07月01日から、07月10日まで、メキシコに行ってきた。人生初の中南米エリア。色々面白い体験も出来た。海外旅行という非日常はいつだって面白い経験のオンパレードだ。詳細は追々書いていきたいが、とりあえず、今回は何故メキシコを選んだのか、その辺りの経緯を前説的に書いておきたい(というか自分への備忘録だな)。
今年になってから、現場の契約がどうやら6月辺りで打ち切られるという話が出てきた。ということは俺は7月からは、ぷー太郎な訳だ。まだ確定ではないが、現場の雰囲気や諸々からその可能性が高い。という事を帰宅してから相方に話した。相方は元々10月辺りに海外旅行を計画していた。この時点(2月頃)では、まだどこに行くかは決まっていなかった。今までは、現場の仕事の関係もあったせいで、そう長く休む事は難しかった(とか言いつつ、去年はモロッコに行くのに土日含んで10日も休んでるんだけどさ)。
「じゃあ、7月前半は無職にして、その時期に海外旅行に行こうか」と相方は提案してきた。俺にしても23歳で就職してからのべ3度程転職をしているが、ずっと途切れずに働いていた。この辺りでちょっとばかり無職期間も悪くあるまい。長い人生、休息も必要だ。俺は休息ばかりしている気がするけれども。
すると相方は、ある程度期間が取れるならメキシコにしようと言い出した。今までトルコ、モロッコといった相方の行きたい国は行ってきた。基本、相方は世界遺産があるところ以外は興味がない。で、残されたところはメキシコとなった訳だ。普通に考えるとヨーロッパには世界遺産が目白押しなのだが、相方はヨーロッパにはあまり食指が動かないらしい。何故かは俺には判らない。
相方は10年以上前にメキシコに行った事がある。そのメキシコ旅行の話は何度も聞かされている(まだ俺と知り合う前の話だ)。当時サーファーだった相方はメキシコまで波乗りに行ったのだそうだ。サーファーの執念てすごいね。
その時聴かされた話は、ガソリンスタンドでガス代を支払おうとしたら、数えてた札を全て取られたとか、カフェに入ったらテラス席がガラガラなのに、トイレ近くの悪い席に案内されたとか、負の話ばかりだ。
アジア人は露骨に差別される!と相方はこの話を100回くらい俺にして、その度に憤慨していた。しかし、よくそんな国にまた行こうと思うなあ(笑)
だがまあ、前回はあくまでもサーフィンがメイン目的だが、今回の目的は世界遺産だ。メキシコは昔スペインに統治されていた時代があり(だから公用語はスペイン語だ)、銀の産出で栄えたのだという。スペイン統治時代に銀で栄えたグアナファトという街が世界遺産なので、それを見たいという。当時のスペイン的な街の景色が残ったところなのだとか。なんでも当時世界の銀算出の2割をメキシコが担っていたというのだから、どれだけの銀算出国だったかが窺いしれる。
(皆さんもお暇でしたら、グアナファトで画像検索してみて下さい。綺麗な街の景色が拝める筈)
俺も画像検索して「なるほど、この綺麗な街なら見てみたいなあ」と賛成した。というか、相方の提案を俺が否定した事は一度もないんだけどね。メキシコだとメキシコシティとかカンクンとかが有名だけど、俺達の旅行はそういった有名どころにはあまり縁がないのだ。
で、俺がOKサインを出したので、相方は早速旅行の日程や旅行場所を選定し始めた。今までずっとお世話になっているS旅行代理店の石田さん(仮名)に相方は色々リクエストを出していたらしい。この石田さんと相方は8年くらいのお付き合い(旅行の客と担当者として)があるのだが、一度も会った事もなければ、電話で話した事もない。全てメールのやり取りのみ。それでいて相方の石田さんに対する信頼は篤い。今の時代の関係だなあとしみじみ思う。
3月を過ぎた頃には、メイン旅行地のグアナファトの他に、メキシコ第二の都市グアダラハラも行く事が決まった。そして日程は7月1日~10日。まあ、初日と最終日は移動で終わってしまうから、自由に動けるのは8日間な訳だが。残念ながら直行便は日程が合わず、一旦アメリカのダラスを経由してメキシコに入る事になった。アメリカダラスまで約14時間。そしてダラスからメキシコまで3時間半。相変わらずの長旅だ。
俺達の旅行はいつも飛行機のチケットと滞在中のホテルを押さえて貰うのみ。いわゆるパックツアーとかとは無縁だ。相方が「せっかく海外に行くのに、同じ日本人同士で行動したくない!」と強く主張するからである。まあ、その気持ちは俺も判る。だから今回もメキシコに行く前に決めた事は何もない。ひたすら終日フリーである。ガイドブックを見ながら「ここも行きたいねー」と話したりはするけど、それも全て未定。現地に行ってから決めようという腹積もりだ。
そして4月になって、旅行代金も全て払い、あとは行くだけとなった頃に現場のほうで契約を延長したいと言われた。これはちょっと想定の範囲外だった。現場の担当者に「実は契約は6月で終わりかと思って7月は旅行に行くんですが」と言うと「6月、7月で旅行で休む分、働いて貰えばOK(つまり残業して労働時間の不足を補え)」との言質を貰った。これで堂々と休める事になった。
また運が良かった事に、担当していたシステム開発の本番リリースが6月だった。これが7月リリースだったら、正直10日も休めたか判らない。(このシステムは短期間での作業を余儀なくされた為、本番リリース直前まで障害だらけで修正ばかりしていた)。だけどまあ、担当システムのリリースが7月だとしても、俺はメキシコ行ったけどね。
俺がいなくてもシステムは動く。でも俺が行かなきゃ、俺の旅行は成立しない。
4月~6月は、このシステム開発に追われていたので、メキシコに対する予習が全然出来なかった。相方は「メキシコはスペイン語だからなー」と気合を入れて、スペイン語入門書を購入し、スマホにスペイン語勉強用のアプリをインストールして、毎日頑張ってスペイン語を勉強していた。実に相方のこの努力が実ってメキシコで俺は随分助けて貰う事になるのだが、その事実をこの時点ではまだ知らない。
俺がメキシコに行く前に知っていたスペイン語は「オーラ(おはよう、こんにちは、今晩は、全てに使える気軽な挨拶)」と「グラシアス(ありがとう)」の二つだけ。これは相方に教えて貰った。
実を言うと、俺は「メキシコはスペイン語圏とは言え、フランス語圏だったモロッコだって英語通じたし、なんとかなった。メキシコも何とかなるだろう」とだいぶに舐めた考えでいた。この考えが完全に打ち砕かれるのは実際にメキシコに行ってからの事となる。
ということで、次回からは実際の旅行記を書いていきたいと思う。お付き合い下されば幸いである。