Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

LOVE LETTER

10代の頃、酔ってラブレターを書いた事があった。

既にこの一文で色々な事が破綻している。10代で【酔って】って、どういう事だよ? 確か、便箋に三枚くらい、長々と真夜中に書いた記憶がある。内容は流石に覚えていない。
翌朝、素面になってから、封筒を糊付けする前に中身を確認した。読み終わって、便箋をビリビリと破いて、ごみ箱に捨てた。

酔った勢いで書いた手紙をそのまま出さなくて良かった、そうホッとしたのは覚えている。
何しろ、その手紙を出すつもりだった相手は、別れた元恋人で、既に人妻になろうとしていた人(婚約中だったかな?)だからだ。一歩間違えれば、ストーカーだ。

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今みたいにネット全盛で、コミュニケーションの手段がメールやラインのメッセージ主流の時代に、特別の相手に手紙を出す人ってどれだけいるのだろう。「LOVE LETTER」という単語はもう死語だな、きっと。今はさしずめ「LOVE EMAIL」とか「LOVE MESSAGE」とか言うのかな、言わない気がする。

30代前半の頃、酒ばかり飲んでいた。当時、酒飲み仲間が5、6人いて、よく集まっては雑多な話題を肴に酒を飲んでいた。
その中の一人に、詩織(仮名)という女性がいた。ショートヘアーで目鼻立ちがはっきりしていて、洒落た服を着ていた。女優の樋口可南子さん似だった。第一印象は「いい女だなあ。きっと男とも遊び慣れてんだろうなぁ」程度だ。彼女は俺にとって飲み仲間の一人に過ぎなかった。

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当時、俺は結婚まで考えていた女性と破局したところだった。結果、酒量が増え、その仲間との飲み会でも毎回泥酔していた。ある意味、やけ酒だ。
経緯は全く思い出せないのだけれども、気付くと俺は詩織と二人で酒を飲む約束をしていた。
恋人と別れて、新しい女性が欲しかったとか、詩織と特別な関係になろうと思っていたとか、そんな考えは全くなかった。
単純に俺は、一緒に酒を飲んでくれる相手が欲しかっただけだ。

新宿の紀伊国屋書店の前で待ち合わせた。歌舞伎町の中にあるバーで二人で酒を飲んだ。確かこの夜はバーボンを飲んでいたような気がする。どちらが誘ったとか誘われたとか、そんな事じゃなく、単なるその場の流れに過ぎなかったのだけれども、そのまま彼女と一夜を共にした。
正直言えば、詩織に対しての恋愛感情はなかった。いや、厳密に言えば良い女だなあと思っていたし、好ましくも思っていた。だが、それ以上に俺は、まだ別れた元恋人への未練のほうが強かった。
それに、詩織が俺にどんな感情を持っていたのかを図りかねていた部分もある。二人で一緒に酒を飲んで、そのまま身体を重ねたのだから、嫌いという事はないだろう。だが、単に酔った上で流されただけなら、互いにその後は触れないのが大人のたしなみだ。

俺は詩織に「二人で一緒に過ごせて楽しかったです」という、当たり障りのない、ビジネスメールのようなメールを出した(当時はまだ携帯電話で、携帯メールが主流の頃だ。スマホも当然なく、LINEもメッセンジャーもない)。
詩織は、俺と過ごした夜の数日後に沖縄に行く事になっていた。彼女の趣味はダイビングだった。

彼女が沖縄でダイビングをしている頃、俺は家でネットをしながら酒を飲んでいた。当時は休みの日の昼と言えば、ネットをしながら酒を飲むか、時代劇を見ながら酒を飲むか、サッカーを見ながら酒を飲むかのいずれかだった。全部酒かよ。

詩織からメールが来た。「沖縄に来ました」という挨拶のようなメールから、「今、船の上です。これから潜るので、暫くメール出来ません」とたわいのない、正直必然性も必要性もないようなメールがポツポツと送られてきた。
俺はこの時「この人、俺にわざわざメールなんか寄越して暇なのかな?」と馬鹿な事を考えていた。

数時間後、また詩織からメールが来た。「今からダイビング仲間と晩御飯です」俺はなんて返したっけか。あんまり覚えてないな。間違いなく、当たり障りのない返事しかしていない筈だ。
それから、「部屋に戻って一人です」みたいな続報が届いた。タイムラグのあるチャットをしているかのようだった。

「あいたいと思うの」

暫く時間が経ってから、彼女からその一言だけが書かれたメールが届いた。俺は不覚にも、この時やっと彼女の心情を理解した。なんて事のない、日報のようなメールをずっと沖縄から送っていたのも、この一言を俺に伝えたかったからだ。
二人で一緒に夜を過ごしてから、俺からは特に何も言葉がない(好きだとか、付き合いたいとか)。だから彼女自身は、自分から行動に移さないと結果が得られないと決心したんじゃないか。

また、一言「あいたい」でなくて、「あいたいと思うの」という表現に彼女の逡巡のようなものを感じた。「あいたい」という相手(俺)に対してストレートな欲望をぶつけて、もし相手がそれに応えてくれなかったら、それは辛い。
だから「あいたいと思う」という自分の感情を表現しているだけなんだよ、貴方にその気がなければ、答えなくても良いんだよという体裁を取る事で、彼女は自分の発言に保険を掛けていた訳だ。
自分が傷つかなくても済むように、と。

彼女は見た目は派手ではあったけれども、性格は実は非常に内向的だった。その事を知るのはずっと後になってからだけれど。
俺はすぐに「詩織が東京戻ったら、また会おう」と返した。その時まで、俺達は次に会う約束すらしていなかったのだ。
そして、俺自身、自分の気持ちにも気づいていなかった、この時まで。あまりにも迂闊だった。

このたった一言のメールは、彼女が俺にくれたラブレターだ。本人はそんなつもりはなかったかもしれないけれど。そして、この一言で俺の気持ちが彼女にぐっと向いたのも事実だ。俺が人生で貰った最後のラブレターは、きっとこの短いメールになることだろう。
30歳過ぎた分別のついた大人でも、いや大人だからこそ余計にそうなのかもしれない、たった一言で気持ちを持っていかれてしまう事がある。

「あいたい」という言葉は時として、他のどんな求愛の言葉よりも強い場合がある。彼女がそれを俺に教えてくれた。