Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

一生、一緒にいてくれや

朝、仕事に行く時は出掛けるまでテレビは点けっぱなしだ。時計代わりである。あと、7:50くらいからやる北海道地方の天気予報(NHK)を見る為。
本当は、夏目三久さんが好きなので、彼女が司会をやる番組を見ていたいのだが、その番組だと北海道の詳細な天気予報をやらないから仕方ない(途中でチャンネルを替えるなんて面倒くさい選択はない)。

今朝も食事を摂りながら見るとも無しにテレビを眺めていたら、キャンピングカーで旅しながら生活している夫婦の事をやっていた。
もう三年も放浪生活をしているのだとか。ご主人がWebデザイナー、奥さんがフリーライターで生計を立てている。なるほど、それなら日本全国どこにいても仕事が出来る。
ある意味、現代の仕事のやり方であり、現代の生活スタイルなんだなと感心した。

相方がそれを見て、「一日中、夫と一緒なんて嫌だなあ」と呟いた。この場合の「夫」は一般名詞のそれだろう。多分に俺自身をも指しているだろう。
子供もおらず(子供がいたら、キャンピングカーでの放浪生活なんて不可能だ。学校に通わせなくてはいけないし)、夫婦二人だけで車で次から次へと旅。これが一週間程度なら、俺もやってみても良いかなとは思う。
だが、相方同様に、俺もパートナーと一年365日一緒というのは、ちょっとキツイなあと感じる。

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どんなに仲の良い相手でも、四六時中一緒にいたら、粗も見えてくるし、息も詰まってくる。たまには一人になりたいという時もあるだろうし、一人で寝たいと思う時だって、きっとあるんじゃないか。キャンピングカーじゃ、寝る場所だって、ぎりぎりのスペースしかないだろう。

東京時代に働いていた現場に、鈴木さん夫妻(仮名)がいた。職場結婚だ。二人は朝一緒に出勤して、昼食を一緒に摂って、どちらかが残業だと時間を合わせて一緒に帰っていた。俺からすると「昼も夜も一緒かよ。よく飽きねえな」と感心したものだ。
結婚するなり、付き合うという事は「好きだから一緒にいたい」という気持ちがまず第一にあるのは誰も否定しないだろう。だが、だからといってずっと同じ空間にいるというのも、それはどうなんだろうか。

互いに、適度な距離を取り合っているほうが、返って新鮮な気持ちになれたり、相手の事を思いやる事が出来たりするのではないかなあ。
家族経営の飲食店とかをやっていると、否が応でも一日中一緒にいる訳で、これはこれで大変な気がする。
上手くいっている時は良いけれど、時には喧嘩をする事だってあるだろう。そんな時でも、店は開いて営業しなくてはいけない。これはかなりハードな気がする。
俺も相方と喧嘩をした時ばかりは、仕事に行く事で修羅場な空間から逃げ出せたから、「こういう場合は仕事も有り難いな」と思う事が多々ある。
(ちなみに、俺と相方で喧嘩が発生する場合、その原因は100%、俺に非がある)

また放浪生活を続けていると、友人らと会ったりするのも、簡単にはいかない。定住の地にいればこそ「今度、会って軽く飲まない」とか「来週飯一緒にどう?」とかやれる。
二人がどこの出身かは知らないけれども、例えば東京の友人と「今度会わない?」と言われても、自分が今沖縄にいたら、それはそう簡単には実行に移せない。と思ったが、よく考えれば俺だって、東京時代の友人とおいそれと会える訳じゃないから、この辺りは一緒か。

あと、これは俺の場合だけれども、キャンピングカー生活だと、自分の趣味である楽器演奏に支障が生じる。
まだサックスやギターなら、誰もいない小高い丘辺りに車を停めて、ちょっと演奏とか出来るけど、ドラムやピアノは無理だ。と書いてはみたものの、こういった放浪生活を好むような人がピアノやドラム演奏なんかを趣味に持ったりはしないか。そういった趣味があったら逆説的に放浪生活はしないだろう。

最近、ケーブルテレビで「パッセンジャー」という映画を見た。地球からとある移民星まで、乗客はコールドスリープしたまま、巨大宇宙船で運ばれる。到着予定は100年後。ところが、到着までまだ90年くらいあるのに、マシンの故障で目覚めてしまった乗客が二人いた(男と女)。当然、二人だけなので、いつしか二人は恋に落ちて…(ネタばれ回避で曖昧に書いてます)。

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巨大宇宙船で、何不自由なく二人は過ごすのだけれども、目覚めている乗客は二人だけ。これも先程の旅する夫婦じゃないけど、ちょっと厳しいんじゃないかと思う。いくら惚れた相手がいても、会話を出来るのはたった一人だ。
現実世界なら、色々な人と会話をしたり、時間を過ごした後に、一番愛する人のところへ戻るという選択肢があるけれども、この場合は選択の余地なく、時間を一緒に過ごす相手は一人だけ。
たった一人で過ごすのは物凄く厳しいけれども、二人だけというのも、かなり厳しいんじゃないかと思わずにはいられない。
じゃあ、友達100人いれば良いのかというと、そんなに多くても意味がない(物理的に友達100人作れる人なんているのだろうか?)。

きっと一番幸せな過ごし方というのは、遊びたい時に、遊びたい相手と出掛け、満足するまで時間を過ごし、そして家に帰ると最愛の人が待っているというパターンだろう。
もっとも、家で待っているほうはたまったもんじゃない。
だとするとベストは、互いに遊びたいだけ遊んで、帰ってきたら、ちょうど相手も同じくらいに帰宅していて「遊び疲れたよ」「じゃ、寝よか」と二人でベッドに潜り込んで、何も考えずに眠れるような関係なのかもしれない。
もっとも、そんなカップル(夫婦に限らず)がいたら、きっとどこかのタイミングで関係が破綻すると思うけれど(実体験に基づく確信)。

近づきすぎていても、離れすぎていても上手くいかない。どんな関係にしろ、「適切な距離」を取る事が大事なんだな。これは夫婦でも、恋人関係でも、友人関係でも一緒。

ただ「適切な距離」を測る事はとても難しいから、それで皆失敗するんだけれども。