Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

札幌市民に東京の天気を教えて貰う

「東京は明日、雪降るってさ」
電話の向こうで相方が言った。俺は「へぇー、そうなんだ」と間抜けな相槌を打つ。
札幌に住む相方に、俺が東京の天気を教えて貰う。変な構図だ。

朝の7時。相方から生存確認の電話が来る。休みの日を除いて平日の恒例作業。これといった会話をする訳でもない。してもしなくても良いような内容が大半だ。話す時間もせいぜい3分にも満たない。最後はいつも相方が「じゃ、頑張ってね」と言って〆る。
俺はいつも「何を頑張るんだよ?」と思いながら電話を切る。相方の「頑張ってね」は口癖みたいなものだ。

俺の住む東京のボロアパートにはテレビがない。PCを使って観る事も出来るが、朝の忙しい時間にPCを立ち上げるのは面倒臭いし、そこまでして朝からテレビを見たい理由も特にない。
相方の住む札幌のマンションは当然テレビがある。相方は朝起きて出掛けるまでの間はテレビをつけっぱなしなのだろう。電話をしている時、後ろからテレビの音が聞こえる事がよくある。
朝は当然天気予報を見ているから、東京の天気が判るのだろう。

札幌に住んでいた間、12月から3月はずっと雪景色だった。正直、冬の雪は見飽きた。日本三大がっかり観光名所と言われる時計台も、雪が積もっていると、それなりの景色にはなる。だが、雪というのは、ごくごくたまに見るから美しく感じるのだよな。
毎日毎日見ていたら、うんざりして飽きてくる。そんな事を言ったら、生まれてからずっと北海道を離れたことない道民からは「こっちはガキの頃から見飽きてるよ。たかだか三年札幌にいただけで、でかい顔すんな!」と怒られるだろう。

今年の冬は雪が少なく、大晦日も雪が降らなかった。観測史上初。そして今も雪が少ないのだとか。札幌にいた頃、生粋の道民によく言われた。
「12月に雪が少なくても、結局年間通しての降雪量は変わらないんだよね。1月から3月で帳尻が合うようになってるんだよ」
道民がみな同じ事を言う。だからと言って、それが真実とは限らない。単にそう思い込んでいるだけなのかもしれない。
でも、相方からの電話では「**区(相方の住んでいる場所)は、やっぱり雪多いよ。でも、大通の辺りは全然、雪がない」
ここで言う「大通」とは「大通公園」を意味する。札幌で毎年行われる雪まつり会場の辺りだ。札幌の中心エリア。

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「今年は雪が全然ないから、遠くから自衛隊が雪運んできてるんだってさ」
なんで雪運ぶ必要があるんだ?と思われる方もいるかもしれない。だが、雪まつりをやるのに、雪がなかったら雪像が作れない。札幌雪まつりによる経済効果がどれくらいなのかは正直判らない。
雪まつりによって、冬の札幌を訪れようと思う観光客は結構多いと思う。今は中国人観光客が殆どだと思うけど。

ただ、毎年雪が大量に降ると除雪をしないといけない。除雪車が除雪をすると、道路が傷む。だから、雪のない季節、札幌の道路は凸凹だ。この除雪作業に掛かる費用が札幌にかなりの打撃を与えているのだとか。
温暖化が進み、除雪費用が要らなくなってコストが浮いた場合と、雪が少なくなって、雪まつりが無くなり観光収入が減った場合、どちらが収支的には良いのか、俺には判らないが。
札幌市民で、雪まつりを有難がっている人はあまりいないだろう。そもそも見飽きてるから興味がないのだ。雪まつりを待っているのは、飲食店とかをやっていて、雪まつり会場で屋台をやる人限定じゃないかな。勝手な想像だけれども。

そして、俺は札幌の雪が恋しいのだ。雪が降っている季節の札幌は寒いし、道は凍って滑るし、あまり嬉しくない。暮らしていた頃も、「早く5月にならないかなー」と思っていた。
だが、今はあの豪雪の雪景色が懐かしいのである。雪が降り積もると車も出せないから、マンション近くのサイゼリアで食事をする機会が圧倒的に増えた。
三年間の札幌暮らしでサイゼリアに行った回数は、二十数年の東京暮らしで行ったサイゼリアの訪問回数を超えているのは間違いない。

初めて札幌の冬を迎えた時は、深夜零時近くにマンションの前の通りを走る除雪車の音に驚いたものだった。「あれは何の音だ?」と。除雪車は一般車両とは違う独特の音を出して走るから。
相方は除雪している作業員の人に「うちの前の道もやって下さい」と直接お願いした事があると言う。ああいったものって、委託されてやるから、やる場所とか決まっていると思うのだけれど。さすがに相方は図々しい(俺だったら、絶対に頼めない)。

住んでいると、あの札幌の雪も雪景色も当たり前の日常生活の景色になっていたから、なんとも思わなかった。そういえば、相方が札幌にきて最初の冬。家の近所に雪が降り積もった時に、相方が雪の中に背中から倒れこんだ事があった。起き上がった後、雪の中に相方の人型が出来た。
「一度これ、やってみたかったんだよねー。これだけ雪あれば、痛くないしさ」
そう言って相方は笑った。子供かよ!

札幌に住んでいた頃は、雪の降らない東京の冬の街が恋しかった。そして、雪のない東京で冬を過ごしていると、札幌の雪景色が懐かしくなる。人間というのは我儘な生き物だ。
人は何かを失うと、それが勿体なく思えてくるものなのだ、きっと。だからまた相方と暮らし始めたら、俺は今のこの一人暮らしを懐かしく思う日が来るんじゃないだろうか。
今はこの一人暮らしが詰まらなくて仕方ないけれども。