Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。

お袋の味

相方が残業だというので、久しぶりに晩御飯を作る事にした。

取りあえず、豚肉のしょうが焼き(玉ねぎ、ぶなしめじ、ピーマン入り)が頭に浮かんだ。オクラか水菜の胡麻和えがサイドメニューだな。味噌汁は豆腐と油揚げにしよう(大豆三昧だな、おい)。しかし、ちょっとヴォリュームが足りないなあ。うちは基本的に家の晩御飯では白米を食べない(炭水化物抜きダイエットをしている訳じゃない。単純に俺も相方も、夜は白米を喰うだけの胃袋の余裕がないのだ)。

そこで「こんな時こそ卵焼きだな」と思いつく。卵にニラと魚肉ソーセージを入れよう。これでメニューは決まった。後はスーパーで材料を買って帰宅して、調理すれば良い。そんな事を考えながら、相方に「晩御飯は俺が作るよ」とラインのメッセージを送った。

そして「そういや、肉じゃがはお袋の味とか言うけど、あれは本当かねえ」とふと思った。なんで、そんな事を思ったかと言うと、魚肉ソーセージ入りの卵焼きのメニューを考え付いたからだ。

俺は群馬の赤城山の麓で生まれ育った。家はごくごく当たり前に貧乏だった。だが、そんなもんだと思っていた。俺は(高校を卒業して)東京に出てくるまで、豚肉以外の肉が入ったカレーを喰った事もなかったし、すき焼きに使う肉が豚じゃなくて牛だという事も知らなかった。そして、一般の家では肉じゃがは牛でやるということも知らなかった。うちでは全部それらは豚だった。冗談ではない。本当の話だ。だから、10代の頃の俺にとって、牛肉というのは吉野家の牛丼を意味していた。

家が貧しかったせいもあるだろうし、お袋が料理が下手だったというのもあるし、親父が馬鹿みたいに濃い味付けを好んだというのもあるだろうが、とにかく実家の料理の味付けはなんでもかんでも醤油だった。だって、晩飯に天麩羅が出ると、家族みんなでそれに醤油をつけて喰うのだ。天つゆなんてもんは東京に来てから知った。

こんな劣悪な食環境だからなのかは知る由もないが、俺は食道楽とは最も遠い所にいる。そして、俺は世間一般でいう「お袋の味」というものがさっぱりイメージ出来ない。無論、高校を卒業するまでは、ごくごく普通にお袋が作った食事を喰っていたのだが、何一つ記憶にない(何しろ、うちのお袋は俺の弁当を作るのを面倒くさがって、500円玉一枚寄越して、これでパンでも買って食べてくれ、というような人だったのだ)。

ただただ、飯のおかずの味付けが醤油オンリーで味が濃かった事のみ記憶している(これは半分は、そういった味をリクエストした親父のせいでもある)。

そんな中で唯一、これが俺にとってのお袋の味なのかなと思えるのが「魚肉ソーセージ入りの卵焼き」だ。晩飯に時々出るのはプレーンの卵焼きだった。だが、小学生の頃は子供にとって卵焼きは御馳走だ。その卵焼きなのだが、本当にたまにその卵焼きに魚肉ソーセージが入っている事があった。普通に考えたら、毎回魚肉ソーセージを入れればいいと思うんだけど、今考えると倹約していたんだろう。

だから、晩飯に卵焼きがあって、そこに魚肉ソーセージがないとがっかりした事も多々あった。それにしても、卵焼きに魚肉ソーセージがあるだけで幸せを感じられたとは当時の俺(の家)はどんだけ貧乏だったのか。ちなみに、この卵焼きもやっぱり味付けは醤油オンリーだ。塩、胡椒やケチャップで卵を食べるなんてのも、群馬にいる間は一切知らなかった。

という訳で晩御飯のメニューに魚肉ソーセージ入りの卵焼きを考え付いたから、そこから「お袋の味」ってなんだろうな?とふと思った次第だ。よく考えてみりゃ、俺は卵焼き作る時は必ず魚肉ソーセージ入れるもんな。刷り込まれてんだなあ。

うーむ。これ、お袋の味って言うよりも、三つ子の魂、百まで…のほうが近いんじゃねーか。ま、いっか。

という訳で、上に書いた予定通りのメニューを作った。無論、魚肉ソーセージ入りの卵焼きは軽く塩、胡椒してからケチャップで食べた。

さすがにもう、卵焼きに醤油をかけようとは思わない。

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