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Some Were Born To Sing The Blues

酒好き、音楽好きな中年のおっさんの日々の呟き。趣味はテナーサックスとドラム。50歳目前で札幌に引越し、ピアノを始めました。

お前の代りなんて、いくらでもいるんだ!

日常

怒り新党という深夜のバラエティ番組を観ていた。寝る前に観るには、頭も使わない非常に良い番組だ。有吉さんとマツコさんが毒舌を吐き、それをアナウンサーである青山愛さんが調整するというバランスも悪くない。
そういやこの番組、前は夏目三久さんが出ていたなあと思い出す。今は青山さんがその担当に代わっているが、何も以前と変わっていないかのような雰囲気だ。

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そんな事を考えていたら、随分前に観たドラマを思い出した。それは建築関係の営業部で働くOLの活躍を描いたものだった。若い仕事に不慣れな新人OLを担当につけられた若手敏腕営業マン(と自分では思っている)が、「あんな、使えない新人を俺につけやがって!」と愚痴ると、それを当のOLに聴かれてしまうというエピソードだった。
すると、部長が彼を呼び出して「君ね。この国は総理大臣の代わりだっていくらでもいるんだよ」と彼を窘める。つまり、「君のような営業マンの代わりだっていくらでもいるんだよ? 自分だけが特別だと思っちゃいけない」という意味であろう(これは俺の解釈だが、あながち間違ってはいない筈)。

そういえば、俺の永遠にして唯一の心の恋人である仲間由紀恵ちゃんは既に俺のもとを去ってしまったが、そのうち新しい心の恋人が現れるはずだ(ちなみにまだ新しい恋人を俺は見つけられていない。由紀恵ちゃんの残した傷跡は大きい)。

仕事において、「これは俺にしか出来ない」という自負を持っている人間はどれだけいるだろう。そして、実際にその仕事を貴方以外に出来る人がいないというのは事実だろうか。いや、否である。俺も以前ある現場で、とあるシステムを9年任されていた時期がある。当時、そのシステムに関しては、確かに俺以上に知っている人間はいなかった。設計や改修、仕様、運用方法全てにおいて、俺が一番だった。だが、俺がその現場を抜けた後でも、そのシステムは動いている。大きな障害が発生したという話も聞かない(今でもその現場には当時一緒に働いていた人達がいるので、情報は入ってくる)。つまり代りがいるという意味だ。これはどんな職場でも職種でも一緒だろう。

仕事なんて、代りはいくらでもいる。そしてそれはプライベートだってそうだ。一番判りやすい例がパートナーだ。貴方の恋人や、妻、夫は代りの効かない存在だろうか? 「絶対に代りはいない」と断言出来る人がいたら、是非ともお会いして話を聴いてみたい。これは冗談や嫌味で言っているのではない。ただの事実だ。
だって、そうだろ。もし代りが効かないのなら、別れや離婚は世の中から絶滅するぜ。「死が二人を分かつまで」と誓って実際にそうなった夫婦も沢山いるよ! そう反論する方もいらっしゃるだろう。だが、そうやって「代り」の効かないパートナーを得た人が全体のどれくらいの割合なのか。「新しい代え」を手に入れた人のほうが圧倒的に多い。

俺は別にクールを気取ってる訳じゃない。「女なんて別れても次を探せばいいのさ」とうそぶいてる訳でもない。逆だ。俺は代えが効く程度のボンクラの出来損ないだから、そう考える事によって自分を戒めているのだ。
酒で年中失敗して(俺の失敗の9割は酒で、残りの1割が***である)、相方から「次やったら、緑紙だからね!」と最終宣告を受けているような人間だ。「俺の代りがいるなら、そいつを連れてきてみやがれ!」なぞと冗談でも言えない。仕事でも人間関係でも、俺は全くいくらでも代用が効く。

そう。それが悲しいかな、事実。でもそれを認めたら悲しいじゃないか。少しでも相手にとって「代えの効かない」と思われる人になりたいじゃないか。貴方だって、きっとそうだろ?
その為に努力したり、そういった心持ちでいる事は悪いことじゃない。

今日の結論。夏目三久さんも可愛かったが、青山愛さんも可愛い(この一言が書きたかっただけだ、実は)。