Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

ブライアン・アダムスを聴いていた頃…

「ブライアン・アダムスが来日する」とメールには書かれていた。

いつ登録したのか記憶にないのだけれども、時々「ウドー音楽事務所」からライブの案内メールが届く。「ウドー音楽事務所」というのは、外国人ミュージシャンのライブを取りまとめているブローカーだ、多分。

「ブライアン・アダムスか、懐かしいな…」
俺は何十年も前の日々を思い出した。俺がまだ17歳の少年だった頃、ブライアン・アダムスをよく聴いていた。典型的なアメリカン・ロックというべき音楽をブライアンは奏でていた。テクニカルさは一切ない。ブルージーで乾いたギター、シンプルなエイトビートに乗ったベースとドラム、キーボードというよりも、むしろオルガンと呼びたくなるようなオールドファッションな音色の鍵盤、俺の愛すべき要素が、彼の中には全て詰まっていた。

バンドとしてのアレンジもシンプルだったが、曲も単純明快だった。ギターのコードをジャカジャカかき鳴らしながら曲が出来たのだろうなと思わせるようなメロディ、判り易い歌詞。プログレッシブロックやジャズのような面倒くさい要素は何も含まれていない。その場にギターがあれば、10分で弾けるような曲ばかりだ。
だが、それが良いのだ。音楽はスキルやテクニックの発表の場じゃない。

今でも、ブライアンの代表的な曲は空で歌うことが出来る。それだけ何度も17歳のあの時に聴いたからだ。

「へぇ、こんなストレートなラブソング書くんだね…」彼女が感嘆するように言った。俺の部屋で、ブライアン・アダムスの『Heaven』という曲を彼女と2人で聴いていた。俺が17歳、彼女が15歳だった。
「どういう意味、それ?」俺が尋ねると彼女は笑った。
「彼の雰囲気からして、もっと硬派な曲書いてるのかと思ってた」
ふーん。俺は歌詞カードを確認する。確かにそこにはラブソングの王道中の王道な文字が並んでいた。
"Baby,You're all I want and I found it there in your heart.It isn't hard to believe we're in Heaven"

当時、俺がブライアン・アダムスの音楽を好きだったのは間違いない。だがあの時、俺の横に彼女がいなかったら、俺はあそこまでブライアン・アダムスを聴いていただろうか。それは怪しい気がする。
10代の頃の俺は、典型的なロックキッズだった。今みたいにジャズやブルースは聴いたことがなかった。勿論、偶々耳にしたことはあったけれども、惹かれることはなかった。
10代の俺には、ジャズもブルースも退屈な音楽でしかなく、信じられない話だが、Saxという楽器も五月蠅いだけの、邪魔な楽器でしかなかった。
俺は10代の頃はブルース・スプリングスティーンもよく聴いていた。スプリングスティーンも源流はカントリーであり、オールドロックだ。そこにはテクニカルな部分はない。そして、スプリングスティーンのバンドにはテナーサックス奏者がいた。当時、俺はサックスソロを聴くと「Saxうぜーな。ギターソロ弾いてくれないかな」と思っていたのである。
まさか、「Saxソロ邪魔だなー」と思っていた少年が、その20年後にSaxを手に取ることになるとは、当人ですら想像すらしていない。

30代の終わりにSaxを手にし、50代半ばになった今でも「Saxの最高の音色はどこにあるのだ?」と探し求めている。この旅は死ぬまで続く。

あの時、俺の横にいて、笑顔でブライアン・アダムスを聴いていた彼女も、その後俺がSaxを手にするとは夢にも思わなかっただろう。当人の俺ですら思っていなかった。
高校生の頃、音楽仲間に頼み込んでスタジオに入り、とあるバラード曲を演奏して録音した。俺はリードボーカルとリードギターを担当した。その曲はカセットテープ(!)に録音して彼女に渡した。
彼女と別れて何年も経ってから、「あのテープ、まだ持ってるよ」と言われた。もうさすがに今は現存していないとは思うが。

当時は、彼女と一緒になることを夢見て、それが現実になると疑わなかった。17歳だぜ。そう思っても許してやってくれ。ライフプランも将来設計も何も描いていなかった幸せな頃だ。どんな仕事に就くのかすら頭の片隅にもなかった頃の話だ。ただ単純に彼女と結婚して一緒になること以外、何も考えていなかった。
好きな彼女の笑顔を見ること、彼女と手を繋いでキスすること。それ以外に何もなかった。本当にそれしかなかった。
今の俺は当然の話として、老人一歩手前のおじいちゃんなので、そんな17歳の頃のようなキラキラした感情や感覚は持ちえない。
でも何十年も経つのに、17歳の頃のあの気持ちや煌きは今でも思い出せるんだよな、不思議だな。

とりあえず、ブライアン・アダムスのライブはチケットを申し込んだ。抽選なので見られるかは保証の限りじゃない。でも見たいな、そう思う。
彼のライブを見ることが出来たら、何十年も前の17歳の頃に、俺は戻れるんじゃないか、そんな気がする。