Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

静かな夏がやって来る

「ねえ、晩御飯どうしようか?」
夕方、スポーツジムに行こうと準備している相方が俺に尋ねてくる。明日の午後、新しい冷蔵庫が来る。そのため冷蔵庫の中を空にしておかなくてはいけない。つまり今夜は外食だ。

ジムから帰って来た相方と「じゃ、外食でいいね。早く行かないと店が閉まる」駅前へ出掛けた。時刻は夜の7時を回った辺り。駅前はあまり飲食店が多くない。俺達が住んでいる街は、川崎駅と横浜駅がすぐ近くにあるせいで、今一つ栄えていない。
相方がジムで汗を流して塩分補給が必要だとのことで、ラーメン屋に入る。

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食事を終えて、帰宅途中に団地の敷地内を通る。そこにはちょっとした公園的なスペースがある。俺達がこの街に住み始めたのは去年の10月。つまりこの街で迎える初めての夏だ。
「本当だったらさあ、お盆の頃にここで夏祭りとかやったんだろうねえ」
「なんか掲示板に今年の夏祭りは中止ってポスター貼ってあったよ」
「屋台とか出たんだろうなぁ…」
きっとここに住んでいる人達の夏の風物詩だったに違いない。間違いなく去年の祭りも中止だったろう、そして今年も無論中止。

と、火薬の匂いに気付く。暗いところに人が集まっているのが見えた。ああ、家族で花火大会をやっているのか。数組の家族が花火をやっているようだった。
本当だったら、きっと夏祭りで花火大会とかがあったのかもしれない。それが中止になったので、こじんまりと家族での花火大会を開催しているのだろう。
「ほんとはここ、火使っちゃいけないんだよね」相方が小声でささやく。
確かにそうだろう。きっと火器使用には公園事務所とかに許可を取るのが必要なのは想像がつく。だが親達はちゃんと水の用意はしているだろうし、「おい、ここは火器厳禁だよ!」なんて言うのは、いくらなんでも無粋過ぎる。
夏祭りを味わうことの出来ない子供達のささやかな楽しみを奪う権利は俺達にはない。そのくらいのルール違反は見逃してやれ。

「そういえば、去年の夏は中野で何にもなかったなー」俺は言う。去年の夏は、俺は東京中野で単身赴任生活をしていたのだ。それはイコール相方が札幌で独り暮らしをしていたという事になるのだけれど。
「だって、夫は自らアパートの中に閉じこもっていたんでしょ?」相方は俺を"夫"と呼ぶ、或いは"とーちゃん"である。
「しょうがねえじゃん。でもさ、バンド組んで初ライブやろうぜって計画までしてたんだよなあ。それがコロナで全部パーだよ」
2019年の初秋にバンドを結成し、2020年の2月に「6月を目途にライブやろうぜ」と盛り上がった。俺達のバンドの練習ペースやレパートリー、ライブ用の曲選び、そういった事を鑑みたら、2020年6月頃にはライブがやれる筈だった。
これ以上は書く必要もないだろう。無論、全てが白紙になった。ライブはおろか、バンド全体の練習すら去年の3月から一度もやっていない。

色々なモノがなかった事にされ、色々な事が実現不可能となっていく。今年の夏も何の記憶も残らない、何の爪痕も残さない夏になるのだろう。
あ、東京オリンピックをやった年として記憶されるのか。そうか。でも、東京オリンピックは俺のモノじゃない。そういう事じゃねえんだよ。