Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

詰まらない日常には彩りが必要だ

日々の仕事が滅茶苦茶忙しいという程でもないが、帰宅はいつも21時半前後になる。これは通勤に時間が掛かる為なので致し方ない。
だが、そうなると平日は仕事、食事、風呂、寝るという作業のルーティーンとなってしまう。毎日毎日同じことの繰り返し。帰宅し、食事を済ませるともう22時になっている。ニュース番組が始まる頃に風呂掃除を行い、相方が風呂に入っている間はニュースを見ている。
ニュースも毎日代わり映えがしない。見ても気分が良くなる事は何もないのだが、ニュース番組を見ているのはただの惰性だ。
「戦争はいつになったら終わるのかなぁ…」とぼんやり思っているうちに、ニュースは天気予報のコーナーに移り、暢気にスポーツの結果を報道する。

「あ、そうだ。生ゴミを捨てないとな」キッチンのゴミ箱からゴミ袋を取り出し、流しに捨ててある生ゴミを回収。リビングや寝室のゴミを一つに纏めて、マンション前のゴミ捨て場に行く。
そうやっているうちに、ニュース番組は終わり、深夜のバラエティー番組の時間になる。もうこうなるとテレビを見る気分ではなくなるので、ピアノをほんの少しだけ弾く。だが時間も遅く(23時を回っている)「さぁ頑張ってピアノを弾くぞ」という気分にもあまりならない。時間が遅すぎるのだ。

相方が風呂から出たよと声を掛けてくるので、こちらも風呂に入る。湯船に浸かりながら、伊坂幸太郎の「オーデュボンの祈り」を読む。この時間がもしかすると、一日のうちで一番リラックス出来る時間かもしれない。
風呂から上がると既に零時が近い。こうなると後は寝るだけだ。とは言え、このまま寝てしまうと侘しいので、YouTubeでお気に入りのミュージシャンの動画を見たりする。気づくと1時を回っている。

平日は大体こんな感じで一日が終わる。どう考えてもこの生活に変化を取り入れるのは難しい。ニュースを見る代わりにその時間をピアノ練習に充てれば良いのだが、仕事が終わって帰宅したら、せめて何もせずに受動的に過ごす時間が欲しい。

普段、ピアノ教室は土曜か日曜のどちらかにレッスンを受けている。だが、先生とこちらの都合の関係で、先日初めて水曜日にレッスンを受けた。
レッスンを受けるために、仕事をいつもより早めに切り上げる。仕事なんて、その日のうちに片付けなければいけないものなんて、僅かしかない。それにどうせ今日何かを片付けても、翌日はまた別の仕事が待っているのだ。
「今日出来ることを明日に伸ばすな」なんて糞みたいな格言があるが、あえて言いたい。
「明日でも良いことを、今日やろうとするな」こちらのほうが俺に言わせれば真理だ。

水曜日の20時半にピアノ教室へ。レッスンルームに入ると、優香先生(仮名)は俺が譜面台に広げた「ブルースピアノ入門(教則本)」を見ながら言う。
「さて、どんな感じですか」
「いやー。忙しくてあんまやってないっすー」
「お仕事、忙しいんですねー」優香先生、発言が超棒読みである。
「いや、仕事はあんまり…Sax吹かなくちゃいけないし、今週末はブルースバンドの練習あるし、再来週は友達とやってるアコースティックギターのデュオの練習もあるんで」
「あー。なるほどー」
殆ど、ピアノと関係ない。そうやっていつも言い訳をしてから、レッスンに入る。というか、レッスンはたったの30分しかないのだが、そのうちの半分は俺の言い訳と優香先生とのお喋りに費やされているといっても過言ではない。

まだピアノレッスンを再開して1ヶ月半しか過ぎていないのだ。慌てても仕方がない。とは言え、優香先生はピアノのプロだ。こちらが引っ掛かっている事や、どう練習を進めていけば良いかを尋ねれば、きちんと俺の求めている(俺が納得する)答えをくれる。だから、レッスンを受けているともいえる。優香先生が女優の小芝風花さん似の美人であることは、俺のピアノレッスンのモチベーションには一切関係ない(とは言い切れない、というよりもかなり重要、というかそれがモチベーションのほぼ全て。黙らんか、じじい)。

ピアノはまだ2つのことしかやっていない。1つはブルーノートスケールを覚えること。楽器経験者の方なら、「あー、それね。はいはい」と頷く代物だ。
通常のスケール(音階)はドレミファソラシド(key=Cの場合)だ。これをドミ♭ファファ#ソシ♭ドと弾く。楽器がある方はなぞってみると良いかも。「へー、通常の音階よりもなんか暗いね」と感じられるかもしれない。
keyは全部で12あるのだが、そんな簡単に覚えられれば苦労はない。まずは3つ覚えると優香先生に宣言した。
「key=Cは基本なので、まずこれやります。管楽器の人達とやる場合はkey=Fが多いので、Fも。ギターの人達はkey=Eが好きなので、まずこの3つ」
優香先生はうんうんと頷きながら納得していた。

これらをスムーズに弾ける一番ゆっくりのテンポで弾けるようにして、徐々にテンポアップしていきましょうと言われる。こういうのは楽器が違えどSaxも同じだからな。
「うん。Saxと同じですね。頭では判ります、ただ指がついていくかは別問題です」俺が早くも出来ない言い訳を準備すると、優香先生は笑っている。

次は右手と左手を別々に動かすというのが目的の練習。練習とは言え、上記したブルーノートスケールを使うので、ちゃんと弾ければ、それなりにブルースを弾いている気分になれる。
右手はドシ♭ソァ#ファミ♭ドシ♭とスケールを弾きながら、それぞれ1拍目裏、3拍目に左手でコードを入れる。また、1拍目、2拍目裏にコードを入れるパターンもある。優香先生から課題を出される。「この2つのパターンを自分で意識して切り替えて弾けるようになって下さい。まずはそこが目標です」
「なんか、ゴールが果てしなく遠く感じるんですけど…」
「慌てずにゆっくりいきましょう」優香先生が笑顔で言う。うむ。慌てても弾けるようになるものでもないのは判っている。
疑問点を確認し、練習方法や直近のゴールを設定して貰う。レッスンを受けている意味は正しくこれだ。

いや、本音を言おう。綺麗な優香先生とピアノのことを通してお喋りするのが楽しいことは否定しない。だが、俺は彼女にピアノ以外の話(彼女のプライベートなど)は一切しない。当然だ。そんな余計なことをして、この貴重な時間や先生と生徒としての間柄を潰すほど愚かじゃない。
優香先生は俺のことを「言い訳だけは一流の、ピアノの下手なおじさんだなー」と思っていることだろう。でもそれでいいのだ。

どうしても楽器に絡むイベントは週末に集中してしまう。だが、今後は仕事をうまく調整し、平日にレッスンに通うのも良いなと思い始めた。
そうすれば、このつまらない日常に多少の彩りが加わるかもしれない。