Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

最初で最後のI LOVE YOU

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残業をしていると、チームの中堅若手であるD君(28歳前後)が声を掛けて来た。
「***って、いつまででしたっけ?」
俺がスケジュール管理している案件なので、ちょっと待ってと言って調べて彼に伝える。彼は「なんとかなるな」と呟く。
D君に状況を確認し、これなら助っ人は要らなそうだと思いつつ、彼に言う。
「しかし、仕事って奴はどうしてこう重なる時は重なるかね。暇な時は徹底して暇なのにな」
「ですよねー。そういえば、@@@の案件の時って、休暇と当たってませんでしたっけ? また海外ですか」
去年の秋頃に10日程休みを取ってスペイン、バルセロナへ行ったのだ。彼はそれを覚えていたらしい。
「うん。今年はメキシコ行こうかと思ってさ」
するとD君が驚く事を言う。
「僕、海外一度も行った事ないんですよー。日本語通じないじゃないですか」
海外は特別な場所じゃない。だから、逆に行った事のない人間がいても別段不思議な事ではないのだ。俺は彼に、英語が通じないメキシコで道に迷って、路線バスに6回乗った経験談を話した。
「やっぱり、日本語通じるところがいいなー」彼は自分の中で結論に達したようだった。

席に戻った時にふと考えた。俺は海外に旅行するけれども、実は海外旅行よりもその地に住むほうが好きなのだ。だから、可能だったら、気に入った海外の街とかに半年とか暮らしてみたい。でも、それが叶わないから、一週間前後の旅行でそれの代替としているのだ。

俺が暮らしたと言える海外と言えば、サイパン(一ヶ月暮らした)かアメリカ(二都市にトータルで一年半)しかない。今、金や諸々の事を一切無視出来ると仮定したら、スペインのミハスで暮らしてみたい。地元のスーパーに日々通って、そして呑気にサックス吹いたりピアノを弾いたりして暮らすのだ。完全に夢だけど。

そんな事を考えていたら、大昔(25年くらい前)にアメリカのシンシナティに長期出張で滞在していた時の事を思い出した。シンシナティにはトータルで半年弱いた。正しく俺の望む【現地で生活する】だ。長期出張なので、ホテルではなくて現地のアパートを会社が用意してくれた。普通にキッチンもあったから、自炊とかもよくした。

ある夜、部屋の電話が鳴った(会社は電話も用意してくれていた。今と違って携帯電話もスマホもない、固定電話の時代である)。同じアパートに、一緒に出張している日本人がいたから、その人達からの「酒でも飲もうぜ」という誘いだと思った。
「もしもしー」
"Hello! Joe,you there?"
おっと、電話の主はアメリカ人だった。声の雰囲気からして、若い白人女性(声質で、黒人とかヒスパニックとかは判る)。
「あれ、ジョーの番号じゃないの?」
「間違えてるよ」
「ごめん、間違えたわ。ところで、貴方誰?」
「名前言っても判んないだろ。日本人だよ」
「なんで、日本人がいるの?」
「仕事でこっちにいるんだよ」
「ふーん。そっか。ごめんね。じゃーねー」
電話は切れた。今の時代だと、間違い電話が掛かる可能性はかなり低いだろう。友人、恋人等の番号はスマホに登録してある。だから間違えようがない。が、当時は固定電話しかなかったから、自分の手帳とかに書いてある番号を見ながらナンバーをプッシュする。押し間違える事もあるだろう。

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そして、その間違い電話から二週間くらい経ったある夜。
電話がまた鳴った。
「もしもしー。ねえねえ、この前間違い電話した者だけど、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。なんでまた掛けて来たの?」
「せっかくだから、お喋りしようと思って」
人生で、間違い電話を受けた回数は数える程しかない。そして、その間違えた相手から(意図的に)再び電話が来た経験は初めてだった。
相手の女性は名乗ったかもしれないし、名乗っていないかったかもしれない。だが、二回目の電話で、俺が「CBISというビルあるだろ。そこで働いているんだ」と話した事は記憶している。
彼女は「日本人と話をするのは初めてだ」と言っていた。多分、興味本位で日本人とお喋りしてみようかと思ったのだろう。
それにしても今でも不思議なのが、なんで彼女は間違い電話の番号に再び掛ける事が出来たのか。手帳に番号を誤って記載していたのかもしれない。

彼女とは他愛もない話をした。それにしても、一度も会った事のないアメリカ人女性と会話をするというのも、かなり奇跡的な話ではある。
俺は彼女に「せっかくだから、会ってみないか」と誘ってみた。
「会ってどうするのよ?」
「会って話をしようよ」
俺自身、やっぱり電話で話すよりも、直接のほうが話がしやすいというのがあった。これは日本語だろうが英語だろうが一緒だ。で、正直、下心がなかったかと問われれば、下心はあったと答えるよりない。
勿論、会った事がないのだから、顔は判らない。判るのは話し方とかの【雰囲気】だけだ。その醸し出す空気が心地よかったのは覚えている。それに、せっかくアメリカにいるのだから、こんな奇遇な縁で友人が出来たら良いなという気持ちもあった。

「CBISビルの前にKFCあるだろ。そこで待ち合わせしようよ!」(KFCを待ち合わせ場所にしようと提案したのも覚えている)
彼女は「どうしようかなあ、うーん」みたいな感じで迷っていたが、結局YESの回答は貰えず、電話は切られた。
そして、彼女からの電話が再び来ることはなかった。

これは俺の人生において、最初で最後のナンパだ。酒の席で女性を口説いた事がないとは言わない。だが、それはあくまでも顔も知っていて名前も知っている相手だけだ。
名前も知らない、ましてや顔も知らない、おまけにアメリカ人(今考えると英語を話していたが、アメリカ人である確証はどこにもない)をナンパしたのが俺の人生における唯一のナンパ記録だ。

別に外国人をナンパしたいから、海外で暮らしたいのではないけれども。
ただ、海外で暮らすと、きっと思いもよらぬ経験が出来る事だけは、保証しても良いかもしれない。