昨日、仕事から帰ると、相方が「報告があります」と俺に神妙な顔を見せた。
相方が俺に報告があるといった場合、それは2種類しかない。
「貴方とはもうやってられないんで、離婚します」か「へへ、また新しい服(バッグ)買っちゃった」のいずれかである。
ちなみに報告が前者だった場合、「離婚して下さい」ではなく「離婚します」である。彼女が俺に許可を求めることはない。許可ではなく、宣言である。
俺は「ふーん、なに?」と誘いを向けた。相方は鬼の首を取ったように高らかに言う。
「お正月、江の島の旅館に決まりました!」
よく取れたね、俺は感心した。
(何故か、江の島ではなく鎌倉の写真)
2020年10月、俺は東京から神奈川へ、相方は札幌から神奈川へそれぞれ引越しをして、1年半の別居生活に終止符を打った。
それまで俺達は毎年海外に旅行していたのだけれども、2020年はこの引越しダブルがあったので海外旅行は最初から予定していなかった。予定を立てなくて良かったとも言える。
仮に引越しがなく、海外旅行をスケジュールしていたら、コロナのせいでキャンセルとなり、非常に悲しい思いをすることになったであろう。
俺が相方を札幌に一人残して東京へ転勤になった時(2019年初夏)、「私が東京に戻れるのは2020年の秋頃だなあ」と相方は言っていた。2020年は引越しがあるから、海外旅行は無理。じゃあ、2021年の10月中旬辺りに、スペインかポルトガルに行こうと俺達はざっくりとした予定を立てた。
ご存じの通り、コロナで全てが白紙になった。
相方が「海外が無理なら、せめて温泉旅行くらいは行きたい」と言う。果たしてこれを我儘と取るか、せめてもの贅沢と解釈するかは人によるだろう。
既婚女性が旅行にいく喜びの一つに「食事の準備や部屋の掃除をしなくて済む」というのがあるのは間違いのないところだと思う。
ましてや、海外旅行大好きな相方は2年連続で海外に行けないのだ。その代替として国内旅行をするくらいの希望は叶えてやっても罰は当たらないだろう。
そして、俺だってやはりスペインやポルトガルには行きたいのだ。去年は最初から納得していた。だが、さすがに今年も無理だとは2019年の時点では思ってはいなかった。
2020年の3月にコロナが世の中を覆い始めた時、俺達は「今年は海外旅行を計画してなくて、むしろ良かったね」と言い合ったくらいだ。
だが、2021年の年が明けた頃は「これは今年も無理じゃないか」という空気になっていた。俺達はちょっと楽観視しすぎていたのかもしれない。
相方は夏が来るちょっと前から「これは今年は温泉だな(海外旅行の替わりに)」と事あるごとに呟いていた。ようはサブリミナル効果じゃないけれども、俺に何度も言うことによって「正月(年末年始)は温泉旅行だよ」と俺に刷り込みをしていたのだ。
江の島の旅館は温泉じゃない。それでも、大浴場に入ってのんびりすれば気分はだいぶに違う。旅館の年末年始用の晩餐は、普段の食事とは一味も二味も違うはずだ。
そりゃ、本音を言えばポルトガルに行ってみたい、またスペインに行きたいという気持ちがないかと言えばそれは嘘になる。だが情勢が情勢だけに贅沢を言えばキリがない。
こんな世の状態で、国内でも旅館に泊まって新年を迎えることが出来るだけでも、相当な贅沢だろう。仕事を失って生活すること自体が大変な人だって多数いる。
ただ、苦しんでいる人がいるからといって、じゃあこちらも自粛するのが筋かと言えば、それも違うだろう。
結局のところ、俺も相方も自分に出来ることをやって、自身の喜びを見出して、そして日々を生きていくしかないのだ。
そうやって生きていくのだ。なんて偉そうに言っているけれども、正月は江の島でシラス丼が喰えるかもなぁと期待している俺がいる。