Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。そして2019年6月に東京暮らしを再開。生々流転の日々です。

ささやかな幸せ

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人生において、大きな幸せや不幸というものは、そう何度もやってくるもんじゃない。
なんども体験していたら、心も身体も恐ろしく疲弊してしまう。

俺の好きな映画の一つが「セント・エルモス・ファイヤー」なのだが、その中で主人公がこう言っていた。
「男には人生のターニングポイントが三つある。童貞を失った時、結婚した時、父親になる時だ」と。これらが果たして、人生における幸せとイコールになるかは正直判らない。だが、大きなイベントである事は間違いない。

俺はまだ人生において、「大きな幸せ」を掴んでいないのだが(この歳でまだなら、素直に諦めたほうが良い)、いつかは掴めると信じている。20年近く、ロト6を毎週購入しているのもその為だ。そのうち2億円当たって、悠々自適の生活を送れるようになる筈だ。
だが、まだどうやらその時期ではないので、ひたすらロト6貯金をしている状態だ。ちゃんと計算していないが、もう100万くらいは貯金している。この貯金の欠点は、好きな時に引き出せない事。だが、引き出せる時は2億だからな、それで良い。
※これはロト6に100万くらいつぎ込んだ、という意味です。実際に貯金しているのではありません。

とりあえず平凡な小市民の俺は、大きな幸せを掴むまでは、日々小さな幸せや喜びを得る事によって、なんとか生きていこうとしている。そんなに生きるのが辛いのかと問われそうだが、別に死にたくなる程辛い目に毎日遭ってはいない。だが、やはりジャブを何発も喰らえば、段々と辛くなってくる。

ランチに時々行く居酒屋が職場近くにある。居酒屋はランチタイムにリーズナブルな定食を提供してくれるのが有り難い。俺がいつも行く店も「ザンギ(鶏唐)・豚汁定食」を540円で食べる事が出来る。俺のような貧乏サラリーマンの味方だ。
年が明けてから、その店に行って衝撃を受けた。「ザンギ(鶏唐)・豚汁定食」が690円に値上がりしていたのだ。これは酷くないか? いや、一万円の商品が200円値上がりしたのなら、別に驚きはしない。540円の商品が690円だぞ。サラリーマンにとって、ランチの150円は大問題だ。
仕方なく、それを俺は注文した。中身は540円の時と一切変わっていない。全く商品の内容に変更がなく150円の値上げ。俺は悲しい気分になって店を出た。

無論、ランチが値上がりしたなんて事は、人生においてそれほど重要な事じゃない。ただ、俺は「もうあの店にランチに行く事はないな」と達観しただけだ。
これは俺にとっての「小さな不幸」だ。こういった小さな不幸が積み重なると、人生は段々と暗いものになってくる(定食一つで大げさな奴だ)。

こういった、小さな不幸が起きた時は、逆に小さな幸せを掴めば良いのだ。それで差し引きゼロになる。
が、問題はだ。俺にとっての小さな幸せって何だ?
すぐに一つ浮かんだ。朝、駅まで行く途中で、結構な頻度で眼鏡美人さんとすれ違う。髪は長く(仲間由紀恵さんばりのストレートロング)、黒縁の眼鏡を掛けている。すらっとしていて背が高く、多分職場の人気者なんだろうなあと勝手に推察している(この場合、彼女の性格は考慮しない)。
すれ違うだけだから、当たり前だが話をしたこともないし、名前も知らない。どこに勤めているかも当然不明だ。それらを知りたいとか思うようになったら、これはストーカーの出来上がりである。

だが、人間というものは慣れる生き物だ。日々、眼鏡美人さんとすれ違うだけだと、段々と「小さな幸せ」の効力が薄れてくる。こういった場合は別の幸せが必要だ。
考えてみたが、別の幸せが見つからない。うーむ、こうした時に次の「小さな幸せ」が見つからない俺という人間はかなり不幸なんじゃないだろうか。「小さな幸せ」が見つからないことによって、不幸を感じる。これは謎のパラドックスである。

我が家の炊飯器がまともに動かなくなった。炊き込みご飯を作ろうとしたら、お粥が出来上がった。
掃除機のホースが壊れて、掃除をするのが大変になった。これはどちらも相方にとっての不幸だ。
去年の10、11月に地獄の残業期間を過ごしたお陰で、新しく炊飯器や掃除機を買う程度の小金はあった。俺は現金を相方に渡して「これで新しいのを買おう」と提案した。
相方は前から「IH炊飯器が欲しい。ご飯が美味しく炊けるんだよ!」と力説していた。だが、そもそも白いご飯をあまり食べない(麺類派なのだ、俺は)から、どうでも良いといえばどうでも良かった。IHって普通のと何が違うの?
そして、相方が今年から働き始めた会社にはダイソンの掃除機がある。「ダイソンて凄いんだよ、吸引力が全然違うの!」と相方はダイソン信者になっていた。家で普段掃除機を使うのは相方だから、これは当然か。

しかし、ダイソンとIH炊飯器っていくらするんだ?(俺が相方に渡した現金は7万円だ)

先週の日曜の夕方、相方が唐突に言った。「ドンキ(ドンキホーテ)に行こうよ。炊飯器とダイソン売ってるかもしれない。それに晩御飯の材料とかも買いたいし」
俺に断る権限はないので、素直に頷いた。

ドンキの電化製品コーナーに行く。まずは炊飯器。種類が多すぎて訳が判らない。各メーカー、色んな種類出し過ぎである。相方の希望する商品が、定価25,000円のものが18,000円で売っている。なんでこんなに安いんだろうねとスマホでチェック。どうやら型落ちらしい。パソコンやスマホと一緒だな。新しい製品が出ると一世代前の奴は安くなる。

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次はダイソンだ。展示品価格で、V8が約4万円で売っている(相方の事務所で使っているのは最新式のV10らしい)。しかしV8とかV10とか、なんか凄そうなネーミングだ。V8をネットで調べたら、相場は5万円くらい。展示品とはいえ、一万くらい安い。
ということで、これも買い。二つ併せても予算内に収まった。

帰宅して、ダイソンを箱から出すと、早速相方は掃除を始めた。相方は「うわー、いっぱい埃が取れるー」とご満悦だ。
やはり、掃除を日々行う主婦からすれば、ダイソンの掃除機は魅力的なものなのだろう。
新しい掃除機と炊飯器の購入。これは相方にとって、小さな幸せなのかもしれない。ささやかだが、日々の生活がほんのちょっとだけ潤おう。そういったことの積み重ねがやはり大事なのだ。

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ローリングストーンズのライブを見るとか、鹿島アントラーズの試合を見るとかが、札幌で暮らす俺には難しいものになってしまった。つまり、それなりの大きな喜びや幸せが得辛くなってしまったのだ。だからといってそれを悲観しても仕方ない。
ダイソンの吸引力に相方が感嘆して喜んだように、俺もそういったニッチな感動を日々手に入れなくてはいかんのだ。

とりあえず、今日は初めての美容院に行くので、それをささやかな幸福とする事にしよう。昔、友人が良い事を言っていた。
「一日幸せでいたかったら、髪を切りなさい。一生幸せでいたかったら、正直でいなさい」