Some Were Born To Sing The Blues

Saxとジャズ、ピアノとブルース、ドラムとロックが好きなオッサンの日々の呟き

季節は春へ

札幌で二回目の春を迎えた。東京にいた頃は、何をもって「春が来た」と定義していたのかなあ、思い出せない。
ここ札幌では、俺の中で明確な定義がある。それは「防滑仕様の靴から、通常のビジネスシューズに靴を履き替えた」時だ。
つまり、道路の雪が溶け、足を滑らせる心配がなくなったら、それは札幌に春が来たという事になる。

つい二週間くらい前までは、気温もマイナス4度とかが当たり前だったのに、今は10度近くある。随分と暖かくなった。東京時代の友人がLINE経由で桜の写真を送って来た。「すっかり春です!」のメッセージを添えて。
相方は「ああ、札幌は桜がないんだよなー。失敗したなー」と悔しがっている。札幌だって桜がない訳じゃない。だが、東京のように、至るところに染井吉野が咲いてはいない。
札幌で咲いている桜はなんていう種類なんだろう、花に疎い俺には種類が判らない。客観的にみて、東京で咲き誇っている染井吉野のほうが、札幌の桜よりも断然綺麗なのは疑いようもない。

東京にいた頃は、この季節になると相方と花見に出かけたものだった。自転車で30分程かけて、「千本桜」という名のついた公園まで毎年のように出掛けていた。
途中の大きなスーパーで、ランチとアルコール(当時は酒を飲んでいたからね)を買い込んで、公園で桜の花を愛でるのだ。いや、俺が愛でていたのは桜じゃなくて、酒のほうだけど。

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そして7月になると必ず江東区の花火大会を見に行った。当時住んでいたマンションから自転車で5分のところに、良い花火見物スポットがあったのだ。ここは丁度花火の打ち上げ会場から川を挟んでいた関係で、あまり人がいなくて絶好の見物場所だった。帰りに見物客のラッシュに巻き込まれる事もなく、最高の場所だった。
唯一の欠点は川べりなのでトイレがなかった事だったけど。コンビニで花火見物に備えてお菓子とビールを買っていたら、レジの前に知り合いが並んでたりとか。
楽しい夏の風物詩だった。

札幌(北海道)も、長くて辛い冬が終わって、これからが良い季節だ。札幌の春、夏、秋はまだ一度しか経験していない。よく考えたら、去年の今頃はまだ一人で暮らしていたんだよなあ。
毎日鍋ばかり作って食っていたっけか、そういや。サックスも再開せず、唯一の心の拠り所が習い始めたばかりのピアノだった。

去年の一人暮らしだった頃の冬の札幌の事を思い出すと、「何にもやってなかったなあ」という感想しか出てこない。ま、入社したばかりで会社の仕事や雰囲気にもなれず、札幌の暮らしもまだまだ落ち着かず、致し方なかった。
ただ、冬の札幌で一人で暮らしていたのに、不思議と「東京に帰りたいなぁ」とか「札幌に来たのは失敗だったな」とかは一切思わなかった。
札幌で残りの仕事人(しごとじん)としての人生を全うする決意があった訳でもない。何か俺を惹きつける要素が札幌にあった訳でもない。なんでなのかな。不思議だ。
淡々と日々を暮らしていた。
仕事に関しての野望なんてものは、俺は若かった頃から持ち合わせた事などない。だから、札幌で仕事をバリバリやるぞなんて思った事は一度もなかった。それに東京で過ごした40代の10年で、俺はシステムエンジニアとしてやるべき仕事、やれる事は全てやったと思っている。
あの頃の自分がやった仕事に関しての自負もある。あの頃、俺が作り上げた某社の某サブシステムは、当時俺でなければ作れなかったという確固たる自信がある。他の人間だったら無理だったであろうという確信だ。
(これは俺にエンジニアとしての能力がある、という意味じゃない。俺はシステム屋としては、三流だ。俺がたまたまその現場に長くいただけの話。ただ、現場に長くいる事によって得る経験というのは、ある意味一つの能力みたいなもんだからね)。

だから、正直もう仕事はいいかな(仕事に熱量を注がなくてもいいかな、という意味)と思うのだ。残りの大して多くない人生、仕事に生きるには辛すぎる。ほどほどでいい。

それよりも、この札幌で新しい事や新しい人との出会いを楽しむほうが大事だ。
俺のドラムの師匠が、ドラム練習に関して言った事で、今でも忘れられない言葉がある。

「たとえ、基礎練習であっても楽しくなかったら、絶対にやっちゃ駄目です。楽しくない事は、しちゃいけません」
これ、人生にも当てはまる。
詰まらない事、嫌な事は極力避けて、俺はこれからの札幌の春と夏を楽しむ事にしよう。