Some Were Born To Sing The Blues

酒好き(2017年秋に断酒を宣言)、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。2016年冬に50歳目前で札幌に引越し、2017年春にピアノを始めました。

人に影響を与えるという事

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大した話じゃない。人に話したところで、「ふーん。凄いね」で終わる話だ。だから、やっぱり大した話じゃない。
だが、それは俺にとっては大事な話だ。だから、ここに書いておくことにする。

俺が一番影響を与えた人間が誰かと考えたら、それはやはり相方だろう。そりゃそうだ。40数年、東京以外の場所で暮らした事のない人間を、俺の仕事の都合で札幌にまで来させたのだから。
だが、それを言えば、相方も俺に影響を与えた人間の一人なのは間違いない。一緒に暮らしている人間同士が影響を与え合わない筈がない。当たり前と言えば当たり前の事。

では、逆に自分の人生に深く関わっている訳でもないのに、影響を与えるとしたらどんな場合があるだろう。
判り易いのが、カリスマミュージシャンとかか。亡くなった尾崎豊さんや矢沢のえーちゃんとか。彼らを見て「自分もああ成りたい」と思ってロックシンガーを目指した若者はどれだけいた事だろう。
ビートルズを聴いて、「俺もロックスターになりたい」とギターを覚え、作詞作曲を始めた人間がどれだけいた事か。
それだけの影響力を持った人だからこそ、「カリスマ」と呼ばれるのだろうけれども。

アマチュアミュージシャン(俺もその端くれな訳だが)は、そういったカリスマ性とは無縁だ。まだ若ければプロを目指している人もいるだろうけれども、正業を持って素直に演奏する事を趣味として楽しんでいる人が大多数だ。勿論、俺もそう。
俺達アマチュアは別にプロになりたい訳じゃなくて、純粋に演奏するのが楽しいから演奏しているのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
勿論、自分で最高の演奏が出来た、過去にないくらい上手く歌えた、となれば至上の喜びだ。そして、それを聴いてくれた人からお褒めの言葉を貰えればこれ以上のものはない。そんな瞬間が楽しくてたまらないから、楽器の練習をし、人前で演奏するのだ。

二週間前の事だが、俺が習っているサックス教室でプレ発表会があった。詳細はこちら。

somewereborntosingtheblues.hatenablog.com
そのプレ発表会で俺はビル・エバンスの名曲「Walts For Debby」をテナーサックスで演奏した。発表会後にあったサックス教室のレッスンでの事だ。
サックスのS先生に言われる。
「この前の発表会で吹いた『Walts For Debby』ですけど、Aさん(サックス教室の会員さん)が絶賛してましたよ。良かったって」
「そりゃ、ありがとうございます」と俺は礼を言った。この場合はAさんに礼を言うのが正しいけど、Aさんはこの場にいないので。

「Aさんが自分もあんなふうに『Walts For Debby』吹けるようになりたい。次は『Walts For Debby』をレッスンでやりたいって言ってるんですよー」
へぇー、とちょっと驚いた。
「以前、『Walts For Debby』の譜面預かったでしょう。あれコピーしてAさんに渡しても構いませんか?」
「勿論ですよ。是非渡してあげて下さい。それは楽しみだな」と俺は返す。
「ですよねー」

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発表会とかで演奏後に褒められる事はたまにある。そして駄目出しをされる事もままある。「なんか今回は良くなかったね」と。それはまあ、互いに批評を言い合えるような間柄の人達の会話だから出来る話だ。
だが、Aさんとはまだそれほど腹を割って話せるほどの間柄でもない。そのAさんが俺の演奏した『Walts For Debby』を気に入ってくれたという事は、これは素直に喜んで良い事なんじゃなかろうか。
俺が演奏したように(俺はこの曲はかなり強弱の表現を大げさなくらいにつけて吹いた)吹きたいというのは、ある意味最上級の誉め言葉だ。

勿論、この後Aさんが実際に『Walts For Debby』をレッスンでやるかは判らない。他の曲に気持ちが変わる可能性だってある。『Walts For Debby』をやるにしても、俺がやったのとは違う譜面やアレンジを選択するかもしれない。
だが、それはどうでもいいことだ。少なくとも、俺の演奏を聴いた時にAさんが、俺の演奏した『Walts For Debby』を自分もやってみたいと思ってくれた、という事実が全てだ。
少なくとも、Aさんにとって俺はその瞬間はキャノンボール・アダレイ(有名なジャズサックスプレイヤー)だったのだから(言い過ぎか、これはさすがに)。

Aさんが俺の演奏を良かったと思った事は、一ヶ月もしないうちに忘れてしまうだろう。だが、俺は忘れない、このことを。この出来事は俺がこれからもサックスを吹いていく上での大きな力となるだろう。俺の演奏が誰かを動かしたという事実が、俺自身を動かす原動力となるのだ。
言った当人すらも忘れてしまうようなささやかな言葉や行動が、誰かを動かす。そんな力が音楽にはあるのだ。

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