Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。

ささやかな幸せ

f:id:somewereborntosingtheblues:20190119150631j:plain

人生において、大きな幸せや不幸というものは、そう何度もやってくるもんじゃない。
なんども体験していたら、心も身体も恐ろしく疲弊してしまう。

俺の好きな映画の一つが「セント・エルモス・ファイヤー」なのだが、その中で主人公がこう言っていた。
「男には人生のターニングポイントが三つある。童貞を失った時、結婚した時、父親になる時だ」と。これらが果たして、人生における幸せとイコールになるかは正直判らない。だが、大きなイベントである事は間違いない。

俺はまだ人生において、「大きな幸せ」を掴んでいないのだが(この歳でまだなら、素直に諦めたほうが良い)、いつかは掴めると信じている。20年近く、ロト6を毎週購入しているのもその為だ。そのうち2億円当たって、悠々自適の生活を送れるようになる筈だ。
だが、まだどうやらその時期ではないので、ひたすらロト6貯金をしている状態だ。ちゃんと計算していないが、もう100万くらいは貯金している。この貯金の欠点は、好きな時に引き出せない事。だが、引き出せる時は2億だからな、それで良い。
※これはロト6に100万くらいつぎ込んだ、という意味です。実際に貯金しているのではありません。

とりあえず平凡な小市民の俺は、大きな幸せを掴むまでは、日々小さな幸せや喜びを得る事によって、なんとか生きていこうとしている。そんなに生きるのが辛いのかと問われそうだが、別に死にたくなる程辛い目に毎日遭ってはいない。だが、やはりジャブを何発も喰らえば、段々と辛くなってくる。

ランチに時々行く居酒屋が職場近くにある。居酒屋はランチタイムにリーズナブルな定食を提供してくれるのが有り難い。俺がいつも行く店も「ザンギ(鶏唐)・豚汁定食」を540円で食べる事が出来る。俺のような貧乏サラリーマンの味方だ。
年が明けてから、その店に行って衝撃を受けた。「ザンギ(鶏唐)・豚汁定食」が690円に値上がりしていたのだ。これは酷くないか? いや、一万円の商品が200円値上がりしたのなら、別に驚きはしない。540円の商品が690円だぞ。サラリーマンにとって、ランチの150円は大問題だ。
仕方なく、それを俺は注文した。中身は540円の時と一切変わっていない。全く商品の内容に変更がなく150円の値上げ。俺は悲しい気分になって店を出た。

無論、ランチが値上がりしたなんて事は、人生においてそれほど重要な事じゃない。ただ、俺は「もうあの店にランチに行く事はないな」と達観しただけだ。
これは俺にとっての「小さな不幸」だ。こういった小さな不幸が積み重なると、人生は段々と暗いものになってくる(定食一つで大げさな奴だ)。

こういった、小さな不幸が起きた時は、逆に小さな幸せを掴めば良いのだ。それで差し引きゼロになる。
が、問題はだ。俺にとっての小さな幸せって何だ?
すぐに一つ浮かんだ。朝、駅まで行く途中で、結構な頻度で眼鏡美人さんとすれ違う。髪は長く(仲間由紀恵さんばりのストレートロング)、黒縁の眼鏡を掛けている。すらっとしていて背が高く、多分職場の人気者なんだろうなあと勝手に推察している(この場合、彼女の性格は考慮しない)。
すれ違うだけだから、当たり前だが話をしたこともないし、名前も知らない。どこに勤めているかも当然不明だ。それらを知りたいとか思うようになったら、これはストーカーの出来上がりである。

だが、人間というものは慣れる生き物だ。日々、眼鏡美人さんとすれ違うだけだと、段々と「小さな幸せ」の効力が薄れてくる。こういった場合は別の幸せが必要だ。
考えてみたが、別の幸せが見つからない。うーむ、こうした時に次の「小さな幸せ」が見つからない俺という人間はかなり不幸なんじゃないだろうか。「小さな幸せ」が見つからないことによって、不幸を感じる。これは謎のパラドックスである。

我が家の炊飯器がまともに動かなくなった。炊き込みご飯を作ろうとしたら、お粥が出来上がった。
掃除機のホースが壊れて、掃除をするのが大変になった。これはどちらも相方にとっての不幸だ。
去年の10、11月に地獄の残業期間を過ごしたお陰で、新しく炊飯器や掃除機を買う程度の小金はあった。俺は現金を相方に渡して「これで新しいのを買おう」と提案した。
相方は前から「IH炊飯器が欲しい。ご飯が美味しく炊けるんだよ!」と力説していた。だが、そもそも白いご飯をあまり食べない(麺類派なのだ、俺は)から、どうでも良いといえばどうでも良かった。IHって普通のと何が違うの?
そして、相方が今年から働き始めた会社にはダイソンの掃除機がある。「ダイソンて凄いんだよ、吸引力が全然違うの!」と相方はダイソン信者になっていた。家で普段掃除機を使うのは相方だから、これは当然か。

しかし、ダイソンとIH炊飯器っていくらするんだ?(俺が相方に渡した現金は7万円だ)

先週の日曜の夕方、相方が唐突に言った。「ドンキ(ドンキホーテ)に行こうよ。炊飯器とダイソン売ってるかもしれない。それに晩御飯の材料とかも買いたいし」
俺に断る権限はないので、素直に頷いた。

ドンキの電化製品コーナーに行く。まずは炊飯器。種類が多すぎて訳が判らない。各メーカー、色んな種類出し過ぎである。相方の希望する商品が、定価25,000円のものが18,000円で売っている。なんでこんなに安いんだろうねとスマホでチェック。どうやら型落ちらしい。パソコンやスマホと一緒だな。新しい製品が出ると一世代前の奴は安くなる。

f:id:somewereborntosingtheblues:20190119150535j:plain

次はダイソンだ。展示品価格で、V8が約4万円で売っている(相方の事務所で使っているのは最新式のV10らしい)。しかしV8とかV10とか、なんか凄そうなネーミングだ。V8をネットで調べたら、相場は5万円くらい。展示品とはいえ、一万くらい安い。
ということで、これも買い。二つ併せても予算内に収まった。

帰宅して、ダイソンを箱から出すと、早速相方は掃除を始めた。相方は「うわー、いっぱい埃が取れるー」とご満悦だ。
やはり、掃除を日々行う主婦からすれば、ダイソンの掃除機は魅力的なものなのだろう。
新しい掃除機と炊飯器の購入。これは相方にとって、小さな幸せなのかもしれない。ささやかだが、日々の生活がほんのちょっとだけ潤おう。そういったことの積み重ねがやはり大事なのだ。

f:id:somewereborntosingtheblues:20190119150602j:plain

ローリングストーンズのライブを見るとか、鹿島アントラーズの試合を見るとかが、札幌で暮らす俺には難しいものになってしまった。つまり、それなりの大きな喜びや幸せが得辛くなってしまったのだ。だからといってそれを悲観しても仕方ない。
ダイソンの吸引力に相方が感嘆して喜んだように、俺もそういったニッチな感動を日々手に入れなくてはいかんのだ。

とりあえず、今日は初めての美容院に行くので、それをささやかな幸福とする事にしよう。昔、友人が良い事を言っていた。
「一日幸せでいたかったら、髪を切りなさい。一生幸せでいたかったら、正直でいなさい」

一生、一緒にいてくれや

朝、仕事に行く時は出掛けるまでテレビは点けっぱなしだ。時計代わりである。あと、7:50くらいからやる北海道地方の天気予報(NHK)を見る為。
本当は、夏目三久さんが好きなので、彼女が司会をやる番組を見ていたいのだが、その番組だと北海道の詳細な天気予報をやらないから仕方ない(途中でチャンネルを替えるなんて面倒くさい選択はない)。

今朝も食事を摂りながら見るとも無しにテレビを眺めていたら、キャンピングカーで旅しながら生活している夫婦の事をやっていた。
もう三年も放浪生活をしているのだとか。ご主人がWebデザイナー、奥さんがフリーライターで生計を立てている。なるほど、それなら日本全国どこにいても仕事が出来る。
ある意味、現代の仕事のやり方であり、現代の生活スタイルなんだなと感心した。

相方がそれを見て、「一日中、夫と一緒なんて嫌だなあ」と呟いた。この場合の「夫」は一般名詞のそれだろう。多分に俺自身をも指しているだろう。
子供もおらず(子供がいたら、キャンピングカーでの放浪生活なんて不可能だ。学校に通わせなくてはいけないし)、夫婦二人だけで車で次から次へと旅。これが一週間程度なら、俺もやってみても良いかなとは思う。
だが、相方同様に、俺もパートナーと一年365日一緒というのは、ちょっとキツイなあと感じる。

f:id:somewereborntosingtheblues:20190116220958j:plain

どんなに仲の良い相手でも、四六時中一緒にいたら、粗も見えてくるし、息も詰まってくる。たまには一人になりたいという時もあるだろうし、一人で寝たいと思う時だって、きっとあるんじゃないか。キャンピングカーじゃ、寝る場所だって、ぎりぎりのスペースしかないだろう。

東京時代に働いていた現場に、鈴木さん夫妻(仮名)がいた。職場結婚だ。二人は朝一緒に出勤して、昼食を一緒に摂って、どちらかが残業だと時間を合わせて一緒に帰っていた。俺からすると「昼も夜も一緒かよ。よく飽きねえな」と感心したものだ。
結婚するなり、付き合うという事は「好きだから一緒にいたい」という気持ちがまず第一にあるのは誰も否定しないだろう。だが、だからといってずっと同じ空間にいるというのも、それはどうなんだろうか。

互いに、適度な距離を取り合っているほうが、返って新鮮な気持ちになれたり、相手の事を思いやる事が出来たりするのではないかなあ。
家族経営の飲食店とかをやっていると、否が応でも一日中一緒にいる訳で、これはこれで大変な気がする。
上手くいっている時は良いけれど、時には喧嘩をする事だってあるだろう。そんな時でも、店は開いて営業しなくてはいけない。これはかなりハードな気がする。
俺も相方と喧嘩をした時ばかりは、仕事に行く事で修羅場な空間から逃げ出せたから、「こういう場合は仕事も有り難いな」と思う事が多々ある。
(ちなみに、俺と相方で喧嘩が発生する場合、その原因は100%、俺に非がある)

また放浪生活を続けていると、友人らと会ったりするのも、簡単にはいかない。定住の地にいればこそ「今度、会って軽く飲まない」とか「来週飯一緒にどう?」とかやれる。
二人がどこの出身かは知らないけれども、例えば東京の友人と「今度会わない?」と言われても、自分が今沖縄にいたら、それはそう簡単には実行に移せない。と思ったが、よく考えれば俺だって、東京時代の友人とおいそれと会える訳じゃないから、この辺りは一緒か。

あと、これは俺の場合だけれども、キャンピングカー生活だと、自分の趣味である楽器演奏に支障が生じる。
まだサックスやギターなら、誰もいない小高い丘辺りに車を停めて、ちょっと演奏とか出来るけど、ドラムやピアノは無理だ。と書いてはみたものの、こういった放浪生活を好むような人がピアノやドラム演奏なんかを趣味に持ったりはしないか。そういった趣味があったら逆説的に放浪生活はしないだろう。

最近、ケーブルテレビで「パッセンジャー」という映画を見た。地球からとある移民星まで、乗客はコールドスリープしたまま、巨大宇宙船で運ばれる。到着予定は100年後。ところが、到着までまだ90年くらいあるのに、マシンの故障で目覚めてしまった乗客が二人いた(男と女)。当然、二人だけなので、いつしか二人は恋に落ちて…(ネタばれ回避で曖昧に書いてます)。

f:id:somewereborntosingtheblues:20190116221118j:plain

巨大宇宙船で、何不自由なく二人は過ごすのだけれども、目覚めている乗客は二人だけ。これも先程の旅する夫婦じゃないけど、ちょっと厳しいんじゃないかと思う。いくら惚れた相手がいても、会話を出来るのはたった一人だ。
現実世界なら、色々な人と会話をしたり、時間を過ごした後に、一番愛する人のところへ戻るという選択肢があるけれども、この場合は選択の余地なく、時間を一緒に過ごす相手は一人だけ。
たった一人で過ごすのは物凄く厳しいけれども、二人だけというのも、かなり厳しいんじゃないかと思わずにはいられない。
じゃあ、友達100人いれば良いのかというと、そんなに多くても意味がない(物理的に友達100人作れる人なんているのだろうか?)。

きっと一番幸せな過ごし方というのは、遊びたい時に、遊びたい相手と出掛け、満足するまで時間を過ごし、そして家に帰ると最愛の人が待っているというパターンだろう。
もっとも、家で待っているほうはたまったもんじゃない。
だとするとベストは、互いに遊びたいだけ遊んで、帰ってきたら、ちょうど相手も同じくらいに帰宅していて「遊び疲れたよ」「じゃ、寝よか」と二人でベッドに潜り込んで、何も考えずに眠れるような関係なのかもしれない。
もっとも、そんなカップル(夫婦に限らず)がいたら、きっとどこかのタイミングで関係が破綻すると思うけれど(実体験に基づく確信)。

近づきすぎていても、離れすぎていても上手くいかない。どんな関係にしろ、「適切な距離」を取る事が大事なんだな。これは夫婦でも、恋人関係でも、友人関係でも一緒。

ただ「適切な距離」を測る事はとても難しいから、それで皆失敗するんだけれども。

価値観なんてものには何の価値もない

昨日、相方と札幌駅前のビュッフェレストランで夕食を摂った。
相方は今週(今年)から、新しい職場で働き始めた。東京時代に働いていた医療系コンサル会社が札幌に支社を作ったのだ。
札幌に来る前から相方は「会社は札幌に支社を作る事業計画があるから、上手くいけば、札幌でそこに潜り込めるなあ」と言っていた。図らずもそれが現実となったのだ。

「もう、大阪や福岡の支社の人達とテレビ会議で挨拶しまくってさぁ。またお願いしまーすって一日中、お久しぶりの挨拶周りしてたよ」と相方は大変さを強調していた。
が、なんというかポジティヴな大変さのように俺には感じられた。東京本社と札幌支社という違いはあれど、また同じ会社で働けるのはきっと喜ばしい事に違いない(馴染の気の合う同僚達も何人もいるようだし)。

「さっき約束まで時間あったから、デパート巡りしてたんだけど、Furla(フルラ)のバッグがセールで、6万のが4万だって! 買おうかなー」
食事の間の話題は、新しい会社の事と、Furlaのバッグの事ばかりだった。
相方は物欲の鬼である。買い物依存症でもある。これは不治の病なので、一生治らない。
「黒と赤があってさあ。コートが黒でバッグも黒だとねえ、やっぱり赤じゃない?」
知らんがな、そんな事。
Furlaのバッグは既に持っていると記憶していたが、そんな事は言っても意味がない。どうせ「色もデザインも違うじゃない!」と反論されるのは目に見えている。

不思議で仕方ないのだが、何故女性はこうもバッグと靴を欲しがるのか。いや、頭では俺も理解は出来る。
俺だって、弾きもしないのにもう一本エレキギター欲しいなあと思っているし。だが、やはり女性の靴欲しい病、バッグ購入欲はよく判らない。
俺はギターに関してはあと一本あればいいと思っている。が、相方の靴やバッグの欲望は一つ手に入れると、また次の欲が発生するのだ。際限がない。

f:id:somewereborntosingtheblues:20190110010701j:plain

俺自身がファッションと金に縁のない人生を送って来たからかもしれない。俺は洋服屋に行ってもテンションが上がった事がただの一度もない。俺のテンションが上がる場所はライブハウスであり、ジャズバーだ。あと、質の良い温泉宿かな(笑)

ま、仕方ない。未来永劫、俺と相方のファッションに関する価値観が一致する事などないのだから(それは互いに諦めて認め合っている)。


職場の某氏が「みんなでスキーに行きましょう」という趣旨の社内メールを発信していた。
俺は端から参加する気がなかったので不参加。某氏から「参加しないんですか?」と訊かれて、不参加の意を表明すると「せっかく札幌にいるのにスキーしないなんて勿体ないですよ」と言われる。
が、俺に言わせれば、札幌在住だからスキーをしなくちゃいけない法がある訳でもあるまい、である。札幌に来た最初の冬にスキーは二回経験した。それでもう充分だ。

そもそも、俺はウインタースポーツには興味がない。というか間違えた。俺はスポーツをやる事には興味がない。俺が唯一興味があるのはサッカー観戦(それも鹿島アントラーズ限定だ)。
湘南に生まれた男の子がみなサーファーになるわけじゃないだろう。
沖縄で育ったから、ダイビングを必ずするとは限らない。
大阪で生まれ育った巨人ファンだっているだろう? つまりそういう事だ。

俺は別に札幌の冬にスキーが出来なくても構わない。しんしんと降る雪を窓から眺めて「よく降ってるなぁ」と感心しつつ、暖かい部屋でピアノ弾いたり、好きな時代劇や映画を観られればそれで良い。


東京にいた頃(10年以上前の話)、広告代理店にコネのある同僚がいた。彼が或る日「なあ、モーニング娘。のライブ観に行かない? アリーナ、前から五列目の席があるんだってさ」と俺を誘って来た。
喧嘩売ってんのか? その同僚は俺がロックやジャズが好きでアイドルに興味がないのを知っている。
「あのさ、俺がモーニング娘。のライブ観に行くと思う?」
「だって、五列目だよ、五列目」
アリーナ、五列目とは言え、モーニング娘。だ。一体そのアリーナ席に何の意味があるだろう。無論、当時このチケットをネットとかで売れば、大喜びで定価の何倍も出して買う奴がいたに違いない。
その同僚からは、ローリングストーンズの武道館のライブチケットを定価以上の金を払って購入した。当然こっちはアリーナ席じゃない。

でも、俺にとってどちらが価値のあるものかなんて、言わずもがなである。


人間、興味のあるものや対象が違うのだから、同じような価値観を感じるというのは不可能だ。むしろ、同じ価値観を持とうとするほうが間違っている。

東京時代(それもかなり昔)、同僚達との酒の席で「結婚相手に何を求めるか(どんな相手と結婚したいか)」という話をした事があった。
俺は問われてなんと答えたか忘れてしまった。そもそも、そんな事を考えた事もなかったし、結婚てそんな条件みたいなもんを定義してするものかな、という気持ちがあったようにも思う。
同僚の一人が不思議なことを言った。「僕は価値観が同じ女性と結婚したい」
俺は意味が判らず「価値観が同じって何?」と彼に説明を問うたのだが、彼の説明は俺を納得させるものではなかった。

あ、今書きながらちょっと思い出した。彼が「価値観が同じだと、何かの局面で意見が分かれて喧嘩したりしないで済むから、互いの関係が上手く行く」という趣旨の事を言っていたような気がする。
馬鹿だなあと思う。そもそも価値観が全く同じ相手(パートナー、結婚/交際相手)なんかいる訳ねえだろうが。
さらに思い出した。俺が「そんな価値観が同じなんて抽象的な事言ってたら、いつまで経っても結婚どころか恋人も見つからねえぞ」と彼に言った記憶もある。
少なくとも、俺が東京にいる間、彼は結婚はおろか、恋人すらもいなかったように思う。価値観が同じ女性を探すよりも、酔った拍子におっぱい触らせてくれる女性を探すほうが簡単だと思う(得意のセクハラ案件)。


昨日の夜、食事を終えて帰宅してから、俺は相方に二万円を渡した。
「バッグの購入資金、半分出してあげるよ」
「え? いいのー。やったー」
来月は相方の誕生日だ。だから、その誕生日祝いという形だ(いくらなんでも誕生日祝いに4万のバッグを買ってやる甲斐性は俺にはない)。

そして今日、帰宅してみるとリビングにはFurlaの大きな紙袋があった。俺には袋の中身に4万の価値があるとは思えない。
だが、相方だって、俺が普段家で弾いている練習用ギターに8万の価値があるとは思っていないだろう。

それでいいのだ。価値観なんて一致しなくて当然なのだから。

いつかのメリークリスマス

先々週の木曜日。職場のチームでゲホゲホやっている奴がいた。いやな咳してるなあと思ったが案の定、翌日風邪を引いた(そいつから移された)。金曜をなんとかやり過ごし、土日は完全に寝て過ごした。トイレ以外は一切布団から出ない週末。月曜の朝起きた時に「ああ、今日一日休みたいなあ。そうすりゃ治るのに」そう思ったが、その週にどうしても片づけなければいけない仕事があった。
無理して出勤して仕事。当然、風邪は悪化。火曜の夜はかなり辛い状況となったが、仕事が終わっていないので残業。インフルエンザかもしれんとなったので、水曜の朝に病院に寄る。

待合室で熱を測ると、38.2度。こりゃしんどい訳だ。先生に「インフルエンザの検査をしておきましょう」と綿棒のようなものを鼻に突っ込まれる。待っている間、看護婦さんが「こちらでお待ちください」と待合室から治療室のカーテンの引かれたベッドを案内してくれる。
ほんの数分、診察を待つ間だけでも、ベッドで横になれるのが有難かった。病院からすると、インフルエンザの可能性のある患者を隔離しておきたいという狙いがあったのだろう。
「インフルエンザではありませんでした」とニコヤカに告げる先生。ああ、いっそインフルエンザのほうが良かった。そうすれば堂々と仕事を休めるのに。

解熱剤やら咳止めの薬を大量に貰って職場へ。もう頭がまともに働かないのが自分でも判っている。資料のミスを指摘されても、一体何が悪いのかさっぱり判らないのだ。
そうやって体調が最悪の中、金曜までフラフラになりながら働いて、なんとか仕事の終わりの目途を立てる事が出来た。そしてまた週末。この週末にはクリスマスがある。もっとも、こっちは重度の風邪でクリスマスどころの騒ぎじゃない。
土日、そして月曜とまたひたすら寝て過ごすだけの週末。悲惨だ。相方は仕事納めが済んでいるので、札幌駅前のデパートまで出掛けて、ローストチキンとケーキを買って来た。
ささやかなクリスマスの食卓。

f:id:somewereborntosingtheblues:20181229010308j:plain

今更この歳になると、クリスマスがどうとかケーキがどうとか関係ない。そもそも俺はクリスチャンじゃない。相方も俺が風邪で体調最悪なのを知っているので、さすがに買い物に付き合えとは言わないのが有難かった。
今週になって、仕事も無事に片付いた。風邪もやっと治って来たようだった。まったく酷い二週間だった。

クリスマスに風邪を引いて寝込んでいるというのも、これはなかなかよろしくない体験だ。そういや、過去にクリスマスって何やってたかなと昔の記憶を呼び戻してみたが、あまり大した記憶がない。
思い出せたクリスマスの体験というと、三つくらいしかなかった。

一つは二十代前半の頃。これは俺の持っている唯一まともなクリスマスの記憶だ。当時の恋人と銀座のイタリアンレストランで食事をしたのだ。当時はバブル経済の残り火があった頃。まだインターネットとかなかった時代。どうやってあの店を見つけ出したのだろうか。雑誌か何かで探したのかな。
ただ、イタリアンレストランで食事したのに、飲み物はビール頼んじゃったんだよな。当時はワインなんて知らなかったからなあ。ま、ワインの事は今でもよく判らないけど。
そして、確か4℃のネックレス辺りをプレゼントした記憶がある。これは当時バイトしていた居酒屋の同僚の女の子に指輪とかネックレスとかって何が良いの? と教えて貰って買ったような記憶がある。今もだけれども、俺が女性の好みのジュエリーブランドなんか知る訳がない。
俺が今でも一番詳しいブランドはギブソンでありフェンダーであり、セルマー、カドソンだ(これらはギター、サックスの有名メーカー)。ネックレスの事なんか、知るかよ!(ある意味逆切れ)

もう一つの異性絡みの記憶は、上記と違って悲惨な体験。付き合い始めて三ヶ月の恋人と初めて過ごすクリスマス。二人でゆっくり過ごそうと計画を練っていたら、彼女から「どうしてもクリスマスは会えない。前夫の家族と会わなくちゃいけない」と言われたのだ。それも言われたのが、クリスマスの数日前だった。それまで「クリスマスは彼女と過ごすよ」と周りに吹聴してたもんだから、今更フリーになったとも言えず、部屋で一人で酒を飲んで過ごした。
恋人に結婚歴があった事は聴いていたけれども、もう別れていたという話だったから何の心配もしていなかった。ましてや、クリスマスに恋人の俺よりも、前夫の家族と会わなくちゃいけない理由ってなんだ? と悶々とした事は覚えている。どうして彼女が元義理の家族と会わなくちゃいけないのか、訊けず仕舞だった気がする。訊く勇気がなかったというか。
もし訊けていたら、その後の彼女と俺の関係は変わっていたかもしれない。

最後のクリスマスの記憶は色恋沙汰は関係ない。仕事絡みだ。二十代半ばの頃にアメリカに出張に行っていた。アメリカのソフトシステムを日本用にカスタマイズする仕事だった。かなり大規模なプロジェクトでトータルで億単位の金が使われていた筈だ。
俺達日本人チームは遅れに遅れたスケジュールを少しでも取り戻すべく、日々残業していた。クリスマスシーズンが近づいていたが、俺達にはそんなものは関係なかった。
毎日、日付変更線を超えるまで残業しているような有様だった。
或る日の夕方、日本人チームのリーダーが、アメリカ人チームとの折衝を終えて戻ってくると憤慨していた。
「参ったよ。スケジュールの遅れ、取り戻すべく頑張ってくれって頼んだらさあ、連中何て言ったと思う? 『無茶言うなよ、一日は8時間しかないんだぜ』だと。連中には残業するって概念がないんだよなあ」

当時は、俺もリーダーと同じで「アメリカ人てのは全く無責任で呑気な連中だなあ。こっちは連日残業残業なのによぉ…」と思ったものだった。
だが、今となってみるとアメリカ人の主張がよく判る。そもそも一日8時間働いても終わらないような仕事というのは、根本的な何か(スケジュールか作業量か、或いはそれ以外)が間違っているのだ。
そんな間違った状況下で、個々が自分を犠牲にして遅れを取り戻すという発想自体が誤っているのだ。

人間一人がやれる事なんて限られている。だから一人一人が臨界点を超えてまで何かをやり遂げようとする事自体がそもそもおかしい。
そんな無理をして、多少の残業代を手に入れても仕方がない。代りに失うものが多過ぎる。勿論、俺がそういった考え方になったのは、その後色々な経験をしたからだ。
そもそも、アメリカ人にクリスマスシーズンに働けというほうが間違っている。

思い返してみると、クリスマスに関しては楽しくない思い出のほうが多い。今年、クリスマスシーズンに風邪を引いた状態で無理矢理働いたという負の経験が追加された。これは良くない体験だから、忘れる事にしよう。
とか言いつつ、こうやってブログに書いてたら、忘れられないけれど。

クリスマスだからと言って、誰もが幸せに過ごしているとは限らないのだ。

人生を語るには

前から思っている事なんだけれども、オタク(或いはマニアと呼ばれる人達)は凄い。俺は尊敬する。
これは、嫌味や皮肉で言っているのではない。純粋にそう思うのだ。

オタク/マニアと呼ばれる人達は、ある事柄(本人が興味を持つ事象)に対して非常に造詣が深い。「いや、なんでそんな事まで知ってんの?」と思わず突っ込みたくなるくらいに知識が豊富である。彼らは別に人に褒めて貰いたくて、知識を吸収したのではない。自分が好きな事を調べていったり、追求したり、或いは当たり前に日常的に触れていることによって、余人には追いつけないような知識、情報量、経験などを得たのだ。

俺には残念ながら、人に「いやあ、自分は***オタク(マニア)なんですよ」と言えるものがない。つまり、一つの物に夢中になったことがない、という事だ。
俺のブログを読んで貰えれば、「ああ、このオッサンは音楽や楽器演奏が好きなんだね」と理解して頂けるとは思う。だが、俺は音楽に関しても楽器に関しても何一つ突き詰めたものがない。
ギターにしても、サックスにしても、それこそ「プロに負けないくらい上手くなってやる」みたいな気概も無かったし、努力もしなかった。他になにか夢中になるものがあった訳でもないのに。そのせいで、楽器の腕前は高校生以下だ。

好きなミュージシャンやバンドはいくつかあるけれど、そのバンドが大好きな人と、それこそ夜を徹して話せるほどに、知識や情報を持ち合わせてもいない。

f:id:somewereborntosingtheblues:20181212003334j:plain

かなり昔の話だが、ローリングストーンズのファンサイトでオフ会が開催された。二部構成となっていて、一部でストーンズの曲を皆で演奏し、二部は飲み会で自由に歓談というスタイルだった。一部から参加して、三曲ほど、好きなストーンズの曲を演奏させて貰った。
そして、二部では、居酒屋でストーンズ談義が始まった。俺はみんな好きなアルバムや曲の話をするのかなと思っていた。違った。
「19**年の***ツアーのブート(ブートレグ海賊盤の事)聴いた事ある?」
「3月12日の奴なら聴いたなあ」
「いや、あれは13日のほうが、格好良いんだよ」
連中はそんな会話を繰り広げているのである。そもそも、海賊盤なんて、一つのツアーの奴を一枚持ってりゃ充分だろ(俺はストーンズ海賊盤は全部で二枚しか持っていない)。連中は、同じツアーの海賊盤ですら、何種類も持っているのか!

やはりオタクという人種は、そうでない人からすると、ちょっと別の世界の人間というか、交わるのが難しいのかなと思わせるのも事実だ。これは、オタクな人達の豊富に持ち合わせた知識が逆に問題を引き起こしているとも言える。

大学時代、学生用のおんぼろアパートに住んでいた。隣の部屋には英語オタクな学生が暮らしていた。彼に英語に関する質問をちょっとすると、明らかに過剰な答えが返って来た。こちらが「車って、アクセル踏むと走って、ブレーキ踏むと止まるんだよね?」程度の質問をしているのに、「F1を運転するのに必要な技術の話一式」が返ってくるようなものだ。
後に彼に「そこまでの回答は求めてないよ」とやんわり伝えた事がある。すると彼は「いや、質問の答えに過不足あったらいけないと思って」と答えるのだ。
彼の答えに不足はなかった。否、いつも過剰だった。そこが一般人とオタクの境界線なんだと思う。彼からすれば、(オタクにとって)当たり前の情報兼答えだが、一般人の求めるそれとは100マイルも乖離しているのだ。

社会人になってから、ある映画オタクの人と雑談をしていた。彼は俺がサックスを趣味としているのを知っている。唐突に彼に言われた。
「ダイハード2のエンディングの曲のサックスって格好良くない?」
俺は絶句した。こういった「自分の知っている事は相手も知っていて当然」を会話の前提にぶっこんで来る(一部の)オタクが、オタクの負のイメージを増幅させていると思う。
彼はこの会話の中で俺に「ダイハード2を見たことがあるか?」「ダイハード2のエンディングの曲を聴いたことがあるか?」とは一切尋ねてこなかった。俺にその曲のサックスが格好良いかどうか意見を求めるのなら、まずその二つの前提を俺がクリアしていなくては話にならない。
俺は彼に、「映画を見たか、エンディングの曲を知っているか、という質問を済ませてから、サックスの話をしてくれ」という意味のことを懇切丁寧に言った。彼には俺の言いたいことがあまりよく伝わらなかった。映画オタクの彼からすれば、ダイ・ハード2を観ていない人間は存在しない、そのエンディングを聴いた事があるかどうかなんて、わざわざ確認するまでもない、くらいの認識だったのかもしれない。

そりゃ、ビートルズマニアの間で「LET IT BE」を作曲したのは誰か? なんて会話は発生しないだろう。だが、ビートルズを一度も聴いた事のない人に「ポールとジョンはどちらが偉大だと思う?」なんて訊いたら、訊かれたほうが困惑するだけだ。
そういった距離感を測ることが大事なのだ。

最近やたらと「ボヘミアン・ラプソディ」(QUEENの映画)に言及する人がネットで多くなり、一部のオタクとしか思えない人のコラムみたいなものを読んで愕然とした。一般人を置いてきぼりにした文章で、映画の本質と関係のない部分を延々と論評するようなものだった。
オタクの負の面ばかりが強調された文章と言われても仕方のないものだった(中には、意図的にネタで書いていた人もいるだろう)。

だが、なんとなくそういった側面も判るような気がしてきた。自分が知っていることを知らない人に対して話したくなる、教えたくなるのは人として自然な感情だから。
俺だって、人に何か語れるようなものを持っていたら、存分に語っていたかもしれない。うざがられているのにも気付かず。だが、俺には残念ながら、人に語れるものが何もない。
延々と熱く語ろうにも語る事が出来ない。

だから俺は、そういった自分の言葉を持って、語れる人を尊敬するのだ、ある意味では。
ただ、その語る熱量や物量、質に関してはバランスが大切だ。

何事もバランスが大切。

ANOTHER ONE BITES THE DUST

人気映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観て来た。映画に関しては「感動した。泣けた」という人もいれば「うーむ。今一つだったなあ」と賛否色々のようだ。
当然である。100人が100人満足する映画もなければ、100人が100人、否定する映画もない。

俺自身の意見としては、「さすがに、QUEEN結成から史上最高と言われるLIVE-AIDのパフォーマンスまでを描くのには尺が足りないかな」と言った感じだ。なんというか、連続ドラマのダイジェスト版を観させられた感は否定出来ない。
ただ、史実は別として「ボヘミアン・ラプソディ」のレコーディングシーンや、「ANOTHER ONE BITES THE DUST(地獄へ道連れって邦題、なんとかならんか?)」の誕生の切っ掛けは面白かった。

俺はQUEENのファンじゃない。QUEENに関して覚えてる事と言えば、俺が高校時代に想いを寄せていた女性が、QUEENのアルバムを一枚だけ持っていたという事だ。だから彼女の家に遊びに行くと、よくそのアルバムを聴いた。そのアルバムに「ANOTHER ONE BITES THE DUST」が収録されていた。印象的なベースのフレーズだったから、よく覚えている。
俺がQUEENに関して持っている思い出はそれくらいだ。そのアルバムのタイトルすらも覚えていない。

f:id:somewereborntosingtheblues:20181210231640j:plain

そのバンドの音楽が趣味であろうとなかろうと、バンドのヒストリー的な物語というものは映画であれ、書籍であれ面白い。過去に読んだバンド/ミュージシャンのヒストリー的な本としては、矢沢永吉尾崎豊浜田省吾GLAY、ハウンドドッグ、ビル・ワイマン(元ローリングストーンズのベーシスト)とかがある。
バンド物が面白いのは、バンドというのは、大抵結成されてから売れるまでに、紆余曲折がある。その紆余曲折が真実なだけに面白いのだ。
だから、この映画も結成シーンの後すぐに「ONE YEAR LATER(一年後)」と字幕テロップが出て、QUEENがある程度上手くいく状態になってから話が転がり始めたけれども、個人的には、その一年の間にあった諸々が見たかった。後から加入したフレディが既存メンバーと対等、或いはそれ以上の立場にどうやってなっていったのか、そのほうが、興味があった。
(それじゃあ、ラストのライブシーンやるまでに時間がどれだけあっても、足りないだろうけれど)

矢沢永吉の「成り上がり」(これは多分、糸井重里さんが矢沢さんにインタビューして、そのインタビューを元に書き起こし、構成、編集したのだと思う)なんかはその最たるものだ。
えーちゃんが、広島から上京し(最初は横浜で暮らし始めたらしいけれど)、バンドを組み、力量の足りないメンバーをクビにしていったとかの話は非常に興味深かった。
プロを目指しているアマチュアバンドでメンバーが離脱するケースは、大きく分けて二種類だと思う。
一つは、そのメンバーがプロになる気がそもそもなかった為に、自ら脱退(或いは途中まではプロになるつもりだったが、一向に売れる気配がない為、バンドを辞めて堅気になる。そして大抵バンドはその後に売れる)。
そしてもう一つは、プロになるだけの技量がない為に、バンドをクビになる。

前にテレビのトーク番組で見た記憶があるのだけれども、筋肉少女帯の大槻ケンジさんが「凄くいい奴だったんだけど、そいつと一緒じゃプロには成れないから、悪いけど辞めてくれって泣きながら頼んだ事ある(大意)」と語っていた。
バンドで技量の足りないメンバーにクビを宣告するのって、されるほうも辛いけど、するほうはもっと辛い。

これは恋人同士の別れに近いものがあると勝手に思っている。俺は自慢じゃないけど、30歳を過ぎるまで女性に自分から別れを告げた事がなかった。いつも俺は振られるほう(笑)
振られる度に、「別れを告げられるって、辛いなぁ…」と思っていた。だが、人生で初めて相手に自ら「さよなら」を言った時に、ああ、『さよなら』は言われるよりも言うほがよっぽどキツイんだなと実感した。

俺は恋人に別れを告げられた経験はちょっと多過ぎるので、あまり思い返したくはない。が、バンドをクビになった経験は二度ほどだ。ただ、このバンドのクビ経験は、上記の例みたいな「恋人同士の別れ」とは程遠い。
どちらかと言うと、一晩だけの遊び相手と何回かまたホテルに行って、こっちは恋人同士のつもりでいたら「お前とは今日で終わりだから」と言われたニュアンスに近い。なんだ、その喩え。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」の中で、フレディをソロで売り出そうとする策略があった。するとそれを知ったフレディが「バンドは家族だ!」と烈火の如く怒り、その首謀者をクビにした、というエピソードがある。
ところが、「バンドは家族だ」と言ったフレディがその後、ソロになってバンドメンバーと仲違いしてしまうシーンがある。ここが俺はちょっと引っ掛かったんだよなあ。
「バンドは家族」とまで言ったフレディが、ソロをやりたいと思った理由が「誰の曲をシングルにするか、印税の取り分はどうするか、そういった争いに疲れた」ってのは、ちょっと違うんじゃないかと。

映画見終わってから、ネットで調べたら、フレディがソロになってバンドがほぼ解散状態になったのはフィクションだったようである。ただ、映画として考えた場合、最後のライブシーンがクライマックスだから、バンドメンバーが仲違いしてるシークエンスを作ったほうが、盛り上がるのは間違いない。

俺自身も、仲違いをして、遣り取りが途絶えた相手(バンドメンバー)とまた友好関係が復活した経験が一度ならずある。この辺りもちょっと恋人同士の関係に近い。

というよりも、バンドも恋人関係もどちらも人間対人間なんだから、同じで当たり前なのかもしれない。

Winter,Again

f:id:somewereborntosingtheblues:20181208211949j:plain

札幌も、12月を迎えた。三度の冬。今年は例年よりも雪の出足が遅い。無論、もう何度か雪は降っている。だが、積もるまでには至っていない。
昨日の夜から雪が降り始め、今週末は猛吹雪の天気予報。この週末の雪が積もり、来年の三月末まで根雪となるのだろう。

毎年冬が来る度に、札幌初日の事を思い出す。2016年12月(厳密には11月末)。
羽田空港で相方に見送られ、新千歳空港まで飛行機。そしてJRで札幌駅へ。
札幌駅から地下鉄に乗り換え、不動産屋へと向かう。新居のマンションの鍵を貰う為だ。札幌の地下鉄に乗ったのは、この日が二回目。一回目は、10月に部屋の下見に来た時だ。だから地下鉄の駅名に馴染みがなく、何度も案内板を確認した。

不動産屋のある駅で降り、地下鉄の出口から地上に登った瞬間。目を疑った。吹雪いていた。
まだ、11月だぜ…それなのに吹雪。あのショックは今でも忘れられない。鍵を貰い、自分が住む街の駅に降り立った。当然そこも吹雪。というか、先程よりも断然強い吹雪だった。随分後になってから、自分の住む街が札幌市内でも、結構な田舎のエリアで雪も多い場所である事を知る。

駅からマンション(当然、賃貸だ)まで徒歩で7分程度。しかし、迷った。何しろ下見の時に一度来たきり。それも不動産屋の車に乗ってだ。徒歩で行くのは初めて。素直に車で行った時のルートを使えば迷う事もなかったのだが、徒歩で行ける裏道を使おうと助平心を出したのが失敗だった。
吹雪の中、彷徨った15分。札幌生活が丸二年になるが、この15分がこの二年間で一番辛かったといっても過言ではない。

無事部屋に辿り着いたが、部屋の中も侘しかった。引越荷物が届くのは翌日。部屋の中にあるのは、俺の持ってきた大きめのリュックサック一つだけ(この夜用の着替えと、大家への挨拶の土産のお菓子くらいしか入っていない)。
そして、さらに辛かったのが、暖房が使えなかったことだ。この日の夕方にガス会社の人が来る事になっていた。この部屋の暖房はガス給湯を利用したものなので、ガスが使えないと暖房もつかない。
時刻は午後三時くらい。ガス会社の人が来るのは、午後五時の予定だった。俺が住居近辺の地理に詳しければ、五時近くまでどこかで時間を潰したことだろう。
だが、初めての土地。どこにどんな店があるのかも判らない。また、迂闊に出掛けて吹雪の中、迷うのも嫌だった。

暖房のない、がらんとした何もない部屋で、俺はダウンコートを着て、フローリングの床に座り込んで、スマホでネットをした。他にやる事がなかったからだ。
本でも持ってくれば良かったと思ったが、後の祭りだ。

「そうだ、時間が余ってるし、大家に挨拶しとくか」大家はマンションの隣に住んでいる。菓子折りを持って挨拶に行くと、でかい屋敷のドアが開かれた。その時、家の中の暖気が外に流れ出してきた。寒さに耐えていた俺からすると、その暖かさが非常に辛かった。
「こんなに暖房強くしてんのかよ。俺なんか部屋に戻れば暖房も何もないのに…」そういった絶望感だ。

夜になり、無事にガスは開栓され、暖房はついた。あの時ほど、暖かさというものが大事だと痛感した時はない。
引越は翌日と書いたが、布団はその日に届くことになっていた。新しい布団を購入したので、それが販売店から直接届く。
だが、何時になっても布団が来ない(時間指定は確か、19時から21時だったろうか?)
売店に電話をすると、担当者が帰宅したので、ちょっと判らないと電話口の女性に済まなさそうに謝られる。

ま、仕方ない。布団がない事くらい、たいした話じゃない。ホテルなり、サウナで一晩過ごせば済む話だ。
スマホで宿泊所を検索すると、すすきのに宿泊可能な健康ランドがある事が判る。札幌初日に、すすきので夜を明かすのか、それも悪くないなと思う。

東京にいる相方に、布団が手違いで来ないから、すすきので宿泊すると告げる。この時、相方はまだ東京の仕事を続けていた。彼女が札幌に来るのは翌年の四月の予定だ。

すすきの駅で降りると、札幌一の歓楽街らしくネオンが賑々しい。それでも、東京で言えば錦糸町くらいの感じだ。そう考えると、いかに東京がクレイジータウンかという事が判る。
すすきの駅前に交番があったので、健康ランドの場所を尋ねる。教えて貰った通りに歩いていると、ガールズバーの客引きに遭った。
上はダウンコートを着ているのだが、下は超ミニスカートだった。
「こんなに寒いのにミニスカートなのか…」と驚愕したが、今これを書きながら気づいた。ミニスカートは店内のユニフォームなんだよな。吹雪の中でミニスカートは寒々しいけど、あれは本来店内用だと思えば、不思議な事ではない。
それに、ミニスカートじゃないと、男性客を惹きつけるインパクトに欠けるだろう。

健康ランドに行くまでに二回、ミニスカートの女の子に客引きされた。俺は正直、若い女の子のいる店(ガールズバーとかキャバクラ)に興味がない。これは若い頃からだ。
どうせ札幌初日の夜に飲み屋に行くなら、そういった店よりも焼き鳥屋のほうが良かった。だが、勿論焼き鳥屋も判らないし、特に空腹でもなかった。
酒なら、健康ランドの中でも飲めるし。

健康ランドの中の風呂に長々と入り、食堂でチューハイを何杯か飲んで、俺の札幌初日は終わった。
翌日、朝の9時くらいに健康ランドを出てすすきのの街を歩くと、ゴミ袋だらけで、カラス達がそれを漁っていた。目の前でこれだけのカラスを見るのは実に久しぶりだ。
札幌は、東京と比較にならないくらいカラスが多い。あれは何故なんだろうか。

f:id:somewereborntosingtheblues:20181208212100j:plain

あの日から、既に二年が過ぎた。
特に何か思ってこの二年、過ごしてきた訳じゃない。

仕事は特に可もなく不可もなくで遣り過ごしている。出世欲も金銭欲もなく、仕事で何か成し遂げようとも思っていない。そもそも、もう既にそんな歳はとっくに過ぎた。
仕事人としては、まだやれる事があるだろうけれども、貪欲にそれを追求する気もない。

札幌に来てから始めたピアノは一向に上達しない。弾ける曲は「Yesterday」だけだ。他の習った曲は忘れてしまった。それに俺がピアノで目指してるのは、譜面を見ながら、曲を弾くことじゃない(というか、俺は譜面見ながらピアノが弾けないんだが)。
今は、一生懸命ブルーノートスケールを覚えている最中。やっと、FとGが何とか弾けるようになった(それでも、三回に二回は間違える程度の酷さ)。

ギターとドラムではバンドを組めてライブもやれたし、文句はない。サックスは定期的に参加出来るロック系セッションとジャズ系セッションの場を見つけたので、これも充分だ。

今後、仕事やプライベートで何をやるかなんて決まっていないし、これといった目標もない。
良くも悪くも流されて、残り少ない人生を生きていくだけだ。

いつまで札幌で暮らすかも判らない。老人になったら(既に老人だろ!という突っ込みは却下)南国で暮らしているかもしれない。

それでもやはり、俺は冬が来る度に、あの札幌初日の吹雪の事を思い出すのだろう。