Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。

一筆啓上、崩壊が見えた

数年振りに『JAZZ LIFE』という雑誌を購入。ピアニスト・栗林すみれさんのインタビューが読みたかったからというのが理由。
『JAZZ LIFE』も以前に比べて、随分薄くなったなあ。昔はもっと頁数があったと思う。悲しい。

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さて、ジャズの世界はとりあえず置いておく。今日は、去年の夏から秋にかけて結成して、どうやら消滅濃厚になったバンドについての話。
中森明菜山口百恵辺りの曲を中心とした歌謡曲バンドを、去年組んだ。
滅茶苦茶頻繁に活動するでもなく、かといって忘れた頃にスタジオに入る、という程でもなく2ヶ月に3回程度の頻度でスタジオに入っていた。
年が明けて、まずは新年会をやろうという話になった。スタジオだと、どうしても練習中心だから雑談とかする時間があまりないからね。各メンバーの親交を深めようというのも狙いの一つ。
飲み会自体は、適当に雑談をして特に何も問題はなかった。が、飲み会が終わりになろうという時、バンド消滅の起爆剤スイッチがヴォーカルの可奈ちゃん(仮名)から発せられた。
「やっぱり、キーボード募集しませんか?」
バンドの編成は、ヴォーカルの可奈ちゃん、ギターの木田君、ベースの先生、ドラムの俺(メンバーは全員仮名である)。ロックバンドとしてなら問題のない編成なんだけど、歌謡曲を持ち歌の中心に据えると考えるとちょっときつい。やはり鍵盤が欲しいというのはある。
鍵盤がないと、どうしてもバラード系の曲が一切やれない。また、鍵盤メインの曲を今の編成でやるとなると、アレンジを考えなくちゃいけない。アレンジを考える時間的余裕があるなら良いのだけれども、そうじゃない。それに今の編成でアレンジすると、どうしてもギターの木田君の負担が大きくなる。

可奈ちゃんが鍵盤を欲しいという気持ちは理解出来た。だが、ベースの先生があまり良い顔をしなかった。というのも先生はネットでメンバー募集をする事に懐疑的だったのだ。
「ネットで募集すると、どういう人が来るか分からない。だから知り合い経由とかで鍵盤は探したい」と先生は常々言っていた。
その気持ちは俺も判る。が、実は俺はあまり深刻に考えていなかった。というのも、ネットでバンドメンバー募集を掛けても、大体ドラムとキーボードは応募があまりない。そもそも、ギターやヴォーカルに比べて圧倒的に分母が少ない。これは札幌だけの状況じゃない。バンド人口の多い東京でも同じである。だから俺は、どうせ募集かけてもキーボードなんか来ないだろうと思っていた。

が、予想はあっさり裏切られた。メンバー募集サイトにキーボード募集の投稿をしたら、一週間程度で応募があった。ふーむ。意外だ。何度かメールでやり取りをした後、**月**日が練習日ですと伝えると、その日なら行けるので参加しますとの返事が。
ところがタイミングが悪い事に、この日、ギターの木田君が急に残業になって入れなくなった。仕事での欠席は致し方ない。
メンバーはヴォーカル、ベース、キーボード、ドラムというギターレス編成での練習となってしまった。それに鍵盤の紀伊さん(仮名)にはバンドの譜面も渡していない状況だ。あまり初回には適していないタイミングだった。

練習が始まったのだが、紀伊さんの鍵盤の腕前は大したものだった。ベースの先生に「コード進行教えて下さい」と言って、コードを確認し、その場で譜面を見て、あっという間に演奏出来る状態まで持って行った。
初見で他のメンバーに合わせられるレベルまで弾ける人間に、俺は初めて会った。それもコードの白玉引きじゃなくて、きちんとしたバッキングだ。当然、ギターソロの代りにキーボードソロも入れて来た。キーボード奏者としてもかなりの腕前だ。
ここにギターの木田君がいたら、かなり恰好良くなったのになぁと俺は残念に思った。

そして練習が終わり、受付近くで煙草を吸いながらちょっと雑談をする。すると鍵盤の紀伊さんがかなり引っ掛かる事を言い出した。「次回の練習は、ここじゃなくて、Bスタジオがいいですね。そこなら車で行けるし」
俺達が使っていたAスタジオは急な階段が二つある。足が悪い紀伊さん(会って初めて知った)は、ここのスタジオだと無理だと言う。
ヴォーカルの可奈ちゃんは「Bスタジオですねー、判りましたー」と答えていた。ベースの先生はBスタジオに関しては何も言わなかった。そして俺もその件に関しては無言。
帰り道、先生は車なので途中で別れた。俺と可奈ちゃんは同じ地下鉄の沿線なので一緒に帰る。俺は言った。
「Bスタジオは車じゃないと行けないよ。Bスタジオでやるなら、俺は無理だよ」
俺達が今まで使っていたスタジオは、俺の職場から徒歩圏内だし、帰りも地下鉄まで徒歩で帰れる。というか、地下鉄から徒歩圏内のスタジオが俺達がバンドを始める時に決めたコンセンサスだった筈だ。先生と木田君は車通勤なので、バンド練習も車で来ている。が、俺と可奈ちゃんは徒歩だ。
すると、可奈ちゃんが驚く発言をした。
「車だったら、先生か木田君に乗せて行って貰えばいいじゃないですかー」
俺は驚いた。バンド練習の帰りに「帰り道同じだから乗っていく?」というのなら、まだ判る。だが、行きも帰りも誰かに車でピックアップして貰うのを前提とするなんて話は聞いた事がない。
乗せて貰うこっちだって気を遣うし、練習の度にメンバーを拾わなくちゃいけない人だって嫌だろう、そんな面倒は。

俺は帰宅してから、鍵盤の紀伊さんについて考えた。一番引っ掛かったのは紀伊さんを加入させるとスタジオが変更になり、車でないと行けない場所に変わるという事。
そして次に引っ掛かったのが、紀伊さんが自分が加入するのを大前提で話していた事だ。バンドに加入した経験のある人、メンバー募集をした事のある人なら当然判ると思うけど、バンドは楽器演奏が上手ければ無条件で入れるという代物じゃない。
バンドの方向性や各メンバーの相性とかを考慮しないと、上手くは回らない。だから、練習初回はある意味オーディションみたいなものだ。紀伊さんは自分が参加するのが当然みたいな顔をしていたけれども、俺達で「紀伊さんを加入させるかどうか」という話をするのがまず最初だ。それにこの日はギターの木田君も欠席だったし。

練習中、紀伊さんが「曲の構成シートみたいなのはないの? 普通のバンドはあるよ」と言ったのも引っ掛かった。俺達はそんなもんは使ってなかったし、使う必要もなかった。バンドが100あれば100通りのバンドの進め方がある。それは正しい、間違ってるとかではない。だが、歴史は浅くても俺達は俺達のやり方で、この数カ月やってきたのだ。そのやり方を初回参加の人間があたかも間違っているような物言いをしたのが、俺は正直気に喰わなかった。新しいチームや組織に入ろうとするなら、少なくともその既存組織のやり方を尊重するような態度を取るのが、大人としてのたしなみだと俺は思う。
先生は何も言わなかったが、練習中かなりやり辛そうだった。俺に近いものを感じていたんじゃないだろうか、あくまで推察だけど。
だから、俺はそれらをLINEに書いて(なるべく感情的な面は隠して)送った。俺達は連絡をLINEでやっていたから。
可奈ちゃんは帰り道に俺に言ったのと同じ事(車は誰かに乗せて貰えばいい、あんな鍵盤が上手い人は他に見つからない等)を返信してきた。
木田君は「車なら自分がピックアップしますよ」と書いて寄越した。彼か先生しか車で拾ってくれる人はいないのだから、彼は気を遣ってくれたのだろう。
そして先生からは、新しい鍵盤の人について絡む事への返信は一切なかった。

俺は先生がもし新しい鍵盤の人とやると言ったら従おうと思っていた。多分、鍵盤の人とやって、プレイも気持ち的にも一番やり辛さを感じていたのは先生だと思ったから。
だが、先生はずっと無言(LINEの返信無し)だった。俺は「ああ、先生は鍵盤の人とはやりたくないんだな」と感じた。まあ、そうだろうとも思ったけれど。

ただ、この件に関しては先生が何か言わない限り、俺からアクションは一切しないつもりだった。俺が言いたい事はLINEとはいえ、全て言った。
そして、そのまま一ヶ月近くが経過した。そうしている間に、俺はデフ・レパードというブリティッシュロックバンドのカバーバンドに参加したり、サックス仲間のHさんに誘われてセッションに出たり、この歌謡曲バンドの事を黙殺した。

各メンバーがこれだけ放置プレイに徹しているという事は(あの夜にLINEでやり取りして以来、誰も発言していない)、このバンドはこのまま自然消滅的になくなっていくのだろうと思う。
こればかりは致し方ない。
もし、キーボード募集を掛けていなかったら、今でもバンドは継続していただろう。練習も何度かしていた筈だ。だが、たらればは言っても意味がない。
今更キーボードの募集をなかった事にして、4人でもう一度やり直すというのも難しい空気になってしまった。

男と女が些細な事から大きな亀裂が生じて別れるように、バンドも一つの事が切っ掛けであっさりと壊れてしまうものなのだ。
誰が悪い訳でもないだろう。きっとそういった巡り合わせだったのだ。

男も辛いし、女も辛い。男と女はなお辛い。逢うも別れも夢ん中…ってな。