Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

you may dream(夢の話)

さすがにこの歳になると、もう「夢見る頃を過ぎても」とか言っている場合じゃない。
というか、夢なんか見ない。いや、「ロト6で2億円当てて、悠々自適に隠居したい」という夢はあるけど。これを言うと、ほぼ100%「それは夢じゃなくて、妄想だ」と言われるのだけれども。

前からずっと思っているけれども、「将来の希望や展望」も「夢」と言うし、夜寝ている間に見る、謎の物語も「夢」だ。そしてそれは英語でも同じ。Dreamだ。なんで日本語と英語で同じなんだろうね、不思議で仕方ない。

で、だ。
昨日、俺は不可思議な夢のダブルヘッダーを見た。夢というのは大抵見た後に忘れる事が多いと思う。俺もそうだ。だが、昨日の夢はあまりにも鮮烈だった。そして、ダブルヘッダー(夢を二つ見た)。そのどちらの夢も覚えていた。これが何かの意味を持つのか、ただの酒の飲み過ぎで悪夢を見たのかは、俺には判断がつかない。
だから、単純にその夢のダブルヘッダーを記録しておこう。それだけの話だ。

と思ったが、俺が10代の頃に見た、どうでもいい夢の話をまず枕詞として書く。
俺がまだ、女性と裸のお付き合いを経験する前に見た夢だ。

夢の中で俺は、河合奈保子さんと裸のお付き合いをしていた。ちなみに俺は河合奈保子さんのファンだった訳じゃない。1960年代後半生まれの男は、10代の頃は、「聖子」か「明菜」が主流だったと思う。後続として「キョンキョン」辺りか? なんで夢に河合奈保子さんが出て来たのか未だに理解出来ない。が、それは良い。
夢の中で河合奈保子さんは上半身は裸だったが、下半身は黒くシェードが掛かっていた。そりゃそうだ。だって当時の俺は女性の裸の下半身なんか見たことないんだから。
大学生くらいになって、その話を友人にして大笑いされた記憶がある。なんで、河合奈保子さんだったのだろう?

さて、そんな純真な10代の少年の夢の話はいい(じゃ、書くなよ)。
昨日見た夢のことを書く。

夢その1
俺は殺人を犯した。夢の中で俺はとある人を殺した。夢の中でその動機、殺害相手は、ぼんやりしていた。だから俺はその夢物語の中で「なんで俺はこの人を殺したのだろう」というのが、さっぱり判らなかった。
ただ、「まずい。俺は殺人を犯した。このままだと家族に迷惑が掛かる。俺はどこかに行かねばならない」と決意していた。この夢の中における家族というのは、俺の両親であり、俺の実妹だった。
俺はそこからひたすら歩き続け(家から離れようとしていた)、高速道路の側道みたいなところをひたすら歩いていた。そして「あ、逃げるには整形したほうがいいんじゃないか」と思い、高速道路の側にある整形外科病院に入ろうとしたりした。
夢の中で俺は結局整形することはなく、トボトボと道を歩いていた。いつかは捕まるのだろうと思いながら。

正直言うと、相当重たい話だと思う。俺が友人からこんな夢見たよと言われたら「お前、殺したい奴いるの?」と訊くことだろう。だが、今の俺はそんな憎悪を持った相手はいない。ただ、もしかすると気付かないうちにストレスが溜まっていたのかもしれない。

夢その2
俺はラスベガスのカジノみたいな場所にいた。遊ぼうと思ってヘラヘラしていると、そこに俺の昔の恋人が現れた(この昔の恋人は実際に俺の恋人だった)。
彼女から「ちょっと話したいことあるから。こっち来て」みたいに言われ、俺はカジノを離れて彼女と二人きりになった。
何しろ、夢の中で作成された仮想の恋人じゃなくて、実際の元恋人だ。俺は夢の中で「なんで今更?」みたいな気分だった。

「どういうつもりなの? 私と別れたのに、他の女性と付き合うの?」と俺は糾弾された。その女性はとても心優しく素敵な人だったが、夢の中の彼女は、俺のミス一つも許さないようなキャラクターだった。
俺は恐れ戦いて、しどろもどろになった。
「おかしい。彼女はそんな人じゃなかったはず」と思いながら、俺はひたすら言い訳を考えていた。そうしたら、目が覚めた。朝の6時だった。

人殺しになったり、昔の恋人に責められたり、ほんの6時間程度で随分と密度の濃い時間を過ごしたな、俺は。
これが何を意味しているか、深く考えようとは思わない。だって、所詮は「夢」だから。

ただ、さすがにこの重たい夢二つはきつかった。何か俺の中で思うものがあるのかもしれない。でも考えても詮無いことだ。
それよりも、「河合奈保子」さんて、素敵だったなーと思っているほうがいいのかもしれない。
辛いことよりも、楽しいことを考えようぜ。それが正解だ(と、現実逃避しています)。