Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

或るセールスマンの憂鬱

「あら、なんですか?」
「ええっと、奥さん。本日は家庭で威力を発揮する掃除機のご説明に来ました」
「失礼ね。私は奥さんじゃないわよ」
「あ、まだ独身でいらっしゃる。それは失礼。ところで、本日はこの掃除機の…」
「うち、掃除機あるもん。要らないわよ」
「ま、皆さん、最初はそう言うんですよ。良かったら、デモだけでもご覧になりませんか?」
「結構です」
「でも、デモは無料ですよ」
「それ、駄洒落?最悪…」
「ま、そう仰らずに。無料ですから。それではお邪魔致します」
「あっ。ちょっと何勝手に靴脱いでるのよ」
「ま、いいじゃないですか。ズボンまでは脱ぎませんよ。ましてやトランクスなんて、とんでもない」
「だから、なんで上がりこんでくるのよ?」

「で、奥さん。弊社の開発したこの掃除機、なんと空気清浄機も兼ねてるんですよ」
「だから私は奥さんじゃないってば。人の話聞きなさいよ」
「奥さんこそ、私の話を聞いてくださいよ。この清浄機兼掃除機、布団のクリーニングにも有効なんです」
「奥さんじゃないって言ってるでしょ」
「布団を丸洗いすることで汚れは落ちても、ダニは死滅しないしハウスダストの駆除もできないんですよ。ご存知でしたか?」
「…知らないわよ」
「じゃ、奥さん、ちょっと布団を持ってきて頂けますか? 私が寝室まで行ってもいいんですが、それは奥さんがイヤでしょ」
「失礼ね。うちはワンルームよ。寝室も何もないじゃないの」
「おっ。言われてみれば、ベッドがそこにありますね。で、ちょっとよろしいですか。この掃除機で布団の汚れを吸ってみますね」
「…」
「ほら、奥さん、ここ見て下さい。掃除機の中にある水。今は無色透明でしょ。これが、段々…」
「うわっ。黒くなってきた」
「でしょう。布団ていうのは気付かぬうちに汚れているものなんですよ。奥さんの人生と一緒で」
「あんた、どさくさに紛れて何失礼なこと言ってるのよ。それに私は奥さんじゃないって何度も言ってるでしょ」

「どうです?さっきまで綺麗だった水が今はもう真っ黒。この掃除機の威力がお判りになりましたか?」
「でも、これだったら、ウチの掃除機でも出来そう…」
「通常の紙フィルター方式の掃除機はハウスダストを排気してますから、同じことをしてもムダな作業となってしまいます」
「ホントに?」
「この掃除機が今吸った汚れは、紙フィルター掃除機をかけるたびに空気中を舞ってるんですよ。弊社の水フィルター掃除機なら99%、チリや埃を排気しません。それに、空気清浄機として使用すれば20分で約10畳分の空気を洗浄し、マイナスイオンを作ります」
「…」

「奥さん、まだ疑ってますね。それじゃあ、奥さんが普段使ってる掃除機を貸して下さい」
「だから、奥さんじゃないってば。掃除機はそこよ」
「はい、今からこの普通の掃除機で、そこのカーペットを掃除しますね。念の為に、もう一回。奥さんが掃除する時はいつもこんな感じでしょ?」
「うん、まあ。だから、奥さんって呼ぶなってば」
「で、今度は同じ箇所を弊社の水フィルター掃除機で掃除します。ほら、見て下さい。さっき替えたばかりの真水がもう、ドロドロですよ」
「うわー」

「ね。カーペットはこんなに汚れてるんです。毎日、普通の掃除機を掛けても、汚れは落ちません。こんなところに寝っころがろうと思いますか?」
「…」
「せっかくですから、カーペット全体、ウチの掃除機で綺麗にしちゃいましょう。ちょっと、そこに横になってみて下さい。どうです、気分は?」
「なんか前よりも、カーペットが埃っぽくない気がする」
「でしょう。埃や汚れを綺麗にしましたからねえ」

「って、なんでアンタも横になってるのよ。ベルト弛めて何するつもりなのよ?」
「いいじゃないですか、奥さん。今度は心と体のお掃除をしましょうよ。ねっ、奥さん」
「だから、奥さんじゃないってば。あ、そこは駄目。そこ弱いの。んんん…」