Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

非日常を味わうのは悪くない

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この画像は、ネットでたまたま見つけた長野県の奈良井宿という町。いやあ、風情あるなあ。時代劇と池波正太郎と蕎麦が好きな俺からすると、堪らない感じである。
相方にこの画像をLINEで送って「色々落ち着いたら、ここ行ってみたいね」とメッセージを送った。相方からは「いいね!」の返事が。

俺も相方も(海外)旅行が好きなのだけれども、その目的がちょっと異なっている。相方が旅行に行くのはあくまでも世界遺産が目当て。だから、相方が海外に行きたいなーとなった場合、それは世界遺産(それも自然遺産でなく、文化遺産)がある事が最重要テーマとなる。
過去に二人で行った海外でも、世界遺産が絡んでいなかったのは、LAに行った時だけだ。この時はLAでしかやっていないシルク・ドゥ・ソレイユの演目を観に行ったのである。相方はシルク・ドゥ・ソレイユのファンでもある。
LAでは、レンタカーでサンタモニカまで行ったり、サンディエゴまでハイウェイを飛ばしたりと楽しかった。サンディエゴで二人で歩いていると、白人女性(50代後半から60代前半くらいだったろうか)に声を掛けられた。
「貴方達はご夫婦?」
「そうですけど」
「そうやって二人で歩いているのはいいわね。うちはもう別行動。こうなったら、駄目ね。夫はどこにいるのかしら?」
そんな愚痴言われても知らんがな。

俺が海外旅行を好むのは、非日常を味わいたいからだ。そして旅行よりもどちらかというと、その現地で生活するほうが好き。出来れば、アパートでも借りて、ジモティ御用達のスーパーに行って現地の食材やら飲み物を買って自炊し生活する。そういった事をやりたい。だが、現地で生活するというのはそう簡単じゃない。それだけの時間と金の余裕がなくちゃ不可能。
その代替手段としての旅行である。
現地で暮らしていたら、それが日常になるんじゃないの?という疑問をお持ちの方もいるだろう。だが、日本人が日本以外の国で、日本語以外の言語を使って暮らす、これが非日常でなくて、何なのだろう。

また、若い頃よりも歳喰ってからのほうが旅行が好きになった。これは自己分析すると、学生時代とかは毎日が呑気だったから、精神的ストレスが少なかった。仕事を始めてどんどん日々がきつくなった時に、それを忘れる(ストレス解消)為に旅行が良い作用を及ぼしているのだと思う。
非日常ということであれば、何も海外でなくても国内でも良い。だが、海外のほうがより非日常感は強くなる。日本人が殆どおらず、日本語が一切使えないという場所に行くのが最高である。

相方と一緒になって、早いもので12年が過ぎた(うちらは出逢ったのが遅いので晩婚なのよ)。そして毎年海外へ出掛けた。若い頃はサーフィンをやっていたアウトドア派の相方も、歳喰ってサーフィンを引退していたから、海外旅行が唯一の楽しみなんだーと年中言っていた(俺と知り合った時は、既にサーフィンは引退していた)。
基本的にこの12年で出掛けた海外は全て相方の希望の国、都市である。俺が希望を出した事は一度もない。典型的な「金は出しても口出すな」の人である。
ちったあ、相方も俺に感謝の念を示せよな、ぶつぶつ。

だが、今年はそもそも海外旅行の予定は立てていなかった。今年は相方が札幌から東京に戻る予定になっていたから、旅行をする余裕がなかったのだ(金銭的にも時間的にも)。
代りに初冬か年末辺りに温泉でも行きたいものだな。ゆっくりと非日常を味わうのは悪くない。