Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。

恋に生きるは切なすぎる、仕事に生きるはくたびれる

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一週間ちょっとの東京滞在を終えて、相方が札幌に帰って来た。
実母と過ごしたり、旧友達と邂逅したりと良い時間を過ごしたようだった。
火曜日の朝、「今日帰ってくるんだよね」とLINEにメッセージを送ると「飛行機会社のミスで席がない。午前の便で帰る筈だったけど、夜の便で帰るね」との返事が。

天下のJALでもダブルブッキングてあるんだな、変なところで感心した。ただ、飛行機会社のミスのお蔭で、マイルを倍貰って、ラウンジを使えるようになったので、それはそれで良い経験だったようだ。
また、夜まで時間が余ったので、東京で一仕事済ませて来たらしい。
相方は札幌に来ても、まだ東京時代の仕事を継続してやっているのだ。本人曰く、もう東京の仕事は綺麗さっぱり終わりにしたいのだが、後任が見つからないのだとか。
メール、LINE、TV会議で、遠隔地でも仕事は出来るというのが、現代の仕事のやり方なのだなあと実感する。

相方に「東京にいたら、離れがたくなったんじゃないの?」と訊いてみると「確かに離れがたかったけど、未練はないかなー。もう(東京に)家もないしね」と返してきた。そういうものなのかね。
俺にとっての東京は、故郷でもなく、単なる人生で一番長く暮らした街に過ぎない。だが、相方にとっての東京は故郷であり、実母も暮らす場所である。
家があるかどうか、というのは大きいのかもしれない。勿論、札幌で俺達が暮らしているマンションは賃貸物件に過ぎない。また未来永劫、札幌に暮らす訳でもない。それでもやはり、自分の家がある場所が帰る場所、という事になるのだろう。

「なんかさ、昔の恋人と久しぶりに再会して、懐かしさはあるけど、恋愛感情はもう無い、そんな感じに近いかな」と相方は表現していた。なるほどね。なんとなく判る感じだ。

そして、札幌に戻ってきて最初の土曜日、相方は札幌で出来た最初の友人C子さんと飲みに出掛けた。なんでもC子さんは色々ストレスが溜まっているので、その憂さ晴らしに付き合うのだと。
(俺はC子さんの事は相方からの話で聴いただけなので、実際にお会いした事はない)
夜中の一時過ぎに、相方はタクシーですすきのから帰って来た。
C子さんのご主人は現在40代後半。今、色々あって仕事を休んでいる。ずっと営業畑一筋で仕事をやってきたのだが、もう営業職からは足を洗って別の職種に行きたいらしい。
が、今まで営業以外の仕事をやった事がない。そこで運転免許の2種を取得して路線バスのドライバーをやるとか色々言っているのだとか。
話を聴くと、どうも仕事で(職場なのか取引先なのかは不明だが)パワハラ的な事を受けたようなのだ。話が全て伝聞なので、「らしい」とか「ようだ」が多くなる。

正直、40代後半の男性が営業以外の経験がなく、そこから新しい分野に飛び込んでいくのはかなり難しいだろう。だが、パワハラを受けて心が苦しくなってまで同じ仕事をやるべきじゃない。

俺自身、20代の頃の迷走を思い出した。俺は大学を中退したから、「学歴」「新卒」という武器が何もなかった。だから、それを補う意味で「手に職をつけよう」そう思ってソフトウエア業界に入った。プログラマシステムエンジニアという職種を選んだ。この仕事をもう25年もやっているが、未だにこの選択が正しかったかどうか判らない。
この仕事が楽しいか? 楽しかったか? と問われると、楽しかった事もあるし、苦しかった時もある。だからそれはどの職種を選んでも同じ答えになるんじゃないかと思っている。

俺が過去にやった事のある仕事なんて、アルバイト時代を含めても数種類しかない。
・居酒屋店員
・住み込みのパチンコ屋店員
サイパンでの社長秘書兼通訳
システムエンジニアプログラマ
・ファッションブーツの輸入代理店での営業(営業とは名ばかりで、実際にやったのはシステム保守と発送業務)

俺は仕事なんて食っていけさえすればなんでもいいと思っている。だから、C子さんのご主人も自分に合った仕事で、心穏やかに日々過ごせるような状況になれば、多少給料が下がろうが、それでいいんじゃないかと思っている。
(どうやら話では、まだ職探しに行けるレベルまで心が復活していないらしい)

世の中、これだけ仕事があって人不足だと騒いでいるのに、実際に職探しをしている人は自分に適した仕事が見つけられず、苦しんでいる。
上手くいかないものだ。