Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

俺がベースを手にした頃

たまには音楽の事でも書こう。
ロックバンドの編成は、ボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボードというパターンが多いと思う。現に、俺が今東京で組んでいるバンドもこの編成だ(俺の担当はドラム)。

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俺は過去に所属したバンドの数はあまり多くない。多分、順に記憶をたどっていけば、所属したバンド全てを思い出せる。
そんな俺だが、俺は全てのパートでのライブ経験がある(キーボードを除く)。ちょっとその辺りを今回は書く。

大学時代に演劇部の仲間とバンドを組んで、学園祭に出演した事はちょっと前に書いた。この時のパートはギター。元々、このバンドはサークルの先輩と演劇部の部室でギターを二本かき鳴らして、ローリングストーンズの楽曲を演奏していた事から始まった。
弦楽器未経験者にベースを教え込み、ギターのコードしか弾けない後輩に「お前ドラムやれ」と無茶振りをしたのも今となっては懐かしい。
この学園祭に出たバンドが母体となって、何人かメンバーを入れ替えて、ローリングストーンズのカバーバンドをやった。このバンドは俺が21歳から34歳くらいまで続いた。アマチュアバンドにしては随分と長命だったように思う。尤も、ライブはトータルで4回しかやれなかったのだが。

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俺は40歳前後でドラムを始めた。そしてJ-POPバンドに加入して数年ドラムを叩いていた。このバンドは活動が緩く、ライブをやる目途が一向に立たなかった。メンバーが「そろそろライブでもやるか」と気持ちが盛り上がった頃、俺は別のブルースバンドに加入して、このバンドを脱退してしまった。このJ-POPバンドはメンバーも良い人達ばかりで抜ける気はなかったのだが、気の迷いでブルースバンドのセッションに参加してしまったのが運の尽き。ブルースバンドのリーダーに「お前、そんなJ-POPは辞めて、うちに入れ」と強要されたのが最大の理由。他にも理由はあったと思うが忘れてしまった。このブルースバンドで、俺はドラマーとしての初ステージを踏んだ。良い経験だったと思う。悪い経験も死ぬ程したが…

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このブルースバンドと並行して、大学時代の友人とアコースティックギターのデュオをやっていた。曲はローリングストーンズのカバー。アコースティックギター二本で、ストーンズをやるというのはなかなか面白い試みだった。このデュオでは三回ライブをやれた。俺の担当はコーラスとリードギターだったのだが、相棒に「この曲はお前が歌え」と命じられ、何曲かリードボーカルもやった。
リードボーカルって、大変だね。歌うのは嫌いじゃないけど、俺はやっぱりボーカルには向かない。基本的に声域が狭いし、声質も良くない。単純にシンガーとしての資質がない。それを言うと、リードギターとしての資質もなかったのだけれども。

さて、前述した学園祭バンドを母体として始まったローリングストーンズのカバーバンドに話は戻る。俺が26歳くらいの時だ。当時のベースが仕事が忙しい事を理由にバンドを抜けた。学生時代から始まったバンドが解散したり、メンバーが抜ける場合、理由は大抵二つだ。
「仕事が忙しくなった」「結婚して(子供が出来て)、バンドを続けられなくなった」
社会人になると、どうしても仕事や家庭があって、趣味に時間を割くことが難しくなるのだ。

ベースがいないと、どうしてもバンドの音がまとまらない。暫くはベースレスで練習していたのだが、どうにも締らない。そこで俺は意を決してメンバーに言った。
「俺がベースやるよ」
ローリングストーンズのカバーをやる上で、もう一人のギターの音は必須だった。俺の担当はリードギターだったから、オブリガードやソロがメイン。なくても曲は成立する。
そこから、ベースを買ってきて、ひたすら練習をした。弦が6本から4本に減ったから、楽になるかと思いきや、その逆だった。ただ、同じ弦楽器だから、なんとなく弾き方みたいなものが判っていたのは有難かった。ギターからドラムに転向だったら、ちょっと手が出なかったと思う。
ベースを始めて一番面白かったのが、ベースとドラムがどれだけ密に繋がっているかという点に気付いた事だった。俺はベースを弾いた事によって、初めて「ベースはリズム楽器」という言葉の意味を知った。

ギターソロも無くなったし(目立つ部分が無くなった)、ベースはどうしても音色的にも目立たない。バンドの中でも黒子に近い存在。それでも俺はベースを弾くのが滅茶苦茶楽しかった。
ベースを弾いていると、必然的にドラムの音を一番に聴くし、ギターが何を弾いているか、ボーカルがどう歌っているかも聴こえるようになった。あれは面白い経験だった。ギターを弾いていた頃は、そういった周りの音を聴くという状態になっていなかった。自分が前面に出たいという愚かな欲望が、バンド全体のアンサンブルを考える事をさせなかったのだろう。

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結局、そのバンドが解散になって、それ以来ベースは18年くらい弾いていない。多分、もうベースを弾く機会はないだろうと思う(他の楽器で手一杯というのもある)。
ただ、ベースを経験した事によって、シェリル・クロウのカバーバンドにベースで参加出来たりと、想定外の楽しみも経験する事が出来た。あの時「俺がベースやるよ」と言っていなかったら、他のカバーバンドに参加は出来なかった。
シェリル・クロウは女性ボーカルだったので、バンドのボーカルは女子大生だった。

ベースを手にしていなかったら、30代半ばにして、女子大生と一緒にバンドをやる機会なんか手に入る筈もない。良い経験だった(変な意味ではないよ)。
色々と楽器をやると、出逢いが広がるというのは真実である。

※今日載せた写真は全て、シェリル・クロウのカバーバンドでのライブの様子。当時34歳だったかな。若かった(笑)