Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

永遠に生きる

俺は年齢的に「棺桶に片足を突っ込んでいる」状態だ(実は、自分でもこの言葉が好きだったりする)。
最近読んだあるブログで「棺桶に腰まで入った状態」と自分を表現されている方に遭遇した。その人は俺よりも若い。
なんてこった。じゃ、俺は既に片足じゃなくて、胸くらいまで棺桶に入った状況だったのだな。

刹那的に生きてきたという自覚はない。端から見てるとそう思われるかもしれないけれども。確かに、10代から30代の若かった頃は迷走しっぱなしで、「明日なんてどうだっていいんだよ。今、この瞬間さえ良けりゃ」という感じで過ごしてきた。人生で一番落ち着いて過ごしていたのは40代だったかもしれない。

札幌に行く前の同僚にS君(俺の一つ下)がいた。彼とは二つの現場で、トータル17年程一緒に仕事をした。
それだけ長く一緒に仕事をやっていれば、互いの特性や弱点、強みなども分かり合える。俺がチームリーダーをやり、彼がサブリーダー。彼と組んでいた期間、非常に仕事は遣り易かった。これは手前味噌だけど、彼も同じ事を思っていたに違いない。
職場では、無論仕事の話がメインだが、同等に無駄話もよくした。俺が「別に長生きはしたくねえなあ。身体が動くうちに、ぽっくり死ねたら最高だな」と言うと、S君は「僕はまだまだ生きるぜ。250歳までは生きる!」と高らかに宣言していた。

「そんなに生きてどうすんだよ」と彼に問うと彼は答えた。「250歳まで生きたら、相当世の中進歩していると思わない? コンピュータだってかなり進化しているだろうし、昔よく見たSF映画の世界が現実のものになっているかもよ」

そう言われると、確かにそれは見たいかもしれない。空飛ぶ車とかはどうでもいいけど、火星まで行ける宇宙船とか、見た目が全く人間と区別つかないアンドロイドとか。
宇宙船に乗って、他の惑星に旅行なんてかなり楽しそうだ。海外旅行であれだけ異文化を経験出来て、ワクワク出来るのだ。地球外のエリアなんてどれだけ未知の世界が広がっている事だろう。

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現代の面倒臭い人間関係も、高性能アンドロイドが出来たら、相当緩和されるのではないか。俺だって、車一台買うくらいの値段で、アンドロイドが買える時代がきたら、きっと買うに違いない。
世の中ではレンタル恋人みたいな商売があるらしいけれども、それよりもアンドロイドのほうがずっと精神的充足は得られる気がする。
自分の好みの外見に、自分の気持ちに添ってくれるアンドロイド。これは良さそうだ。でも、そうやって自分で好みに設定出来ると、絶対に「なんか俺の言う通りで詰まらん。多少は逆らってくれる性格に変更しよう」って人が出てくるに違いない。我侭である。

今から200年後にそれらの世界が構築されている事が確実なら、250歳まで生きてもいいかなあと思う。ただ、あと200年は長過ぎるぜ。もう充分に生きた。そう思ったけれども、今まで生きてきた年数のたったの4倍か。それくらいならあっという間だな。
ただ、250歳まで生きられるとして、残りの200年の体力や老化具合が問題だ。よぼよぼになって、動く事もままならないんじゃ、辛い。
せめて、体力や容姿は、30~40代くらいをキープしてくれないと、150歳くらいになった時、どうなっているんだ? という話ではある。

ま、今書いた事はほぼ世迷い言なんだけど、現実に今の医療技術や食生活などの進歩で人間てどれくらい生きられるものなんだろう。

前にネットで読んだ話だと思うのだけれども、生物というのは「種の保存」に従って生きている。だから、子孫を作った時点で生命活動を維持する意味が無くなるというものだった。一番判りやすいのが、鮭だ。子供作った瞬間に昇天しちゃうんだから。
人間の場合、そういう意味では、生存活動に意味があるのは50歳くらいまで(棺桶に頭まで入りました)。
その「種の保存」目的の為には、50歳くらいまでは特に故障する事もなく生きることが出来る、そのように身体が作られている。が、今の医療技術や栄養改善等によって、人は50歳以上生きるのが当たり前となってしまった。
つまり、生物の持つ本来の寿命以上を生きた為に、人間の身体が想定外のシステム障害を起こし、各種の病気や怪我を引き起こすのだ。
非常に俺はこの言説に納得した。となると、俺なんかもう既に生きている意味も特にないので、「じゃ、死ぬか」となるのだが、さすがにまだ身体が動くので、死に急ぐつもりはない。

よく考えたら、世の中で携帯電話からスマホと進化したのは、ここ20年ちょっとの話なのだ。俺が20代半ばくらいの頃は、携帯電話もEメールもなかった時代。
となると、もうちょっと生きていれば、更なる進化(何かしらの分野で)があるかもしれない。
ただ、俺が初めてアメリカに行ったのはもう30年以上前の話だが、当時、飛行機で13時間くらい掛かった。そして今もその程度掛かる。
となると、宇宙船のほうは俺が生きている間は期待出来ない。アンドロイドのほうが、まだ分野としての成長速度は速いかもしれない。

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しかし、よぼよぼの身体になった頃に、自分で好きにカスタマイズ出来るアンドロイドが手に入ってもなあ。そうなると今度は美容整形程度の金額や難易度で若返りの手術が出来るようにならないかなあとなる。

色々考えていると、やはりこれは250歳まで生きて、吉報を待つのが良いのかもしれない。

※ 本日の写真は本文とは一切関係ない。2009年に行ったサンフランシスコの写真。機会があれば、時々載せたいと思う。