Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。

10年間で有給休暇を2日しか使わないという事

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仕事が谷間に入り、ちょっとばかり暇になった。仕方ないので、仕事をやる振りをして、時間を遣り過ごしているのだが、「早く家に帰りたいなあ」と10分に一度は思う有様である。
こういった時に、普段出来ない仕事をやろうとか、さらに仕事の精度を高める何かをやろうとかは一切考えない性質だ。基本的に俺は「頑張る」、「意識高い」とかの言葉が大嫌いである。
眠気を我慢しながら、資料(読まなくても格別良いもの)を読んでいたら、東京の頃の部下だったK君の事を思い出した。Kというのは「キム」さんだ。彼は生粋の韓国人。いわゆる「在日韓国人」ではない。大学までを韓国で過ごし、その後に確か大東文化大学に留学して、そのまま日本で就職したのだったかな。
だから、彼が俺の部下になるまで、彼は日本の企業でしか働いた事がない。ずっと日本にいたので、日本語の読み書きも会話も何一つ不自由がない。仕事は素晴らしく出来た訳じゃないが、堅実にこなしてくれた。少なくとも、同時に俺の部下だったS君(こちらは生粋の日本人)よりは断然仕事が出来た。
K君(イニシャルにする意味がないな)は、日本人と仕事をずっとしていたせいか、仕事での遣りづらさ(日本人と韓国人の考え方の違い、みたいなもの)は一切感じなかった。むしろ、俺とK君は互いに仕事に関しては良いパートナーシップは築けていたと思う。f:id:somewereborntosingtheblues:20190323010529j:plain

ある時、システムの動作確認の期間が俺の個人休暇と見事にぶち当たった(俺の仕事はシステムエンジニア)。現場のお偉いさんから、「君がいなくて、大丈夫かね?」と心配されたのだが、「Kがいますので、そこは大丈夫です。信頼の置ける人間ですから」と太鼓判を押して、俺はバリ島旅行に出掛けた(笑)
当たり前の話だが、システムの動作確認のテストなんかよりも、バリ島旅行のほうが断然大事である。システムなんか俺がいなくても動くが、バリ島旅行は俺が行かないと、俺の旅行が始まらない。旅行は大変楽しかった。バリ島はまた行きたいものである。f:id:somewereborntosingtheblues:20190323010610j:plain

旅行から戻ってきて、K君に遣ってもらった仕事を確認すると、問題は一切なかった。そもそも旅行に行く前から「K君に任せておけば大丈夫だな」と思っていたので、これは想定通りだった。
多分、色々な意味で俺とK君は、目線が一緒というか、同じレベルの考え方をしていたので、その辺りが遣りやすかったのだろうと思う。というのも、二人で組んで仕事をしていて、二人して全く同じ見落としをして失敗をしていたことがあったからだ。無論、それは途中で気付いて、二人で残業をしまくって、なんとか無事に乗り越えたのだけれども。
システム開発の仕事というのは、他の仕事もそうだろうけれども、谷間が多い。滅茶苦茶忙しい週や月があったかと思うと、翌週や翌月は暇で、定時まで何もせずに過ごす、なんて事がよくある。
そんな時、K君は俺によく言った。「忙しい時は滅茶苦茶残業させるんだから、暇な時は定時前に帰らせてくれればいいと思うんですけどねー」俺はそれに同意して「全くだな。何もせずに定時までいても意味ねーよなー」と返した。
今考えると、自分の上司にこんなことを言えるK君もかなり図々しい男だし、それに同調する俺も上司としては、かなり駄目な奴だと思う。
だから、俺達は上手く仕事がやれてたのかも。f:id:somewereborntosingtheblues:20190323010632j:plain

この考え方の真逆だったのが、当時の現場のお偉いさん(部長)である。俺達のクライアントという事になる。彼は俺と同い年で、ギターを趣味としていたし、川崎フロンターレというサッカーチームのサポーターだったので、(仕事以外の)話が合った。ちなみに俺は鹿島アントラーズのサポーターだったから、ライバルサポーター同士だった。当時は、鹿島のほうが川崎よりも圧倒的に強かったので、部長に対してサッカーではデカイ顔が出来たものだが、今は川崎のほうが鹿島よりも強い。トホホである。
その彼の口癖が「仕事だから、やるんだよ」「いる事が仕事なんだ」の二本柱だった。これには全く俺は賛同出来なくて、彼がその言葉を口にする度に非常に不愉快な気分になったものだった(俺らの雇い主だから、仕方ないと言えば仕方ないのだけれども)。
彼の考え方として「どんな理不尽な要求をされても、仕事である以上、それに応えなくてはいけない」が根底にあった。また、仕事の要求はいつどんな時に起きるかも判らないから、その準備をしておく為にも「会社にいる事が必要」と考える人間だった。暇だから定時前に帰りたいなんて俺やK君の考えと相容れる訳がない。当然の話として、酒飲み過ぎて二日酔いで仕事を休む(当時の俺だ)なんてのも論外だった。f:id:somewereborntosingtheblues:20190323010725j:plain

俺と同い年の部長の話で一番驚いたのが、「ここ10年で、有給休暇を使ったのは二回しかない。一回は子供が産まれた時、もう一回は、旅行先で天候悪化で交通機関がストップして、帰れなかった時だけだ」と。俺は唖然とした。この1年で有給休暇を2日しか消費しなかった、という話じゃない。ここ10年で2日しか使っていないというのだ。
彼は独身者じゃない、前述の通り、子供もいて奥さんもいるのだ。にも係らず、10年で2日しかカレンダー以外の休みを取らないというのが信じられなかった。そこまで仕事に忙殺されて、会社に縛られて人生楽しいのだろうか?(大きなお世話だが)と思ったものだ。
当時、俺は零細企業に所属していたとは言え役員だったから、有給休暇はなかった。だが、当然のように休みは取ったし、旅行もよくした。仕事を第一とする人間からすれば、俺のように「仕事を部下に任せて平気で旅行にいけるお前のほうが信じられん」となるのかもしれない。
ただ、これは俺の持論だけれども、仕事には裏切られる可能性があるが、趣味や旅行には裏切られる心配はないぞ、と。
これは後の話だけれども、部長は会社の派閥争い的なものに巻き込まれた形になり、降格人事を喰らって、閑職へと追いやられた。俺の直接的な雇用主ではなくなってしまった。f:id:somewereborntosingtheblues:20190323010803j:plain

勿論、仕事に生きるのがみっともないとか、仕事以外の生き甲斐を探したほうがいいとか、そんな偉そうなことを言うつもりはない。
物凄く単純に、俺とは違う生き方だなあと思うだけの話だ。f:id:somewereborntosingtheblues:20190323010913j:plain

俺が東京を離れる前後に、部長は(当時は既に部長職じゃなくなっていた)その会社を辞めて別の会社に転職した。今も休みを取らずに働いているのだろうか。
K君もとっくに韓国に帰国してしまった。
あの頃、それぞれの考え方で同じ現場で働いていた人間が、三者三様で今は別の場所にいる。それを考えると、人生とは不思議なものだなとつくづく思う。

ボヘミアン・ラプソディの功罪

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映画「ボヘミアン・ラプソディ」があそこまでヒットするとは思わなかった。無論、俺も見た。あそこまでの支持を得るとは思わなかった、というのが正直な感想。何故なら、クイーンもフレディ・マーキュリーも随分と昔の人/バンドというイメージだったからだ。
俺個人としては、特に他の人と大きく違った感想はないのだけれども、出来れば売れるまでをもっと描いて欲しかったかなあというのはある。バンドはやはり売れるまでの苦悩や軌跡が一番面白いところだと思うので。ちなみに一緒に観に行った相方は、映画の話をする度に「フレディ役の人、歯出過ぎ!」と言っていた。いや、だからあれは義歯使ってるんだよと何度も言ったのだが、「でも、出過ぎ!」と力説していた。よっぽど、フレディの出っ歯が気になったのだろう。
この映画に関しては個人的に特に思い入れとかはないのだけれども、ちょっとこの件から付随してある事に遭遇したので、その件について書いておく。

二月の中旬に、通っているピアノ教室で発表会があった。俺は去年の夏の発表会で大失敗したビートルズの「YESTERDAY」を再演奏して、それなりに満足した。当然、他の会員さんの演奏も聴くことになる。正直、俺はクラシックは全くの門外漢なので、クラシックの曲をやられるとちょっと「退屈だなー」と思ってしまう。逆にジャズのスタンダードとかやってくれる人がいると、それは楽しかったり。これは嗜好の問題だから、仕方ないと思う。発表会のプログラムを見たら、会員のAさん(俺はこの方と話をした事がない。全く知らない人)の演奏曲が「ボヘミアン・ラプソディ」だった。へえ、あれをピアノ一本でやるのか、どうアレンジするのかな、ギターソロの部分とか飛ばすのだろうか? と興味津々だった。この発表会では講師の考えで、演奏前に、奏者が一言二言、話をする。Aさんは映画を見てこの曲が好きになり、是非ともピアノで演奏したくなったのだと言う。
これは滅茶苦茶正しい楽曲の好きになり方(日本語変だが)だ。映画やドラマを見て、そこに流れている曲を好きになる。次にその曲を自分で演奏したくなる。この一連の流れには間然としたところがない。素晴らしいと思う。人事ながら、俺はAさんに最上級の拍手を贈りたい。実際に演奏も素晴らしかった。ちょっと素直にピアノでなぞり過ぎかなとは思うけれども、それは瑣末な事だ。大切なのは、「映画を見て初めて知った曲を好きになり、それを実際に自分で演奏した」という点だ。これはロックもジャズもクラシックも歌謡曲も関係ない。こういった点こそが、音楽の存在すべき意義だとすら思う。

さて、これで終われば、俺の中ではハッピーエンドで話が決着したのだが、残念ながらそれだけでは終わらなかった。Aさんの次に演奏するのがBさん(俺はこの人のことも全く知らない)だった。Bさんの演奏曲は「ラプソディ」。俺は知らなかったが、これはクラシックでは有名な組曲らしい。まあ、「ラプソディ」という単語を含んだタイトルの歌はいくらでもあるしね。俺が知ってるのは前述の「ボヘミアン・ラプソディ」と「ラプソディ・イン・ブルー」くらいだけれど。
で、やはりBさんも演奏前にスピーチをした。「私は映画が上映される前から【ラプソディ】をやろうと決めていました」ここまでは良い。ふむふむといった感じだった。この次の発言で俺は首を捻ってしまった。「正直言って、私は【ボヘミアン・ラプソディ】が嫌いです。映画がヒットしていい迷惑してます(私が演奏するラプソディは、ボヘミアン・ラプソディとは別物なんです!)」
客席(とは言っても、殆どが演奏者である会員さんばかり)からは笑いが起きたが、俺はちょっとカチンときてしまった。Bさんの前に演奏したAさん、及びAさんが選んだ曲に対して失礼過ぎるだろう、と。俺はAさんとBさんが知り合いなのか、凄く仲良しで何でも言いたい事が言い合える関係なのか、それとも全く付き合いのない間柄なのかは知らない。仮に滅茶苦茶仲が良くて、後でAさんが「Bさん、嫌いな曲やってごめんねー(笑)」みたいに言える仲だとしてもだ。その場にいる人で、クイーンや【ボヘミアン・ラプソディ】が大好きな人だっている可能性がある。あまりにも無神経でデリカシーの無い発言だなと思ってしまった。

自分が何かを好きな場合、それを人に熱意を持って伝えるのは何も悪いことじゃない。良い事だ。だが、だ。その場合に、他者を貶めて、自分の好きなものを持ち上げる手法というのは、非常に醜く、人に不愉快な感情を与えるだけだ。
何度も書いているけれども、俺は仲間由紀恵ちゃんのファンである。だから、好きな芸能人は? と問われたら「仲間由紀恵!」と答えるし、彼女の魅力を問われたら、いくらでも話せる(だいぶに主観が入るが)。俺がこの時に「仲間由紀恵は○○○が素晴らしいんだよ。それに比べて△△△っていう女優は駄目だね。由紀恵ちゃんと比べて全然良くない」と言ったら、どうか。そこで他の人を引き合いに出して、貶める必要ってある? と思うだろう。
自分の好きなもの(ミュージシャンでも曲でも映画でも俳優でもなんでも)を持ち上げるのは全然構わない。むしろ、そういった場合に俺の知らない名前が出てきたら「なんで、その***が好きなの、理由は?」とか話も広がる。もしかしたら、それがきっかけで俺もその***を好きになるかもしれない。良い事尽くめだ。だが、「Xは素晴らしいが、Yは最低だ」という趣旨の発言は何も産み出さない、むしろ人の気持ちを荒ませるだけで、良い事が何も無い。逆にXを知らずにYを好きな人がその発言を聞いたら、Xを嫌いになる可能性だってある。

誉める時は、誉める事のみに注力すべきである。下げる言葉は要らない。
凄く大事なことだ。

だから、「仲間由紀恵って美人だけど、顔でかいよね」とか「仲間由紀恵って、美人だけど、スタイル悪いよね」とか「仲間由紀恵って美人だけど、貧乳だし、お尻大きいよね」って言うんじゃねーよ。美人なとこだけ誉めておけばいいんだよ。こっちはでかい顔も、悪いスタイルも、大きいお尻も含めて大好きなんだから!
(といつものように、脱線したまま話は終わるのであった)

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好きにならずにいられない

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最近、昔話ばかり書いている。少しは未来の事や今現在の事でも書こうかと思ったが、その瞬間に愕然とした。書く事がないのだ。
さすがに人生50年以上も生きていると、未来なんかもうないに等しい。まだ40代の頃は色々考えた気がするのだけれども、50歳を過ぎてから、そういった「未来を考える」という行為自体を一切していない事に気付いた。だって、50って数字は大きいよ。四捨五入すると100だからね。100歳だよ、きんさん、ぎんさんと一緒だよ(ってゆーか、きんさんぎんさんなんて今の若い人は知らんよな。お時間のある方はググってみて下さい)。この理屈でいくと、49歳は四捨五入するとゼロだから赤ん坊と同じだね、なんて馬鹿丸出しの話になるので、やめておこう。というか、俺、数字弱いな。49を四捨五入したら、50だ。
先月、相方が誕生日を迎えて49歳となった(相方は俺の二つ下)。「40代最後の一年なんで、充実した一年をお過ごし下さい」とお祝いの言葉を述べたら、相方は「もう、50かぁ、早いなあ」とため息をついていた。
俺だって若い頃は自分が50歳を迎えるなんて思ってもいなかった。時間だけは貧乏人にも金持ちにも美人にも不細工にも平等だ。同じように時間は過ぎていく。
正直言って、現代の日本で老後を考えたら不安しかない。明るい老後なんて待っている訳がない。「じゃ、その前にいっそ首でも吊りますか」という提案もあるだろう。だが、どうせ最後は棺桶に頭まで突っ込むのだ。特に理由がない限り、自分から棺桶に入る必要はないだろう。

相方がよく言う台詞が「どうせ考えてもどうにもならない事なら、考えないほうがいい」である。典型的な頭の悪い人の発言なのだが、それはある意味、真理を突いている。最近、仕事の事や老後の事を考えると頭が痛くなってくるので、極力考えないようにしている。仕事も「今日は@@やって、今週中に**まで完了しとけばいいか」と殆どその日暮らし感覚だ。三ヶ月単位の事業計画や、年度単位の展望なんてもんは、上司に任せておけばいい。
で、じゃあ俺は日々何を考えて生きているかというと、「今日は帰宅したら、ピアノの練習しようかなあー、それともギターにしようかなー」といった能天気極まりない趣味のことしか頭にないのだ。
ギター担当で参加しているファンク系バンド(ホーンセクションが3人いる)で、新曲に「KILL BILL」のテーマ曲をやる事になった。これがまた格好良いのだ。CDに合わせてギターを弾いていると、自分が布袋さんになった気分になってくる。
ピアノに関しては、今はブルースをやっている。【セントルイス・ブルース】という曲だが、これがブルース以外の何物でもない曲で、左手でコードを弾いているだけでも気持ちよくなれるのだ。もう数ヶ月、レッスンでやっている筈なのだが、まだワンコーラス(12小節)目で、四苦八苦している。というのも、ここ数ヶ月、ギターとドラムで手一杯だったから。ピアノは殆ど手付かずだったから仕方ない。

趣味の良いところは、上手くいかなくても別段誰も困らないというところだ(バンドで参加している楽器は除く)。ピアノは毎日数分でいいから触るようにしようと決めているのだが、弾けないとすぐに嫌になって「いーや、明日やろう」となってしまう。だらだらTV見てるのがいかんのだな。
本当は、若い頃によくやっていたテレビゲームとかもたまにはやってみたいなぁと思っているのだが(俺が若い頃にやったバイオハザードというゲームのリメイク版が出たらしい)、さすがにこの歳でゲームをやるのはなあ。別に、年寄りがゲームやっちゃいかんという法はないし、むしろ反射神経を鍛える(ボケ防止)という意味では有効な気もする。ただ、ゲームに嵌ると間違いなく、時間を大量に取られる。大学生の頃、一晩中ドラゴンクエストの経験値上げに時間を費やしたりもした。あれは若かったから出来た芸当だ。

楽器だって、曲を演奏出来るようになるまで、ある程度の時間が掛かる。俺の場合は、ギター、サックス、ピアノ、ドラムとどれも中途半端なので、「この曲やろうぜ」と言われてすぐに対応なんか出来ない。ある程度の練習期間(時間)が必要だ。そう考えると、何かやろうと思って、すぐに成果や結果の出る趣味を一つ持っていると良いのかもしれない。問題はその新しい趣味がなかなか見つからない事なんだけれども。
一時、落語でもやろうかと思ったのだが、結局食指が動かないまま、ここまで来てしまった。若い頃に比べて、なんとなくだが、口が上手く回らなくなってきた気がするので、落語とかやると、発音とか発生に良いかもしれない。それに口さえ動けば、落語は出来る。楽器はいかんせん、両腕使うし、ピアノやドラムに至っては足も使う。これらが衰えて、いよいよもって「楽器はもう無理かも」となった時に、落語って趣味は良いかもしれない。

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義母(相方の実母)が俳句に嵌っていて、東京時代は遊びに行くと、よく句を披露された。とは言っても、俺は季語も判らないような俳句素人だ。人の俳句なんか詠まされたって、面白いのか良く出来ているのか、判るわけがない。
さすがに俳句はもっと歳喰ってからの趣味だよなあと思うのだが、相方が「句を詠む為に旅行する人もいるんだよ」と言っていた。なるほど、旅先で俳句を詠むのか、それはなかなか良い趣味である。もっとも、俺は句なんか詠む事なしで旅行だけしたいけれども。句を詠むよりも、旅先の風景とかを写真に収めるほうが好きだ。かといって、趣味は写真ですと言えるほど、色々写真を撮っているのでもないし。

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なんとなくだが、新しい趣味を見つける事と言うのは、結婚したいけど相手がいない人が、無理矢理結婚相手を探そうとしているのに近いかもしれない(かなり私的な暴論だけれども)。
「ああ、私はこの人を好きにならなくちゃいけなんだ」と自分に言い聞かせて恋愛する人はまずいない。もしいたら、是非ともその状況を教えて頂きたい。
大抵は、気付くと好きになっているか、一目惚れのどちらかだろう。或いは、何か心奪われるような出来事があって、それがきっかけで好きになったか。
だが、恋愛と違って結婚は色々な条件(相手の年齢、収入やら家族構成とか)が邪魔をしてくる。そうなると、恋愛みたいに心の趣くままに、とは行かなくなってくる。好きなんだけど、家柄が合わなくて両親に反対される(今時あるのか、そんなの?)ならまだ良いほうだ。
逆のパターンで、条件はぴったり(年齢や収入等)なんだけど、どうも好きになれない。でも、せっかくの結婚相手だから逃したくない、この人を好きにならなくちゃ、みたいな。
義務で人を好きになってどうするの? って話である。俺は残念ながら、人生において見合いというものをした事がないのでよく判らないけれど、見合いとかってこういう事なんではないだろうか。違うかな? あと、今の時代だと見合いよりも結婚相談所とか、婚活サイト辺りだろうか。

人間の心理というのは面白いもので、条件が合致するからといって好きになれるものでもない。むしろ、条件に合わない人にほど惹かれたりする。誰もがそういった経験はあるだろう。
人の気持ちが条件設定でフィルタリング出来れば、誰も苦労はしない。例えば、年収500万未満の人は好きになる対象スイッチをオフに出来る、とかね。サイボーグかよ。
なんとなくだが、俺の新しい趣味探しも、条件にあった結婚相手を無理矢理好きになるという行為と近しい気がしてきた。
好きでもない物を無理矢理する必要はないのだ。となると、現時点で俺には楽器演奏以外に特にやりたい事はない。だとしたら、わざわざ新しい事を探す必要もない。もし、俺が何か新しい趣味を見つけるとしたら、それはごくごく自然に普通に俺の中に入ってくるだろう。その時が来るまで、慌てる必要はどこにもないのだ。
恋愛感情と一緒なんだよな。無理矢理探すものでも、自分から気持ちを持ち上げるものでもなく、好きになれば、気持ちは勝手にその対象物に向かっていく。

ただ問題は、新しい趣味を待ってる間に、俺が先に棺桶に入る可能性のほうが高いって事だ。

セントルイスブルースが聴こえる

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札幌に引っ越したのを機にピアノを始めた。札幌に引っ越したら「あ、ピアノをやろう」となったのではない。前からピアノはやりたいと思っていたのだ。というか、40歳くらいの時にピアノを始めようとしていたのだが、色々あって、それからピアノを始めるまで10年も掛かってしまった。

サックスも「吹けるようになりたいなぁ…」と思ってから、実際に始めるまで8年も掛かった。腰が重いのかな?

となるとだ。俺は何かをやろうと思ってから実際に始めるまで、10年弱かかるという計算になる。冗談ではない。じゃ、もし仮に俺が今なにかやりたいと思いついたとしても、行動に移す頃は、還暦過ぎてるって事だ。下手すりゃ(下手しなくても)、棺桶の中に入ってるぞ。

次に何かやりたい事が見つかったら、速攻でやらなくては。これはサックスで死ぬほど後悔した事だからだ。30歳過ぎた頃に、サックスを始めていればなぁ…やりたい事は躊躇していては駄目なのだ。

ピアノは始めて二年経ったが、殆ど上達していない。これは仕方ない。前にも書いたが、サックスやギター、ドラムという他の楽器にも手を出しているのだから。

ということで、やっと一番やりたかったブルースピアノに手を付け始めた。まだまだ、出来はよろしくない。なんとかワンコーラス(12小節)弾けるようになっただけだ。ピアノに関しては、よちよち歩きの赤ちゃんレベルだ。

でも、親は我が子のよちよち歩きの動画とか撮って喜んでいるだろ? それと一緒。もし人がこんな動画を上げていたら、「よくこんな下手な演奏アップ出来るなあ。厚顔無恥にも程がある」と思うだろう。だが他人の事は客観視出来ても、自分の事は冷静には見られないのである。なんとか一ヶ月後くらいには、完成させたいものであるなや。

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「シングルベッド」は歌えない

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シャ乱Qの曲に「シングルベッド」という歌がある。俺は、シャ乱Qの「シングルベッド」を一度も聴いた事がなかった頃に、この歌のメロディも歌詞も全て覚えてしまった。
今日はその話を書く。

20代の頃勤めていた会社の同僚に岩佐君という男性がいた。歳は俺の一つ下。入社は俺より一年くらい後。仕事は滅茶苦茶出来た。勿論、俺よりずっと出来た(基本的に、俺より仕事が出来ない奴はあまりいない)。
彼は俗に言う、典型的なオタクだった。髪を肩まで伸ばし、家には大量のアニメのLD(レーザーディスク。まだDVDが出る前の時代だ)。酒も煙草もやらず、女性と付き合った事も皆無。
そして、会社には美香さんという女性社員もいた。美香さんは俺の後輩になるが、俺より三つくらい年上。なので、俺は年上の美香さんには敬語を使っていた。美香さんは、会社の先輩である俺を立てて、俺に敬語。互いに敬語を使い合っていた。美香さんは酒も煙草もやるし、姉御肌のキャラ。イメージとしては、モーニング娘。の中澤さんがかなり近い。

どう考えても共通項も惹きあう要素もないように思われた岩佐君と美香さんが付き合い始めた。それを俺は会社の女性上司から教えられた。確かに異色のカップルだったが、世の中は「どうしてこの男にこの女が?」「なんで彼女があの男と付き合うの」みたいな関係はいくらでもある。
男と女なんて、数式みたいに簡単に割り切れるもんじゃない。だから面白いのだ。
二人が付き合い始めてから、岩佐君は変わった。飲み会の席で、それまでウーロン茶しか飲まなかった男が、ライムサワーや他のアルコールも普通に飲むようになった。さすがに煙草は吸わなかったけれども。
周りは当然、彼の変化が美香さんによるものだとは判っていた。普段、バーボンのソーダ割りを好むと公言していた美香さんだ。彼女の影響を岩佐君が受けたのは、なんら不思議はない。

二人が付き合ってどれくらい経った時かは忘れてしまったが、岩佐君が美香さんを両親に紹介するという話が女性上司から伝わってきた。ははぁ、そうかついに結婚か。それも自然な流れだ。当時、岩佐君が25歳くらい。となると、美香さんは29歳くらいか。結婚するのに早すぎる訳でも遅すぎるでもない、丁度良いタイミングだったろう。

だが、だ。
そこまで話が進んでいながら、岩佐君と美香さんは別れてしまった。直接的な具体的な理由を俺は知らない。知ろうとも思わなかった。なんでも、美香さんが土壇場で全てを白紙に戻したらしい。
暫くして、美香さんは会社を辞めてしまった。
男と女なんて、何がきっかけで付き合うようになるかなんて判らないし、何が原因で別れるかも判らない。そんなもん、当人だって判らない場合があるだろう。

周りの人間は「これで岩佐君はきっと、一生結婚出来ないねえ…」と考えた。不遜な言い方だが、人付き合いが上手いとは言えず、偏屈とも言える岩佐君にとって、美香さんは最初で最後のチャンスだったのだ。
その後も、飲み会で岩佐君は普通に酒を飲んでいた。酒好きの恋人と別れたからといって、一度身に付いた飲酒癖は消えたりはしないだろう。
そして、二次会でカラオケがある場所に行くと、岩佐君はシャ乱Qの「シングルベッド」を歌うようになった。俺はこの歌を知らなかった。最初は「へえ、良いバラードだね」とか呑気に思っていたが、歌詞を確認したら、非常に切なくなった。
恋人と別れ、新しい恋にも出遭えず、元恋人のことを今も思う、そんな歌詞だった。

岩佐君が別れた美香さんを思ってこの歌を歌っているのは明白だった。勿論、周りの皆がそれは判っている。だが、そんな事を口に出すような馬鹿はいなかった。
彼がどんな想いで「シングルベッド」を歌っていたのかは正直判らない。だが、彼が歌いたいのであれば、歌わせればいい。失恋ソングを歌う事で、彼の中で癒される何かがあるのかもしれない。
そして俺は、シャ乱Qの「シングルベッド」を一度も聴く事なく、この歌のメロディも歌詞も覚えてしまった。岩佐君が毎回歌っていたからだ。

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時々、考える事がある。全く知らない事と、たった一つでも知っている事はどちらが良いのだろうか、と。
知らなければ、その世界や事象はその人にとって存在しない事と同義だ。だが、一度でもその事を知ってしまったら、もう知らない頃には戻れない。
岩佐君は最初で最後の恋愛をして、それ以後は女性と交際した事がない。そのまま歳を取って、いまも一人だ。別に一人が悪い訳じゃない。好んで一人でいる人だっていることだろう。
だが、岩佐君は当時、美香さんと一緒になる事を望んだのだ。だから、一人が良かったというわけでもあるまい。
もし彼が美香さんと知り合わなければ、付き合わなければ、女性と一緒にいる喜びを知らずにいただろう。好きな人と一緒だからこそ得られた経験や幸福は数えきれない筈だ。だが、付き合わなければ、好きな人と別れる辛さや悲しさも知らずに済んだ。
どちらが良いかなんて、簡単に断定出来る事じゃない。いや、断言出来る事でもない。

彼が何かに辛くなった時に、踏ん張れる心の拠り所として、美香さんと過ごした時間がそうなれば良いなと思う。回数や人数は関係ない。唯一度であったとしても、愛し、愛されたという経験は、きっと彼を支える何かになるはずだ。

ただ、もう「シングルベッド」は聴きたいとは思わない。

嵐を呼ぶ使者

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東京にいた頃から、これは不変的なものなのだけれども、上司からの呼び出しで幸せになった事がない。
上司からの呼び出し=不幸を呼ぶもの、である。
今日も仕事をしている(振りをしている)と、後ろから声を掛けられた。
「ちょっといいかな?」
立っていたのは、俺の直属の上司であるAさん。丁度作業中だったので「5分くらい待って貰えますか」と返答すると、「じゃ、手空いたら、***(会議室)に来て」と。
うーん。俺、なんかやったっけかなあ?… あまりにも思い当たる節が多過ぎて、呼び出された理由が判らない。
とりあえず、作業を片付けて、喫煙室へ向かった。上司に呼び出されたのに、煙草を吸いに行くというのも図々しい話だが、まずは心の安寧が必要だ。それに今更、5分10分遅れたところで、俺の悪行が消える訳でもない。
会議室へ行ってみると、Aさんから「実は****の件に関して意見を聞きたいんだよね」と言われる。純粋な意見交換のミーティングだった。俺の悪行を咎める場ではなかった事に一安心し、俺は無駄に饒舌になる。世の中には、自分が分の悪い状況になると饒舌になる人と、自分が安全圏にいると饒舌になる人の二種類いると思う。俺は完全に後者だ。
だから、俺は相方と喧嘩をすると口数が一気に減る。

今の会社は、連絡用に会社支給の携帯電話があるので非常に気が楽だ。東京にいた頃は貧乏会社に所属していたから、個人の携帯/スマホの番号が会社の連絡用と共用だった。俺のスマホの電話帳には、プライベートな友人/知人の連絡先と、会社の社長、経理事務担当、取引先と全てが一緒くたに登録されていた。スマホの電話が鳴り、表示を見ると社長からなんてのが何度かあった。
これが非常に精神衛生上よろしくなかった。社長からの電話なんて、不幸をもたらす事はあっても、幸せを導く可能性なんて殆どないのだ。
電話に出てみると案の定で、取引先との契約締結がまとまらないから、今度の会談には一緒に出ろとか、給料を10%カットするから了承してくれとか、不幸のオンパレードだ(これらは例えじゃなくて、実際にあった事)。
これで社長が信頼の置ける、一生ついていこうと思わせるような人物なら良かったのだが、当然そんな事もなく、尊敬のその字にも値しないような男だった。
なんで、そんな男の下で働いていたのか? と問われれば、俺がやはり尊敬のその字にも値しないようなクズな男だから、としか言いようがない。
結局その会社は俺が東京を離れる一年前に潰れた(俺はその後、フリーランサーとなった)。これでもう社長の顔を見ることもなければ、社長からの電話を受けることもなくなるなあと安堵した。
ところがだ。
俺はFACEBOOKを利用して、古い友人達と遣り取りをしている。FACEBOOKの機能に「この人お前の友人ちゃうか?」みたいなのがある。
そこに、元社長が表示された時は、力が抜けた。互いに電話番号を登録し合っているから、こういった現象が起きるんだよなあ。
たまにFACEBOOKTWITTER、LINEを仕事に利用しているという人をネットで見かける。今はメールよりもそれらの機能のほうが使いやすいのだろう。俺はそれらSNSは現状、仕事に一切絡めていないし、絡ませたくもない(俺の今の仕事はそういったSNSを使う必要が無い)。
FACEBOOKに関しては、完全に遊びの世界オンリーなので、そこに元社長の名前が出てきただけで、嫌な気分になった。速攻で友人候補の一覧から削除。そもそも友人じゃない。

俺は今の職場のチームでは最年長だし、20代の若手君達と仕事以外で絡もうなんて思わない。そんな事を試みれば、互いに不幸になるだけだ。仕事が終わって「お疲れ様でしたー」と挨拶して職場を離れたら、その瞬間にそれぞれ他人。そのほうが良い。無論、気の合う同僚とかとは親交を深めればいい。だが、世代も趣味も話も合わない人と(年上だろうが年下だろうが)、無理して付き合ってもデメリットこそあれ、メリットは何も無い。
と話がだいぶにそれた。ま、俺の話が脱線するのは通常運転だ。

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過去に三社に所属し(今の会社が四社目)、それなりの数の上司がいたけれども、尊敬出来る上司がいたかというと、かなり怪しい。
20代の頃に勤めていた会社の上司が俺を気に入ってくれて、俺もその人のことが好きだったが、尊敬していたかと問われると、即答出来ない。その上司は、仕事は滅茶苦茶出来たが、家庭人としても社会人としても駄目駄目だった。そういった点が俺と似ていたから好きだったのかもしれない(俺は仕事出来なかったけど)。
好きと尊敬は、違うんだよな。ただ一つだけ言えるのは、好きでもない奴を尊敬する事は出来ないってことだ。
今の会社が四社目という事は、つまり四人の社長にトータルで仕えた事になる。今の会社の社長とは、直接話すような立場じゃないから、人柄や性格は正直判らない。過去三社の社長はいずれも駄目な奴ばかりだった。夢ばかり語って現実を見られない人、従業員を会社の駒だと思って、自分が全てを回していると思っている奴、社長というのは最後の決断をしなきゃいけない立場なのに、それを平気で放棄する馬鹿。クズの見本市だ。よくあんな奴らが社長業をやっていたもんだ。ある意味感心する、というか今思い出して呆れている。

ま、だから過去に俺が所属した三社は全て潰れているんだろうけれども。

Sax,Drug and Rock'n Roll

三月になったので、今日は特に捻りも何もなく、ストレートに下ネタを書く(三月関係ねえだろ!)。そういった話が苦手、嫌いな方はご注意。

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サックスを始めて13年が経つ。始めた時は、正直ここまで吹いているとは思わなかった。かと言って、いつまで続くかなぁと疑心暗鬼になってもいなかった。とりあえず始めたら、気付くと今日まで続いたとしか言いようがない。
途中で一ヶ月以上吹かなかった時期が二回ほどある。一回目は、どうしてもブルースハープ(ハーモニカ)を吹けるようになりたい理由があって、「ブルースハープ初心者教室」に通った時だ。この教室は三ヶ月で10回レッスンの全くの初心者専用。三ヶ月で受講終了となる。当時、旧友とアコースティックギターデュオをやっていて、俺がブルースハープ担当となったのだ。俺が若かったら、独学でブルースハープを習得しようとしたろう。だが、当時俺は既に40代半ば。家で教則本や好きなミュージシャンのコピーをやってブルースハープを身に付けるだけの、時間的、精神的余裕がなかった。よってブルースハープ教室に通った。正直言って、10回のレッスンでは、特に技術的に何かが身に付いたとは言えない。だが、その教室に通った事で、ブルースハープを吹くのに難しく考える必要もないし、自分の出来る範囲で演奏すれば良いのだ、と思えたから収穫としては大きい。この期間は、サックスには一切触れなかった。ブルースハープをやりながらサックスもやる、という事が両立するとは思えなかったからだ。
そしてもう一回のサックス空白時期は、札幌での就職が決まってから、札幌に引っ越して、生活が落ち着くまでの半年間くらい。新しい仕事に慣れていなかった、札幌の生活が落ち着かなかったとかの言い訳はいくらでも思いつく。が、一番大きかったのは、降り積もった雪道の中、テナーサックスを担いで出掛ける勇気がなかっただけだ。今はさすがに慣れたから平気だけれど。

では、冒頭に書いたように、ストレートな下ネタの話に移る(やっぱり書く気なのか?)。
知り合いの人妻から聴いた話だ。つまり伝聞である。
その人妻が女友達数人と酒を飲んでいた時の事。その友人らは婚外恋愛に対して自由な考えの持ち主が多かった。どういう事かと言うと、みな夫以外のパートナーがいる。判り易く言えば不倫だ。また、恋愛感情は特にないが、身体だけのパートナーを持っている人もいたらしい。いわゆるセフレというやつだな。その人妻も友人達から、けしかけられたらしい。
「アンタもセフレでも持てばいいのに。若いセフレとか持つといいわよ」
すると、その人妻はあっさりと言った。
「私の場合は、(自分の)旦那がセフレだから、他には要らない」
男前な台詞である。なかなか言えるものではない。

今度は別の女性の話(こちらの話も勿論伝聞)。
彼女は恋人との身体の相性がとても良かったらしい。彼女自身、彼との行為に非常に満足していた。そして彼もきっと彼女の身体に満足しているはずだという確信もあった。事が終わった後に、二人でシーツに包まりながらピロートーク
「私達って、すごく相性が良いよね」彼女が言うと、彼がそういえばと思わぬ事を言った。
「薬(覚せい剤)打ってやると、なんか滅茶苦茶気持ち良いらしいよ」
「そういう話聞いた事ある。そんなにいいのかなぁ」
「さあ、あくまでもドラマとか推理小説の中での話だから、実際には判らないけどね」
「ふーん。一回、してみたいなぁ。どんだけ気持ち良くなるのか試してみたい」
「それで嵌ったらヤバいよ」
二人は普通の社会人だったから覚せい剤に手を出すような事はしなかったらしいが…

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東京にいた頃、学生時代の友人らとバンドを組んでいた。バンドの練習後はスタジオ近くの安い居酒屋で飲むのがお約束。いつものようにテーブル席で焼酎を飲んでいると、隣のテーブルに女性二人組が座った。一人は滅茶苦茶痩せていて、もう一人が豊満というか、ぽっちゃりな感じ。もっとも、俺達は雑談に夢中になっているから、女性コンビに特別の注意を払っていたわけじゃない。視界の中に女性たちが映っていたいた程度。暫くしてから、痩せているほうがぽっちゃりさんに言い放った。
「胸がでかいからって、でかいツラするな!」
その言葉が俺の耳に飛び込んできた。詳細は覚えていないが、二人は何か遣り取りの行き違いがあったのだろう。これは俺の想像だけれども、きっと痩せている女性からは、ぽっちゃりさんの大きい胸に対してコンプレックスがあったのだ。その鬱積が酒の勢いか、それ以外に積み重なったものがあったのかは知る由もないが、そこで爆発したのだろう。この台詞を思い出す度に、俺の中ではこのシーンは勝手に、中谷美紀さん(痩せている役)と深田恭子さん(ぽっちゃりさん役)で再生される。

そういえば、大学時代に恋人の部屋で二人で過ごしていた時に「なんで女性っておっぱいの大きさ気にするのかな?」と尋ねた事がある。
「そりゃ、気にするのは当たり前じゃない」と返されたが、どうもよく判らない。
「男だって、アレの大きさに大小はあるだろうけれど、そんなの気にする奴はあまりいないぜ」俺が言うと、彼女はぐうの音も出ない答えを返してきた。
「男性のは、服着てれば判らないでしょ。女性の胸は服着てたって、大きさが判っちゃうもの」
後にも先にも、あれほど俺を納得させた答えに遭遇した事はない。

さて、明日はピアノレッスンがある。ブルースでも弾いてくるとしよう。偉そうに言っているが、まだワンコーラス(12小節)しか弾けないけれどね。