Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

ブレスレットが欲しい

先日、古い友人が誕生日を迎えた。友人という表現が適切なのかは正直判らない。友人は女性だ。
彼女は俺の元上司であり、元恋人。じゃ、今の関係は何なのか?と人に問われたら、とりあえず「友人」と答えるより他ない。
彼女と知り合ってから30年が経っている事に、ふと気付いた。

若かった頃、彼女の下で働き、一緒に働いている間に気付けば恋愛感情が生まれていた。さして珍しい話でもない。よくある職場恋愛の一つだろう。
ただ、ちょっと珍しい点があるとしたら、彼女が俺よりも一回り以上、歳が上だったことくらいか。それだって別に異例という程の話でもない。
男と女が恋愛をして付き合って、一緒に時間を過ごし、互いに嫉妬して傷つけあったり、そんなごくごく当たり前の関係を築いていただけの事だ。
彼女が自分の年齢を引け目に感じていたのは、付き合いの当初から判っていたし、そんな事は俺には些末な事だった。でも、それは俺が年下の男という立ち位置だったからだろう。女性からすると、それはやはり大きな問題だったに違いない。
何度も言われた。
「私みたいなおばさんと無理して付き合う事ないじゃん。貴方はもっと若くて綺麗な子と付き合えばいいのよ」
何度も何度も、俺はお前がいいんだと言った。無理して付き合ってる筈がない。言葉を重ねた。それでもやはり、彼女の中に越えられない一線のようなものがあった気がする。

彼女は俺にジュエリーを欲しいとねだった事があった。だが、一度も指輪が欲しいとは言わなかった。「ブレスレットが欲しい」そう言った。指輪ではなく、ブレスレット。当時は意味が判らなかった。だが今思い返すと彼女の心情が判るような気がした。指輪が欲しいと言えば、それはそういった意味になる。だから彼女は俺にそれを言い出せなかったのだろう。そして、その深い意味に当時の俺は気付くことが出来なかった。

f:id:somewereborntosingtheblues:20200107215458j:plain

俺自身、彼女と一緒になることを考えなかった訳じゃない。何度も考えた。彼女だって俺に対して冗談や遊びで付き合っていたのじゃない。それは充分に判っていた。それでも結局一緒になる事は叶わなかった。それが俺と彼女の限界だった。
勿論、色々あった障害を乗り越えれば、一緒になれたかもしれない。だが、俺達二人には、その障害を打ち破るだけの力と意志がなかった。力と意志という言葉は、俺自身に器量がなかったからと言い換えても良いかもしれない。若かったからかもしれない。もう少し俺が大人だったら、年齢を重ねていたら上手くいったかもしれない。だが、それは仮定の話だ。たらればの話はどこまで行っても現実にはならない。

別れても、俺達は同じ会社の人間だったから、そこは社会人としての振る舞いを守った。それは彼女も同じだ。そうやって俺達は気づくと、潰れそうな零細企業の戦友として、同志として時を過ごした。互いに男女としての意識や行動は無くなった。
正直、彼女がどう思っていたかは判らない。そんな事は訊けることでもない。俺自身も自分の想いは封印した。彼女への想いを昇華させるのに、どれだけの時間が掛ったかは忘れてしまった。
まだ、俺が相方と知り合うずっと前の話だ。そして、相方と知り合うまでに、俺は何度か恋愛で回り道をする事になる。所詮、昔の話だ。

その後、結局会社は潰れ、俺達は一緒に時間を過ごす事もなくなった。その後、会社の元メンバー達で集まって旧交を温め合うようになった。年に数回、「懐かしいねー。元気にしてる?」といった感じで。
当たり前の話だが、彼女と二人きりで逢う事はなかった。会う時は必ず複数のメンツでだ。それが別れた男と女のルールというものだろう。互いに別の相手がいるのだから。

知り合った頃は、まだ20代だった若造の俺も、既に50代だ。30代だった彼女もとっくに還暦を過ぎた。俺達の恋愛も黴の生えた古臭い話となった。今更、押入れの奥から引っ張り出そうとは思わない。
それでも、時々ラインのやり取りをしたりはする。
俺が札幌に行く時に、その会社のメンバー達で送別会をしてくれた。彼女と会ったのはそれが最後。
もしかすると、もう彼女は俺と会うつもりはないのかもしれない。何故なら札幌に行くときに「多分、札幌には60歳になるまでいる」と宣言していたからだ。会社都合で二年半で東京に送り返されるのは想定外だった。
だから、彼女からしたら、俺と会う最後の機会と思っていた節がある。

次に逢う時は、俺が彼女の告別式に出席する時か、俺の告別式に彼女が参列してくれる時か。
運が良ければ、死ぬ前に逢えるだろう、だが、それで良いのだ。だって、大事な想いは胸の奥に仕舞ってあるのだから。