Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

いつかのメリークリスマス

先々週の木曜日。職場のチームでゲホゲホやっている奴がいた。いやな咳してるなあと思ったが案の定、翌日風邪を引いた(そいつから移された)。金曜をなんとかやり過ごし、土日は完全に寝て過ごした。トイレ以外は一切布団から出ない週末。月曜の朝起きた時に「ああ、今日一日休みたいなあ。そうすりゃ治るのに」そう思ったが、その週にどうしても片づけなければいけない仕事があった。
無理して出勤して仕事。当然、風邪は悪化。火曜の夜はかなり辛い状況となったが、仕事が終わっていないので残業。インフルエンザかもしれんとなったので、水曜の朝に病院に寄る。

待合室で熱を測ると、38.2度。こりゃしんどい訳だ。先生に「インフルエンザの検査をしておきましょう」と綿棒のようなものを鼻に突っ込まれる。待っている間、看護婦さんが「こちらでお待ちください」と待合室から治療室のカーテンの引かれたベッドを案内してくれる。
ほんの数分、診察を待つ間だけでも、ベッドで横になれるのが有難かった。病院からすると、インフルエンザの可能性のある患者を隔離しておきたいという狙いがあったのだろう。
「インフルエンザではありませんでした」とニコヤカに告げる先生。ああ、いっそインフルエンザのほうが良かった。そうすれば堂々と仕事を休めるのに。

解熱剤やら咳止めの薬を大量に貰って職場へ。もう頭がまともに働かないのが自分でも判っている。資料のミスを指摘されても、一体何が悪いのかさっぱり判らないのだ。
そうやって体調が最悪の中、金曜までフラフラになりながら働いて、なんとか仕事の終わりの目途を立てる事が出来た。そしてまた週末。この週末にはクリスマスがある。もっとも、こっちは重度の風邪でクリスマスどころの騒ぎじゃない。
土日、そして月曜とまたひたすら寝て過ごすだけの週末。悲惨だ。相方は仕事納めが済んでいるので、札幌駅前のデパートまで出掛けて、ローストチキンとケーキを買って来た。
ささやかなクリスマスの食卓。

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今更この歳になると、クリスマスがどうとかケーキがどうとか関係ない。そもそも俺はクリスチャンじゃない。相方も俺が風邪で体調最悪なのを知っているので、さすがに買い物に付き合えとは言わないのが有難かった。
今週になって、仕事も無事に片付いた。風邪もやっと治って来たようだった。まったく酷い二週間だった。

クリスマスに風邪を引いて寝込んでいるというのも、これはなかなかよろしくない体験だ。そういや、過去にクリスマスって何やってたかなと昔の記憶を呼び戻してみたが、あまり大した記憶がない。
思い出せたクリスマスの体験というと、三つくらいしかなかった。

一つは二十代前半の頃。これは俺の持っている唯一まともなクリスマスの記憶だ。当時の恋人と銀座のイタリアンレストランで食事をしたのだ。当時はバブル経済の残り火があった頃。まだインターネットとかなかった時代。どうやってあの店を見つけ出したのだろうか。雑誌か何かで探したのかな。
ただ、イタリアンレストランで食事したのに、飲み物はビール頼んじゃったんだよな。当時はワインなんて知らなかったからなあ。ま、ワインの事は今でもよく判らないけど。
そして、確か4℃のネックレス辺りをプレゼントした記憶がある。これは当時バイトしていた居酒屋の同僚の女の子に指輪とかネックレスとかって何が良いの? と教えて貰って買ったような記憶がある。今もだけれども、俺が女性の好みのジュエリーブランドなんか知る訳がない。
俺が今でも一番詳しいブランドはギブソンでありフェンダーであり、セルマー、カドソンだ(これらはギター、サックスの有名メーカー)。ネックレスの事なんか、知るかよ!(ある意味逆切れ)

もう一つの異性絡みの記憶は、上記と違って悲惨な体験。付き合い始めて三ヶ月の恋人と初めて過ごすクリスマス。二人でゆっくり過ごそうと計画を練っていたら、彼女から「どうしてもクリスマスは会えない。前夫の家族と会わなくちゃいけない」と言われたのだ。それも言われたのが、クリスマスの数日前だった。それまで「クリスマスは彼女と過ごすよ」と周りに吹聴してたもんだから、今更フリーになったとも言えず、部屋で一人で酒を飲んで過ごした。
恋人に結婚歴があった事は聴いていたけれども、もう別れていたという話だったから何の心配もしていなかった。ましてや、クリスマスに恋人の俺よりも、前夫の家族と会わなくちゃいけない理由ってなんだ? と悶々とした事は覚えている。どうして彼女が元義理の家族と会わなくちゃいけないのか、訊けず仕舞だった気がする。訊く勇気がなかったというか。
もし訊けていたら、その後の彼女と俺の関係は変わっていたかもしれない。

最後のクリスマスの記憶は色恋沙汰は関係ない。仕事絡みだ。二十代半ばの頃にアメリカに出張に行っていた。アメリカのソフトシステムを日本用にカスタマイズする仕事だった。かなり大規模なプロジェクトでトータルで億単位の金が使われていた筈だ。
俺達日本人チームは遅れに遅れたスケジュールを少しでも取り戻すべく、日々残業していた。クリスマスシーズンが近づいていたが、俺達にはそんなものは関係なかった。
毎日、日付変更線を超えるまで残業しているような有様だった。
或る日の夕方、日本人チームのリーダーが、アメリカ人チームとの折衝を終えて戻ってくると憤慨していた。
「参ったよ。スケジュールの遅れ、取り戻すべく頑張ってくれって頼んだらさあ、連中何て言ったと思う? 『無茶言うなよ、一日は8時間しかないんだぜ』だと。連中には残業するって概念がないんだよなあ」

当時は、俺もリーダーと同じで「アメリカ人てのは全く無責任で呑気な連中だなあ。こっちは連日残業残業なのによぉ…」と思ったものだった。
だが、今となってみるとアメリカ人の主張がよく判る。そもそも一日8時間働いても終わらないような仕事というのは、根本的な何か(スケジュールか作業量か、或いはそれ以外)が間違っているのだ。
そんな間違った状況下で、個々が自分を犠牲にして遅れを取り戻すという発想自体が誤っているのだ。

人間一人がやれる事なんて限られている。だから一人一人が臨界点を超えてまで何かをやり遂げようとする事自体がそもそもおかしい。
そんな無理をして、多少の残業代を手に入れても仕方がない。代りに失うものが多過ぎる。勿論、俺がそういった考え方になったのは、その後色々な経験をしたからだ。
そもそも、アメリカ人にクリスマスシーズンに働けというほうが間違っている。

思い返してみると、クリスマスに関しては楽しくない思い出のほうが多い。今年、クリスマスシーズンに風邪を引いた状態で無理矢理働いたという負の経験が追加された。これは良くない体験だから、忘れる事にしよう。
とか言いつつ、こうやってブログに書いてたら、忘れられないけれど。

クリスマスだからと言って、誰もが幸せに過ごしているとは限らないのだ。