Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

好きな女を抱けて、好きな酒が飲めて、好きな音楽を聴けたら、それはきっと幸せなんだろう

下に書いた文章は、2011年夏に書いた話。丁度10年前の仕事、会社に絡んだ話だ。書いてある内容は全て事実。
俺は前から何度も書いているように、仕事は人生における最重要事項ではないと思っている。というよりも人生における仕事の優先順位はかなり低い。
俺がそう思うのには、複数の理由が存在するのだが、この話もそのうちの一つだ。それを伝えたいが為に、昔話をここに書いておく。

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つい2日程前の事だ。仕事中、俺の携帯電話に会社の経理・事務担当のMさん(女性)からメールが来た。
「Sさんから電話来た。RT証券辞めたんだってさ。…(後略)」
俺は唸った。Sさんというのは、7年前(2004年)まで俺の上司だった人だ。当時、彼はRT証券という、名前を言えば100人が100人知っているような会社の現場に下請けで働いていた。
簡単に説明すると、俺の所属する会社は下請けのソフトウエア会社だ。ようは企業(クライアント)のシステム部に請われて、その会社に常駐してシステムの開発をしたり、維持やメンテナンスをする事で金を稼ぐ。世の中にごまんとある零細企業の一つだ。社員数は10人にも満たない。

当時(2004年)、社長のあまりの無能ぶりに俺は嫌気がさし、会社を辞めて別会社を興そうと思っていた。無論、自分に代表になるような力はない。だから、会社で№2だったSさんを担ぎ出し、彼に新会社の社長になって貰おうと思っていた。無論、自分や部下も引き連れて会社から会社への民族大移動をしようと画策していた。先程書いた経理・事務担当のMさんも引っこ抜くつもりだった。それがほぼ7年前…

俺の元上司だったSさんは誠実だが、あまり応用力や土壇場の火事場の馬鹿力が使える人じゃない。周りの空気を読む能力があるとも言えない。ただ非常に真摯であるし、少なくとも大事なことの一つとして、部下を裏切らないという一点があった。俺は社長と取引先に契約金の交渉に出向いて、最後の最後で社長に裏切られた経験があり、それ以来社長を信用していない。俺にとって信頼出来る人間というのは、なによりも大事にすべき人であったのだ。

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SさんはRT証券からヘッドハンティングを受け、「RT証券に来ないか?」と誘われていた。RT証券と潰れそうなうちの会社、或いは成功する保証もない俺達が作ろうとしていた新会社、どれを選ぶかは自明の理だ。
俺だってそうだ。もし俺に「RT証券と今の会社、どちらか選べると言われたらどちらを選ぶ?」と訊かれたら、当然RT証券と答える。いつ沈むとも知れぬ沈没しかけの泥船、かたや豪華客船。100人が100人同じ選択をするだろう。
当時俺は、共同作戦を選ばずにRT証券を選択したSさんに対して怒りまくっていた。だがそれは本音としては「ちくしょう、RT証券なんて名の知れた企業に行って羨ましい」という妬みがあったのは、恥ずかしながら告白しておかねばならない。
 
Sさんはうちの会社を辞めて、RT証券に転職した。新しい会社を作ろうと思っていた俺ではあるが、ヘッドが無くなってしまったので諦めざるをえない。仕方なく今の会社にずっといる。当然、俺は当時と同じ現場にいるし、部下も連れて現場に入っているから、簡単に辞める訳にもいかない。

Sさんが転職してから2年程経った時、彼が部長から課長に降格したという話を共通の知人を通して知った。ヘッドハンティングされたのに降格というもの凄い話だと思ったが、その後暫くしてSさんは精神を病んで、休職したと聞いた。
社員が10人にも満たない零細企業から誰もが知っている有名企業へ転職したSさんだったが、その代償として心を壊してしまった。なんでも、伝え聞いた話によると、社内イジメ等もあったらしい。隣の芝生は青く見えるとはよく言ったもので、実際にその庭に入ってみないと、どれだけ害虫がいるかとか、芝生のメンテに労力が掛かるかなんて判らないんだよな。

今年(2011年)の4月にSさんは休職から復帰したのだが、吐血したりして(明らかに仕事によるストレスだろう)、会社から辞職勧告をうけ、今はRT証券を辞めたのだとか…。
約6年程度のRT証券在職で終わった訳だ。俺の部下であるK君は「でも、RT証券だったら、うちの会社よりも給料が1.5倍、下手したら2倍じゃないですか。結構金溜まって良かったんじゃ?」とのたまわった。
俺は笑いながら言った。
「じゃあ、給料が倍になる代わりに、毎日会社に行きたくねーなーって言いながら会社に行って、ストレスで気分がダウンするだけダウンして。K君、君はそんな生活がしたいかい? 日曜の夕方になるともう明日の会社の事考えるだけで、飯も碌に食えない状態になるんだぜ。そんな生活がハッピーか?」
K君は首を横に振った。

確かに高いサラリーは魅力的だ。有名な企業へ勤める事も自分の矜持をあげる。だが、それで心も身体も壊してしまったら、元も子もない。

俺は名も知らぬ小さい零細企業で、安い給料で働いている。だが、心も身体も大丈夫だ。
好きな女も抱けるし、好きな酒も飲めるし、好きな音楽を聴いて楽しむことも出来る。現場で軽口を叩く余裕もある。週末になれば、鹿島アントラーズの試合を見にも行ける。

心の安寧は、いくら金を積んでも、どれだけ金を稼いでも手に入るものじゃない。