Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

東京に戻って半年が過ぎた。一つ決めたこと。

東京に単身で戻って半年が過ぎた。月並みな表現になるが「あっという間だったなあ」というのが正直な気持ち。仕事に追われ、雑務をこなしていると、それだけで日々は過ぎていく。何も自分の欲している事をしていないのにもかかわらず。
11月から新しい現場に行かされ、それで精神的ストレスは大分に軽減された。残業は相変わらず多いけれども。

そして、半年も独り暮らしをしていると、さすがに日々のルーティンワークも安定してくる。この半年で飲んだ酒の量は、札幌時代の二年半を既に上回っている。最近になって思った。俺は酒が格別好きなのではないのだ、と。単にやる事がないから酒を飲んでいるだけだったのだ、と。
俺が人生で一番酒を飲んでいたのは、30代の頃だ。この頃は毎日バーボンをボトル半分飲んでいた。普通に飲んでいると、大抵ボトル半分くらいは空く。俺はそれが普通だと思っていた。だが、その話を人にすると、ほぼ間違いなく「それは飲み過ぎだ」の答えが返って来た。やはり、俺はおかしかったのだろう。当時、俺は学生時代の仲間とやっていたバンドが自然消滅的に解散し、サックスもドラムも始めていなくて、つまりやる事が何もなかったのだ。だから酒を飲んでいた、という事になるのだろう。

今の俺は30代の頃の俺と状況が似ている。何もやる事がなく、仕事が終わったら酒に逃げる以外の手がない、という点で。だが、酒を飲んでも何一つ解決しないし、何も得る物がない。こんな日々を何日も何ヶ月も続けても、自分の中に充足感が何も生まれない。これでは駄目だ。
幸いにして、やっと生活パターンが落ち着いてきたのだ。こんな時こそ、本来やるべき事、やりたい事をやらないといけない。
札幌時代に所属していたバンドが12/08にライブをやると言う。ああ、彼らは進んでいるというのに、俺は一体何をやっているというのか。

東京に戻ってから、運よくバンドを結成する事が出来た(担当はドラム)。そのバンドも中々悪くない状況で進んでいる。レパートリーはまだ3曲しかないが、次のリハでは2曲、新曲を増やす予定になっている。仕事に忙殺されるだけの日々ではない。札幌時代の充実したバンドライフに比べるとまだ弱いが、それでも着実に進んでいる。これを酒で濁らせたりしてはいけないのだ。
ドラムは新バンドで叩ける目途が立った。
だが、だ。じゃあ、ギターはどうなる、サックスはどうした、ピアノは放置か? そういった事だ。

ギターとサックスは一旦放置する事にした(おいおい)。というのも、俺のギターの腕前は今更レベルアップするものじゃない。かといって、10代の頃に覚えたものは、そう簡単に消えたりはしない(覚えたレベルが最下層だと言う事実はここでは黙殺する)。それに東京でギターを再開するとしたら、旧友とのアコースティックギターデュオになるだろう。旧友もどうやら忙しいようなので、慌てるつもりもない。やる気になれば、いつでも再開出来る。逆に二人がやる気にならないと、いつまで経っても再開出来ないというリスクはあるけれども。

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サックスはある意味、ニッチな需要がある楽器だと思うので、タイミングが合うまでは暫く「待ち」状態にしようと決めた。というか、無理してバンドに所属したり、吹いたりする機会を作るのは無しにしようと思ったのだ。というのも、これは「チェッカーズ・セッション」に参加して、あまり趣味じゃない音楽のサックスを吹いた反省点から来ている。やはりサックスでは、俺はスタンダードジャズとかブルースを吹きたいのだ。偉そうに言っているが、ジャズやブルースをその場でアドリブで吹けるという事でない。集中してサックスだけをやっていれば、ある程度のアドリブとかにも対応出来るだろうし、「この曲でソロ12小節やってくれない?」とか言われても、なんとかなる気はしている。が、それは俺がサックスだけに楽器を絞った場合の話だ。
そして俺はサックスだけに絞る事が出来ない。

今日、都内某所に出掛けて、ピアノの体験教室の予約の申し込みをしてきた。アパートには相方から譲り受けた電子ピアノもあるし、独学でやれない訳でもない気もする。だが、三年前、札幌に行って50歳目前で始めたピアノは、東京に戻ってから半年間、まるで弾いていない。間違いなく、札幌にいた頃に弾けたピアノのフレーズは弾けなくなっている。当時覚えた演奏方法やコードの事も、きっと80%くらいは忘れているだろう。
仕方ないのだ。

歳喰ってから始めた事は、吸収する量よりも、零れ落ちていく量のほうが多いのだから。

でも俺は絶望していない。ただ、単純に「またピアノをやろう。札幌に行った当初の頃のように」と思っただけのこと。そして、それは俺をいつでもワクワクさせてくれる。きっと三年前にピアノを始めた頃と同レベルまで、ピアノの腕は下がっているに違いない(そもそも、ピアノの腕と言える程のものなんか、ない。50の手習いで二年半やっただけのピアノなんだから)。
だから、また始めれば良いのだ。それだけの事だ。

東京に単身で戻って半年が過ぎた。やっとまたピアノを弾きたいという気分が復活してきた。時間が掛かったが、これは悪いことじゃない。