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Some Were Born To Sing The Blues

酒好き、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。50歳目前で札幌に引越し、ピアノを始めました。

お前さらさらサーファーガール、おいらテカテカロックンローラー

日常

若い頃の刷り込みはいつまで経っても消えないんだなあ、という話を一つ。

俺は日に焼けた女性のルックスに弱い。よく、色の白いは七難隠すなんて言うけど、俺は色白な女性よりも日に焼けた色黒な女性のほうが好きだ。

無論、日焼けサロンみたいな人工的な奴はNGだ。あくまでも、自然に日に焼けたのに限る。なんか、魚の養殖と天然物の選別みたいですな、こんな事言ってると。

まあ、なんで俺が日焼けした女性が好きかというと、物凄く単純な話で、若い頃にそういった女性に出逢って、好きになったから、というそれだけの理由なんだが…

前にも書いたが、俺は群馬の山のふもとで生まれ育った。高校を卒業するまで、赤城山を毎日見て暮らした。多分、東京に出るまでに一番見た景色は赤城山だと思う。当然、海なんて数えるほどしか見た事なかった。

多分、上京するまでに見た海の回数は一桁じゃなかったろうか。

そして高校を4年掛けて卒業し(詳細は訊かないように)、俺は東京に出て来た。貧乏な家の子供だから、仕送りでのんびり暮らせる余裕はない。バイトをするのは両親との約束事だった。

当時、いや今もだろうが銀座の飲食店のバイト料金は割と高かった。だから俺は銀座の焼肉屋でバイトする事にした。当時の時給が850円。これは破格だ。

群馬の片田舎から出て来た田舎少年にとって、銀座はもう「東京」の象徴だ。俺が初めて東京を意識した街は新宿でも渋谷でもなく、銀座だった。だから、俺の中で銀座は今でも特別な街だ。

そして東京の、銀座の焼肉屋で働く。周りはみな、東京の男女ばかり(いや、俺みたいに田舎から出て来た人間もきっといるんだろうけど、そんな事を考える余裕は当時はなかった)。

そして、そのバイトの先輩にヒロコさんがいた。俺より2つくらい年上だったろうか。

俺が19歳だったから、ヒロコさんは21歳か。日に焼けて顔が黒かった。仕事中の雑談だったか、仕事終わりに皆で飲みに行った時に聞いた話かは覚えていないが、彼女が横浜の大学のサーフィンのサークルに所属している事を聞いた。

彼女はサークルのパーカーを着ていた(ということは仕事後の飲み会で聴いた話か)。確か、横浜大学か神奈川大学のどちらかのサーフィンのサークルに所属しているという話だった。パーカーの背中にローマ字で「YOKOHAMA UNIV.」か「KANAGAWA UNIV.」と印字されているのを見て、「おしゃれだなー」と思った記憶がある。

こっちは何度も言うが群馬の山の麓から出て来た田舎もんである。その前に日に焼けて、サーフィン部に所属している横浜の女性、もうステージが違う。

平民とセレブみたいなもんだ。当時、ヒロコさんに対して淡い恋心を頂いた記憶があるけど、最初から諦めてた気持ちもあったような気がする。こんなおしゃれな女性が田舎者の俺を相手にしてくれる訳ねーじゃん、みたいなね(笑)

彼女に告白しようとしたんだけど、色々上手くいかずに、結局片思いで終わった。まあ、俺の中でヒロコさんは女性というよりも憧れの象徴だったから、あんまり恋愛モードにならずにいたから、痛手はあまり大きくなかった。

アイドルに恋する中学生みたいな感じが近いだろうか。

そのヒロコさんは、歌手の杏里さんに似ていた。色が黒くて、小柄で顔が小さくて、髪が長くて。そばかすがあったのを覚えてるなあ、そういや。

だから俺が今でも日に焼けた女性を見ると、なんともなしに心がざわざわするのは、19歳の頃の俺の記憶が蘇るからなんだろう、きっと。

そしてそれはきっと悪い事じゃない。そんな話があってもいいんじゃないだろうか。

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