Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

またピアノを弾く事にした

三年前、札幌に引っ越して、ピアノを始めた。ほぼ50歳になってから始めたピアノ。この歳になってから何か新しい事を始めるというのはなかなか難しい。当然、上達の度合は低く、なかなか上手くならなかった。そして覚える事よりも忘れる事のほうが多かった。
今年の6月に東京に戻り、仕事の忙しさもあり、半年間、ピアノは触らず仕舞い。この半年でピアノに触れたのは二回だけ。忸怩たるものがある。だが、やっと日々の生活が落ち着いてきて、またピアノをやりたいと思うようになってきた。独学でやるとどうしても怠けてしまう。教室に通って宿題を貰ったり、先生の期待に応えなくては!とやるほうが良い意味でプレッシャーが貰えて、頑張れる。やはりピアノ教室に通うほうが俺は良いなと感じていた。

先週の日曜日に、ピアノの体験レッスンを受けてきた。とは言え、具体的に先生から何か習ってきたという事ではない。体験レッスン枠は30分しかない。
そこで、俺は先生に「自分は最終的にはブルースピアノが弾けるようになりたい。それがゴールです」と伝えた。「何年掛かるか判らないし、ゴールに辿り着く前に死んじゃうと思うんですけどね」とも。先生は笑っていた。
あと大事なところなので、これも先生に伝えた。「楽譜通りに弾けるようになりたいとかは一切ないです。楽譜に休符があるから、そこを守るとかはやりたくないです(譜面通りに弾くとかはやりたくない)。そう演奏したほうが格好良いってのならやりますが、楽譜がそうだから弾くってのは無しの方向で」
これは三年前に、札幌でピアノ教室に通い始めた時、札幌のピアノの先生に言ったのと同じ言葉だ。俺の中では、ピアノに対する方向性にブレはないのだ。ただ、ピアノ以外の楽器に年中ブレてはいるけれども。

はっきり言って、俺は面倒臭い生徒になるだろうと思う。自分の中では断固たるゴール(目的地)があるが、そのくせして、ピアノは全然弾けない。出来ないくせにやりたいことは明確なのだ。先生は頑固なポンコツの相手をしなくてはいけない。
中年になってから、ピアノをやりたいと思い立つ人は一定数いることだと思う。ただ、そういった場合、「この曲が弾けるようになりたいなぁ」という人のほうが圧倒的ではないだろうか。
正直言うと、きっとそういう生徒のほうが、先生は教えやすいに違いない。何故なら、そういった「この曲が弾けるようになりたい」場合は、その曲の譜面がある。そして、その生徒の実力に合わせて、音を間引いたり、フレーズを簡略化したりして、弾けるように教えていけば良い。
それで生徒も満足する。ああ、好きだった曲をピアノで弾けているという充足感を得られるから。

だが、俺の場合はそうではない。まずやりたいのはコードを弾けるようになること。札幌時代はコードの理論は教えて貰ったが、かなり忘れてしまった。それにまだ実践レベルで使える程度まで、自分で消化しきれていない。
ギターだったら、その場でコード譜を渡されて「これ、ちょっと伴奏してくれない?」と言われれば、取り合えず曲に合わせてコードを適当な感じで弾く事なら出来る。ソロを弾いてくれと言われれば、恰好良いかどうかは別にして、指定された小節のソロを弾く事も出来る。
それがピアノでは無理だ。コード一つ一つの構成音を確認して、指使いを考えて、そして練習をしてと手順を踏まなくては演奏出来ない。
これではとてもじゃないが、ブルースピアノなんて夢のまた夢だ。札幌時代は、まずコードを覚えて、コード譜があればその場で一番簡単な演奏が出来るところに行きたかったのだ。ところが、レッスン受けている間に、色々変化して、そういったレッスンにならなくなってしまった。

だから、もう一度やり直そうという気分になった。先生は俺のリクエストを色々聞いて(面倒な奴だなーと思ったことだろう)、「じゃ、まずはブルースは置いといて、コードを覚えるというレッスンからにしましょうか」と提言してくれた。
それは俺も望むところである。
札幌時代に使っていた「ビートルズのピアノ譜面集」があるので、これの再利用だ。これを使って、まずはコードがスムーズに弾けるようになるまでが近い将来の目標だ。あんまり未来の目標を立てても仕方ない。

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14歳の時、ギターを独学で始めて、最初はコードが三つくらいしか弾けなかった。Fのコードを毎日練習していたが、なかなか綺麗に鳴らなかった。でも、あの頃はギターを弾くのが楽しくて仕方なかった。
弾けるコードは日々増えていった。ある日、気づくとFのコードが鳴るようになっていた。

あれをまたやるのだ。無論、14歳と52歳じゃ吸収力が全然違う。覚える量よりも忘れる量のほうが多いかもしれない。だが、そんなことを恐れていても何も始まらない。
札幌時代に、二年半ピアノはやっていたが、当時の貯金はもう殆どないだろう。それでも良いじゃないか。少なくとも、俺は札幌時代に人前で二回、ピアノを弾いた経験があるのだ。

しくじったら、またトライすればいい。忘れたらまた覚えればいい。単純なことだ。そして単純なこと程、きっと楽しいに違いない。