Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

ちっちゃな頃から悪ガキで15で不良と呼ばれたよ(セッションに参加してきた)

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(このサックスを吹いているいるのは俺ではない。別の参加者)


土曜日、フルバンドに混ざってサックスを吹いてきた。サックスはここ最近、カラオケボックスで練習していたけれども、ちゃんとバンドで吹くのは物凄く久しぶり。いつ以来だろうと記憶を探ったら、札幌時代にセッションをした時以来だ。
あの時は、シンディ・ローパーの「Time After Time」や尾崎豊の「15の夜」、ワムの「Careless Whisper」なんかを演奏したんだよなあ。あの時は楽しかった。

今回やったのはチェッカーズチェッカーズセッションに参加してきたのだ。正直言うと、全く俺の守備範囲外の音楽。好きか嫌いかで言うと、あんまり好きなジャンルじゃない。そもそもチェッカーズが全盛期で活躍していた頃、俺はサックスには全く興味がなかったのだ。なんで参加したかと言うと、物凄く単純な話で「サックスが吹きたかった」から。それ以上でもそれ以下でもない。バンドに混ざってサックスを吹きたかったからだ。主催者や参加者の方には申し訳ないけれども、サックスを吹く機会が欲しかった。それだけだ。

チェッカーズに関しては、全く知らない。当時彼らが売れていた頃に、テレビの音楽番組で聴いたくらいしか接点がない。今回、参加するにあたり、自分が聴いたことのある曲でやれそうなのを選んで、エントリーした。仕事の関係であまり練習する時間が取れない。だから、四曲だけ演奏する事にした。
こういった歌物バンドのサックスは、明確なテーマ(フレーズ)があるから、それを崩すわけにはいかない。ジャズやブルースだったらアドリブで誤魔化しても良いんだけど、そうはいかない。それが困ったところだ。ソロにしても、大幅に崩すと周りが困惑する。その辺りのさじ加減が難しいのだ。
そして、ここ何ヶ月もまともにサックスを吹いていなかったから、応用が効かないんだよね。楽器演奏者なら判ると思うけど、日々楽器を触っていると割とアドリブフレーズとかがスムーズに出て来る。ところが、楽器に触っていないと、そういったものが出てこない。普段だったら、もう少しましなオブリガード(装飾的な演奏)が出来るのに、今回は自分で譜面に書き起こした以外の部分は全く吹けなかった。

去年、「Careless Whisper」をやった時なんかは、自分で言うのもおこがましいけれど、かなり良い感じで歌のバックでオブリガードが吹けた(それは全てアドリブだ)。だが、今回は全然駄目だった。ま、仕方ないよな。暫くサックスをちゃんと吹いていなかったのも理由の一つだし、チェッカーズという自分の守備範囲外の音楽だったから、どう絡ませていってよいのか、さっぱり判らなかったというのもある。

バンドと合わせて四曲吹けたのは良かったけれども、やっぱり自分の好きな音楽やらないと駄目だなとしみじみ思った。これはチェッカーズが悪いという意味じゃない。自分の趣味じゃない音楽の世界に入って行った俺自身が悪いのだ。
今回、チェッカーズのセッションだったが、サックス参加者は俺とAさん(まだ若い。多分30歳前後じゃないだろうか)の二人だけだった。Aさんの音色は非常に良くて、聴いていて楽しかった。久しぶりに人のサックスの演奏を聴くのも良い経験になった。
畑違いとは言え、やっぱりこういったのに参加すると、色々考える事が出来て悪くないな。

サックスでは、やはりジャズをやろう。自分の好きなのをやるのが一番だ。それを判らせて貰っただけでも、今回のセッションに参加した意味は充分にある。そしてバンドにおいてドラムがいかに重要かも再認識させて貰った。

やさしくなりたい

仕事は相も変わらずクソッタレで、おまけに俺が無能なのがチームのメンバーにバレてきた。いよいよもって四面楚歌という奴だ。だが、仕方ない。俺が仕事が出来ないのは、俺がドラムで16ビートをちゃんと叩けないのと同じくらいの歴然とした事実だからだ。
だからといって気にしない、気にならない訳じゃない。俺だって25年以上も社会人をやってきたのだ。そこは多少なりとも矜持がある。だが、そんなものは何の役にも立たない。豚の餌にすらならない。豚に失礼だ。

今日、仕事を終えてビルを出ると、夜中の零時を回っていた。なんでこんな時間まで仕事やってんだろ、阿保じゃねえだろうかと思う。何のために人は働いているのか? 昔、俺が好きだった時代劇で、蘭学者の主人公が世直しを思って、悪人を始末する裏稼業をやっていたという話があった。だが一向に世の中は良くならない。彼は自分の裏稼業を憂い、「俺たちが人を殺して世の中良くなったか? 考えてみたい。俺たちは何の為に生きているのか」と自問する。すると、それを聴いていた仲間の一人(無学な町人)が言う。「何の為に生きてるか、だって? 喰う為に決まってんだろ」と吐き捨てる。このシーンが俺は好きだ。おいおい、喰う為に生きるんじゃないだろ、生きる為に喰うんだろ、と。だが、無駄に頭の良い奴ほど考える。考えて悩むのだ。だから、こういった場合は、単純に頭の悪い奴のほうが生き易いのである。

そして俺が、何のために働いているかというと、物凄く端的に言えば喰う為だ。喰う為の金を稼ぐ為。正直言えば、こんな辛い思いをしてまで働かなくちゃいけないのだろうかと思う。こんな辛い思いしなくたって生きていく方法は他にもあるのじゃないかと。
だが、そこで俺は思うのだ。
俺が何の為に、日々胃が痛くなるような思いを我慢してまで働いているかと言えば、相方がいるからだ。これは別に相方に恩を着せたいとかそういう事じゃない。
俺の仕事の関係で、長年住み慣れた東京を離れ、今、相方は札幌で一人で暮らしている。本当は一日でも早く東京に戻りたいだろう。だが、色々な柵がそれを許さない。札幌にまだまだ住みたかった俺が東京に戻り、東京に戻ることを渇望している相方は札幌で暮らしている。
それもこれも、俺と相方が一緒に暮らしていたからだ。どちらに責任があるとか、どちらが良い悪いという話じゃない。

物凄くシンプルな言葉で言えば、それが縁という奴だ。十数年前に、互いにトチ狂って一緒になることを決め、三年前に俺に札幌での仕事がある事を選択した結果として今の日々がある。
先程の繰り返しになるけど、どちらに非があるとか、どちらの責任が重いとかそういった事じゃない。俺たちは互いに納得してそれらを選択したのだ。その選択を後悔したとしても、だ。

今の会社に所属して三年足らずだ。勿論、帰属意識なんてものは、一切持ち合わせちゃいない。この会社が良いと思った事もない。唯一あるとしたら、フリーランサーや零細企業で働くよりは、金銭的に安定している、それだけだ。他にメリットなんか何もない。だが、50歳を過ぎた老人一歩手前の俺が「金銭的に安心して働ける」というのは非常に大きい。そして、それが相方に対しての安心感も与えている。

相方が東京に戻ってきた時に、俺が今の会社にうんざりしていたら、またフリーランサーでやっていくのも一つの手だろう。だが、相方と離れて暮らしている状態で、「会社辞めるわ」というのはさすがに出来ない。
相方を色々な意味で不安にさせるだけだからだ。

会社の為に身を粉にして働く、なんてのは俺は愚か者のやる事だと思っている。会社はお前が墓場に入るまで面倒を見てくれる訳じゃない。
仕事にやりがいを感じている、仕事が楽しいなんて言う人間も俺は信用しない。何故なら、俺がそう感じた事がないからだ。仕事なんて所詮は飯の種だ。
だが、その飯の種がある事によって、大事な人を守れるという確証が持てるのなら、それは悪いことじゃない。

俺は会社の為に頑張るなんてことは死んでもしない。自分の為に頑張るなんてことも当然しない。でも、誰かの為に頑張ろうと思えるのなら、それは悪い生き方じゃない気がするのだ。
誰かの為に生きるって、なんだか優しくなれる気がしないか。

さらば友よ

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(生まれ変われるとしたら、次はシロクマが良いかなと最近思う)

相方からLINEが来た(という表現で合ってるのか?)。なんでも中学時代の友人が新潟におり、八月に会いに行くのだと言う。へえ、北海道から新潟へ旅行か、凄い話だなと思っていると、メッセージに理由が書いてあった。「友人が重い病気になったので会ってくる」(実際は病名と詳細が書いてあった)。
その友人の病気というのは、いわゆる女性特有の重い奴だ(男性も少数ながら罹る事があると言う)。と書けば、病名は想像がつくだろう。相方が「お別れを言いに行くことになるかもしれないから」と最後に書いていた。

大切な人を喪うというのは、いくつになっても辛いことだ。簡単に乗り越えられるものじゃない。相方の友人の状況や環境などは一切知らないけれど、きっと沢山の心残りがある事だろう。既婚者で夫や子供がいたら、さぞや無念だろうと思う。
相方の友人だから、子供がまだ小さいという事は考えにくいけれども、晩婚だったり出産が遅かったりしたら、子供がまだ小さいかもしれない。そうだったら、母親としてどれだけ無念なことか。
当たり前の話だけれども、家族がいたら長生きして欲しい、独身者だったらいつ死んでもいいだろという暴論が言いたいのではない。家族がいようが、独り者だろうが、人はそう簡単に死んでよいものじゃない。
とは言え、病気ばかりはこれはいかんともし難い。病気と事故は防ぎようがない。病気に関しては、若い頃から身体に気を付けていれば防げるという説もあるけれど、これは正直、運だという気がする。
以前テレビで見たのだが(大昔の話)、外科医が煙草を吸いながら、「ガンと煙草に因果関係はありません」と宣言していた。この説が本当か嘘かは重要じゃない。
健康に滅茶苦茶気を遣って、酒も煙草もやらず、身体に良いものだけを摂っていたのに、若くして重い病気に罹って亡くなってしまう人もいる。酒も煙草も毎日ガンガン摂取して、好きな物だけずっと食べ続けて百歳近くまで生きる人もいる。
神の配剤としか言いようがない(俺は無神論者だけどさ)。

一つだけ言いたいのは、自分から天国への階段を昇っちゃいけない、ということ。真っ正直に生きようが、人を日々傷つけながら生きようが、最後はみな棺桶に入るのだ。慌てることはあるまい。
生きていくのが辛いとか、生きている意味が見いだせないとかが理由で、或いは物凄くシンプルに発作的に自分の人生に終止符を打つ人がいる。
これは前にも書いたけれども、俺の知りあいで二人、自分で終わりを選んだ人がいる。

一人は、俺と同い年で、会社を経営していた。彼はなんでも自分の保険金を、会社の借金や残された家族の生活費に充てるように、言葉を遺したと言う。これは共通の知人から聴いた話なので、真実かどうかは判らない。
彼とは同じ現場で働いていた。或る日「飲みに行こうよ」と誘われて、サシで飲んだ事があった。同い年だが、彼のほうが長く現場にいたから、俺は彼をAさんと呼んでいた。彼は俺の苗字をちゃん付けだ。肩まで髪を伸ばし、その髪が茶色に変色していた。
「俺がさあ、毎日毎日セコセコとシステムなんか作ってるのは、週末にサーフィンやる為だよ」彼は酒を飲みながら言った。髪が茶色だったのはサーフィンで焼けていたからだった。
彼が自ら人生を終わらせたことを知った時、俺は彼と二人で酒を飲んだ夜のことを思い出した。何も会社潰して借金だらけになったくらいで死ぬことねえのにな、俺は悲しくそう思った。自己破産でもなんでもして、家族と一からやり直せば良かったのに、そうも思った。
でも、人には人の事情があり、そして余人には判り得ないことがある。俺がAさんに対して思ったことなんて、所詮は他人の単なる感想に過ぎない。本人にしか判らない辛さや、先の見えない闇があるのだ。

そしてもう一人は、前述のAさんよりも、俺にとって近い位置にいた人だった。ちなみに女性だ。共通の友人から彼女が亡くなったことを知らされ、俺は彼女の家(彼女は両親と暮らしていた)に行った。どうやって彼女の家を知ったのか未だに思い出せない。電話帳から調べたのだろうか。
彼女の家のドアのベルを鳴らすと年配の女性(母親だ)が顔を出した。彼女の友人である事を告げ、御焼香をさせて下さいと頭を下げた。既に告別式も終わっていたからだ。
焼香を終えて、キッチンのテーブルでお茶を頂きながら、両親に生前の彼女のことを話した。「うちの娘ってどんな子でした?」と母親に訊かれたからだ。話しながら、涙が止まらなくなった。30歳過ぎてから、人前で泣いたのはあれがいまのところ最後だったと思う。
家を辞する時に両親にお願いして、ギターを形見分けで貰って来た。実は彼女が亡くなる三日程前にメールで(当時はまだ携帯メールの時代)、「自分に何かあったら、ギター貰ってね」と言われていたからだ。彼女は精神に不安定なところがあったから、「そーゆー不吉なことは言うな」と返した。あれが俺が彼女に送った最後のメールだったような気がする。

世の中には、病気とかで人生を悲観して自ら死を選ぶ人もいる。そういった人にまで「お前が死んだら悲しむ人がいる。だから思い止まれ」とまで俺には言えない。
ただ、もし全てを投げ捨てて、それで生きていけるのならば、そういった道もあるんじゃないか。それだけだ、俺が言えるのは。相変わらず説得力がねえな、俺の発言は。

俺の今の日々は仕事でハードモードだ。心もやさぐれているし、ストレスも半端ない。でも、少なくとも家に帰れば酒は呑めるし、ピアノを弾こうかなという気分にもなれる(あんまり弾いてないけどね)。週末はサックス吹くぞと思える。つまり、少なくとも仕事で人生終わりにしたいとまでは追い込まれてはいない、ということだ。あと、仕事なんかに俺の人生を侵食されたら悔しくて仕方ないからね。仕事なんてものに、俺の人生に偉そうに入ってきて欲しくないのだ。
俺の人生を好き勝手にして良いのは、音楽と楽器と、そしてまあ相方だけだ。

既に逝ってしまった人に掛ける言葉もない。残りわずかな日々を生きようとしている人を慰められる術も俺は持たない。だから、ただ粛々と生きていこうと思う。俺に出来ることはそれしかない。

飽きるということ

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(この写真は今日の記事とは関係ない。2017年に行った小樽のカフェ)

先週の金曜日は、職場の座席替えがあり、六時には上がることが出来た。そもそも、パソコンを梱包しちゃうのだから、それ以後は仕事が出来なくなるのは想定出来た筈だ。だが、そんなことはすっかり失念していた。
慌てて五時半くらいに、東京時代のサックス教室仲間のT君にLINEを送った。「今日、空いてない?」すると「七時過ぎなら大丈夫っすー」と呑気な返事が返って来た。
ストレスの溜まる仕事をやっているのだ。せっかく早く上がれたのだから、たまには気の置けない友人とゆっくり飲むか、そんな気分。東京駅で待ち合わせて、適当な居酒屋に入り、生ビールで乾杯。
T君は俺と同業者。つまり、システムエンジニア。だから、俺が現場で抱えているストレスとかを理解してくれる。これが全然違う職種だと、どういったところにストレスが溜まるか、仕事のこんなところが辛い、とかを説明するのが大変なのだ。こちらもそこまで細かく説明してまで理解して貰いたいという訳でもないし。でも、同業者ならその辺りは阿吽の呼吸というか、一話せば十判ってくれるというか、ね。そういう点が有難い。

飲み会の前半はそんな感じで仕事の話をした。後半はふと「T君、そういやもうサックスはやってないの?」と尋ねると、吹いていないとの答え。共通の知り合いであるNさん(同じサックス教室仲間)も、サックスを吹かなくなって久しいとか。なんというか、社会人になって楽器を始めた人間で、それを続けている人って実は少ないのかなぁなどと思ったりする。
そもそもT君がサックス教室に通い始めたのは、そこで友人を作る為だった。俺の札幌でのサックス教室の目的と同じである。ちなみにT君はうちの相方とも知り合いである。T君は相方のことを「姐さん」と呼んでいる。相方が東京に出張に来た時には、T君と酒を飲んだりしていた。
Nさんは結婚が決まった頃を前後して、サックスを吹くのを止めてしまった。

楽器を始めて(これは学生時代からでも、社会人になってからでも同じだと思うが)、それを止めてしまう理由は人それぞれだろう。一番大きいのは「興味が無くなった」辺りだろうか。或いは「忙しくて楽器をやっている時間がない」。だが、楽器に興味があれば、時間を作っても演奏すると思うんだよね。だからやっぱり興味が無くなったというのが一番大きな理由なんだろうな。

俺は楽器以外に人に「俺の趣味は***なんだ」と言えるものがない。映画や時代小説は好きだけれども、人に趣味と言えるほど没頭していない。ふと思い出したのが、二十代前半の頃はよくテレビゲームをやっていたな。一晩中、ドラゴンクエストの経験値上げを延々やったりとか。今でも、バイオハザード(ホラーゲームね)というゲームは好きなので、ネットとかでよくプレイ動画を見たりしている。バイオハザード4までは、俺もプレイしていた。でも、さすがに今この歳でゲームをやろうという気になれない。それはゲームをやると間違いなく、楽器をやらなくなるからだ。
どんなイケメンであろうと不細工であろうと、一日は二十四時間。これは平等だ。ゲームに二時間費やせば、その二時間分、何かを我慢しなければならない。ゲームが一日30分で済めばいいのだが、済む訳ないのは過去の経験から判っている。

サックス、ギター、ドラム、ピアノで一番挫折する可能性が高いのはドラムだ。これはドラムが一番飽きているという意味じゃない。凄く単純に腱鞘炎が悪化した場合、ドラムが一番腕への負担が大きい。それが理由だ。
ピアノはブランク期間が長くなれば、単純に弾けなくなる公算が大きくなる。だから早くピアノは教室に通いたいのだが、クソッタレの仕事がそれを許さない。
全くやれやれだ。

それにしても、いつかサックスのことも、どうでもよくなる日が来るのだろうか。サックスの音色に心が全く震えなくなる日が来るのだろうか。正直よく判らない。でも、「こんなに人を好きになったことがない」と思えた女性すらも、いつか「過去のことだ」と忘れることが出来たのだ。同じことが楽器に起きない筈もない。

俺が或る日「ゲームのバイオハザードに嵌ってます!」とBlogに書いたら、その時は「ああ、こいつサックスに飽きたんだな」と思って下さい。というか、間違いなく、サックスよりも先にBlogに飽きると思うけれども。

東京に帰りたいと彼女が言った

 

東京に戻って二ヶ月近くが経った。日々の仕事は変わらずクソッタレで(なんか毎回出だしが同じ気がする)、狭い1Kぼろアパートに帰ると気が滅入る。
札幌の生活を懐かしく思う自分がいて、なんだかそれは別れた恋人のことをいつまでも思っている女々しい野郎のような気分になってきて、これまた精神衛生上良くない。
せめて帰宅した時に、何を話すでもなくて良いから、同じ空間を一緒に過ごしてくれる相手がいるだけで全然違うのにな、と思う。相方と離れて暮らして二ヶ月弱。やはり俺のことを一番理解している人間だし、ここ10年以上ずっと一緒に暮らしてきた相手だ。その相手と離れて暮らせば、色々精神的に来るものがあるのも必然だろう。

相方からは毎朝八時にモーニングコールが来る。表向きはモーニングコールということになっているけれども、実際は相方の電話が来る前に目は覚めている。そこで相方と「天気どう?」「こっちは変わらず雨だよ」「札幌は寒いよー。長袖なんだよー」「そっかー」「じゃ、行ってらっしゃーい」みたいなどうでも良い会話を一分程する。要は互いの生存確認電話という奴だ。
先週のことだった。いつものように生存確認の会話をしていると、相方が言った。
「東京帰りたいなー。こっちは友達もいないし…」
相方が札幌で暮らして二年以上が過ぎた。勿論、札幌で友達になった人も何人かいる。結構仲良くなった人もいるらしい。だが、前にも書いたけれども、相方は東京生まれの東京育ち。札幌に来るまで四十数年をずっと東京で暮らしてきた人間なのだ。
子供の頃から、学生時代、社会人になってからと友人の数は多い。それは札幌とは比べ物にならない。それでも俺が札幌を離れるまではまだ良かったのかもしれない。仕事が終わって帰宅すれば、俺という話し相手がいた訳だ。
今の相方は、2LDKの広いマンションに帰っても一人だ。帰宅しても一人ということでは俺も同じだ。だが、俺は東京に戻ってから、「最初から一人で暮らすべき部屋に一人で暮らしている」のだ。それに比べて相方は、二人で暮らしていた広い部屋に今は独り暮らし。
そう考えると、相方のほうが寂しさの度合は強いのかもしれない。

相方が「東京帰りたいなー」と電話で告げた日、夕方にLINEを送った「東京戻りたい件、直接話しようか。俺の仕事終わってからになるけど」
すると相方から程なくして返事が来た。「大丈夫だよ。仕事辞められないしさ。頑張るしかない」

こういったことは「頑張る」とは違うとは思うのだけれども、相方は何か辛い時に「頑張る、頑張る」というのが口癖なのだ。正直言って、俺が彼女に何かしてやれることは殆どない。俺自身も東京での新しい生活でアップアップだ。そのアップアップの大半は慣れない新しいプロジェクトのせいなんだけど。

よく残される方が辛い、と言う。それは真実かもしれない。俺が札幌に行った2016年から2017年の冬、相方は東京に残っていた。当時、仕事を辞められなかったからだ。だが、東京は彼女のホームタウン。だから、一人でもそれほど寂しくはなかったと思う。むしろ、俺がいなかったから、古い友人達と気兼ねせずに会えて、逆に良かったんじゃないかとすら思っている。
だが、今の状況はそうじゃない。やはり俺が先に二人で暮らしていた土地を後にして、彼女がそこに残る。それは2016年冬と同じ構図。ただ、場所が真逆だ。
札幌は、やはり相方にとって、アウェイの地でしかないのだ。いくら新しい友人が出来ても、四十数年の積重ねと二年ちょっとが勝負になる筈もない。

そして真剣に俺に何が出来るだろうかと自問した時に、「何も出来ない」という答えしか出てこなくて愕然とする。せいぜい俺に出来ることは、仕事を粛々とこなして、相方に不要な心配を掛けないようにするくらいしかない。
酒と煙草を控えて、健康的な生活を送るしかない(とは言え、仕事のストレスが半端ないので、酒も煙草も当分止められそうにない)。

仕方ないので、とりあえず東京に来てから初めて自炊をしてみた。ま、男の手料理の代名詞でもある「野菜炒め」なんだけどさ。でも、これを写真に撮ってLINEで相方に送ったら、ちょっとは安心したみたいだ。

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さすがに毎日カップラーメン喰ってるんじゃないだろうな?と心配していただろうから。

人の為に出来る事なんて、実は殆どないんじゃないかな、という気がしている。だとしたら、少しでも真っ当に生きることが、相手に対しての最大の誠意なのかもしれない。
それにしても、IHのワンコンロだと、野菜炒め以外、作る気しないんだけど。どうしたらいい?

久しぶりにサックスを吹いた

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東京に戻って一ヶ月以上が過ぎ、酒煙草ありきの不健康な日々を過ごしていたが、これが全く生産的じゃない。不健康な生活は別にいい。そもそも、俺の人生50年において、その半分以上は不健康と向き合って来たのだから。
だが、非生産的なのは駄目だ。これは救いがない。何のために生きているのか判らない。

そこで一念発起して(そこまで大層な話でもない気もする)、バンドメンバー募集サイトで、ドラムを募集している記事を検索していた。これがなかなか難しい。互いの条件が上手くマッチするのって、そうないのだよな。
過去に、このバンドメンバー募集サイトが切っ掛けで三つのバンドに参加した事がある。そのうちの一つのバンドのメンバーとは、今でも交流があるのだから、これは成功したと言っても良いのではないか。
そうやってドラム募集を探していたら、偶然「サックス募集」の記事が目に入った。これはバンドメンバー募集じゃなくて「セッションに参加しませんか」という募集記事だった。だから、パーマネントなメンバー募集じゃない。あくまでもセッション一回きり。
それでも、サックスを吹く機会が得られるのなら、これは好都合ではないか、俺は主催者に連絡を取った。

そして、とりあえずセッションの課題曲が7曲程あったので、それらの音源を落としてサックスの音を拾う事にした。このセッションは残念ながら譜面等の準備はされないので、参加したい曲は自分で音を拾わなくてはいけない(耳コピーという奴だ)。
昨日、久しぶりにカラオケボックスに行って、五時間程篭って来た。セッションの課題曲のサックスパートの音を拾う為。これがなかなか大変。そもそも、俺は音楽的聴力が高くない。だから、耳コピーするのも時間が掛かる。そして、さらにセッションの課題曲があまり俺の好きなジャンルの曲じゃないので、余計に大変だった。
これは音楽でも仕事でも同じだと思うのだけれども、自分が好きで「やるぞー」モードが発令されていると、物事は非常に捗る。が、自分の乗りきじゃない音楽や仕事だと、効率があまり上がらない。「なんで好きでもないジャンルの音楽のセッションに参加しようと思ったんだよ?」そう突っ込まれても反論出来ない。でも仕方ないじゃないか、他にサックスを吹けそうな機会が当面なかったのだから。
背に腹は代えられないという奴である。

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でも、久しぶりにカラオケボックスでサックスが吹けて、それはそれで楽しかった。最後にサックスを吹いたのは、札幌時代の四月の終わり頃だからな。二ヶ月以上吹いていなかった計算だ。引越準備やらでサックス吹く余裕がなかった。
たまに吹くと「やっぱりサックスやりたいなぁ」という気持ちが強くなってくる。それもやはり自分の好きなジャンルの音楽をやりたい。だが、当面仕事はクソッタレだし(仕事は永遠にクソッタレだ!)、来月はドラムで参加要望されたバンドでセッションもやらなくちゃいけない。ブルースピアノも相変わらず、低速モードだ。ブルースピアノも弾きたいのだ。あんまり欲張っても仕方ない。
というか、下手の横好きで色々手出し過ぎなんだよな。でも仕方ないじゃないか、サックスもドラムもギターもピアノも好きなんだから。

仲間由紀恵多部未華子シャーリーズ・セロンミラ・ジョボビッチに同じ夜にデートに誘われて、君は誰とデートするか、即答出来るか? 俺は出来ない(そもそも、誘われないという大前提は無視して頂きたい)。
なんだか、若い頃のほうが、そういった諦めは良かったような気がする。歳を喰えば喰う程、我が儘に身の程知らずになっていくのかもしれない。でも、誰に迷惑掛けてる訳じゃない。
だから、こういった我が儘はいくらやっても許されるんじゃないかな。


***
ここから下は私信です。
普段、楽しく読ませて頂いているBlogの方が、今度LAに旅行にいくとのことで、俺が2011年に行ったLA写真を載せておきます(もう8年前か…)。
Bさん、まあ「あ、こんな感じなのね」と思って頂ければ幸いです。

サンタモニカ。ルート66の着点。

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背景のホテルは、例のイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」のジャケットに使われたホテル。

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レンタカーで行ったサンディエゴ。そこのレストランで食べた、いかにもなアメリカンステーキ。

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かの有名なチャイニーズシアター前のハリウッドスターの手形とか。シュワちゃんの手でかい!

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金曜の夜にブルースを

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金曜日のことだ。昔のバンド仲間であるリッチー(ニックネームだ。彼は日本人である)と会って来た。彼とはもう何年前になるのだろうか、五年くらい前に一緒にブルースバンドをやっていたのだ。
先々週、メッセージが届いて「今度の金曜に飲みにいかない? 演奏出来るバーがあるんだよ」と誘われたのだ。彼とは札幌に行く前のブルースセッションで別れて以来だった。約三年振りになるのかな。
駅前で彼と再会し、握手を交わして店へ向かう。店は立派なステージがあり、ギター、ベース、キーボード、ドラムと一通りそろっている。彼も自分のギターを持ってきていた。リッチーはギターが滅法上手い。今夜は彼のギターを聴きながら酒を飲ませて貰うか、そんなつもりだった。

そしてやはり古い友人であるTちゃん(女性)や、リッチーの友人の友人と色々な繋がりのある人がやってくる。「友達の友達はみな友達だ」みたいなもんである。俺が知っていたのは、リッチーとTちゃんの二人だけ。他の人達は初対面。でも、同じ音楽好きだと色々と話は盛り上がれる。そういったものが音楽の良さだなあと思う。
リッチーに「そーいや、お前、札幌ですげえ変な人とバンドやったんだろ?」と言われる。ああ、札幌で一番最初に組んだ歌謡曲ロックバンドの話だ。主催者が凄い変人だった話を再度する。音楽好きの人というのは、大抵良い人が多いのだけれども、ごくたまに「頭のオカシイ人」に遭遇することがある。これは別に音楽に限った話じゃないと思うけれども。
(その時の話はこちらバンドをクビになりました(人生2回目)@札幌 - Some Were Born To Sing The Blues

適当に酒を飲んで、気分がアップしてきたので「リッチー、演奏して下さいよ」と言うと、「お前ドラムだぞ。今日ドラムお前だけだから」と返される。それは予想出来た。でもだいぶに酒呑んじゃったけどな。ま、ブルースならそれもいいだろう、ということで。
曲は最初はスローブルース。ゆったりと三連ドラムを叩く。いやあ、楽しいな。酒呑んで好きなブルースのドラムを叩く。こんな幸せな時間の過ごし方が他にあるだろうか。

そして、定番中の定番である「Sweet Home Chicago」、「Crossroads」をやる。この辺りの曲は何度やっても、どうやっても楽しい以外の結果に辿り着くはずがないのである。
その後も、Tちゃんがリードボーカルとギターで演奏して(この曲は俺は知らなかった)、俺はバックでドラム。ひたすらドラムである。本当は冗談でギターを一曲くらい弾かせて貰おうかと思っていたのだけれど、ドラムが俺しかいなかったから、この日はドラムに専念。

その後メンバーが入れ替わって、ビートルズやったり。「Don't Let Me Down」やったのは覚えているんだけど、もう一曲なんだったかな?(酒飲み過ぎて、忘れた)
時間が11時半になったので、俺は先に店を出る。リッチーとはまた遊ぼうと約束をして。

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色々あって、まさか三年せずに東京に戻って来る事になるとは思わなかった。それでもこうやって古い友人とまた遊べることになった。それはそれで悪くないと思うのだ。