Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。

東京

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先週、実に一年半振りに東京へ行ってきた。目的は研修の為の出張だ。
研修は三日間。上手い具合に研修最終日が金曜だったので、土曜日に札幌へ帰る便を予約する事が出来た。東京初日の夜、金曜の夜、土曜の昼と東京時代の友人らと旧交を暖める事も出来た。
研修に関しては言う事は何も無い。そもそも何も言いたくない。朝の9時から夜の8時近くまで、地獄の三日間だった。

今回の出張で、相方から許しを得て「東京にいる間は飲酒して良い」という事になっていた。そもそも旧友らと再会するので、さすがに飲酒出来なくてはなあという気持ちがあった。
実に飲酒するのは半年振り。火曜の昼に会社を出て、札幌駅から新千歳空港へ向かう。もうこの時点で気分は東京なので、駅の売店でビールと缶チューハイを購入。
乗り込んだ電車で早速ビールを飲み出す。この辺りはアル中時代となんら変わらない。久しぶりのビールは確かに美味かった。間違いなく美味かったのだが、果たしてこれが自分の人生、そして人の生活を壊してまで飲む必要のあるものだろうか? とは確かに思った。
そしてすぐに缶チューハイへ。こういった惰性や流れで飲酒しているのがきっと駄目なんだろうとは思うけれども。

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新千歳空港にて、東京で会う人達用の土産を物色。それが終わるとやる事がなくなった。仕方ないので、売店でまたハイボールを買って飲む。今思い出してみると、こうやって何か行動する度に昔の俺は酒を飲んでいたな。
典型的な駄目人間の構図だ。
搭乗口近辺でも、暇なのでハイボールのロング缶を2本買って時間を潰す。東京に行くのが目的なのか、空港で酒を飲むのが目的なのか、もはや判らない。俺の親父や兄弟がこんな感じだったら、確かに見捨てる以外の選択肢がある筈も無い。

1時間半程度で羽田空港へ。降りていきなり東京の東南アジア化の洗礼を浴びる。何しろ札幌はその週は20度程度しか気温がなかったのだ。夜なんて、Tシャツ一枚だと涼しいくらいだったのだぞ。それが一気に30度超え、そして地獄の湿度。
俺も確かに一昨年まではこの灼熱地獄を味わっていたのだ。よくこんな暑いところで20年以上も暮らせたものだなと自分に感心する。札幌の春から夏に慣れた身体に、この暑さは耐えられない。

研修場所は千葉の某所だったので、そこから高速リムジンバス、JRで移動。千葉の辺りは昔住んでいた場所に近かったから、景色に馴染みもある。けれども、なんというか特に「懐かしい」といった感じはなかった。
まだまだ、札幌よりも東京の風景のほうが俺の記憶の中にはデータ量は多い(そりゃ、25年と1年半だもの)。
でも、俺は思ってしまったのだ。ああ、東京は既に俺にとって懐かしいと思える場所ではなくなってしまったのだ、と。
何故、そう思ったのかを言葉で説明するのは難しい。俺が生まれ育った群馬の前橋すらも、既に俺にとっては懐かしいと思える場所ではない。
そう考えると、俺は典型的な根無し草なのかもしれない。俺がもっとじいさんになって、棺桶に両足突っ込む頃は、札幌でも東京でも群馬でもない別の場所にいるかもしれない。

ちなみにホテルは船橋に宿泊したのだが、船橋の人の多さは札幌を凌駕していた。いや、人の多さ(札幌は観光客が多いから)で言えば、札幌だと思う。が、人口密度みたいなもの、密集率は遥かに船橋のほうが凄かった。これは広々とした札幌と建物が多く立ち並ぶ船橋の違いのせいだと思う。
部屋の窓から山々が見える街に暮らしている人間からすれば、東京近郊の密度の高い街は圧迫感しかない。

チェックインして一息つくまもなく、東京駅へ向かう。この夜は、昔一緒に働いた事のある亀さん(仮名)と飲む約束をしていたからだ。彼と一緒に仕事をしたのは、たったの4ヶ月だけなのだけれども、馬が合うというのか、別々の現場で働くようになっても、よく彼とは酒を飲んでいた。
亀さんが予約しておいてくれた店で、飲み放題コースを選択。俺も亀さんもかなり飲むので、飲み放題にしないとコスパがよろしくない。
明日は研修初日だしなあという思いがあったが、久しぶりの飲酒、東京、古い馴染みという要素が入ってしまえば、もはや飲むしかないという状況になった。
亀さんも、最初は俺の札幌生活を訊いてきたが、気づくと昔のように互いの仕事の愚痴やらの会話となった。ま、彼とはそもそもそんなふうに愚痴を言い合えるから付き合ってきた部分もあるのだ(気を遣う相手と飲む酒ほど不味いものはない)。
亀さんとは22時くらいに別れて俺は船橋のホテルに戻る。途中のコンビニで缶チューハイをさらに二本買って寝酒だ。相方の許可がある事、東京での久しぶりの夜という状況もあるけど、明らかに昔の飲酒時代と何も変わらない。
そして、東京の夜も変わらず暑くてきつい。
翌日の研修の為に、久しぶりに東京の満員電車に乗った。これも札幌のガラガラの地下鉄に慣れた身からすると、きつかった(さらに結構二日酔いに近かったからね)。
もう、札幌の通勤電車に慣れちゃったら、東京の通勤なんて不可能だよなあ、そう思わずにはいられない。

水、木、金と研修は三日間。水、木の夜に誰か東京時代の知り合いに会っておこうかと最初は思ったのだけれども、計画を入れなくて正解だった。そもそも研修終了時間が20時だ。そこから人と会って酒飲んで翌日研修となったら、ちょっと身体が持たない。研修そのもので相当心身をやられたので。
だが、結局毎晩ホテルに戻る途中で晩御飯を摂りながら酒を飲み、ホテルに戻っても酒を飲みで、研修期間中はずっと二日酔いだった。
研修中、ずっと隣の席だった深田さん(仮名)、酒臭くてすみませんでした。

今回の出張では東京の暑さが厳しかったけれども、その厳しさの半分くらいは、二日酔いだったせいも否めない。
そして金曜の夜に研修が終わり、早速駅で缶ビールを購入した。これは地獄の研修を終えた自分へのご褒美だ。と、酒飲みはなんだかんだ理由を作っては酒を飲む。
この夜は銀座に泊まる事になっていたので、電車で移動。電車の中でも缶ビールを飲んでいた。全く酷い。途中で昔住んでいた「葛西臨海公園駅」を通過したのだけれども、やはり望郷みたいなものはなかった。
「ああ、そういえば俺は昔ここに住んでたんだなぁ」と思った程度。俺は帰属意識みたいなものが弱い、或いは無いのかもしれない。

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銀座のホテルにチェックインして、早速旧友に電話。旧友は大学時代の友人であり、東京を離れる直前まで一緒にアコースティックギターのデュオを組んでいた間柄だ。
付き合いも30年以上になるので、気心も知れている。
旧友の予約してくれた焼き鳥屋に行ってビールで乾杯。最初は俺の札幌生活や仕事の話をしていたが、焼酎のボトルを入れた辺りから、話がバンド時代や音楽に関する事に移行する。これもお約束だね。
バンド時代の話なんかも結構したと思うのだけれども、内容はあまり覚えていない。これもいつものことだ。ただ、彼は今は特にバンドはやっていなくて、家でギターを弾く程度だと言っていた。まあ、それは想像出来たのだけれども。
もし、今でも俺が東京にいたら、彼とギターデュオを続けていただろうから、そこは彼に悪いことをした。俺は今は札幌では、過不足ない感じで音楽をやれているから余計にね。

互いに翌日の予定もあるので、23時過ぎには解散。余った焼酎のボトルは旧友から「部屋で飲めよ」と貰った。確かに店にボトルキープして貰う訳にもいかないし。

翌日は朝の9時に起床。昼に昔の音楽仲間に会うので、酒はその時でいいなと思う。が、友人から貰った焼酎がある。ホテルに捨て置いていけばいいだけの話。そう思ったのだが、もったいないので、朝から芋焼酎をストレートで。
もはや、この辺りの飲酒スタイルは、30代の頃の一番飲酒癖が悪かった頃と双璧である。ボトルは空になった。
半年の禁酒も一滴のビールから全てが無に帰すのであった。

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それから銀座の山野楽器(東京時代はよく行ったものだった)で、アコースティックギターを見に行く。気に入ったのも無かったし、値段も手が出るものではなかったので、冷やかすだけ。
煙草が吸いたくなったが、東京って煙草を吸える場所が、札幌に比べて圧倒的に少ない。そこで「テラス席は喫煙可」と書かれたイタリアンレストランに入店。テラス席でビールを注文。
何故かビールが温くて殺意が湧いた。このクソ暑い東京で、温いビール出すな!

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待ち合わせ場所に行くと、昔一緒にバンドをやっていたAさん、そしてAさん(女性)と一緒に今デュオをやっているSさん(男性)が既にいた。
Aさんとは一緒にバンドをやっていたし、Sさんともバンド繋がりで何度も顔を合わせて話をしたことがあるので、やはりリラックスして話が出来る間柄だ。
二人はこの日の夜、ライブがあるのだ。ライブ前の時間にランチに付き合ってもらうとは非常に有りがたい事である。
三人でランチを摂りながら、俺は残波(泡盛だ)をロックで。食事しながら色々な話をする。やはり音楽仲間なので、音楽の話が多い。

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そしてやはり音楽の話が面白いんだよね。互いにそれぞれの仕事の話なんかしたって面白くないしさ。音楽好きが三人集まって酒飲んだら、そりゃ音楽の話でしょ!と。
後で、Sさんから「残波、6杯飲んでたよ」と教えて貰った。泡盛をロックで6杯も飲めば、そりゃ酔うはずだ。二人と別れて、俺は羽田空港へ。

と、気づいたら、山手線の電車の中。スマホの時計見たら、その時点で飛行機の出発時間過ぎてた(笑)
なんとか羽田空港へ到着し、AIR-DOの窓口へ行って「乗り過ごしたんですけど」と素直に言うと「一回だけ変更効きます」と言われ安心する。
さすがにここではもう酒は飲まなかった。というか朝から芋焼酎のストレート、そして泡盛のロック、これ以上飲める訳がない。

札幌へ着いて、飛行機を降りた時のあの涼しさに感動する。東京とは全然違う。勿論どちらが良いかという話じゃない。いや、どちらが良いかという話だ。
夏の東京なんて、地獄の一丁目だ。人の住む場所じゃない。が、札幌の冬は今度はこちらが地獄の二丁目だ。

二日酔いと真夏の暑さでライフポイントが殆どゼロになり、ほうほうの体で帰宅する。札幌のマンションは誰もいない。なぜならこの日から相方は東京に出張だからだ。入れ違いである。


四泊五日の東京滞在は、こうして無事に(?)終わった。
旧友たちとの懐かしく楽しい会話、灼熱地獄の東京、飲みすぎた酒。
そんなものが、今回の東京で得た土産だ。あ、あと研修で一緒だった、深田さん(仮名)の素敵な笑顔も良いお土産となりました。←なんだ、この蛇足は?

はっきりしやがれ!

仕事が終わり、地下鉄に乗り込む。運が良いと座れる事も結構ある。この日はその運が良い日だった。
出口に近い一番端の席にサラリーマンA氏、そしてその横に俺と座った。いつものように、音楽を聴きながら、ぼんやりとする。
その時だった、俺の斜め前(つまり、サラリーマンA氏の前)に立っている女性に気づいた。年齢は20代半ばから30歳くらいだろうか。尤も、俺の年齢推察は当てにならない。以前、45歳の女性を30代半ばだと思ったし、36歳の女性を28歳くらいだと思ってたから。話がそれた。元に戻す。
若い女性が立っている。それだけの話だ。それだけで済めば。問題は…彼女のお腹が膨らんでいたことだ。彼女の体型は中肉中背。そしてやや膨らんでいるお腹。
お判りだろう。可能性は二つ。妊娠している、或いは単にお腹だけ太っている女性。さて、どちらか。

非常に困ったのが、このお腹の出具合が微妙で、妊婦さんなのか、お腹が出ているだけなのか物凄く判断に困るレベルだったという事だ。
経産婦が見れば一発で「ああ、あれは妊娠してるね(或いは妊娠していない)」とか判るのだと思う。が、あいにく俺は男なのでその辺りが判らない。
俺は次に彼女の持ち物をちらりと見た。バッグらしきものを掛けているようで、肩からストラップが見える。そこに「マタニティカード(って言うのか?)」がないか探した。だが、見つからない。
いよいよ持って、判断出来ない。

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これが彼女が俺の前に立っているのなら話は簡単だ。マタニティカードがあれば、すぐに「席どうぞ」と言える。が、カードがなくても、俺が次の駅で降りますという体で席を立てば彼女が座る事が出来る。
が、彼女は俺の斜め前に立っているので、俺が席を立つと、俺の前に立っている別の乗客が俺がいた席に座ってしまうのが想像出来る。

進退窮まった。二駅ほど悶々としていると、A氏(つまり妊婦かもの女性の前に座っている人)が降りて行った。無事、その女性は席を確保した。良かった、良かった。
そして俺は再確認の意味で彼女の荷物をチラ見した。やはりマタニティカードらしきものを見つける事は出来なかった。彼女はスマホをいじっている。その指先に物凄く派手な付け爪が見えた。妊婦がこんな付け爪するのかなあと思ったが、それは男の考え方だろう、妊娠は病気じゃない(そもそも彼女が妊婦かは不明だ)。

俺が妊婦かもしれない人に席を譲る事に慎重なのは、大昔、やはり妊娠しているかもしれない女性に席を譲った経験から来ている。当時はまだ、ああいったマタニティカードは無かったか、一般的じゃなかったと思う。
俺は、かなりふくよかでお腹も大きかった女性に「席どうぞ」と譲った。その女性は滅茶苦茶遠慮していた。電車を降りてから、「あれ? もしかしてあの人、妊婦じゃなくて、単にすごく太ってただけなのかも?」と思い至った。
妊婦じゃない人に席を譲るというのは、要するに「お前、妊娠してるように見えるくらい、デブだぞ!」と言っているのと同じだ。相手の女性だって、俺が悪意を持って行動したとは思っていないだろう。だが、ある意味の辱めを受けたのは間違いない。
勿論、この場合も彼女が妊婦なのか否かは確かめようがないけれども。

以前もやはり目の前に妊婦さんに立たれた事があった。この場合もやはりマタニティカードが見えなかった。だが、お腹の膨らみ具合が前述の女性とは違って「これは妊娠だよな、間違いなく」というものだった。が、カードが見えなかったから、保険を掛けて、普通に次の駅で降りる振り(実際降りたけど)をして、席を譲る形を取った。その女性がバッグを膝に乗せた時にマタニティカードが見えた。
なんだよ! 最初から見える位置にカードつけとけよ、そしたら一駅待たずに席譲れたじゃねーかよ! と俺は当時は思ったんだけど、今になるとなんとなく判った気がする。
要するに、電車に乗って「席譲ってくださーい」というつもりであのカードを身に付けている訳じゃなく(だから座っている人からは見えない場所にカードを身に付けている)、何かあった時に備えてあのカードを携帯しているのだろう、と。
例えば、公共の場で体調不良になって周りの人に助けを求める時、普通に「この人気分が悪いのかな」と思われるよりも「あ、この人、妊婦だ。だとすると、もっと緊急性高い可能性あるかも」と認識される事が重要というか。

これは【男】である俺の考えだから、実際は違うのかもしれない。

一度、妊娠しているかも(しかし単に太っているだけかも)という女性に席を譲って以来、どうも俺は妊婦さん(かも)に席を譲る事に神経質になっている。
妊婦さんに席を譲るのは全然構わない。しかし、太っている女性(或いはお腹が出ているだけの女性)に席を譲ったら、非常に失礼だよなあというリスクが頭に常時あるのだ。

困ったもんだぜ。そもそも、俺がそろそろ席を譲られても全然問題ない年齢のような気がするんだけど。あと15年くらいして、まだ生きていたら、俺はこんな爺様になりたいという事で(脈絡がない)、本日の記事はおしまい。

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君の名は

最近、ネットで「吉田実紀」さんというグラビアアイドルを偶然知った。多分、あまり有名じゃないと思う(有名だったらごめんなさい)。
体型は良く言うと「ぽっちゃり系」、悪く言うと「こんなに太ってても今はグラビアアイドルやれるのかー」といった感じである。興味のある方は、画像検索してみて下さい(グラビアアイドルなので水着画像が多い。注意すべし)。

俺が一番グラビアアイドルに興味があった10代の頃は、グラビアアイドルと言えば、スリムでウエストがきゅっと締まった感じの人しかいなかったように記憶している。今は多様化したというか、こんなお肉たっぷりな感じでもグラビアやれるのかと感心する。

で、「吉田実紀」さんが俺の中で何かこう、引っ掛かる感じがあった。彼女のルックスが格別俺の好みだったという訳ではない。何度か書いているけれど、俺のお気に入り芸能人は仲間由紀恵さんだけである。
暫く「なんでかなー?」と思っていたのだが、最近答えが見つかった。

俺が中学時代に好きだった同級生の名前が「ヨシダミキ」ちゃんだったのだ(漢字はちょっと違う)。それに気づいた時に、あー、なるほどーと、なんと言うか目から鱗が落ちたというか、物凄く腑に落ちた。
俺が好きだったミキちゃんは、上記のアイドルとは違って、ガリガリに痩せていた。スリムというよりも、痩せ過ぎの部類だったんじゃないだろうか。
ちょっと緩くウエーブの掛かった髪を腰の辺りまで伸ばしていた。特徴的だったのが、顔にそばかすが散っていた。
ミキちゃんの外見を思い出すにつれて、自分がなんでそばかす顔の女性が好きなのか理解出来た。
顔にそばかすのある女性が好きだったのではなくて、自分が好きだった女の子がそばかす顔だったから、その後そばかすのある娘(こ)を良いなあと感じるようになった訳だ。

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中学時代の同級生だから、今と違って写真とかが残っているわけじゃない。そばかす顔のミキちゃんはあくまでも俺の記憶の中にある14歳の女の子でしかない。今の50歳超えた彼女のルックスは想像も出来ないし、別に想像したくもない。
当然のことながら、俺とミキちゃんの間に何かがあったという事でもない。ただ、当時彼女からビーズのアクセサリーみたいなものを何度か貰ったことがある。つまり日常的に会話をして、プレゼントの遣り取りをする程度には仲の良かった同級生という事だ。
そして、ここが多分一番大きいところなんだと思うけど、俺の大昔の記憶の中にしかミキちゃんは存在していないから、かなりミキちゃんが美化されているのは否めない。

でも、仕方ないよね。俺みたいに、既に棺桶に片足突っ込んでる50過ぎのオッサンからしたら、14歳~15歳の頃に好きだったミキちゃんが、天使みたいに素敵なイメージのまま記憶モードに保存されていても、非難は出来ないだろ?

書きながら思い出した。中学を卒業してから、一度だけミキちゃんを見掛けた事がある。大学生の頃に群馬に帰省した時、地元スーパーに寄ったら彼女がいた。中学時代と変わらず、痩せぎすで髪も腰の辺りまであった。きっとそばかすも変わらずだったろう。
でも、俺は声を掛けられなかった。彼女が小さい女の子を連れていたからだ。
が、今思ったんだけど、出産や子育てしてる最中のお母さんが、髪を腰まで伸ばしていられるだろうか。もしかすると、あの女の子はミキちゃんの娘さんじゃなくて、姪っ子とかだったのかもしれない。
そう考えると、俺は千載一遇の機会を知らずに逃していたのかも。ま、真実は闇の中だ。今更知ってもどうにもならない。

FACEBOOKとかで現在のミキちゃんを知ろうとか一切思ってはいない。中学生の頃の淡い気持ちはそのまま自分の中に仕舞っとけばそれでいい。
年寄りが昔の恋を懐かしく思うのも、それはそれで有りだと思う。心の中くらいは自由にさせてくれても、罰はあたらないだろう?


で、これで話が終われば「オッサンが少年時代の恋を思い出した話」で終わるのだが、そうはいかない。
最近、「吉田実紀」さん(グラビアアイドルのほう)がなんか好みになってきたような気がするのだ。
ミキちゃんと同姓同名(漢字違うけど)ってだけで良いなあと思ってしまえるとか、俺もだいぶに頭の中がいかれてきたのかもしれない。外見は全く似ていないのに。

アイドルが偶像という意味からすれば、これも一つの正しいファンの在り方かもしれない。

不細工な奴ほど、綺麗な服を着てお洒落をしろ!

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女性が綺麗な服やバッグ、靴などを見て欲しくなるのは自然の摂理だと思う。
俺はファッション音痴なので、そういった感覚はいま一つよく判らないけれども。
(俺は一年中、Tシャツ、ジーンズ、ビーチサンダルで過ごせればOKの人間だから)。

「私なんかがこんな可愛い服着ても似合わないからなー」そう言いながらも、素敵なブラウスなどを胸に当てて、それを欲しくなる女性の心理も100%とは言わないまでも理解出来る。
そういった可愛い服を欲しがる女性が、仮に不細工だとしてもだ。
不細工なオッサンのお前が何失礼な事言ってんだよ! とお怒りになるのはごもっともだが、暫く辛抱して頂きたい。

はっきり言おう。
美人が素敵な服を着ればより綺麗になる。美人ならば、仮にシンプルなTシャツにブルージーンでも素敵に映える。
何故なら美人だからだ。着飾らなくても、お洒落なネックレスやピアスやリングなんかなくても、大丈夫だ。だって、元が良いのだから。

翻って不細工な人はどうか? 不細工な人が「どうせ私なんか何着たって似合わないし、お洒落してもみっともないだけだから…」そんな考えに陥って、お洒落な服を諦めて、ネックレスもリングも丁寧な化粧もしなくなったら、どうなるか。
自明の理だ。不細工が余計にみっともない姿となり、「顔が不細工なんだから、せめて他を磨けよ!」となる以外の答えには辿り着かない。
不細工だからこそ、自分の力ではどうにもならない部分(顔の造形やプロポーション等)以外に尽力すべきなのだ。
さて、大多数の女性を敵に回したところで、本題に移る(今までのところはいわゆる前振りである)。

先日、プロギタリストとセッションをした話を書いた。俺にとっては分不相応の非常に得難い良い経験だったのだが、一つ切実に思った。
「ああ、もっと良いギター欲しいな」
プロと一緒に音を合わせて、自分の腕(技術)が圧倒的に足りないのはさすがに自覚している。だが、今更俺のギターの腕前が飛躍的に向上する事は難しい。
今後も一緒に演奏させて頂く機会はきっと皆無ではないだろう。その時に、多少なりとも良い演奏を出来るようにしたい。

じゃあ、死ぬ気で練習しろ! というのが唯一無二の答えなのだが、それは前述した通り、なかなか難しい。となれば、一番効果的なのが、良いギターを手に入れるという事だ。
俺の持っているアコースティックギターは、4万円の安い国産品だ。見た目は悪くないのだが、音は所詮値段程度のものだ。
俺の腕前からすれば、4万程度のギターで充分という考え方も出来る。逆に、俺が30万のギターを買っても使いこなせない、猫に小判、豚に真珠という事になるのは明白。

だが、だ。
先程の話を思い出して貰えば、判りやすい。
俺のような下手なギター弾き(不細工)が、安物ギター(可愛い服やお洒落なアクセサリーを身に着けない)で演奏するという事がどういう意味を持つか。
不細工な人がスッピンでお洒落とは程遠い格好で街に出掛けるようなものだ。

だから、不細工な人ほど化粧を丁寧にして、洒落た服に身を包み、髪も丁寧に梳かして外出すべきなのだ。
演奏技術の足りない奴(俺の事だ)こそ、良いギターで演奏すべき、という事だ。どうせ同じ最悪な演奏なら、せめて使用するギターくらいは良い楽器にしたほうがいい、そのほうが少なくとも音は良くなる。

最近、札幌の楽器店巡りをしては「良いアコギ(アコースティックギター)ないかなー」と物色している。ギターも洋服と一緒で、一期一会的なところがあるからね。
「これでいいか」と妥協して購入しても、絶対に後悔する。だからこの件に関しては慌てないつもりだ。いくら位の物を買うかも、どのメーカーにするかも決まってないんだけど。

相方がよくショップとかで「この服素敵だなー」とか「このバッグ、可愛いー。欲しいなー」とか言っても、以前のように「金の無駄だ。やめろ、やめろ」とか思わなくなった。
その相方の(女性としての)切実な想いが多少なりとも理解出来るようになったからだ。

女性が少しでも、綺麗になりたい、可愛くなりたいと思う気持ちは尊重しなくてはいけない。
もしかすると、俺がプロのギタリストから学んだ一番のことは、これかもしれない。

WONDERFUL TONIGHT

先週の火曜日の話となる。

プロのギタリストとセッションをしてきた。その人の名は江口正祥さんと言う。誰それ?と思った方もいるかもしれない。だが、「尾崎豊のバックでギターを弾いていた人」と言えば、ああなるほどと納得するのではなかろうか。

どうして俺のようなアマチュアミュージシャンとしても最下層の人間が、そんな人とセッション出来る事になったのか。時系列で説明したほうが判り易い。
・東京から続けていたサックスを札幌でもやろうと札幌でサックス教室に通い始める。
・教室の発表会にアンサンブルで出ないかと講師に誘われる。二つ返事で参加を表明。
・アンサンブルは男性4人で出る事が決まる。そのメンバーの一人が札幌市内でバーを経営するHさん。
・Hさんから「うちの店でセッションとかやってるんですよ。そこに尾崎豊のバックでギター弾いてた江口さんて人出るんだけど、今度参加しませんか?」と誘われる。畏れ多いので躊躇するが、Hさんの「江口さん、ホント良い人だから俺達アマチュアでも全然大丈夫ですよ」との言葉を信じて参加する事を決める。

そして初めて合わせたのが、先々月の4月。この時はテナーサックスで江口さんと合わせる事にした。曲は、「YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO」。俺がサックスを吹けるようになりたいと思った切っ掛けの曲だ。
4月のライブ当日、店に行くとHさんから江口さんを紹介して貰う。背が高く、髪が長い。やはりプロだなあという「雰囲気」を持っている。そして人当りが滅茶苦茶良い。
俺はプロのミュージシャンと話をした事がないから、プロはこうだよとか偉そうに言える立場じゃないけど、江口さんはさすがプロと思わせるだけの空気があった。この空気感を持っているのがプロのプロたる所以なんだろうなあ。

実はこの曲を人と合わせるのは初めて。ちゃんと練習しておくべきだったと反省。俺が微妙にロスト(どこを演奏しているか判らなくなる事)したら、速攻で江口さんは俺のサックスにギターを合わせてきた。それにも「さすがプロ。すげー」と感動した。
(というか、プロと合わせるのに練習してねえとか言語道断だ。俺は一度首を括って反省したほうがいい)

合わせる前に「俺、サックスの音がうるせえってよく言われるんですよねー。だから音量注意して吹きます」と言うと、江口さんは笑いながら「いいよ、そんなの気にしなくて。思い切ってやったほうが楽しいじゃん。楽しいのが大事だよ」と。
ああ、すげえ懐が広い。俺は一発で江口さんのファンになった。
というか、彼と会って彼を好きにならない人間はいない。俺はそう断言したい。

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そして店のマスターでもあり、サックス教室仲間のHさんから「江口さん、良い人だったでしょ。また参加しなよ」と言葉を貰う。次は6月との事なので、今度はギターでやらせて貰おうと決意。

曲をどうするかだ。アコースティックギター二本で合わせるとなると、そういった曲が良いよなあ(というか、俺はジャズギターなんか弾けないし)。
そして、今度はちゃんと練習しなくては。サックスなら別の土俵だけど、同じギターで合わせるとなると下手は下手なりに頑張らないと、プロである江口さんに対して失礼だ(いや、サックスもちゃんと練習しなきゃ駄目なんだけどさ)。

曲はエリック・クラプトンの名曲「WONDERFUL TONIGHT」と沢田研二勝手にしやがれ」に決めた。本当は洋楽オンリーが良かったのだけれども、聴いてる人の事考えると、邦楽もあったほうが良いだろうという選択だ。

それから本番まで家で時間があると練習をこなした。ドラム担当でやっているバンドの練習曲もあるし、7月の発表会に向けてピアノの練習もしなくちゃいけない。素人のくせに色々首を突っ込みすぎである。
だが、楽しいから、その忙しさが一切苦にならない。こんな忙しさならウエルカムだ。
本番までの一週間くらい、江口さんと共演出来る楽しさでずっとわくわくして過ごした。大好きな女の子をデートに誘って、その日を待ちわびてる10代の男の子みたいだった。

当日、いざ本番。椅子に座ると、ひざが震えて来た。緊張という奴だ。過去にギター二本の演奏は人前でした事が何度かある。東京時代に、旧友とローリングストーンズのカバーをアコースティックギター二本でやるデュオでライブをした経験も何度かある。その時は、緊張なんて一切なかった。
だが、今回は違った。それはやはり江口さんと共演出来るという高揚感からくる緊張だったのだろう。

プロと一緒に演奏するというのは、とてつもなく緊張するけれども、またとんでもなく楽しい時間だった。俺のギターとヴォーカルはとにかく最低最悪なのだが、それを江口さんのギターがリカバーしてくれる。
勿論、プロとやれば必ず楽しい良い時間が過ごせるとは限らない。中には「お前らアマチュアなんかと俺がやってられっかよ」みたいな人もいるかもしれない。
だが、江口さんに限っては、そんな心配は一切なかった。最初から最後まで「プロだろうがアマだろうが、同じ音楽好き、楽しくやろうぜ」という気持ちみたいなものを感じる事が出来た。

至福の時を過ごす事が出来た。まさしく俺にとって、この夜は「WONDERFUL TONIGHT」だった。

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※演奏の動画を貼っておきます。カウンターにカメラを置きっぱなしで撮ったので、ピンボケが酷いですが、音を聴くには充分かと。俺のギター、ヴォーカルは聴く価値ゼロ(というかマイナス)ですが、江口さんのギタープレイは素晴らしいの一言です。

 

www.youtube.com

異邦人@札幌

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東京から札幌に引っ越したのが、2016年12月(厳密には11月終わり)。
それから遅れる事、4ヶ月。相方も札幌にやってきた。
相方が4ヶ月遅れた理由は、東京時代の仕事の関係。俺の引越しのタイミングでは、相方の仕事が片付かなかった。

そして相方は札幌で事務関係のパートの仕事を見つけ、扶養範囲内で働いている。だが、東京時代の仕事も継続してやっている
ある意味、ダブルワークだ。
先週、先々週の土日、相方は二週続けて東京へ出掛けて行った。出張だ。相方の話を聴く限りだと、どうも東京では相方の代わりに仕事をやれる人間がいないらしく、それでわざわざ札幌から東京まで出張っているらしい。
正直言えば、相方が特別なスキルを持っているという訳じゃない。仕事内容そのものは、普通に事務作業が出来る人なら対応可能なもの。
だが、ここが仕事のある意味面白い部分なのだけれども、仕事というのは特定の○○さんと上手くやれるかとか、面倒くさい取引先の××とのネゴシエーションが上手いとか、そういったものがやれないと無理な場合がある。
言わんとしていることは判って貰えるかと思う。

相方は今、新規事業立ち上げの部署に係っていて、それが軌道に乗り始めたのだと言う。将来は年商一億だ!と社長は宣言しているのだとか。
年収じゃなくて、年商かよ!という突っ込みは野暮だからしないでおこう。

そしてとある大口クライアントとの契約が取れたので、これまで以上に相方に東京に来て仕事をやって欲しいと(言われたらしい)。
相方が「今はいいけど、冬になったら無理ですよー(飛行機が雪で飛ばないから)」と返したら、なんとびっくりな提案が。
「冬の間は、東京に住まない? オフィスの一部屋使ってよいから」(オフィスは普通の住居用マンションなので風呂もある)
東京から戻ってきた相方からその話を聴いた俺は「相方、ずいぶん頼りにされてんなぁ」と感心した。
相方曰く「この件に関してはご主人とよく相談してくれだって!」
へー。あ、ご主人て俺のことか(笑)

相方にやってみたいか訊いてみると「やってみたい」との返事が。そっかー、ならしょうがないな。
「今まで自分は仕事は適当にしかやってこなかったし、もう50歳目前の自分が仕事で必要とされることなんてこの先ない気がする。ラストチャンスだと思うんだよね。だとしたら、ここでチャレンジしてみたい。年商一億の夢に自分も乗ってみたい」

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俺自身、50歳目前で札幌という異邦の地に移り住んできた。東京時代は会社員だったが、最後は会社が潰れてフリーランサーの道を余儀なくされた。
フリーで下請けをずっとやるには、それなりのスキルと耐久力(精神力)がないと無理だ。そして歳を食えば食う程、仕事の選択肢は減る。
じゃあ会社員として就職すればいいという考えもあるけど、40後半(50目前)の年寄りなんて、なかなか雇って貰えない。
俺の場合は、色々な幸運があって、今の会社に入ることが出来た。この会社に入れたのも、相方の知人のエージェント経由で情報が回ってきたからだ。
つまりは、縁だ。

相方がそういった縁を大事にして、その先にある仕事の未来へ賭けてみようという気持ちも判る。
勿論、成功するとは限らないけれども、人生なんて所詮は成功と失敗の繰り返しだ。俺達は失敗したって失うものは何も無い。
細かいところはこれから詰めていかねばならないし、社長の話がどこまで具体的に進んでいるのかも俺には判らない。
だが、俺はGOサインを出した。
だから、(相方の所属する)会社がその辺りを正式決定すれば、相方は冬からは東京暮らしに戻ることになる。雪が無くなれば、札幌に戻る話になっている。12月から3月までが東京、それ以外の時期が札幌という形の変則別居になるのかな。

今後、どう転ぶのかは勿論俺には判らないし、相方にも判らない。神のみぞ知る、って奴だ。
だが、人生色々あったほうが面白くていいじゃないか。
札幌に来る事が決まった時だって、なんとかなるさと思ってやって来た。
それと同じさ、きっと。


***
ここから、私信。
rさん、お約束の異邦人です。

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盗まれて候

土曜日に自転車を盗まれた。
とある場所に駐車して、6、7時間後に戻ったら、綺麗さっぱり自転車は消えていた。一瞬唖然として、辺りをちょっと探してみたが、当然見つからない。

ま、仕方ない。盗まれたのは何年も前に買ったママチャリだ。減価償却したと思えば、腹も立たない。無論、翌日から足がないと困るのですぐに新しいのは購入したけれども。新自転車は、保険込で17,000円だ。勿論、ママチャリ。俺にとって、二万弱の出費は痛い。だが、自転車なんて新しいのを買えば済む話だ。
金で済めば安いものだ。というか、金でなんとかなるのなら、それは大した話じゃない。

札幌でサックスを中心としたバンドを組んだ話は前にも書いた(俺の担当は何故かギター)。そのバンドメンバーの楽器が盗まれるという事件が起きた。幸運にもすぐに楽器は見つかり、犯人も捕まった。
楽器という奴は、正直金では買えない。いや、言葉が正しくない。新品の楽器なら現金かカードを持って楽器屋に行けば買える。だが、長年愛用した楽器は、金換算の出来ないものだ。
長く使えば使う程愛着も湧くし、楽器に対しての思い入れも深くなるし、思い出も増える。それは金でなんとかなるものじゃない。

俺が愛用しているテナーサックスも大体7年くらい使っている計算になる。俺のサックスはノンラッカー仕様という奴で、表面にコーティングがしていないので、手の脂とかが付くと、楽器本体の色がどんどん落ちて独特の風貌になる。
それが好きで購入したのだけれども。こいつが盗まれたら、ちょっと洒落にならない。
購入時の値段は35万程度なので、楽器としてはかなり安物。テナーだと、ちょっといい奴だと、80万から90万くらいする。実際、友人でそれくらいのテナーを使っている人を二人ばかり知っている。
だが、楽器の価値は値段じゃない。

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他に俺には愛用のエレキギターが二本ある。一本はサラリーマンになったばかりの頃に初ボーナスで買った。これは国産で8万くらい。これも安い。だが、初ボーナスで買ったという意味では記念の一本だ。買ったのは25年以上も前になる。f:id:somewereborntosingtheblues:20180606012443j:plain

もう一本は、大切な友人から譲り受けたもの。これは本当に金には代え難い。そもそも良いギターなのだけれども、これは本当に金に換算出来ない。俗に言う『いくら金を積まれても手放す事は出来ない』という奴だ。
俺が死んだ時は、棺にこのギターを入れて貰うつもりだ。

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世の中、世知辛いもので、金がないと実際に辛い。貧乏はやはり心がすさむ。当たり前の話だが、「金が全てじゃない? 金なんですよ、世の中は!」という説に俺も賛成だ。
東京時代、同業者の社長と一緒に銀座のバニークラブで酒を飲んだ事があった(当然、その社長のおごりだ)。その席でセクシーな網タイツに身を包んだバニーちゃんの接客を受けながら、社長の苦労話を聴いた。その社長は以前、会社を一つ潰した事がある。
「もう貧乏のどん底の時なんて、晩飯が豆腐だからね。それ喰って凌いでさ、家族にも済まないと思ったよね」
そんな貧乏自慢(なのか?)を、俺はセクシーなバニーちゃんの太股を見ながら聴いた。

金が全てではないが、金があれば大抵の事はなんとかなる。そして同時に、金で片が付くなら、それは安いものでもある。
なんか日本語が変だが、そういう事だ。これは逆説的に「金でなんとかならない事が一番大変で辛い」という意味だ。
昔、当時のパートナー(意味は想像出来るかと)に金を持ち逃げされた事がある。俺が彼女を信頼して、通帳やカード、印鑑を預けていたからだ。
気付いた時には、トータルで俺の年収の半分以上の金が使い込まれていた。あれには唖然としたな。だが、「まあ信頼した俺が間抜けだったんだな。それに持っていかれるだけの金があったから、彼女も持って行ったんだし…」と俺は諦めた。
つまり、これは金で片が付いたケースだ、ちょっと意味違うけど。彼女と別々に暮らす事を決断した時、「いつか返す」と言われたが、当然一円も支払われてはいない。俺も返ってくるとは思っていなかった。今は没交渉だから、当然そんな口約束は反故になっている。

また俺自身もプライベートでやらかして、進退窮まった事があった。これはちょっと詳細はさすがに書けない。最悪の結末になった時は、仕事も生活も全て破綻するだろうという想像もついた。
これは金をいくら積んでもどうにもならないほうの事象だった。最悪のケースになったら、俺は仕事を辞めて、有り金持ってアメリカへ行って野垂れ死にしようと思っていた。
運よく、最悪の状態にならなかったので、今でもサラリーマンやってるけど。

だから、金でなんとかなるうちは、金で解決すればいい。どうせ金なんて墓場まで持っていけやしないのだ。だったら、有効に使えばいい。
ただ、非常に残念な事に、俺には有効に使う金そのものがないのだけれども。