Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

異邦の地なれど、離れ難く

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札幌での残りの生活も二週間程度となった。現時点で、東京で暮らす部屋も決まっていないのだが、大丈夫なのか、俺? 多分、大丈夫じゃない。今週末に二泊三日で東京へ行ってそこで部屋を決めてくるのだ。そして日曜には札幌で最後となるライブもある。日曜の昼に東京から戻って、夜に札幌でライブ。突貫スケジュールではあるが、仕方がない。

未だに、札幌を離れる実感がない。今までに人生で一年以上暮らした場所はそれほどない。故郷である群馬、大学時代を過ごした埼玉、社会人としての大半の時間を過ごした東京、そして50代になってから(厳密には49歳だったけれど)住み始めた札幌。
札幌を離れることが、他の地を離れた時と大きく違うのが「自分の意志で離れたか否か」だと気付いた。
高校を卒業して、大学進学で故郷の群馬を離れた。そして大学を3年で中退し、就職の為に埼玉から引っ越した。東京でずっと働き、新しい仕事や生活を得る為に東京を後にした。
これらの移動は全て、自らの意志によるものだ。勿論、色々な人や色々なことが決定の要因になっていることは否定出来ない。人が生きるということは、多かれ少なかれ他者の影響を受ける。無人島で暮らしでもしない限り、全く自分自身の考えだけで生きていける、人から一切影響を受けない人間は存在しない。俺の過去の決定だって、自分で気づいていないだけで、有形無形の色々な人や物ごとの影響の結果によって決まっているのだ。だが、最後は自分自身で決めたことだ。

札幌を離れる事になったのは、一言でいってしまえば「会社の決定」だ。そこに俺の意志はなかった。「東京に戻りたくなかったか?」と問われると、これは答えるのが非常に難しい。人生で一番長く暮らした場所であるし、相方の故郷でもある。だから、戻りたい意志がゼロではなかった、というのが一番俺の心情に近いと思う。ただ、「今じゃない」という本音もある。まだまだ札幌にいたかった、と。
東京に戻れば、仲良くさせて貰った人達と再会出来る。旧友とやっていたアコースティックギターのデュオも再開出来るだろう、きっと。そういった懐かしい人達とまた時間を過ごすことが可能になるのは、とても喜ばしいことだ。
だが、俺だって札幌で、職場と家だけを往復していたんじゃない。札幌でも仲良くしてくれる人達と出会い、楽しく音楽活動もやってきた。それらが全てゼロになってしまうのだ。当たり前の話だが、一緒に活動した時間や空間、思い出までが消える訳じゃない。それらは大切に自分の胸の奥深くに仕舞っておけばよい。でも、これからやれるであろう、やろうと思っていたプランは実行出来ないまま立ち消えとなってしまった。
それが残念でならない。

俺の仕事(システムエンジニア)は、それほど転勤が多い職種じゃない。一生転勤を経験しないで終わる人のほうが圧倒的に多いと思う。金融関係の人達は、数年に一度、必ず転勤が発生すると聞く。そういった職種の人は、どうやって転勤の度に自分の気持ちに折り合いをつけているのだろう。
「そういったものだ。仕方ない」と達観出来るのだろうか。それとも、赴任先が変わる度にやるせない気持ちになっているのだろうか。
昔、若かった頃、遠距離恋愛となって、それが原因で別れてしまった恋人がいる。あの時、もし離れ離れにならずにずっと一緒にいられたら、きっと今でも一緒だったと思えるくらいの関係だった。物理的距離が原因で別れるくらいなら、どうせ他の原因で別れていたよ、したり顔でそう言える人には、さぞかし立派な恋愛経験を積んできたのだろうと反論しておく。人と人の関係で距離がもたらすインパクトは決して小さくない。

中年になってから暮らし始めた札幌は、俺にとって異邦の地だった。今でもさすがに「第二の故郷」と呼ぶほどの場所とはなっていない。東京から札幌に来た二年半前は、何も知らず、誰も知らなかった。でも今は違う。今後、東京から札幌に来る時、「ああ、懐かしいな」と思えるだけの場所になっているし、「やあ、久しぶり。元気でやってる?」と言える人達も札幌にいる。
それだけのものを得たのだから、この二年半の暮らしは、充分に意味があったんじゃないかな。俺はそう思う。