竹野内先生にシャッフルを教えて貰った。またジャズバンドが素人でもOKという募集を出していたので、慌てて4ビートを伝授して貰ったりした。竹野内先生の言う「楽しくない事はやるな」の教えを俺は守り、逆説的に「楽しいことなら何でもやろう」と節操無く色々なジャンルのドラムに手を出すようになった。尤も、前述したとおり、まともに叩けるものは余りなかったのだけれど。

竹野内先生にはトータルで8年くらい習ったのだが、習得密度で言うとかなり低くて、他の人の2年分くらいしか自分の身になっていない。これは竹野内先生が悪いのじゃない。俺の能力が低すぎただけの話だ。
でも、それで構わなかった。楽器というのは別に上手い下手を人と競う訳じゃない。一定の年数が経ったら、ある程度のことが出来ないと駄目ということでもない。自分が納得して満足してさえすればいいのだ。

竹野内先生の叩くドラムを見て聴いているだけでも俺は楽しかった(レッスンで模範演奏を示してくれる時とか)。とにかく上手くて見ていて聴いていて、惚れ惚れした。ドラムを習い始めてから、ジャズのライブでもドラムを注目して聴くようになった。でも俺が心の底から「いいなあ、最高だな」と思ったドラマーは、渡辺文男さんと竹野内先生の二人だけだ。勿論、プロの上手いドラマーはいくらでもいるけれども、俺がいわゆる「惚れた」と言えるドラマーはこの二人だけ。

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俺は明らかに竹野内先生の生徒の中では落ちこぼれだ。先生は「こいつ、いつまで経っても上手くならねえな」と思っていたことだろう。だが、俺は彼にドラムを習い始めてから、ずっとドラムを叩いている。仕事の関係で東京から札幌に移った時、持っていたドラムスティックは全て処分してしまった。もうドラムを叩く機会はないだろうと思って。気付くとスティックを買い直して、札幌でロックバンドでドラムを叩いている。

竹野内先生からは、ドラムを教えて貰ったが、それ以上に大事なものを教えて貰った。
「楽しくない事はするな」は音楽に限らず、俺の生きる上での座右の銘になっている。
そして、50代になっても、しつこく下手なドラムを続けている。この「続けている」という一点だけでも、俺は彼に充分に恩返しが出来ているんじゃないかな、と思う。