Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

何かを始めるのに遅すぎる事はない

よく「何かを始めるのに遅すぎる事はない」と言う。
これは真実だと思う。というか、これが嘘八百の綺麗事だと言われたら、俺は困ってしまう。
何しろ、サックスを始めたのが38歳。ドラムは40歳。そしてピアノに手を染めたのが50歳目前だったからだ。こんな歳食ってから、色々な楽器に手を出した俺だ。「もう手遅れだよ。今更何やってんの?」などと言われたら、絶望しかないではないか。

仮に人からそう言われたとしても、実は俺は痛痒も感じないけれど。人に迷惑掛けてるわけじゃなし、何の不都合があろうかって感じだ。
サックスを始めたきっかけは単純で、ジャズサックスを聴いて「ああ、格好良いなあ。いい音色だ。俺も吹けるようになりたい」という、物凄く自然な動機。これに関しては間然としたところがない。ある意味、楽器を始める動機の王道と言っても良い。
そして、ジャズバーに通うようになり(やはりジャズは生演奏が最高だからだ)、そこで渡辺文男さんのジャズドラムを聴いて、ドラムに魅了された。俺もドラム叩けるようになりたい。俺がドラムを始めた理由は渡辺文男さんのジャズドラムの格好良さである。サックスがドラムを導いたのだ。これに関しては良いスパイラルだ。

俺が今、ドラム担当で二つのバンドに参加出来ているのも、あの時「ドラム叩けるようになりたい」と思い、実際にドラムスティックを握ったから。俺が「ドラム叩けるようになりたいな。でも今からじゃ遅いよなあ」としり込みしていたら、今の状況はない。
ドラムスティックを握ることに躊躇がなかったのは、その前に38歳という年齢で何も考えずにサックスを始めたからだ。良い前例があったから、俺はドラムを始める事が出来た。それにサックスをやっていなかったら、俺はドラムを叩いていない。
サックスをやっていなければ、ジャズバーに行っていない、ジャズバーに行かなければ渡辺文男さんというジャズドラマーに出会っていない、彼のドラムを聴かなかったら、ドラム叩けるようになりたいとは思わない。
鶏が先か卵が先かみたいな問答じゃないけど、サックスを始めた事がそういった良い結果を導いたのだ。

ピアノはずっと若い頃から、格好良い楽器だと思っていた。自分でも弾けたらいいなとは思っていた。だが、ちょっとハードルが高い。実はピアノは40代半ばくらいの時に一度やろうと思っていた時期があった。相方は電子ピアノを持っていたし、ピアノ教室にも通っていた。だが、俺がジャズピアノ教室の体験レッスンを受けたと報告したら、物凄く機嫌が悪くなった。
「貴方はサックスやって、ドラムもやってるじゃない! なんでピアノまでやろうとするの?」
要するに、相方からすれば「私と同じ楽器やる事ないじゃない!」という事だ。自分の領域を侵されると思ったのだろうな。この時は仕方ないので、ピアノは諦めた。

それから何年かして、俺達はメキシコへ遊びに行った。この時は滅茶苦茶楽しかった。グアナファトという世界遺産の街は、滞在していて、最高に楽しい街だった。唯一の問題点は、公用語スペイン語が全く判らなかった事と、英語が全然使えない事くらいだった。カンクン辺りなら英語が使えるのかもしれないが、基本メキシコでは英語は通用しない、スペイン語だ。

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メキシコ大好きな相方は帰国後、スペイン語教師を探し始めた。当時相方は40代半ば。スペイン語が判らなかった事が相当悔しかったのだろう。東京にいる間、先生にスペイン語を習い、そして札幌に引っ越してもずっとスペイン語を勉強している。
その甲斐もあって、今ではメキシコ、スペインに行った時は、ジモティとの会話は相方に任せている。店の場所を訊いたり、レストランで料理をオーダーしたり、そういった日常会話程度なら困らないレベルまで話し、相手の言っている事が判るようになった。素晴らしい事だと思う。
「何かを始めるのに遅すぎる事はない」の模範である。そして相方がスペイン語に興味を持った事が、副次的に俺にピアノを弾くチャンスを与えた。相方はスペイン語レッスンを始めるのに前後してピアノを止めてしまった。
「私はいっぺんに二つの事は出来ない。だから、ピアノはもう辞める。これからはスペイン語だけ」
相方はそもそも、どちらかというと音楽はプレイするよりも聴くほうが好きだったから、それに関しては、納得だった。

そして俺は札幌へ引っ越した。この時、相方の電子ピアノも札幌へ運んだ。相方は既にピアノを演奏していなかった。俺に言った。
「札幌行ったら、ピアノやれば?」
要するに自分がもうピアノからは足を洗ったから、俺がピアノをやろうがやるまいが、お好きにどうぞってことだ。それに当初の予定で、相方が札幌に来るまで4ヶ月間は一人暮らし。時間は売るほどある。
さらに札幌という土地が味方をした。俺が札幌で暮らし始めたのは12月。つまり冬の雪の時期だ。慣れない雪道は凍って滑る。テナーサックスを担いでこの道を歩くのはちょっと怖かった。楽器を駄目にしたくなかったし。だから、「当面、ピアノだけにしよう」と決めたのだ。ピアノは運ぶ必要がないからね。
札幌の音楽教室に入会して、ピアノを始めた時も、ピアノの先生に「実はサックスもやってるんですけど、雪が怖いから当面はピアノだけです」と告げた。そしたら、ピアノの先生がサックスの先生を紹介してくれて「彼、サックスもやってるんですって」と要らぬお節介をしてくれた。
「冬はちょっと雪に慣れてないから、テナーサックス怖くて持ち運べないです。雪が溶けたらサックス教室に入ります」と言い訳をした。
春が近づいて来て、サックスの先生に顔を合わせる度に「(サックス教室への)入会まだですかー?」と詰問されたのは良い思い出だ。勿論、春になってサックス教室は入会した。

俺がピアノを始められたのは、相方がスペイン語にハマったからだ。そして俺が札幌で4カ月間、単身赴任をしていたから、暇でピアノを弾く時間がかなりあった。こういった全てが上手く行くようなパターンに巡り合えたので、俺はピアノを始める事が出来た。

どんな趣味とか勉強とかでも、一番大変なのは「始める」ということだ。つまりゼロからワンまで到達するのが一番大変。だが、どれだけのちっぽけな到達点でも何かを始めたという実績を自分の中に作れば、それからは多少の事があっても進めていく事が出来る。
勿論、色々な運や要素があると思う。
俺がドラムやピアノを始められたのは、かなり幸運な出来事が連続したからだ。ドラムにしても、ピアノにしても、どれか一つでもピースが欠けていたら、俺はこれらの楽器をやっていない。

ジャズバーに行っても、渡辺文男さんがドラムを叩いていなかったら、俺はドラムに魅了されていなかっただろう。俺のドラムの師匠(俺が勝手にそう呼んでるだけ)は、渡辺文男さんと、俺にドラムを教えてくれたドラム教室のT先生の二人だけだ。
渡辺さん程、セクシーにドラムを叩く人に俺は会った事がないし、Tさんほど、格好よく痺れるエイトビートを叩くドラマーに出会った事もない。

俺が今、ドラムやサックスやピアノに魅了されているのは、こういった色々な運に助けられてのこと。そしてそれらの幸運は自分で言うのもおこがましいが、自分で導いたものだ。

何か始めるのに躊躇しているのだとしたら、一歩踏み出してみたら、どうだろう? 俺みたいなオッサンがこの歳で色々やっているんだ。それを見ていたら、多少の失敗を恐れるよりも、それ以上の幸運を手に入れる可能性を試したほうが、人生楽しそうだとは思わないか?