Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。

心臓に良くない

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(この写真は俺の実家の群馬県前橋市前橋駅前の様子)

今日は夕方からサックスのレッスンがあった。
発表会で演奏予定の「Walts For Debby」がレッスンのメインだ。曲全体はほぼ出来ているのだけれども、細かい部分がまだ怪しいので、その確認の為だ。
怪しいというか、間違ったまま覚えてしまったフレーズがいくつもあるんだよね。ジャズだから、別に正解はない。譜面通りに吹かなくちゃいけないという代物でもない(クラシックではないのだから)。
自分で覚えたフレーズを正解としてしまえばいいだけの話。
それはサックスの先生にも前から言っていた。「別にきっちり譜面通りに吹くつもりはありません」と。が、先生もさすがで交換条件を出してきた。
「じゃあ、今吹いているフレーズと譜面のフレーズを聴き比べて、どちらが良いか選びませんか? 今吹いているほうが恰好良いと感じるなら、そのまま吹いて貰えばいいですし」

うーむ。そう来たか。やるなあ。俺が吹いた(譜面と微妙に音数やリズムの違う)フレーズを、今度は先生が譜面通りに吹く。

あら?
譜面通りのほうが恰好良いじゃないですか。そんな箇所が3~4つあった。なんでかな? 答えはすぐに判った。俺の場合はアドリブ的要素を加えようと思って、譜面を崩している訳じゃないからなあ。単に早いフレーズとかで指が廻らないから音を間引いたり、吹きやすいリズムに替えてるだけだからだ。

素直に白旗。ここは譜面通りにやろう。無論、ジャズだから譜面にこだわるのなんて、ジャズじゃないぜ!と息巻く事も可能だ。だが、そんなどうでもいい見栄よりも恰好良いフレーズを吹くほうが大事だ。

その時、ポケットのスマホが振動した。取り出すと、なんと群馬の実家から着信あり。俺は慌ててレッスンルームを出て、廊下で通話ボタンを押す。
俺と同じように歳を喰った人なら理解出来るだろう、実家からの電話なんて良い知らせの筈がない事を。無論、俺も最悪の事態を想定した。
「もしもし」
「あ、お母さんだけど」
という事は、やはり不測の事態が起きたのは、オヤジのほうか…。今からチケット取ったとして、群馬に向かえるのはいつになるだろう、この瞬間に俺はそんな事を考えた。
「あのね、明日になるから」
母親が言う。うちの親は明らかに頭が悪い。まだ若かった頃から、母親は正直頭の回転が遅かった。親の悪口をBlogに書くもんじゃない、という意見もあるだろう。
だが、この状況でいきなり「明日になったから」と言われれば誰でもそう思うだろう。一瞬思ったのが、「死んだんじゃなくて、オヤジの手術は明日なのかな?」という事だ。他に解釈の仕様がない。

「アンタが家にいる土日にしようと思ったんだけど、間に合わなくてさ。野菜送ったけど、届くの明日だから」
力が抜けた。
最初に主語を言え。まず「野菜送ったよ」という言葉を一番最初に言えよ。
お袋にさんざん文句を言った。当然だ。文句を言う権利が俺にはある、この場合は。
うちの両親に共通しているのだけれども、話の要点を最初に言わない。延々と脇道の話やどうでもいいおまけを最初に言う。だからこっちが焦れて「話はなんだよ?」と文句を言って、やっと主題が始まるのだ。
これ、うちの親だけだと思うんだけど、他の年寄(今の70代)もそうですか?

まあ、オヤジに何事もなくて安心した。うちの父親はもう78歳だ。そして命に係る大きな病気を抱えている。いつお迎えが来てもおかしくない。
(去年の夏に群馬まで見舞に行ったくらいなのである)
だから、こういった状況で実家から電話がくれば、想定する事態は一つしか浮かばないのも道理なのであった。

さらに始末が悪い事に、俺の両親はスマホも携帯電話も持っていない。だから、どうでもいい用件でも電話になる。「野菜送った」なんて用件はメールで充分だ。だが、物理的に不可能。必然的に電話になる。

レッスンに戻り、先生に実家の群馬から電話があったと告げると先生の顔が曇った。先生は去年、身内の方を亡くしている。俺の言わんとする事が判ったのだろう。
俺は顛末を話した。先生の顔に安堵が浮かんだ。そりゃそうである。

「いやあ、何もなくて良かったですよー」先生が笑顔で言う。
「うちの親みたいに、携帯もスマホも持ってないとホント困るんですよね、こういう時。これから年寄になる人はメールもスマホも扱えるから良いけど、うちの親みたいな場合だとどうしようもないからなあ」
「でも、しょうがないですよねー」やはり先生は笑う。
「あ、あれですね。こういったメール使えない年寄用に新しいサービス出来ないですかね。電話もAIとかで制御して、用件全部話した後にAIが『それは緊急ですか、それとも急がない用件ですか?』とか訊いてくれるの。で、年寄が『別に急ぎじゃない』とか言うと、自動でメールして相手に送ってくれるの」
「それ、便利そうでいいですねー」
このサービス良さそうだな。どこか実現してくれないかな。

この歳になると、親にいつ迎えが来てもおかしくない。そもそも俺だっていつくたばるか判らない有様なんだから。だから、実家からの電話なんてないほうがいいに決まっている。
便りの無いのは良い便り、か。昔の人は良い事言うよ、本当。