Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

マーマレードの空

息を切らしながら、部屋の中に駆け込んだ。

俺は振り返って、ピートとシェリルを見た。シェリルは部屋のドアをロックする。ピートは窓の外に目を配る。
「大丈夫だ。誰もつけてきちゃいねえ」ピートは窓の外を睨みながら言う。
俺は肩に担いでいたバッグを床に下ろす。ピートも担いでいたバッグを放り投げた。
俺は冷蔵庫のドアを開け、バドワイザーのボトルを3本取り出した。それぞれ1本ずつ、ピートとシェリルに放る。
俺は一気にバドワイザーを飲み干す。ラッキーストライクに火を点けながら、さらに次のボトルを口にする。
「スチュアート。俺にも、もう1本」ピートがマルボロを咥えながら笑う。
俺は自分の飲みかけのボトルを奴に渡す。煙が肺の中にゆっくりと染み渡っていく。

シェリルは俺達が放ったバッグをテーブルの上に載せ、ジッパーを開いた。
 ヒュゥ~、ピートが口笛を吹く。バッグの中にはおよそ300万ドルのキャッシュ。そして、売り捌けば500万ドル以上になるヘロイン。
「これで私たち、一生遊んで暮らせるってワケね」
「ああ、もう工場のオイルともおさらばだ」

俺はおんぼろラジオのスイッチを入れた。"Lucy in the Sky with Diamonds"が流れていた。

「おい、シェリルこいよ」
ピートがシェリルを抱きすくめる。シェリルは革ジャンの下は黒のタンクトップ一枚のみ。
タンクトップの中に手を滑り込ませながら、ピートはシェリルの唇をむさぼり啜った。
「おい、もうすぐずらかるんだ。本番は勘弁してくれよ」
俺は2人に背を向けながら、おんぼろラジオをぼんやりと見つめる。
曲は"Don't Let Me Down"に変わっていた。やけに今日はビートルズの曲ばかり流れる。

「なあ、スチュアート」
ピートの呼びかけに俺は振り返った。「なんだ、もういいのか…」
ピートがサイレンサー付きのピストルを構えている。
「どういう意味だい、そりゃ」

ピートはラジオの方に顎をしゃくった。
「判るだろ。レノン/マッカートニーなんだよ。コンビなんだ。ジョージはいらねえんだ」
「俺が邪魔になったか」
「いや、最初からお前はカウントされてねえ。仲間が少ないほうが分け前が増える」
曲が"You've really got a hold on me"になる。くそっ、またビートルズかよ。

「スチュアート、地獄で会おうや。そうだな、50年後に…」
ピートの言葉が途切れた。後ろに振り向きながら、ゆっくりとピートが倒れた。
ピストルの引き金に指を掛けたシェリルが立ちすくんでいる。
「何故撃った? お前はピートの女じゃねえのか」
「ジョンはジョージとも組むのよ」シェリルが冷えた目を、倒れ込んだピートに向けた。
ああ、そうだった。"You've really got a hold on me"はジョンとジョージが組んだ曲だ。

俺はシェリルの腕を引いた。無理矢理に唇を重ね、舌を吸う。シェリルが熱い息を吐く。

そして、シェリルは崩れ落ちるように、床に倒れこんだ。
俺は硝煙を吐き出しているピストルを革ジャンのポケットに仕舞った。
シェリルの胸から真っ赤な血が流れ出して行く。シェリルの口が震えながら「何故?」と問うていた。

「ビートルズも最後は解散した。それにジョンとジョージが組んだのは1度だけだ」
応えぬシェリルに向かって言い、俺は現金の詰まったバッグを肩に提げた。ヘロインのバッグはお前達2人に呉れてやろう。お前達が使う機会はもうないだろうけれども。

アパートを出て外を見やると、マーマレードの空が広がっている。
ここから見るこの空も今日が最後だ。

タクシーに乗り込み、JFK空港へと向かう。カーラジオからはまた、ジョン・レノンだ。
「なんで今日は、ビートルズばかり流れるんだい?」
プエルトリカンの運転手に訊く。南米訛のきつい英語で運転手が応えた。
「旦那、去年の今日、ジョン・レノンが射殺されたの、忘れたんですかい?」
ああ、そうだったか。そんなこともあったな。

ラジオからは"War Is Over"
俺の闘いは、まだ終わっちゃいない。