Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

人のサックスを笑うな

地震から一週間以上が過ぎて、札幌の街にも以前と同じような日常が戻って来た。勿論、復旧には程遠い場所も沢山あるが、今の俺に出来る事は、以前と同じような日々を過ごす事だけだ。
今の自分に出来る事を粛々とやるしか他にない。

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停電が復旧してから、東京時代の友人らに「停電が復活したよ」とLINEで告げると、「何か必要な物があったら言ってくれ。送るから」と言ってくれた人が何人かいた。有難い事である。
そのうちの一人が、Tちゃんだ。

Tちゃんは、俺の戦友である。歳は俺と同じ。二人とも名前が「た」で始まるので、互いに「Tちゃん」「Tちゃん」と呼び合っている。だが幼馴染じゃない。知り合ったのは、40歳ちょっと前。多分、38歳か39歳の頃。
Tちゃんとは共通点が多かった。歳が一緒。サックスを始めた時期も一緒。そして後にドラムを始めた点も同じ。違いは俺が男で、Tちゃんが女性であるという事。

12年くらい前の事だ。俺はサックスを始めて数ヶ月だった。自分がどんな練習をすれば良いのか参考にしたくて、アマチュアのサックス練習Blogを検索しては読み漁っていた。その中にTちゃんのBlogがあった。同じ程度のサックス歴の人でも、やはり若い人のBlogは無意識に敬遠してしまう。「サックス歴が同じと言ってもなあ。若い人なんか吸収力が全然違うからなあ。こっちとは上達が違うよ」と変なやっかみというか僻みがあったのは否めない。
そうやって、同世代の同じようなサックス歴のBlogを定期的に来訪してコメントの遣り取りとかをしているうちに、段々とコミュニティみたいなものが出来上がっていた。

気付くと、そういったメンバーで「初心者のサックス練習オフ会」みたいなものを開催するようになっていた。発起人は俺じゃない。そこでTちゃんと実際に会って話をするようになった。彼女と俺は家が同じ沿線で、駅も5つくらいしか離れていない事も判った。
「練習オフ会」はメンバーが入れ替わり、定期的に集まるのは固定の4人になった。固定になった事で、「いっそアンサンブルやろう」という流れになって、4人でブラスバンドを組んだ。発起人のFさんがトロンボーンでリーダー。Fさんが連れて来た20代前半の女の子がソプラノサックス。そしてTちゃんがテナーサックスで、俺がアルトサックス(Tちゃんとテナーが被るので、俺がアルトに回ったのだ)。

そのブラスバンドを組んだのが40歳とか、そんなもんだったかな。バンドは月一回の練習という非常に緩いペースで、メンバーで決めた課題曲を皆で合わせるという形だった。特にライブとか考えていなかったので、いつまで経ってもバンドのレベルは上がらなかった。だが、「肉体的、精神的、金銭的に一切無理ない形でやろう」というコンセプトだったから、一向に構わなかった。

ブラスバンドを始めて2年くらいした頃に、ソプラノ担当の女の子が「最近、ギターに嵌ってるんですー」と言い出した。当時、Tちゃんはドラムも始めていた。トロンボーン担当のリーダーはベースが弾けたから、「じゃTちゃんドラムやってよ。俺ギターやるから。そうすりゃロックバンドもやれるぜ」と俺達は全員楽器を持ち替えて、スタジオでロックナンバーを演奏したりした。
このブラスバンドは確か5年弱続いた筈だ。なんとなくの思い付きで始めたバンドにしては、長持ちしたほうだと思う。ブラスバンドだったり、ロックバンドだったり、色々な意味で自由度は高かった。単に好き勝手にやっただけとも言えるけれど。

俺もTちゃんもジャズが好きでテナーサックスを吹くのが好きだった。そして二人ともドラムにも手を出していた。似たような事をやっている。だが、一番の大きな違いは、楽器に対して彼女が非常に真摯に取り組んでいたという事だ。
俺は元々のいい加減な性格もあって、サックスもドラムもなかなか上達しなかった。サックスは同時期に始めたのに、彼女のほうがずっと上手かった。ドラムは俺のほうが一年くらい早く始めた筈だが、俺が叩けないドラムパターンとかを彼女は楽々と演奏していた。
それでもバンドの仲間と一緒に練習後に酒を飲むと、彼女はいつも「思った通りに演奏出来ない。自分は駄目だー」と落ち込んでいた。真面目過ぎるが故の苦悩だ。俺が全く出来なくても、落ち込まずにヘラヘラしていたのと対極だ。
彼女はテナーサックスが上手く吹けなかった(と自分で思い込んでいた)事に対するはけ口として、ドラムをやっていた(のかな?)。ところが、根が真面目なものだから、今度はそうなると「ドラムでこれが出来ない。叩けないー。駄目だー」となっていた。自縄自縛に陥っていた。

要するに、逃げたと思った先に更なる悩みの種が埋まっていただけの話。何度も「Tちゃんは真面目過ぎるんだよ、もっと気楽にやりなよ」と言ったけれども、真面目な人にその意見は全然アドバイスになっていないんだよな。

俺なんか、サックスで上手くいかないとドラムへ行って、ドラムで行き詰ると今度はまたサックスに逃げ込んで、みたいに互いが互いのガス抜きになっていたのだけれども、そうはいかない人もいるのである。

ブラスバンドが解散してからも、俺はテナーサックスを吹き続け、ドラムも続けていた。どっちも全く上達しなかったけれども。
Tちゃんは、それから程なくして、テナーサックスもドラムも辞めてしまった。というか、やればやる程、悩みが増えて、むしろ楽器をやらないほうが精神衛生上良いんじゃないかみたいな感じになってしまっていたのだな(あくまでも外野の推測)。

俺が札幌に来る前後に、彼女は今度はクラシックギターを始めた。俺は札幌に来てからピアノを始めた。互いに色々と楽器に手を出す二人である。

そして、先日停電復旧を伝えた後、彼女から「テナー売ろうかと思ってる」とLINEで伝えられた。いくつか彼女とその件に関して遣り取りをしたが、彼女が「もうテナーは吹かないと思うし」とメッセージを寄越したのを読んで、仕方ないのかなとも思った。
彼女と俺はサックスに関しては正しく「同期の桜」な訳で、その彼女がサックスを手放すのは残念でならない。昔、一緒にサックスを吹いた仲間としては、淋しい気持ちがないと言ったら嘘になる。

だが、彼女の決断をとやかく言える立場にない。仮に俺が彼女の夫であったとしても、それを言う権利はない。

彼女にとってのサックスは、凄く好きで理想の恋人だったのだけれども、一緒にいると緊張してしまって自分が出せなくなる相手、みたいなものだったのかもしれない。

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