Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

また、札幌雪まつりの季節がやってきた

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札幌で過ごす三回目の冬。そして、それは三回目の札幌雪まつりを意味する。
さすがに三回目ともなると、有難味もだいぶに減って来た。俺の中で、雪まつりが「ハレ」から「ケ」へと変わって来たからだ。

札幌で部屋探しをした時に不動産屋の店長が言った「雪まつりを見るのは観光客だけです。地元民は寒いから家の中にいます」という言葉が年々、現実味を帯びて来る。
だが、それでもやはり今年も雪まつりを俺は観に行った。何故だろうか。答えは簡単で、東京の友人に雪まつりの写真を見せる為だ。
(この辺りの件は、前回のエントリと重複する)

雪まつりを見るのに、ある種の義務感的な気分があるのは否定出来ない。昨日、雪まつり初日。早速観に行った。温度計がマイナス5℃を示している。寒いなあ。
札幌に引っ越したばかりの時、ケーブルテレビの工事担当者が家にやってきた事があった。その時「仕事の関係で東京から引越て来たばかりなんだ」と担当者と雑談をしていると彼が言った。
「本州の人は、道産子は寒さに強いと思っているでしょ? そんな事ないですからね。寒さに弱いのは本州の人と変わらないっすから」
当時は、そんなことねーだろ。道民はやっぱり寒さに強いだろ、と思っていた。だが、札幌に住んで丸二年。判った事がある。人は寒さに強くなんかなれる訳ないのである。

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雪まつり会場は多数の人々。きっと9割は観光客だろう。そしてそれが正解なのだ。地元民が雪まつりを見ても仕方ない。仕方ないという言い方は暴論だけど、多数の観光客が見たほうがいい。それは札幌の文化を他国や他の地の人に知って欲しいから、なんていう文化的発想からじゃない。
札幌の雪まつりに合わせて観光客がやってくれば、彼らはここに金を落とす。飛行機代を払い、ホテルの宿泊代を払う。そして雪まつりを見るとなれば、合わせて札幌観光、他の北海道の観光をする。
そうする事によって、地元の飲食店や土産物屋、色々な店に金が落ちていく。そこが肝要なのだ。

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雪像は確かに綺麗だ。見れば、よく出来てるねえなどの感嘆の言葉が出て来るだろう。だが、言葉じゃ腹は膨れない。雪まつり会場に多数出ている屋台に観光客が寄って、ホットワインを飲み、イカ焼きを食べ、その他の美味い道産の地のモノを喰ってくれる事によって腹が膨れる。
ちなみに、俺が言う「膨れる」というのは、観光客の腹じゃない、俺達札幌市民の腹(懐)だ。

だから、雪まつりには開催する意味があり意義がある。地方都市は今はどこもかしも青色吐息だ。人と物と金が溢れているのは、東京ばかり。
こういったイベントに人が集まり、金を落としていく。金がない奴に金を出せと言ったところで、無い袖は振れない。だとしたら、袖を振ってくれる人が沢山振ってくれれば良いのだ。

と、そんなエコノミックな事を考えながら雪像を見ていた訳じゃない。思っていたのはただ一つ「寒いなあ」だけである。馬鹿みたいに寒い。
会場の真ん中辺りまで進んだところで、来た事を後悔した。だが、戻るにしても進むにしても、地下鉄の駅の丁度中間地点。だとしたら、隣駅までの距離は歩くか、そう決めた。

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ホットモヒートを出している店がある。ああ、美味そうだなあ、飲みたいなあ、ホットモヒート。ホットじゃなくてもモヒート飲みたいけど。ホットワインが500円で売っている。ああ、ホットワイン飲みたい。飲めないけど。

そんな事を考えながら歩いていたら、札幌来た最初の冬、最初の雪まつりの時も一人で雪まつりを見て、「ホットワイン飲みたいなあ」と考えていた事を想い出した。
俺は雪まつりを見る度に「ホットワイン飲みたいなあ」と思っているようだ。熱燗でもいいんだけど。

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ただ、札幌最初の雪まつりは一人だった。ちなみに去年も今年も一人で見ている。去年は相方が職場の人に「雪まつり一緒に見に行こう」と誘われたので、俺は残業終わった9時過ぎに一人で見た。
そして今年は相方がスペイン語教室の授業を受けている間に一人で見ている。俺の場合はどっちかというと観に行くというよりも、写真を撮りに行くというほうが正しいのだけれども。

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東京の友人に毎年律儀に撮った写真(画像)を送る必要はどこにもない。向うだって、送ってくれれば見るけど、なければないで別に構わんという程度だと思う。

それでも俺が送るのは、やはり自分に対して「俺はもう札幌に住んでいる人間なんだ」という事を自己認識させる為にやっているのかもしれない。

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