Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

コインの表裏

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更新されると読みに行くBlogがいくつかある。普通に「お、更新されてるな」と読むのが楽しみなものが殆どだ。だが、二つほど、楽しみ目的とは違う趣旨で見ているBlogがある。そのうちの一つのBlogに関して今日は書く。

そのBlogは俺と同い年の女性によって書かれている。最近、彼女は自分が重い病気に罹っている事を記していた。そして自分にはその病気の辛さや心細さを分け合うパートナーがいないとも。
彼女とは十数年前に、よく一緒に酒を呑んだ間柄だった。断っておくが、元恋人じゃない。純然たる酒飲み友達【だった】人だ。

彼女と俺は似ていた。30代になっても落ち着く事もせず、酒を飲む事ばかりしていた。若い頃にパートナーとの生活にしくじった点も同じだし、いい歳して若い恋人を作って、のぼせ上がっていた点も似ていた。
そして音楽が好きで、楽器をいじるのが好きというのも共通言語だった。

違っていた部分は、俺が男で彼女が女であるということ。彼女には音楽の才能があり、俺は趣味レベルで鑑みても音楽の才能が全くなかったという点だけだった。

似ていたのに惹かれ合わなかったのは、ある意味同属嫌悪だったからなのかもしれない。

知り合った時、既に30歳を超えていた。だから、いつまでも永遠の若さが続く訳じゃない事が判る程度の分別はあった。だけど、今日の夜の宴が明日も続くと信じて疑わなかった。いつか、40代が来て、その先の老いが来る事も頭では判っていたろう。だが、どこかでそれを見て見ぬ振りをしていたような気がする。

彼女は彼女で自分の音楽の才能に酔い、若い恋人との逢瀬に酔っていた。俺は俺で昼間からタイ料理屋でメコンウイスキーのロックをダブルで飲み、それを許してくれる恋人の優しさに甘えていた。
今考えれば、どちらも相当の阿呆だ。何も考えていなかったのは間違いない。或いは考える事を拒絶していたか。

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そして、人は歳を取っていく。俺はやがて酔っ払いを許容してくれる恋人に捨てられ、ふらふらと目的も主体性も何もないまま、30代を終わろうとしていた。
もうその頃は、彼女とは連絡を取っていなかった。彼女は友人も多かったから、とっくに俺の事なんか忘れていただろう。俺はまるでストーカーのように、更新される彼女のBlogを読んでいた。
別に彼女と男と女の関係になりたかったとか、また連絡をとって以前のように一緒に呑みたいとかそんな事を考えていたのではない。彼女のBlogを定期的に読んでいたのは、「もう一人の自分が何をやっているか、気になったから」とでも散文的に言えば良いかもしれない。格好つけすぎだ。

俺は、本当に色々な偶然が重なって相方と知り合い、そして一緒に暮らすようになった。本当にこれは偶然としか言いようがない。一言で表すなら【運】だ。運命じゃないよ、運です。
(口説こうと思っていた女性の同僚が相方だったのだ。どんな運なんだ、それは?)

相方と一緒になってから、俺の食生活は改善された。毎晩のようにバーボンをボトル半分飲む生活はストップし、ほぼ毎日だったカップラーメンの晩飯もなくなった。
相方と一緒になってからよく言われた。
「貴方なんか、私と一緒にならなかったら、40になる前に死んでたよ」
そうかもしれない。「人間の身体は普段食べる物によって形成されるんだからね」というのが口癖の相方と一緒になった事により、俺は健康的な中年になった。
それまで年に二回は風邪を引いていた。相方と一緒になってからの十数年で、俺は二回しか風邪を引いていない。
人が人に影響を与えるというのは、きっとこういう事を言うのだろう。

そして、彼女は40を過ぎても変わらずだった。何度か恋人は替わったようにBlogからは読み取れた。職も何度も変わったようだった。30代の頃のクリエイティヴ色の強かったBlogが徐々に病気や将来の心配、いなくなった恋人への哀歌で満たされるようになっていった。

そういった彼女の【老い】を感じさせる文章を読んで、正直俺は何を思ったのか。
彼女はもう一人の俺だ。何か一つ歯車が違えば、俺も彼女と全く同じような内容を記していたに違いない。俺は、本当に偶々相方と知り合った事で、40過ぎてから、30代の頃の生活を全て変える事が出来た。変えるまでに10年以上掛かったけど(笑)

彼女が今、心許せる相手がいなくて、病気を抱えていて。俺は相方がいて、病気もせずに元気で暮らしていて。
彼女を見下したい訳でも、偉そうに何かアドバイスしたい訳でもない。そんな事出来る権利もなければ、そんな器の人間でもない。
ただ、単純に思うのだ。
俺が今こうやって目前の不安もなく生きていられるのは、【運】以外のなにものでもないと。勿論、一年後どうなっているかなんて誰にも判らない。
俺だって、無職になってのたうち回っているかもしれない。

人生なんて所詮は【運】次第だ。なんて達観した事を言う気はない。それでもやはり、俺自身の人生を振り返ってみると、【運】なのかなと思わずにはいられない。
彼女にほんの少し、もうちょっと幸運が舞い込めば、また違った生き方になったのは想像に難くない。

彼女のBlogを読みながら、俺はそんな答えの出ない答えをずっと探している。