Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

若い頃の苦労なんて、しないほうが良いにきまっている

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」なんて言葉がある。今時、こんな事を言う人はまずいないだろう。
俺だったら、こう言いたい。
「若い頃の苦労は買う必要はない。むしろ、売れるものなら、売ってしまえ」と。

俺自身、30年近く働いてきて、辛かった職場(現場)に遭遇した経験は三度程ある。一度目は、27、8歳の頃だ。まだ、システムエンジニアとしても経験が足りず、明らかに俺のスキル以上のものを求められた。
例えて言うなら、野菜炒めしか作れない人が、中華料理屋のシェフを任されたようなものだ。あの現場はちょうど半年いたのだが、毎日毎日が辛かった。ストレスで、昼飯が食えなくなった。何しろ、昼食を摂らなくても空腹を感じないのだから。日々の唯一の楽しみが、仕事帰りに自動販売機で買って飲むビールだった。当時から辛いと酒に逃げていたんだな、俺は。

若い頃にそういった苦労をしたメリットは何かとすれば、今、仕事で行き詰っても「あの時に比べりゃ楽だな」とか「あの時の仕事だって、なんとか終わったんだ。だとしたら、今の仕事だって、必ずゴールに辿り着くさ」と多少自分自身を慰められる事くらいだ。
だが、これは今現在のネガティヴさを、過去のネガティヴさで打ち消しているに過ぎない。全然前向きじゃない。マイナス因子に別のマイナス要素をぶつけて、それで大丈夫だと思い込んでいるだけだ。

あの頃の苦労がその後の俺に何かのプラスを与えたかというと、一切与えていない。「もう、あんな経験をするのは二度と御免だな…」と思うくらいである。
それに、あの27歳の頃に、半年間毎日辛い思いをしていたというのは、非常によろしくない。大事な半年間、ずっと暗い気持ちで過ごしたのだから。そういう意味では、去年の夏から秋まで半年弱いた現場も酷かったし、辛かった。
大変なばかりで、仕事の充実感は一切なく、日々、精神を削られている気がした。人間というのは、やはり楽しい事が多くないと、笑顔は消えていくし、心が荒んでいく。良い事が何もないのだ。

若い頃に苦労しても辛いし、歳食ってから経験しても、やっぱり辛い。という事はそういった経験はしないに越した事はないのだ。

俺のこういった意見に対して「でも、若い頃に苦労しておかないと、歳取ってから大変な目に直面した時に、対処出来ないよ」と言う人が出てくる。
だが、俺が去年の夏に辛い現場にいた時、若かった頃の苦労なんて、何の役にも立たなかった。救いにはならなかったのだ。
何故かというと、若かった頃の苦悩指数を80くらいとすると、去年の夏のそれは90だったからだ。つまり、過去の経験よりも、より悲惨な状況に陥ると、過去の経験が何の意味も持たなくなるのだ。
そして、苦労の種類が違うと、過去の経験は殆ど役に立たない。これも身をもって知った。

変な例えをするけれども「浮気性の男と付き合って酷い目に遭った」後に、今度はギャンブル依存症の男と付き合って悩みが尽きなくなった場合、浮気性の男との経験はほぼ役に立たないだろう。そういうものだ。

俺は三度、悲惨な現場に行った事があると書いたが、その辛さは全て違う種類のものだった。だから、過去の辛さが次の辛さに対して助けになるような事がほぼ無かった。

またこれもよく聞く言葉だけど「あの人は苦労知らずだからね」。これも大変に失礼な表現だ。だいたい、こういう事を言う人に限って、相手の事を碌に知りもしないくせに勝手に断定して言う。
俺もよく言われた。だから余計に腹が立つのだ。「お前は俺の何を知ってるんだよ?」と言いたい。

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苦労や苦悩を抱え込んで、笑っていられる程、人は強くはない。だから、余計な辛い思いなんてしなければしないほうが、良いに決まっている。
だって、過去を振り返った時に、辛い事が多いよりも、楽しい事が多いほうが、絶対に幸せな気分になれるだろ?